本作は、1年間におよぶ肉体改造・相撲の稽古を経て制作された本格相撲ドラマ。相撲アクションを活かすために求められたVFX制作の裏側を紹介していこう。

記事の目次

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 302(2023年10月号)からの転載となります。

    体当たりの演技を補佐するCG・VFX制作

    Netflixにて、2023年5月4日より世界中で好評配信中のオリジナルドラマ『サンクチュアリ -聖域-』。日本の国技である大相撲を題材とし、崖っぷちに追いやられた1人の破天荒な男が力士へと上り詰めていくオリジナルストーリーが描かれている。演者たちは専門家の指導のもと1年間に及ぶ肉体改造・相撲の稽古を行なった上で撮影が進められ、彼らの体当たりな演技が作品の大きな見どころのひとつとなっている。

    『サンクチュアリ -聖域-』
    監督:江口カン、VFXプロデューサー:松本肇、横石淳、VFXスタジオ:エヌ・デザイン、スタジオ・バックホーン、マリンポスト、日本エフェクトセンター、DigitalClover、日本映像クリエイティブ、ビッグエックス、Android、デジタル・フロンティア、制作:SLOWTIDE、製作:Netflix
    www.netflix.com/jp/title/81144910

    作品の性質から一見実写が多くVFX要素は少なく感じられるかもしれないが、実際のところ国技館(作中での名称は国技会館)やトレーニングのカット、カツラのバレ消しなど、VFXはそのリアルな芝居やアクションを補佐する役割で膨大なものとなり、大規模な制作体制が採られた。VFXプロデューサーに関しても、松本 肇氏(ビッグエックス)と横井 淳氏(Android)の2名が立てられており、当初のメインは松本氏であったが、怪我によるテーピング消しなどの作業が想定以上に増えていったため、横石氏が作業の一部を補佐するかたちで参加することとなった。

    左から、プロダクションコーディネーター・藤田卓也氏(エヌ・デザイン)、VFXプロデューサー:松本 肇氏(ビッグエックス)、VFXディレクター・阪上和也氏、VFXエディター・川瀬基之氏(以上、エヌ・デザイン)

    松本氏が統括するパートにおいても今回取材に協力いただいたエヌ・デザインをはじめ計7社ものVFXスタジオが名を連ね、そのボリュームが窺い知れる。「作品の性質上、CGやVFXが目立つものであってはなりませんでした。バレ消しなどの処理なども含め作業要素は膨大にあったのですが、CGがしっかりと実写に馴染み、それでいて効果的な演出となるようクオリティを追求することが第一でした」(松本氏)。

    制作は2020年春から開始され、2年10ヶ月ほどの期間を要した。「VFX要素の多さに加え、4K HDRであったことも制作に大きな負荷がかかりました」(エヌ・デザイン VFXエディター・川瀬基之氏)。容易にプレビューすることができないなどの問題もあったそうだが、クオリティに妥協することなく取り組んだという。その甲斐もあり、ドラマ全体を通してVFXパートを見分けるのは非常に難しい。今回はドラマに隠されたCG・VFX制作について、エヌ・デザインが担当したカットから紹介していく。

    <1>大相撲の取り組みを支えるリアルな舞台

    つながりのある演技を群衆の動きに反映

    「エヌ・デザインは国技会館のカットをメインで担当させていただきました。CGによる2階席の観客の再現と、VFX演出、バレ消しなどです」(エヌ・デザイン VFXコーディネーター・藤田卓也氏)。撮影は国技館を模した大規模なセット内で行われたが、セットは1階観客までしか作られておらず、2階席から上はCGで補われている。

    それらのカットにおける大きな作業としては、CGによる観客の作成となる。制作にあたってクラウドシミュレーションを含めフローが検討されたが、観客の仕草にこだわりたいという方針で可能な限りデザイナーが手で配置してつくっていくこととされた。

    「つながりをしっかりと意識してつくっていきたいと考えました。少ない人数のカットではデザイナーがひとつひとつ手で配置して芝居をつくっていっています。ただし、満員御礼の場合はそれでは対応できませんので、HoudiniのCloudを使用して、プロシージャルに群衆の演技を編集できるよう構築しました。こちらもシミュレーションではなく、可能な限り手で調整できるしくみとなっています」(エヌ・デザイン VFXディレクター・阪上和也氏)。

    なお、群衆用モデルは10代、20代、50代の男女で衣装を変えてスキャンして準備され、テクスチャでバリエーションを増やしている。モーションも同じく複数人の動きをモーションキャプチャし、シチュエーションごとに複数パターンが撮影された。「モブシーンにおいては規則性が見えてしまうと一気にCG感が出てしまいますし、不自然に見えてしまいます。そのため、モデルも動きも自由にカスタマイズして、カットに合った演技、演出をしっかりさせることが重要でした」(阪上氏)。

    国技会館の制作

    大型のセットで撮影され、セット外をCGで補完。国技会館のCGアセットはスタジオ・バックホーンが担当、エヌ・デザインが各カットの制作を行なった。

    ファイナル(グレーディング前)
     撮影プレート
    • キーイング
    • CG素材

    観客のモデル

    10代、20代、50代の男女を衣装を変えてスキャニングしてベースモデルが準備された
    Attributesでカラーを変更し、バリエーションが増やされている

    Houdiniによる群衆シーンの作成の様子

    • モーションデータのライブラリ。fbxでモーションデータを読み込み、KineFXで扱えられるようMotionClipへ変換。使用するフレームを抜き出し、モーションの開始と終わりを10fでブレンドしてモーションがループするように設定された
    • エージェントのタイプの選択。性別、年代、服装を選択可能
    モーションデータを配置されたエージェントに適用

    座布団が投げ込まれるカット

    第6話、観客席より土俵に座布団が投げ込まれるカット。実物の座布団に加え、CG座布団が追加されている。

     ファイナル(グレーディング前)
    • 撮影プレート
    • キーイング素材
    • レンダリング素材
    • CG素材

    座布団のシミュレーションの様子

    • 座席の座布団をエミット位置とし、パーティクルの発生点を決定
    • POP Sim。パーティクルを座布団の位置から中央方向に発生。座布団は大きくカーブしながら飛ぶため、パーティクルの進行方向のVelocityと上方向({0,1,0})の外積をとったベクトルをVelocityに足して、カーブする軌道に調整
    • パーティクルに座布団のモデルを適用
    • 地面付近の座布団を抽出し、Vellumを使ってCloth Simを行い、POP Simと統合

    通路から入り土俵を望むカット

    第3話の通路から入り土俵を望むカット。別の撮影場所となるため通路にグリーンバックを配置して撮影し合成している。

    •  撮影プレート
    • ファイナル(グレーディング前)

    <2>FaceCapによるフェイシャルアニメーション

    若き日の猿将親方をCGで再現

    ここではCGで制作された若き日の猿将親方の取り組み(第7話)を紹介しよう。「猿将を演じたピエール瀧さんの若い頃の顔をCGで作成し、それを取り組んで演じる役者に合成しています」(阪上氏)。顔のモデルはピエール瀧氏の顔をスキャンした後、若い顔へと加工された。なお、3Dスキャンデータは、LightStageでベースを1パターン、その他のバリエーションの表情を通常のスキャニングで6パターンが用意されたとのことだ。

    続く表情の作成では、FaceCapによるフェイシャルキャプチャが用いられた。「FaceCapはこれまで検証してきて本作で本格的に使用してみましたが、既存のフローで準備しているフェイシャルターゲットと相性が良かったです」(阪上氏)。フェイシャルキャプチャの運用において、リターゲティングにおけるターゲットモデルが重要となるが、エヌ・デザインでは様々なフェイシャルキャプチャに対応できるよう50以上のターゲットを準備しており、この準備されたサンプルモデルのターゲットを実モデルに転写・複製できるようにしくみ化されている。「トポロジーを合わせることで転写できるようにしています。もちろん転写後の調整は行なっています」(阪上氏)。

    なお、フェイシャルキャプチャ用動画の撮影もピエール瀧氏が演じている。「フェイシャルに関してはピエール瀧さん自ら演じてもらえたのは大きかったですね。取り組みの力士の動きに合わせて演技してもらいましたが、ピエール瀧さんらしい表情をダイレクトに若い顔の反映させることができました(阪上氏)」。

    本カットはTVに映し出されるVHSの映像となっているが、そのVHS映像の風合いも非常に見事に再現されている。コンポジットはNukeにて行われたとのことだが、「歪みやノイズ、色味などを様々なフィルタを組み合わせて作成しました。チリチリしたノイズが下の方に入ったりとか、ちょっと横に色がずれていたり、硬い色味だったり、記憶と実際のVHSを参考に丁寧につくり上げました」とのこと。こうしてつくられた映像がはめ込み合成された。

    フェイシャルキャプチャデータの運用

    FaceCapによるフェイシャルキャプチャデータの運用の様子。異なるモデルであってもトポロジーを合わせることでターゲットを容易に複製できるようにされており、本カットのみならず前項で紹介した国技会館内の観客にも使用されている。

    VHS映像の再現

    • 低解像度感加工前。顔の差し替えとしてもともとのサイズでコンポ
    • オリジナルサイズに一番近い解像度で4:3にしてレイアウトを決め、解像度を下げ、Clampで白と黒をたたく。Blocky・Sharpen・Blurをくり返し低解像度感を表現
    • 画面下にノイズ加工。時々ランダムに現れるように調整された
    • 画面横・下に入る歪みと、人物や物のエッジに入る走査線のようなノイズを追加
    • 色収差、カラコレで古っぽく加工
    • 画面下のテープが擦れたようなノイズの追加
    はめ込み処理

    CGWORLD 2023年10月号 vol.302

    特集:『ポリゴン・ピクチュアズ40周年をふり返る』
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2023年9月10日
    価格:1,540 円(税込)

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    TEXT_渡邊英樹
    EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada