新海 誠作品として初めての実写映画化。原作アニメの醍醐味を実写による人閒ドラマへと昇華させることに寄与したVFXとは? CMやMVなどで奥山由之監督とタッグを組んできた jittoの画づくりに迫る。
原作:新海誠 劇場アニメーション『秒速5センチメートル』
監督:奥山由之/脚本:鈴木史子/プロデューサー:玉井宏昌、佐野 大/ラインプロデューサー:小林祐介/撮影:今村圭佑/照明:上野甲子朗/録音:佐藤雅之/美術:井上心平/スタイリスト:小山田孝司/ヘアメイク:小西神士、正田篤子/装飾:遠藤善人、大和昌樹/編集:平井健一/VFXスーパーバイザー:前 光則/CGスーパーバイザー:尹 剛志/音楽:江﨑文武
ⓒ 2025「秒速5センチメートル」製作委員会
フォトリアルとは異なる、情景としてのリアリティを追求
2007年に公開された劇場アニメーション『秒速5センチメートル』。初期の新海 誠作品を代表する一篇だが、その実写映画化に映像監督・写真家として活躍する奥山由之氏が挑んだ。自然光を活かし、その場所の空気感や時間を感じる映像美で知られる奥山監督は本作でも東京から種子島まで全編をロケ撮影で制作したという。
「奥山監督や撮影監督を務められた今村圭佑さんなど、これまでに様々な案件でご一緒させていただいたことがあるスタッフさんが多かったのでコミュニケーションは取りやすかったです」と、 jittoの前 光則VFXスーパーバイザー。
本作にて jittoは、桜と雪、そして種子島宇宙センターから発射したロケットのジェット噴射といった、原作アニメでも印象的だった表現を実写として成り立たせるためのVFXを担当した。
「原作の画力が強いので、どのように実写で描くのか最後まで試行錯誤を重ねました。各シーンごとに原作アニメのテイストにどこまで寄せるのか、それとも実写ならではの画づくりを優先させるのかなど、制作部が用意してくれたムードボードなどの詳細な資料を基に、奥山監督たちと何度も話し合いました」(尹 剛志CGスーパーバイザー)。
例えば原作で描かれる桜はピンク色が印象的で、その動きもわりとゆっくりとしているのだが、現実の桜の花びらは時期にもよるが白色の割合も多く、動きも秒速5cmよりも速い。
「だから、同じ桜の表現だとしても画としての正解はカットやシーンによって変わってきます。桜と雪の表現はHoudiniベースで作成していますが、シミュレーションを利用しつつも速さや位置などを細かく調整できるようにセットアップしました」(尹氏)。
そうした細かな画づくりはNukeによるコンポジットワーク、そしてFlameによるフィニッシングでも徹底されたという。
「今回は最後まで細密なトライ&エラーを続ける必要がありました。そこでCMやMVなど短尺案件で培った手法を用いることによって限られた期間で納得の仕上がりにすることができたと思います」(前氏)。
<1>種子島宇宙センターからのロケット発射
旬の時期に撮影を行うために 独自のワークフローを導入
本作で jittoが制作したVFXショット総数は341。そのうち323が本編に採用されたという。長編映画のショット数としては決して多くはないが、全編がシネマカメラのレンズやフィルタ特有のフレア、ライトリークといったアナログの光学現象を積極的に採り入れたフィルムルックで仕上げられるため、きめ細やかなVFXワークが求められたという。
「2024年6月にオールスタッフが行われ、クランクインは7月の種子島シーンでした。その後、10月に新宿シーンを撮影。2025年1月に岩舟など東京以外のシーン。そして3月に参宮橋など桜が登場するシーンの撮影が行われました」(前氏)。
それぞれのオンシーズンに撮影を行い、各撮影を終えるとオフライン編集を行うという映画制作としては珍しいワークフローが採られたという。
「そのためCG・VFX作業も、各シーンのオフラインがある程度まとまったタイミングから着手していました。一連の撮影は、まずフィルタありでリファレンスを撮ってから、フィルタなしで本番撮影を行うという手順で行なっていただきました」(前氏)。
種子島シーンのVFXワークをリードしたのが、高野直樹CGディレクターである。
「メインとなるロケット発射の表現については、ジェット噴射の3Dエフェクトのシミュレーションをフリーランスの岡崎頌平さんにお願いして、僕が各シーンの画づくりを担当しました。岡崎さんが煙の形状を綺麗に整えてくれていたので、僕はライティングに注力することができました」。
ロケット発射については目指すビジュアルが当初から明確であり、カットを構成する要素としても桜や雪に比べるとシンプルなので特に悩ましいことはなかったという。
「原作アニメ的にはロケットの煙の影面がしっかりと描かれていますが、現実ではその周りに薄い雲がないと影が落ちません。そこで前と相談しながら、ある程度嘘をついて画づくりしました。アニメ的な表現を実写として成立させる良い勉強になりましたね。あとは、俯瞰めで地表を見下ろす構図のカットについては少し工夫しています。実写プレートはドローンによる空撮だったのですが、高度が不足していたためロケットの発射地点となる種子島宇宙センターの建物などを3DCGで制作する必要がありました。そこで実際の地図を確認しながら、撮影時に3Dスキャンした素材や市販アセットを組み合わせて、できるだけ実写プレートを活かしながら該当するエリアのスケールを作り替えました」(高野氏)。
空を見上げた基本の構図
空から地上を見下ろした構図
<2>桜と雪の表現
細かな画づくりと量産化を両立させる
桜と雪については、細かな調整と量産化を両立させる必要があった。
「どちらもピークの時期に撮影が行われましたが、当然ながらロケ地では桜が開花していなかったり、撮影当日は雪が降っていないといったことがありました。また雪は積もっているけど、道路上は除去されていたりも(苦笑)。VFXで画づくりを行う上では好都合なこともありますが、全てをイチからつくるとコストが増えてしまうので、できるだけ効率良く作業を行うことを心がけました。そうした意味でも奥山監督や今村さん、照明監督の上野甲子朗さんとはこれまでに複数の作品でご一緒させていただいてきた蓄積があり、VFX作業に必要なことや撮影時に考慮しなければいけないことを熟知されていらっしゃるので大変助かりました」(尹氏)。
効率化の下支えとなったひとつが、ロケ地の3Dスキャンデータである。重要となる場所はLeica BLK 360でレーザー計測を行なったほか、iPhoneのLiDARも利用したという。
「桜の植生についてはSpeedTreeを使いました。プロシージャルに生成できるし、手作業での調整もできるので助かりました。初期にはHoudiniで制作することも検討しましたが、植物のモデリングに特化しているだけあってつくりやすかったです」(尹氏)。
桜と雪のアニメーション以降の作業をリードしたのが、中山ひろと氏だ。
「ベースのしくみづくりからレンダリングまでのいわゆるFXまわりを担当しました。雪シーンの撮影が先に行われたためそちらから着手したのですが、実際に雪が降っているショットもあったので、それをリファレンスとして作業を行いました。雪も桜も動きや位置をショットバイで細かく調整しており、基本的には手前は速めにして、奧にいくほどゆっくりめという要領でつくっていきました」。
桜のシーンのコンポジットを担当したのは、普段オンラインエディターとして活動している川元健太郎氏。
「撮影のタイミングが一番遅かったので、スケジュール的にタイトでしたが、中山くんたちCGチームが良い動きを付けてくれていたのでNukeによるコンポジット作業ではマスク処理など見え方が不自然な部分を整えてから、Flameでフォーカス感など全体的なルックをブラッシュアップしました」。
ショットによってはディープコンポジットを利用することで、演者と桜や雪の前後関係を考慮したコンポジット作業を効率的に行なったそうだ。
岩舟駅ホームに吹き込む雪
道路への雪足し
桜の表現〜参宮橋〜
<3>2008年当時の新宿
時代の空気感を蘇らせる、細密なインビジブルエフェクト
本作では、2008年から2009年が劇中における現代として描かれる。さらに主人公たちが小学6年生だった1991年から1992年。そして高校生時代の1997年を描く必要があった。
「プリプロの段階から時代考証が徹底されていました。衣装や美術スタッフさんたちも大変だったと思いますが、VFX的には2008年の新宿シーンで様々なインビジブルエフェクトが求められました」(前氏)。
2008年の新宿シーンの作業をリードしたのが、西沢竜太CGディレクターである。
「今から17〜18年前になるので信号や街中を走る自動車のモデルなど、地味に作り替えや消し込みが必要なものが多数ありました(苦笑)。一番大がかりになったのが小田急線の新宿駅ホームでした。当時は転落防止用のホームドアが存在しなかったことに加え、演出的なオーダーとして『画面奥から雪が吹き込むように屋根周りを作り替えてほしい』というものがありました。天井をCGで作り替えると電車のライティングも変わってくるので、ホームだけでなく電車もモデルから用意する必要がありました」(西沢氏)。
作業を効率化させるために、なるべく実写プレートを活かすことを心がけたという。同様に東口駅前の新宿アルタビジョンについても細かな作り替えが求められた。
「形状は今と変わりませんが、すぐ横の看板からの照り返しがあるため、土台からCGで作る必要がありました。他にもライティング調整用に、照り返しや影素材などを用意しました」(西沢氏)。
冒頭とクライマックスに登場する多摩六都科学館プラネタリウムのシーンでも特別なVFXが求められた。
「宇宙空間を飛行するボイジャー号から展示されているボイジャー号の模型へとマッチフレームでトランジションしたり、プラネタリウムの観客席からスクリーンに投影されたCGで作成した宇宙空間へとシームレスに切り替える必要がありました。ボイジャー号についてはそもそもの資料がほとんどありませんでした。スケールについては、当時の報道写真やNASAが所有するレプリカの写真を参考にしつつ、ディテールについては説得力のある構造を意識しながらイメージで加えました。プラネタリウムの投影については、現地で撮影したマーカーと、プロジェクタから投影した見た目に歪ませるSTMapを作成することで実際に投影しているような見た目に仕上げています」(坂本和之氏)。
冒頭のボイジャー号のマッチフレームについては、坂本氏が作成したモデルの出来映えの良さから、模型のゴールデン・レコード部分が3DCGに置き換えられたそうだ。
小田急線「新宿駅」ホーム
アルタビジョン(新宿アルタ)
ボイジャー号
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▲<C>実写プレート中のスクリーン面に投影された結果と同じように歪ませたSTMap -
▲<D><A>と<B>を合成した状態。実際のプロジェクタから投影されたマーカーとfisheyeでレンダリングしたマーカーのポジションが合致していることがわかる
INTERVIEW & EDIT_NUMAKURA Arihito
PHOTO_弘田 充