中国春秋戦国時代を舞台にした超人気漫画「キングダム」を実写化した映画第2弾となる本作。邦画最高クラスの壮大なスケール感を実現したVFXの妙味に迫る。
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コロナ禍のなか描ききった壮大なスケールのVFX
2019年の邦画実写映画作品の興行収入ランキング1位を獲得した大ヒット映画『キングダム』(原作:原泰久・漫画「キングダム」)。その続編となる映画『キングダム2 遥かなる大地へ』が2022年7月15日より全国の劇場で好評公開中だ。本作の舞台は紀元前・春秋戦国時代の中国、天下の大将軍を目指す戦災孤児の信(しん)をめぐり、壮大なスケールで戦いを描く本格エンターテインメント超大作だ。「キングダム」の世界観を見事に描いた本作のVFXは、前作にひき続きSpade&Co.が担当した。
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ロケハンは2019年から始まったものの、2020年の春新型コロナウイルスが蔓延し始めたタイミングと重なり、いったん制作が止まってしまったという。制作そのものが危ぶまれる状態だったが、同年6月には厳戒態勢のなかクランクインし、日本各地や中国にて撮影が行われた。「コロナの影響で、エキストラは当初の想定の1/5ほどになってしまいました。そのためCGで差し替えなければいけない範囲が増えてしまい、物量・クオリティともにかなりハードルが上がりましたね。ただ、期間が延びたことで撮影方法をかなりじっくり検討できたので、結果としてより良い画をつくることができたと感じています」(VFXスーパーバイザー・小坂一順氏)。2021年9月からは素材撮影を開始し、同年10月中旬にクランクアップ、およそ1年半という長期にわたる撮影となった。
本作の中でも特に注目したいVFXは、10万を超える兵が戦う群衆表現、接写にも耐えられる馬のCG表現、できる限り実写素材の組み合わせで行われたコンポジットだ。特に群衆についてはカット数も多く、高いクオリティの映像を効率良くつくることが求められたという。「群衆の見せ方は、佐藤信介監督が非常にこだわっていたポイントです。前作は秦国内の話でしたが、今回は敵国が攻めてくるお話なので、アクションも背景もスケールの大きさをどう表現するかが肝でした」(小坂氏)。
壮大なビジュアルと、細部までこだわり抜かれた映像表現に大注目の作品だ。詳しく紹介していこう。
<1>群衆表現
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ツールによる自動化でクリエイティブに専念する
本作の中でも技術的なハードルが高かったのは、10万以上もの兵が戦う群衆カットだったという。「軍略設定が非常に複雑だったため、まずはそれぞれの隊列がどう配置されているか、どう動いていくかを示すガイドシーンを作成し、スタッフ間で認識のズレが出ないよう注意しながら進めていきました」(CGディレクター・木川裕太氏)。撮影後は仮モデルを配置したポストビズを作成し、各ショットでどういったCG要素が見えてくるかオフライン段階で洗い出しを行なったという。
キャラクターのモーションキャプチャはスクウェア・エニックスのスタジオにて行われた。リグは全キャラ統一してセットアップすることで、モーションデータをどのキャラでも素早く使用できるようにしている。「膨大なアニメーション作業を簡略化するため、キャプチャデータをキャラに流し込むだけでモブキャラとしては本番に耐えられるクオリティになるようセットアップしました。キャプチャ後の作業はできる限りスクリプトやツールで自動化しました」(リードデジタルアーティスト・伊藤 宏氏)。ツールやスクリプトによって、モーションキャプチャデータの扱いに慣れていないスタッフもクオリティを担保しながら作業ができたほか、ヒューマンエラーも減らせたので、かなりの工数削減につながったという。ワークフローはMotionBuilderとMayaでモデル・アニメーションのセットアップ、社内ツールを使用してHoudiniで扱えるエージェントデータに変換しCrowd機能を使って配置する方法をとった。「いかにデータ容量を軽くするかが課題でした。バラバラに動いているように見せつつ、なるべくインスタンスを保てるように工夫することで、1カットに10万人いても比較的軽く扱うことができました」(FXTD・矢島基充氏)。
武器や旗など100を超える膨大なCGアセットは、あらかじめHDRIと実物ベースでルックデヴをしている。「LibRawとIDTを使用してリファレンスプレートをHDRIと同じ色空間に現像することで、各アセットの色味を実物とマッチングさせるのが容易になりました。アセット制作の段階で実物と見た目を一致させることで、ショットごとに色味を調整する手間を減らしています」(木川氏)。背景の蛇甘平原モデルの作成には、スタンドアロンの地形生成ソフトウェアであるGaeaが採用された。「蛇甘平原のような地形は現実にはなかったので、複数のリファレンスを参考につくっていきました。Gaeaはフィルタ機能が強力なので、今回のようなリファレンスの乏しい地形でも効率的に作成できました」(木川氏)。
ガイドモデル
ガイドモデルによって、スタッフ間での共通認識をつくることができた
ツールによる自動化
モーションキャプチャデータの処理はなるべくツールで自動化した
Houdiniで描かれた群衆ショット
蛇甘平原の表現
アセットルックデヴの様子
<2>馬の表現
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細部に宿るリアリズム表現
馬の表現も大きな課題だったという。「撮影に使える馬の数はかなり限られていたので国内編では15頭、中国編は最大40頭でその先はCGで増殖させる必要がありました。馬の3Dモデル開発は、ModelingCafeさんに協力していただきました。クオリティが出せるのはModelingCafeさんしかいない、と満場一致で決まりました」(小坂氏)。はじめに実際の馬でリファレンス撮影を行い、その横に合成し比較していくことでクオリティを上げていった。モデルは約20万ポリゴンの近距離用、約5万ポリゴンの中遠距離用、約5,000ポリゴンのプリビズ用の3種類が作成されている。特に近距離用モデルはZivaやYetiを用いて、寄りにも耐えうるハイクオリティなモデルとなっている。
Zivaは、筋肉・皮膚の動きをシミュレーションするMayaプラグインだ。まずはじめに骨格ジオメトリを作成し、その上に筋肉・脂肪・皮膚のジオメトリを付けてシミュレーションすることで、筋肉の挙動や、脂肪の揺れ、皮膚がスライドする様子などをリアルに表現することができるという。本作では最
終的に、骨ジオメトリは120個ほど、筋肉ジオメトリは130個ほどのパーツが作成された。Zivaについて、モデリングスーパーバイザーの西田健一氏はこうふり返る。「Wetaに在籍していた頃のつながりで、Zivaの開発者とも直接やり取りしながら使うことができました。モデリングからセットアップ、モーション含めてかなり丁寧なR&Dをしています。はじめは解剖学的な正しさを重視してモデルをつくっていましたが、最終的には動きを重視して試行錯誤を重ねるようになりました」。Zivaでは通常ベースのアニメーションが決まった段階で、骨・筋肉・脂肪・皮膚と段階ごとにシミュレーションをかけ、動きをつくっていく。とはいえ全てシミュレーションのみだと破綻する箇所が出てくるため、省けるところは省いて通常のリグによるアニメーションも組み合わせているという。「リグはWetaで長年活躍されていたアニメーターである小山 誠さんに監修していただきました。小山さんのアドバイスを基に、足が接地する際の関節の制御など、細部までコントロールのしやすいリグになっています」(テクニカルスーパーバイザー・岡田博幸氏)。
馬の毛 並みやたてがみには、MayaのファープラグインであるYetiが用いられた。「モデラーの意見を基に、Yetiを使うながれになりました。結果とても使い勝手がよく、V-Rayとの相性も良かったです」(岡田氏)。特に近距離用のモデルは、体毛全てがYetiでつくられている。
馬アセットのルックデヴ
解像度別のアセット
Zivaによる肉体シミュレーション
<3>コンポジット
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できるだけ2Dで画づくりを行う
Spade&Co.のVFXワークは、なるべく実写で素材を撮り、2D上で画づくりするという特徴がある。「今回は東映スタジオで1ヶ月ほどひたすら素材撮りをしていました。盾や鎧、槍など飛びそうなものはとにかく飛ばしたり、必要なアクションに合わせた兵士や様々なパターンの死体素材、騎馬で並走するための兵士をロボ馬に乗せて撮ったりと、できる限り2Dで対応できるようにしました」(VFXディレクター・白石哲也氏)。実写素材を使うメリットは、よりリアリティのある挙動を得られることと、重くなりがちなCG班の作業を減らすところにあるという。
本作は日本と中国で撮影が行われたため、カット間のマッチングがコンポジットの要だった。日本プレートは基本的にグリーンバックでの撮影だったが、群衆カットは映る範囲が広く幕が足りていないカットが多いほか、土煙を足すために多くのカットでロトスコープやバレ消しが必要だったという。「一筋縄ではいかないバレ消しやロトスコープが多く、かなり作業が大変でした。土煙を足すために、奥行きでレイヤー分けしてロトスコープしているカットも多いです」(リードコンポジター・芝 那々子氏)。グリーンバックは、社内ツールで赤マーカーを消した上でキーイングされている。
土煙は、基本は黒バックで撮影した汎用素材を使い、一部は元素材をキーイングして組み合わせることで表現している。場合によってはFGの明暗の変化をNukeのCurveToolで解析しBGに適用したり、逆にカラコレで煙を目立たなくした上で上に素材を重ねたりすることで、馴染ませていったという。「土煙は光の影響を考えて、煙に明暗のコントラストを付けるように気をつけました。人が多いところの地面近くは暗くしたり、ショットごとに立体感が出るよう細かく調整しています」(リードコンポジター・藤枝京佑氏)。
また、今回の撮影はZeissのレンズに付属するeXtended Dataと呼ばれる”レンズ特性情報”をメタデータに入れ込んで収録しているという。「EXRのメタデータにもこのeXtended Dataを入れてIMAGICAさんに出力してもらっているので、Nuke内でZeissのプラグインを通すだけで自動的に高い精度の周囲減光・レンズディストーションの除去・復元を行うことができました」(白石氏)。
本作のカラーマネジメントはOCIOのカスタムconfigで管理し、作業色空間はS-Gamat・S-Logを採用したという。「今は基本ACESを利用していますが、本作の作業当初はS-logでのグレーディングがベースであったこともあり、より作業に慣れていたカメラネイティブの色空間を使っていました」(白石氏)。
本作用に撮影された汎用素材
信が馬上で戦うカットのマスク処理
伍の仲間たちが群衆の中を走るカットのマスク処理
グリーンバック上の赤いマーカーの処理
秦軍が魏軍の戦車隊に蹂躙されるカットのブレイクダウン
秦軍の総大将、麃公が魏軍の兵士たちをなぎ倒すカットのブレイクダウン
人数を確保するために左右分けて撮影されたカットのブレイクダウン
TEXT_三宅智之(38912 DIGITAL)
EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada