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    日本における3DCG・映像教育の現状と課題を探るため、教育現場と制作現場の双方で活動している方々に話を聞く本連載。今回は、1979年創業の老舗アニメスタジオ ぴえろの創立者で、100本を超えるアニメの企画・制作に携わってきた布川郁司氏にご登場いただく。数年前に同社の最高顧問となり、プロデュースや経営の第一線からは退いた布川氏。「世界に通用する作品を創造・プロデュースできる人材の育成は、アニメ業界の急務であり、今後の私の責任だと感じています」との思いから、2013年にNUNOANI塾という私塾を立ち上げた。そんな布川氏に、同塾への思いを伺った。

    "アニメはつくるよりも見る方が楽しい"と言われてしまうのは残念極まりない

    現代の商業アニメ制作は、数多くのスタッフの働きによって支えられている。ただし、その品質の良し悪しや、商業的な成功は、10人程度の主要スタッフにかかっていると布川氏は語る。「TVアニメであれば、プロデューサー・監督・シリーズ構成・作画監督・美術監督などが、各々のパートで良し悪しを判断していきます。アニメ制作を川の流れに例えると、彼らは川の水を浄化する"関(せき)"のようなものです。上流から流れてくる、ストーリー・演出・画などの良し悪しに目を光らせ、良いものだけを下流に流す。ただし予算やスケジュールが厳しいと、関の数を減らさざるをえない。関の入れ具合が、アニメの品質や成功を大きく左右するわけです」。

    この関を担うにあたり、要となるのが"企画の読解力"と"演出力"だという。ただし、それらの力を現場経験のみから体得することは難しいうえ、プロ向けに教えられる教育機関も少ないのが現状だと布川氏は続ける。

    • 布川郁司/Yuji Nunokawa
    • 布川郁司/Yuji Nunokawa
      株式会社ぴえろ ファウンダー/最高顧問。財団法人 日本動画協会相談役(2009〜2014年理事長)。日本デザインスクール卒業後、虫プロ、スタジオジャック、タツノコプロダクションにてアニメーター、演出家として数多くの作品を手がける。代表作は『いなかっぺ大将』『キャシャーン』『タイムボカン』『ヤッターマン』など。1979年、株式会社ぴえろを創立。代表作は『ニルスの不思議な旅』『うる星やつら』『魔法の天使クリィミーマミ』『幽☆遊☆白書』『NARUTO』『BLEACH』『東京喰種』など。80以上のTV作品、20以上の映画作品の企画、制作に携わる。2013年、NUNOANI塾を設立。日本のアニメ・コンテンツ産業を牽引する人材の育成を目指し、布川氏、現役のアニメ監督、ストーリーテリングの専門家などが、プロデュースとディレクションに特化したプロ向けの専門教育を行っている。

    「アニメはもちろん、ゲームも、マンガも、若い人たちが力を付け、どんどん新しいものを発表しない限りその産業に未来はありません。ところが今の制作現場を見わたしてみると、せっかく業界に入ったにも関わらず、迷い、伸び悩んでいる人たちが少なからずいるのです」。"なんのために、この作業をやるのだろう?" "何を目標にしたら良いのだろう?"といった疑問の答えが見つからないまま、日々の仕事に追われ続け、情熱を失っていく姿を見るのは悲しいという。

    「若い人から"アニメはつくるよりも見る方が楽しい"と言われてしまうのは残念極まりないですね。長年この業界に関わってみて、やっぱり"人ありき"だと、つくづく感じます。志ある若い人たちが学ぶための道筋をつくり、道を進む後押しをすることは、我々の急務です」。

    「先生に聞く。」第6回・布川郁司塾長

    迷い、伸び悩んでいる人たちには、前述の力に加え、"アニメ制作の体系を俯瞰視点で捉える力"が欠けていると布川氏は続ける。「"俯瞰視点で捉える"というのは、"現実的なビジネスとして捉える"という意味です。私自身、ぴえろを起業した当初は俯瞰視点が欠けており、大失敗をしました。それまではアニメーターや演出家として、原画1枚いくら、絵コンテ1本いくらで仕事をしていたので、アニメのTVシリーズが総額いくらでつくられているのか認識できていなかったのです」。

    このとき布川氏が手がけた『ニルスのふしぎな旅』(1980〜1981)は全52話のTVシリーズで、日本のNHKに加え、ヨーロッパ各国でも放映され高い評価を受けた。「私みずから演出を担当した第2話では、1万5千枚もの動画を使ったのです。社長が率先して赤字を作ったようなもので、結局本作の赤字は4千万円まで膨らみました。たとえ評価が高くても、理想だけでは食べていけない。そこからは無我夢中で走ってきました」。走りながら、プロデュースを学び、会社経営を学び、俯瞰視点を体得した布川氏。その努力が実り、ぴえろは老舗の独立系プロダクションとして、今もヒット作を生み出し続けている。

    ▲【左】布川氏が描いた『ニルスのふしぎな旅』の絵コンテ。当時は社長業の傍ら、演出を担当することもあったという/【右】布川氏の部屋にずらりと並ぶ、ぴえろが関わってきたアニメのDVDや関連グッズ。同社では、作品制作に加え、キャラクターグッズやおもちゃなどを売るマーチャンダイジングも手がけている。プロデューサーや監督は、これらの関連ビジネスも視野に入れて企画をねるべきだと布川氏は語る

    「我々の仕事のお客様は、子供や若い人たちです。日本の少子化は今後も継続するでしょうから、日本の国だけでビジネスを続ける限界を、我々はもっと深刻に考えるべきでしょう。今は近年まれに見る数の深夜アニメがつくられていますが、これは一時の流行のようなものだと思っています。流行が終わってみたら、『サザエさん』や『アンパンマン』しか残らなかったという事態だって起こるかもしれません」。そうならないためのカギは、海外展開にあると布川氏は考えている。「日本のアニメはクオリティが高く、世界でもトップレベルです。作品を制作する段階から、世界に向けて発信し、売るための方法を考えていく。そんな俯瞰視点のプロデュース力をもった人を増やすことが大切でしょう」。

    ▶︎次ページ:プロが学ぶための道筋として設計された、NUNOANI塾のカリキュラムとは? [[SplitPage]]

    企画・演出・ストーリーテリングが、コンテンツの成功を左右する

    NUNOANI塾の開講期間は1年間で、募集人数は15人程度、隔週土曜日に約半日の講義と実習が行われる。2015年12月現在は、第3期生が受講中だ。アニメを中心とした映像関連の仕事をしている人が受講対象だが、塾生のなかには3DCG制作やゲーム開発に携わっている人もいれば、大手メーカー勤務の人までいるという。「他業種の人や、実務経験がない人でも、一定の基礎映像表現技術があれば入塾を認めています。当塾で伝えていることは、アニメ以外の仕事にも活かせる、ビジネスとクリエイティブを支える本質的な力だと思います」。その証拠に、前述のメーカー勤務の塾生は、布川氏の指導を受けて制作した企画が自社の社長賞を受賞したという。

    「先生に聞く。」第6回・布川郁司塾長

    同塾の講義は毎回3部構成となっており、第1部では布川氏自身が中心となってプロデュースを教える。実際に企画を立て、それをプレゼンテーションするといった実践的な課題も出されるという。「企画内容はアニメに限定しません。フルCG映像でも、ゲームでも、何でも良いから、オリジナリティのある企画を考えるよう指導しています」。今はオリジナル企画を通しにくい時代だが、たとえチャンスは少なくても、常にオリジナルの発想をする癖を付けてほしいという。

    「例えば、電車の横並びの座席に座っている乗客たちを観察すれば、そこから1本のドラマが思いつかないですかと、塾生たちにはそんな話をしています。乗客のなかには、ご老人がいたり、スマフォしか見ていない若い人がいたり、宙を見つめてずっと考えごとをしている人がいたりするでしょう。そういう事象を観察して、組み合わていくなかから、新しい企画が生まれるのです。何もないゼロの状態から、突然素晴らしい企画が生み出されるなんてことは、まずありません」。与えられた仕事を淡々とこなす日々に安住していてもつまらない。チャンスに備えて、常に企画力を磨いてほしいと布川氏は語る。

    さらに講義の第2部では、長年ぴえろのヒット作を支えてきた現役のアニメ監督たちが、入れ替わりで演出や絵コンテの実技を教える。第3部では、ストーリーテリングの専門家が、脚本の意図を理解する方法や、演出内容の伝え方を教えるという。

    企画・演出・ストーリーテリング、この3つは、アニメはもちろん、様々なコンテンツの成功を左右する大切な要素です。例えば監督には、自分のつくりたいものを追求するだけではなく、つくるために、どうやって制作資金を調達するのか、メディアに対してどう発信していくのかといった知恵も付けてほしい。プロデューサーには、どんなスタッフワークがあって、どうすればスタッフの才能を引き出せるのかも学んでほしい。先の3つの要素を熟知した人が増えるほどに、日本のコンテンツが成功する確率は高くなっていくのです」。

    「先生に聞く。」第6回・布川郁司塾長

    現在同塾では2016年4月入学の第4期生を募集中だが、今のカリキュラムはまだまだ発展途上なので、来期に向けてさらに改良していきたいという。布川氏を始め、日本のアニメを今日まで盛り上げてきた当事者たちの考え方や技巧に触れ、それらを吸収できる環境は、貴重で素晴らしいと筆者は感じた。同塾の卒業生が、今後の日本のコンテンツ産業に新たなインパクトをもたらし、国内はもちろん、世界にも発信されていくことを期待したい。

    TEXT_尾形美幸(CGWORLD)
    PHOTO_弘田 充