TVシリーズでありながら、LEDディスプレイを用いたバーチャルプロダクションを使用するという、野心的な試みを実現した本作。最新の特撮事情をお届けしよう。
歴史ある特撮と最新のVFX技術の融合
2022年3月よりTV放送中のスーパー戦隊シリーズ最新作『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』。本作は、日本の昔話である「桃太郎」をモチーフにしながら、ARのように現実世界と重なり合う異世界表現やヒーローのアバター設定など、目新しく特異なデザインコンセプトの作品だ。これまでのスーパー戦隊シリーズの常識を覆す斬新な世界観と独特な物語展開に、大人から子供まで多くの人が魅了されている。
本作には、欲望にとりつかれた人間が変貌した姿であるヒトツ鬼、人間より高次の存在である脳人、そして主人公のドンブラザーズの三者が登場する。ヒトツ鬼は欲望が暴走すると巨大化し、同じく巨大ロボに変化したドンブラザーズと共に「脳人レイヤー」へ入り込む。この「脳人レイヤー」でのバトルシーンはインカメラVFXによって表現されており、撮影・照明・美術・特殊効果は特撮研究所、LEDウォールの提供・マネジメントはヒビノ、CG制作はアグニ・フレアが担当した。「本作は世界観がファンタジー寄りだったので、インカメラVFXとの相性も良いと感じました。今回インカメラVFXで使うゲームエンジンのfpsを重視する必要があったので、普段はゲームエフェクトやモデルの制作をされていて、以前『仮面ライダービルド』でも変身シーンをお手伝いいただいたアグニ・フレアさんにお願いしています。スタジオをご提供いただいたヒビノさんは、以前『仮面ライダーセイバー』のときにご一緒したSAFEHOUSEさんのご紹介で依頼しました」(特撮監督・佛田 洋氏)。
LEDウォールを用いたインカメラVFXは高価なこともあり、これまでかなり試験的な運用が多かったが、本作はTVシリーズ、しかも特撮と組み合わせる極めて挑戦的な表現となっている。もとより特撮にはスクリーンプロセスと呼ばれる背景に映像を投影する手法があり、その現代版とも言えるインカメラVFXとは相性が良いと言えるだろう。そもそもインカメラVFXという言葉自体、言い換えれば現代VFXを使った“特撮”である。歴史ある特撮と最新のVFX技術の融合とチャレンジに注目していただきたい。
<01>LEDウォールを用いたバーチャルプロダクション
「Hibino VFX Studio」でのインカメラVFX
インカメラVFXとは、従来のグリーンバックやブルーバックの代わりに、高輝度かつ高精細なLEDウォールを背景に撮影する手法である。CGや実写素材を被写体周囲のLEDウォールに映し出しておくことで、プロダクション(撮影)段階でVFX処理を行うというコンセプトだ。
この手法の大きな強みは、自然な環境光で被写体を照らすことができることだ。周囲を囲むLEDの背景自体が発光しているため、そのまま撮っただけでも比較的馴染んで見えるほか、例えば光沢のある自動車などの被写体でも自然な反射が得られる。もうひとつの強みは奥行きの表現だ。リアルタイムレンダラとカメラのリアルタイムトラッキングシステムを組み合わせることで、まるでLEDウォールの向こう側に空間が広がっているかのような表現が可能になる。実際にはカメラの動きに合わせてパースの破綻がない映像を出力し続けているのだが、これにより従来の美術セットでは困難だった規模感や形状のセットが、“撮影”可能になる。逆に言えばCGの背景制作やエフェクト開発など、従来のVFXではポストプロダクションで担ってきた作業を撮影よりも前段階で行う必要があるほか、LEDウォールを背景にするカメラワークしか現状できないといった制限がある。ある種、従来のVFXより特撮に近い制作手法とも言えるだろう。
コンサートやイベントなど大型映像を手がけるヒビノは、1.56mmピッチかつ全長9m高さ4.5mの超高精細LEDディスプレイと、環境光用の天井・側面の高輝度LEDディスプレイを完備した「Hibino VFX Studio」を擁している。設備内容については、「メディアサーバはdisguise、レンダラにはインカメラVFXで広く使われているUnreal Engineを採用し、カメラトラッキングはRedSpyを用いています。RedSpyは天井に無数の再帰性マーカーを貼り、赤外線と赤外線カメラでリアルタイムにカメラ位置を特定するシステムです」とテクニカルディレクターの堀川 健氏は説明する。
佛田監督はインカメラVFXについてこうふり返る。「従来のグリーンバックでの撮影とはちがい、ポスプロのことを気にせずカメラも動かせるし、ズームもできるし、手持ち撮影も多用できたのが良かったですね。難しかったポイントは、ミニチュアセットとLEDウォールの境目をどうやって馴染ませるかということでした。美術デザイナー、CGデザイナーと共に話し合ってデザインしていきました」(佛田監督)。
インカメラVFXでの撮影の様子
「Hibino VFX Studio」の設備
<02>コンセプトを具現化した背景CG
インカメラVFXならではの苦労や気づき
本作に登場する異世界「脳人レイヤー」の戦闘フィールドには電子部品モチーフのフィールドと、モニュメントバレーモチーフのフィールドの2種類が存在する。これらのBG制作を担当したアグニ・フレアの代表取締役・稲葉剛士氏はこうふり返る。「普段はゲーム向けのモデルやエフェクトを制作しているので、リアルタイム性など技術面での躓きはありませんでしたが、特撮の空気感やスケール感など表現面でかなり苦労しました」(稲葉氏)。また、撮影を務めた特撮研究所の岡本純平氏によれば、インカメラVFXは挑戦の連続だったという。「何もかもが初めてで予想がつきませんでしたが、ノウハウのあるヒビノさんのサポートの下、カット数を絞ってクオリティを上げていくことを目標にしました」(岡本氏)。
フィールドは、求められる画に応じて市販モデルのキットバッシュをベースに制作しているという。「電子部品モチーフのフィールドは、特撮研究所様よりご提供いただいたプロトマップをベースに、各要素にディテールアップを施しています。また、監督の指示のもと市街地の象徴となる道路関連のオブジェクトを追加したり、同じような景色にならないようデザインを調整したりしました。モニュメントバレーの地形では岩パーツなどアセットストアで購入したモデルを調整したり、ベース部分はUE4のランドスケープ機能を使っています」(アートディレクター・岩男信人氏)。制作する中で、インカメラVFXならではの気づきもあったという。「とにかく早い段階でデザインを決める必要があったので、あらかじめCGで作成されたフィールドの中をロケハンしておき、デザインや構図を決めていました。とはいえ、実際にLEDウォールにもってくるとCGのスケールをミニチュアサイズにしないといけないことに気がついたり、カットごとに岩を動かしたりする必要が出てきました」(岩男氏)。
2回目以降の撮影には背景モデラーも現場に参加することで、より円滑なコミュニケーションと調整が可能になったという。「ここの光を弱めたい、この岩を動かしたい、太陽の向きを変えたい、などの細かい調整も、担当したスタッフがいればすぐパラメータを弄って調整が可能なので、現場に制作者がいることは大事だと感じました。実物のミニチュアやライトだと動かすのもひと苦労ですが、インカメラVFXだとすぐ対応できるのでより細部までこだわれたと思います。ただ、今回その場でいじったオブジェクトの位置やパラメータの管理がしっかりとはできなかったので、あるカットで山の位置を動かしたら、元に戻すのを忘れたまま次のカットを撮影してしまう、というようなトラブルもありました。インカメラVFXは事前の計画が大事ですね」(佛田監督)。
電子基板モチーフのフィールドBG
モニュメントバレーモチーフのフィールドBG
事前ロケハンの様子
インカメラVFXと特撮
等高線シェーダ
<03>特撮と最新テクノロジーの融合
特撮の伝統的な爆破をHoudiniとUE4で再現
本作ではUnarel Engine内のポストプロセスによる空気感やHoudiniを利用した爆破表現など、インカメラVFXで表現できる従来の特撮らしさの追求もひとつの挑戦だったという。照明部と美術部は、東映スタジオでの特撮パートと共通のスタッフが担当している。「セットを破壊して破片が飛ぶようなカットはLEDウォールの前では撮影できないため、東映スタジオにミニチュアセットを建てて撮っています。同じスタッフなので、インカメラVFXでやったことをそのまま再現することができ、違和感なくカットをつなぐことができました」(佛田監督)。照明を組む上でも、様々な試行錯誤があったという。「光が綺麗に見えるようにスモークを焚いたり、LEDとは別に追加のライトを設置したりしました。LEDウォールの環境光だけではロボットが背景に馴染みすぎてしまうので、あえてライトを当てて浮かせています」(佛田監督)。テクニカルディレクターの渡邉真之輔氏は、「LEDウォールの環境光は太陽みたいな強い光は表現できませんが、世界観に馴染んだリアルなベースがつくれます。強い照明とも相性が良いので照明演出の自由度は高いです」と語ってくれた。
爆破は、伝統的な特撮で使われる爆発を再現している。「佛田監督が“セメント”をつくりたいとのことだったのですが、当初セメントが何かわからず……。後に、特撮でセメント袋を爆破させる、通称セメント爆破と呼ばれる手法があることを知りました。セメント爆破特有の煙の形状(ツノ)と、濃い煙が空中で留まるような特徴をHoudiniとUE4で再現しています 」(VFXアーティスト・篠原亜留吾氏)。これらの爆発アセットはUE4で細かく調整できるように設定されている。「まずベースとツノの煙をパーツ分けしてHoudiniでレンダリングしました。 それをUE4のNiagaraで組み直し、ブループリントを介して制御しています。煙の色を変えたり、『このツノが伸びすぎていて良くない』などの細かい修正にもその場で対応できるようにしました」(篠原氏)。特撮スタッフとCGスタッフが現場に集まり密接なコミュニケーションをとることによって、特撮らしさと新しさが両立した斬新な表現が実現できている。これまでのVFX作品で分離されてきた撮影部とCG制作部が一体となれるのが、インカメラVFX最大の魅力なのかもしれない。
最後に、特撮やCGの未来について佛田監督に聞いた。「理想は、どれかひとつの技術に固執せず、インカメラVFXもロケ撮影もミニチュア撮影も全部まぜこぜにして、いいとこ取りのつくり方をしたいですね。お金はかかりますけど、それぞれにしか出せない強みがあると実感しています」(佛田監督)。
特撮らしい画づくり
セメント爆破の表現
爆破シークエンスの様子
Unreal Engineでの爆破表現
UEでのブループリントの様子
爆破テクスチャ
月刊CGWORLD + digital video vol.293(2023年1月号)
特集:アーティストのためのAI活用
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:128
発売日:2022年12月9日
TEXT_三宅智之(38912 DIGITAL)
EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada