2022年11月にYouTubeで公開されるやいなや話題を呼び、2週間で27万再生突破という快挙を成し遂げた本作。自主制作の枠を超えた大迫力のVFXが魅力の怪獣映画だ。監督・脚本・編集・VFXと、制作のほぼ全てをひとりで務めた黒須祐基氏に話を聞いた。

記事の目次

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 295(2023年3月号)からの転載となります。

    Information

    『地雷大怪獣イヴァラ -case of extra-』
    怪獣が突如出現した街。そこに居合わせた名もなき一般市民の物語。
    監督・脚本・編集・VFX:黒須祐基
    YouTube:@yukikurosu9320
    『地雷大怪獣イヴァラ-case of extra-』 VFX Breakdown

    7年かけて生み出された自主制作怪獣映画

    CGクリエイターの黒須祐基氏による自主制作映画『地雷大怪獣イヴァラ-case of extra-』。本作は怪獣が突然出現したとある街を舞台に、その場に居合わせた名もなき一般市民の心理を描いた7分14秒の短編作品だ。黒須氏は撮影を除きほぼひとりで、なんと7年もかけて本作を制作したという。「『イヴァラ』は趣味で制作した自主制作映画です。仕事から帰ってきた後や、土日など時間のあるときに作業をして少しずつ制作しました」。

    黒須祐基/Kurosu Yuki

    茨城県出身。大学卒業後、専門学校を経て、都内のCGプロダクションに勤務。CGクリエイターとして、ゲームや映像制作に携わる。
    Twitter:@KuroKuroCross

    黒須氏は大学生の頃から趣味で自主映画を制作しており、同時にAfter Effects(以下、AE)による2D合成などにも触れていたという。「大学生当時、AEはあくまで遊び程度に嗜んでいました。大学を出た後に入った専門学校で3DCGを本格的に使い始め、現在は3DCGデザイナーを生業にしています。ただ、仕事では実写をほとんど扱わないので、技術の幅を広げるためにも昔から好きだった怪獣映画にチャレンジしてみようと思ったのがきっかけです」。

    自主制作映画、特にひとりで制作する場合は、モチベーションを保つことがなかなか難しい。黒須氏は、制作の7年間についてこうふり返った。「企画段階では2年くらいで完成させたいという目標があったのですが、ひとりで制作するとなると、2年経ってもなかなか完成が見えませんでした。結局、本業が忙しくなりモチベーションがなくなった時期が続きました。ただ、2~3年前から、その日の気分で好きなところだけやろうと進め方を変えたところ、1日およそ2時間程度の作業を積み重ねられるようになりました」。

    黒須氏にとって制作モチベーションが復活するきっかけは、映画鑑賞が多いという。「良い映画を見ると、自分は今のままでは駄目だ、走らなきゃと思うんです。最近だと『すずめの戸締まり』や『シン・ウルトラマン』を観た後には制作意欲が湧きました。やはり完成させて、観てもらって、意見をもらうのはすごく楽しいので続けられたんだと思います(笑)」。黒須氏の努力の結晶である本作、その本格的で地道なVFXの舞台裏に注目したい。

    <1>7年前に始動した企画と撮影

    自主制作ならではのミクロな視点で怪獣を描く

    本作の企画について、黒須氏はこうふり返る。「茨城県出身なので『イヴァラ』。完全に悪乗りした題名ですが(笑)、慣れ親しんだ風景に怪獣を登場させたい、という思いで企画を始めました。昔から怪獣映画が本当に好きで、幼い頃の夢は怪獣のスーツアクターか特撮の監督でした。大学生の頃は技術的・金銭的な制約で特撮をつくるには至りませんでしたが、社会人になって知識を得た今ならつくれるのではないかと考えた次第です。なので、ただ単純に怪獣がつくりたい、というビジュアルがこの企画の始まりです」。

    パイロット版の映像を作成した際、友人から物語があった方がよいという意見をもらったことで、ストーリーをつくることを決めたという。「そこまで深いメッセージ性のある作品にしたかったわけではないのですが、東日本大震災のとき、津波に飲まれるまで非常放送をし続けたという役場の方の話や救助に当たった自衛隊の話を耳にして、自分の危険を顧みず一歩踏み出す人の話にしようと考えました。商業作品でないからこそできる、ミクロな視点の作品にしたかったという思いはあります。怪獣映画だけど怪獣映画らしくない、あくまで風景としての怪獣を目指しました」。

    企画書と絵コンテ

    • 撮影時、スタッフやキャストに共有するための企画書兼脚本のテキスト
    • 編集を進める中で、台詞は変更されている
    • 絵コンテ
    • 絵が苦手とのことだが、コンテの段階からかなり迫力が伝わってくる

    撮影は7年前に行われた。大学時代に仲が良かったという自主映画のメンバーや同級生を集め、スタッフやキャストを依頼したという。「役者と兼務で、合計15人くらいでした。撮影時はおおよそ4~5人くらいのクルーで、ロケとグリーンバック込みで合計5日間かけて撮っていたと思います。自主映画なのでギャラは交通費と食事代のみ。逆に誘われたら手伝いに行ったりするので、持ちつ持たれつの関係ですね」と黒須氏。

    グリーンバックのカットは、近所の公民館の一室を借りて、自分で購入したグリーンバック用の布や照明を広げて撮影したという。「カメラは持ち寄りだったので、カットごとにバラバラでした。iPhone等も使って撮りましたが、カットごとの色合わせは大変でしたね。それから、ダンボールで風を吹かせたりして撮影していました」(黒須氏)。編集は大学生の頃から使い慣れていたというPremiere Pro、その後、細かい調整やカラーグレーディング目的でDaVinci Resolveを使い始めたという。

    撮影の様子

    • 公民館の一室にグリーンバックと照明を配置して撮影した。手探りだったため、光源位置の工夫や光量が足りない反省点もあったという
    • 合成前の素材。室内撮影でもなるべく外らしくするために、スタッフやキャスト総出で風を仰いでいる

    無償版DaVinci Resolveによる編集

    無償版DaVinci Resolveによる編集の様子。本ソフトはカット編集、カラコレ、音声など、最終的な編集に用いたという

    <2>理想とする2足歩行怪獣のモデリング

    ゼロからつくるこだわりの造形

    もちろん怪獣造形も、黒須氏によってゼロからデザインされている。「シンプルに自分がカッコいいと思う2足歩行の怪獣が作りたかったんです。ゴジラとガメラが大好きなので、あえてゴジラとガメラを除いた怪獣作品や恐竜を参考につくっていたのですが、結局は手クセでゴジラやガメラに似てしまったと感じています(笑)。改めてゴジラやガメラってシンプルに洗練されたデザインなんだなと思いました。」と黒須氏。

    最終的には、大きな背びれと牙、大きな手が特徴的なデザインの怪獣となった。「これも悪ノリなんですけど、実は背びれは茨城県の形をしています。ただもともとのコンセプトとして、サメみたいに背びれを出して地中を泳いでほしいなというのがありました。なので、掘り進みやすいよう手は大きめになっています。牙は、当初レールガンみたいに電気を吐き出させたいという意図があってこのデザインにしたんですが、結局映像化には至りませんでした」。

    怪獣イヴァラのデザイン

    前面からのルックデヴ画像。大きな牙と手が特徴的なデザインとなっている
    背面からのルックデヴ画像。茨城県を模した背びれが見て取れる

    モデリングはMayaによるポリゴンモデリングのみで、ZBursh等は使っていないという。「7年前の当時、ZBrushは簡単に買える状態ではなかったので使っていません。Mayaでモデリングとリギング、Photoshopでテクスチャを描いています」。

    怪獣イヴァラのモデルメイキング

    • 怪獣アニメーション用モデル。モデリングツールはMayaのみ
    • 怪獣レンダリング用モデル。OLM OpenToolsのNoise Deformerを利用して、凹凸が追加されている
    Photoshopで作成された怪獣のカラーテクスチャ

    リグも、仕事の中で覚えた知識を活かしてゼロからつくったという。「製作期間中、リグはかなりつくり変えました。最終的にFKとIKを切り替えられる、よくある形にはなっているかなと思います。アニメーションはあまり得意ではないのですが、自分が怪獣の動きをしているところを撮影してリファレンスにしました」。

    怪獣イヴァラのアニメーションメイキング

    • 怪獣リグFKバージョン
    • 怪獣リグIKバージョン。これらは切り替えられるように組まれている
    Mayaでの作業画面。全てアニメーションは手付け
    歩行アニメーションのテストレンダリングムービー

    そのほか、作中に登場するクルマや電車も黒須氏がモデリングしている。「クルマは学生時代に作成したものをベースに、本作用にリファインして裏面もつくってみました。車種を完全再現というより、いろいろなクルマを組み合わせてモデリングしています。電車はパイロット版で作成したモデルを流用しました」。

    クルマのモデル

    • ワイヤーフレームとビューティ表示
    • 裏側も見えるため、モデルとしてつくり込まれている。Mayaでモデリングされた
    Substance 3D Painterによるテクスチャ作成の様子

    電車のモデル

    • ワイヤーフレームとビューティ表示
    • こちらも裏側含めて丁寧につくられている

    道路を大勢が逃げていくカットの群衆は、現在開発終了しているFuseが用いられている。「自主映画だと道路封鎖などの大規模な撮影を行うことはできませんが、怪獣映画っぽい画をつくりたくて、デジタルエキストラに挑戦しました。Fuseでベースモデルをつくり、Mixamoでリグの簡易セットアップを行い、10体ほどバリエーションをつくったと思います。遠景でボケる予定だったので、質感はつくり込まずに、Photoshopで色を変える程度に留めました。最終的にMayaでアニメーションを調整したり、揺れものにデフォーマを仕込んだりしています」。

    群衆モデルの制作手順

    ベースはFuse(開発終了ソフト)で人物モデルを生成
    Mixamoを利用してボーン、スキニングを半自動で行なった。遠景用のため、質より効率が重視された
    Mayaでのチェックレンダリング。Photoshopでテクスチャを加工して服の色を変えたり、身長を変えてバリエーションを出したりしている
    揺れものデフォーマの様子。長い髪の毛やスカートのなびきを演出するため、Mayaのノンリニアデフォーマのうち、「ベンド」や「ウェーブ」を利用して歪ませ、ウェーブデフォーマのオフセットにアニメーションキーを打つことで波打つ動きを付けたという

    群衆カットのブレイクダウン

    • 撮影素材
    • デジタルエキストラの作業画面。Mayaのコンテンツブラウザに入っている走りモーションをカスタマイズして使用
    カラーグレーディングを施した完成画

    <3>創意工夫を凝らしたコンポジットワーク

    塵も積もれば山となる地道な合成作業

    個人制作のVFXは、撮影から始まる。「なかなか大規模な撮影はできないので、基本は人間目線のアングルに絞っています。また、カメラトラッキングやマスク抜きが大変になるだろうと見込まれたので、基本は固定カメラで撮影し、見せ場だけカメラを動かすようにしました。カットによっては、静止画しか撮っていないカットもあります」。固定カメラや静止画の素材は、後処理で煙やホコリ、ノイズや画ブレを加えることで、画の臨場感を演出している。

    また、怪獣の大きさの整合性はあえて無視しているという。「つくりたい画がまずあったので、怪獣の大きさの設定は60mくらいと設定していたものの、カットごとにかなり変えています」。

    まず大きな見せ場となるのは冒頭、クルマが横に飛んでいき、大きく振り向くと煙から怪獣が登場する主観カットだ。

    クルマが飛んでくるカットのブレイクダウン

    • 撮影素材
    • クルマのレンダリング素材。底面のモデリングが活きている
    • 煙のレンダリング素材
    • コンポジットした状態。2D映像素材集であるAction Essentials 2の破片を3Dレイヤーで追加した
    • DaVinci Resolveでカラーグレーディングした完成画
    • Mayaでの作業画面。カメラトラッキングは、Maya上で手付けで行われた。煙はクルマをエミッターにしてFumeFXで作成している

    「このカットの冒頭はカメラを動かしすぎてトラックできなかったので、手付けでカメラワークを合わせています。飛んでくるクルマ自体動いているので、結果として滑りは気にならない程度に抑えられたかなと思います。カットの後半、怪獣の登場シーンは、AEの3Dカメラトラックをして、そこにレンダリングした怪獣を板ポリのように配置することでコンポジットしました。煙は、作成しておいた汎用素材を組み合わせてつくっています」。

    MayaのFumeFXで作成したという汎用の煙素材は、長尺でレンダリングしており、フレームをずらすことであらゆるカットで使えるようにしている。「汎用の煙素材は、怪獣が地中を潜るカットでも使っています。破片は映像素材集のAction Essentials 2も組み合わせました」。

    汎用煙素材の作成

    Mayaでの作業画面。FumeFXで、オブジェクトをエミッターにして生成した
    レンダリング素材。600~2000F程度の長回しで出力し、コンポジット時にフレームをずらすことで見映えのちがいを出している

    怪獣が地中を潜るカットのブレイクダウン

    • 撮影素材
    • 煙+破壊素材。汎用煙素材と、Action Essentials 2を組み合わせて、奥から壊れるような画をつくり上げた
    カラーグレーディングを施した完成画

    怪獣が建物を突き破るシーンは、Mayaの破壊プラグインPulldownitと、nParticleが用いられた。このカットの煙はFumeFXでシミュレーションした素材と、既存の映像素材を組み合わせて作成されている。

    怪獣が建物を突き破るカットのブレイクダウン

    • 撮影素材
    • Mayaでのレイアウト画面
    • 破壊のコンポ
    • FumeFXで出力した煙素材やAction Essentials 2の素材を組み合わせたもの
    • カラーグレーディングを施した完成画
    • Mayaでの作業画面。破壊プラグインのPulldownitと、nParticleのインスタンスによる細かい破片やガラス片を組み合わせて破壊が表現された

    「この壊しの建物は、破壊した箇所のみCGに置き換えて、ほかは実写をそのまま使っています。『モスラ3 キングギドラ来襲』で石膏ビルの破壊の部分だけを合成していたのに着想を得ました」。

    そのほか、電車カットの人物はAEによるクロマキー合成、各カットのマスクにはMocha for AEを利用したという。

    電車カットのブレイクダウン

    • 背景の撮影素材
    • 演者の撮影素材
    電車のレンダリング素材。nParticleによる火花、FumeFXによる煙も追加されている
    コンポジットした状態
    カラーグレーディングを施した完成画

    煙から怪獣が登場するカットのブレイクダウン

    • 撮影素材
    • 怪獣のレンダリング素材
    煙素材のレイヤー。怪獣素材のデプスでマスクすることで、奥行きを表現している
    コンポジットした状態
    カラーグレーディングを施した完成画

    最後に、黒須氏は7年間についてこうふり返る。「ワンカットずつ細かくやっていけばいくらでも、いつまでもできてしまうのが自主制作です。まずは完成させることを目標にするのが大事だったなと思います。ただ、自分のつくりたいようにつくれる楽しさは何事にも代えがたいですし、7年間を通して技術だけでなく感性も磨くことができたなと感じています」。

    月刊CGWORLD + digital video vol.295(2023年3月号)

    特集:アニメCGの現場 SPECIAL
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2023年2月10日

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    TEXT_三宅智之(38912 DIGITAL)
    EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada