観客、照明やフォグなど、日本最大の野外フェス『ROCK IN JAPAN』ライブシーンの熱量を最大10万人規模にまで拡張させたVFXワークをはじめ、柿本ケンサク監督のダイナミックな映像美を支えた画づくりについて解説。ヘッドスタジオを務めたKASSEN中核スタッフへのインタビューを通して、テクニカルとアートの両面から紐解いていく。
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グラスハート 原作:若木未生/「グラスハート」シリーズ(幻冬舎コミックス刊)/監督・撮影:柿本ケンサク/監督:後藤孝太郎/照明:森寺テツ/プロダクションデザイナー:延賀 亮/録音:大堀太輔/音楽プロデューサー:山田勝也/VFXスーパーバイザー:吉川辰平/脚本:岡田麿里、阿久津朋子 小坂志宝/エグゼクティブプロデューサー:岡野真紀子/共同エグゼクティブプロデューサー:佐藤 健/プロデューサー:アベゴウ/ラインプロデューサー:櫻井紘史/制作プロダクション:ROBOT/製作:Netflix
実写の臨場感に寄り添った、きめ細やかなVFXワーク
Netflix『グラスハート』は、若木未生による同名小説が原作のドラマシリーズである。監督と撮影監督を兼務した柿本ケンサク氏は、青春音楽ラブストーリーと評される原作を実写化するにあたり、MVやコンサートのライブ配信といった音楽に沿った映像表現を積極的に採用した。
そんな本作のVFXには、実写プレートに込められたライブの熱気、リアルな照明やフォグによるステージ演出はそのままに現実では不可能な要素を加えるという独自の画づくりが求められたという。
「柿本監督とは、これまでに複数プロジェクトでご一緒させていただいていました。またNetflix作品では『恋愛バトルロワイヤル』のVFXを担当した経験があったことから、今回のオファーをいただけたのかもしれません」と、KASSENの城戸久倫VFXプロデューサーはふり返る。
「VFXショット数は全10話で1,072に達しました。仕上げ解像度は4K(3,840×2,160)、HDR納品になります。特に最終話はほぼ全編が10万人規模の野外ライブのシーンで構成されるため、作業負荷は非常に大きなものでした。さらにKASSENにとっては、初めてヘッドスタジオを務めたシリーズ作品ということでも意義深いプロジェクトになりました」(吉川辰平VFXスーパーバイザー)。様々なチャレンジが実践されたわけだ。
VFXスタッフ(一部)
<1列目>左から、藤原源人氏(Newpot Pictures)、戸梶雅章氏、柴田 力氏/<2列目>左から、豊田京太郎氏、田邊陽太氏、村田英知氏、井崎崇光氏、中村大成氏、山本雅治氏、平 昌都氏
<1列目>左から、阿南彩香氏、信田幸月氏、相田謙二氏、高橋 護氏、田向宏己氏、安齋亮太朗氏、大竹崇文氏、福井優太氏/<2列目>左から、Color Pipeline 亀村文彦氏(Logosocope)、中島中也氏、橋本真之介氏、森 康汰氏、鈴木波晴氏、木皮 司氏、加藤晃介氏、松井裕章氏
小川萌音氏、井上 凱氏、秋山朋代氏、西村 篤氏
坂本郁弥氏、角田竜大氏、戸松麻利亜氏、城戸久倫氏、福島 丈氏、巻田勇輔氏、野田将太朗氏
左から、関野公紀氏、舛淵俊太氏、西部花菜氏、一瀬 隼氏。以上、Barehand Modeling Studio
<1>KASSENの制作環境
KASSENパイプラインと、FOX Renderfarmの最適化
ここからはVFXワークについて具体的に解説する。まずは、KASSENのパイプラインとネットワーク環境を紹介しよう。KASSENでは、「K_AppLauncher」というアプリケーションランチャーを2022年から開発・運用している。このツールはFlow Production Tracking(以下、Flow PT)上のShotやTaskの情報を取得して、任意のDCCツールで作業を行いたいShotとTaskを選択すると、関連するディレクトリに配置されたシーンファイルを開くことができる。
「Shotの情報は環境変数にセットされています。DCCツール側ではセットされた環境変数を使って様々な自動処理を行うことができるのが特長です」と、パイプラインTDのJacob Jones氏。
『グラスハート』では、Flow PTの環境変数を利用したK_AppLauncherによる自動処理を効率的に行うためのしくみを風巻 誠FXスーパーバイザーが構築。特に効果を発揮したのが、10万人規模の野外ライブの表現で要となった観客の群衆と実写撮影時のリアル照明演出のHoudini上で再現&拡張する作業であった(後述)。ほかにもKASSENではDeadlineにジョブをSubmitする「K_Render」、NukeのCopyCat処理をDeadlineに投げて分散化させる「CopyCat Submitter」などの支援ツールを開発・運用することで効率化が図られている
本プロジェクトの進行中は社内のレンダーファームが約2倍に増強されたが、それでもレンダリングマシンが不足したという。
「そうしたときにはFOX Renderfarmを以前から利用しています。ただFOXの標準仕様ではLinuxをサポートしていないなど、KASSENのパイプラインに適合しない部分があったため、TDチームからFOXさんへ要望を出させていただき、双方で協力して対応してもらいました」(吉川氏)。
FOX Renderfarmへの最適化をリードしたのが、TDの余 鶴影氏である。「FOXの技術チームはとても協力的でいろいろと助けていただきました。Linuxへの対応以外にもネットワークドライブ経由だとArnoldを利用できない問題があったため、K_AppLauncherを更新して、“FoxRenderFarm with Houdini” が同じシェル環境(同じ環境変数)でペア起動するように設定を実装しました」(余氏)。
本番運用時は1TB以上に達したアセットをアップロードする必要があったため、アップロード専用の10Gbps回線を設置して、FOX Renderfarmのマスターアカウントにアップ。それをアーティスト用アカウントに共有設定することでトランザクションを節減させた。最終的に13万フレーム以上のレンダリングをFOXで行い、納期に間に合わせることができたという。
アプリケーションランチャー「K_AppLauncher」
Flow Production Tracking効率化ツール「FlowPT Event Deamon」
FOX Renderfarm & ネットワーク構成
<2>10万人規模の野外ライブ「ROCK ALIVE JAPAN」
ショットワークをHoudiniで完結させる
前項でふれたFlow PTから取得した情報をHoudini内の環境変数に反映させ、シーンの要素を一括で管理することで作業効率が高められたしくみを紹介する。
「まずは全ての要素をセットアップしたHoudiniシーンを用意します。それを本プロジェクト用にTDチームに用意してもらった『GLH Set Variable』というツールを使って、各カットごとにシーン内の変数を書き換えて、対応する楽曲のフレーム情報やレンダリングのフレームレンジ、関連オブジェクトへの置き換えといった、レンダリングに適切なシーンとしてセットアップするというしくみを風巻さんにつくってもらいました」と、CGアーティストの中村大成氏。
このしくみを構築するにあたり、Houdiniのプロシージャルなシステムを活用。『グラスハート』では、アセット作成や群衆シミュレーション用のキャラクターセットアップなどはMayaで行われているが、一連のショットワークについてはHoudiniで完結させるワークフローが採られた。
「GLH Set Variableは、K_AppLauncherからHoudini起動時に設定される環境変数を、Houdini内の各ノードで参照できる形式へ変換することで、ショットごとのセットアップ作業を自動化できるので、アーティストは画づくりに集中することができました」(中村氏)。
ep1と最終話(ep10)では「ROCK ALIVE JAPAN」という日本最大の音楽フェスという設定の野外ライブのシーンが描かれる。「全体のロケ地には、茨城県の神栖総合公園が選ばれました。そこで10万人規模の野外ライブが行われるという設定のため、大量の観客モブをVFXで表現する必要がありました」(吉川氏)。
そこでクレッセントが運営する4DViews「HOLOSYS+」システムで、観客役のエキストラたちのボリュメトリックキャプチャを実施。そのデータをMayaでクリーンアップして、群衆シミュレーション用エージェントを作成。「ロングショットでは数万体のモブキャラを制御する必要がありました。数万体分のエージェントのジオメトリデータをそのままHoudiniに読み込むと重すぎて作業に支障を来すため、ポイント情報だけを読み込んで作業を行い、レンダリング時に元データが反映されるようにしました」(中村氏)。
「4DViewsによるボリュメトリックキャプチャデータは見た目としては十分なクオリティでしたが、演者さんの動きはループで使われることを想定していなかったので、中村くんたちには動きをブレンドしてもらうなど、細かく調整してもらう必要があったので大変だったと思います」(吉川氏)。その出来映えはぜひ本編で確かめてもらいたい。
野外ステージの背景セット
4DViews「HOLOSYS+」ベースのデジタル観客モブ
▲ ボリュメトリックデータをMayaに読み込み、HumanIKでバインド、リターゲットした状態。このモーションデータからポイント情報のみをHoudiniに書き出して群衆シミュレーションを行う
Houdiniによる群衆シミュレーション
ブレイクダウン【ep01】雷雨が降り始めたステージに立つ藤谷直季
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▲ <STEP 1>ep1序盤で描かれる、雨天に見舞われた3年前の「ROCK ALIVE JAPAN」シーンに登場するステージ上の藤谷直季(佐藤 健)ロングショットのブレイクダウン。図は、空素材。ep1シーケンス全体で利用されている -
▲<STEP 2>フェス開催地に設定された神栖総合公園の背景を合成。「Nukeにショット用のカメラを読み込めば、適した背景がレンダリングされるようにアセットが組まれています」(田向宏己氏)。このショットの完成形では背景は隠れるのだが、大半のショットではこの背景の設置からコンポジット作業が行われたそうだ
【ep10】NukeのBaseComp
ブレイクダウン【ep10】FOH(観客エリア)からメインステージを捉えたカット
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▲<STEP 1>ep10に登場する観客エリアからメインステージを捉えたカットのブレイクダウン。実写プレート -
▲<STEP 2>ep1で構築したセットアップを使い、ショットのカメラ情報に応じた神栖総合公園の背景素材を配置
<3>実写撮影のコンディションに合わせた多彩なVFX
Nukeによるコンポジットで画づくりを完結させる
柿本監督は情感豊かなビジュアルを創り出すために、大半のシーンの撮影にライカのオールドレンズやカスタムチューニングを施したBLACKWINGレンズを利用していたという。
「一連の実写プレートは、オールドレンズ特有のソフトなボケ味があって、柿本監督独自のエモーショナルなルックでした。逆光で撮ったシーンも独特のフレアやゴーストが入っていて画としてはとても魅力的ですが、コンポジットワークを行う際にはレンズディストーションの着脱やマスク処理を手作業で細かく行う必要がありました」と、コンポジットSVを務めた高橋 護氏。
またCGチームは、先述した野外ライブシーンの作業に大半のリソースを割かねばならなかったため、Nukeによるコンポジットワークのみで画づくりを完結させたショットも多かったそうだ。
「VFXが介在するショットについては、撮影時にディストーションチャートを全て用意してもらいました。最終的にSTMapは168枚になりました(笑)」(高橋氏)。こうした撮影に関する情報も全てFlow PTに環境変数として登録することで、コンポジット作業の際もNuke起動時に必要なデータが自動的に読み込まれるしくみを構築したそうだ。
ブレイクダウン【ep06】Zepp 羽田ライブシーン
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▲<STEP 1>ep6に登場するZepp 羽田でのライブシーンでは、ある事情から藤谷は中継でステージ上にいるTEN BLANKメンバーとパフォーマンスを行う。そのためステージ上に設置された大型LEDに見立てたグリーンバックに対して、藤谷の中継素材を合成する必要があった。カメラワークやリアルな照明演出との細密な整合性が求められたが、Nukeによるコンポジットワークによって見事に一体化された。図は、実写プレート -
▲<STEP 2>素組みした状態
ブレイクダウン【ep09】雪降るイルミネーション通り
<4>エヌ・デザインが挑んだ、みなとみらいの洋上と夜のライブ演出
最後にエヌ・デザインが担当したep3のVFXワークについて紹介したい。「ep3は、みなとみらいを舞台にストーリーが展開します。VFX作業は、朱音(宮﨑 優)が閉じ込められてしまうセレブリティ2号というクルーズ船の側面のCGによる作り替えと、櫻井ユキノ(髙石あかり)がパフォーマンスを行う野外ステージのセットエクステンションの2つが主となりました」(吉川氏)。
「セレブリティ2号は洋上を航行するシーンが多く、コンポジット作業時に水面への照り返しなどをつくる必要がありました。水面は常に揺れているので見た目を馴染ませるのが大変でしたね。野外ステージについては、KASSENさんが担当されたシーンと同様にリアルの照明演出との整合性が求められました。ステージのデザインについては、コンセプトモデルを作ることから始めて、こちらから提案するかたちで作業を行いました。エヌ・デザインにとってもライブシーンのVFXは初めてでしたが、ライブ特有の臨場感を意識しながら画づくりを行いました」と、エヌ・デザインの川瀬基之VFXプロデューサー。ユキノのライブは夜に行われたため、髪の毛の合成処理も非常にシビアな調整が求められたそうだ。
ブレイクダウン【ep03】セレブリティ2号/櫻井ユキノの野外ステージ
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▲<STEP 1>ナイトシーンのブレイクダウン。図は、ウィットネスカメラなどをリファレンスとして、実写撮影時のコンディションに合わせてCGで作成した照明演出のチェック動画 -
▲<STEP 2>実写プレート
INTERVIEW & EDIT_NUMAKURA Arihito