『就職するため』の受講か、『一生の仕事にするため』の受講か
前述の通り、両氏のビデオ講義は『Painting with Light and Color』と題されている。このタイトルを見て、『ライティングや配色のテクニックを学べるのだろう』と期待した人もいるだろう。筆者もその1人だ。しかし、テクニックの修得だけを追い求める人は、成長が頭打ちになると堤氏は釘を刺す。
「テクニックを伝えるだけなら、全9回もの講義は必要ありません。僕たちが伝えたいのは、絵を描くときの考え方、アプローチの方法、観察のやり方です」。絵筆の使い方、ソフトの操作方法などのテクニックを覚えても、そのテクニックを使う理由や目的を理解していなければ、学んだことを応用できない。結果として、その人のアーティスト人生は長続きしないという。
ビデオ講義を受けた瞬間に、何かが劇的に変わることを期待しないでほしい。受講後も、自分の力で学び続け、成長し続けるためのきっかけや道しるべを得たり、基盤をつくったりすることを目的にしてほしいと堤氏は語る。「『就職するため』に講義を受けている人と、『一生の仕事にするため』に受けている人とでは、5年先、10年先、20年先で大きな差がついてしまいます」。
数ヶ月先、数年先の就職だけに目を奪われている人は、テクニックを偏重する傾向にある。加えて、重いものを持ち上げるならこのポーズ、ジャンプするならこのポーズというように、その表現は過度にマニュアル化されがちだという。「教材や本に書かれたマニュアルを鵜呑みにするのではなく、実際の人間の動きを自分の目で観察し、そのポーズが生活のどんな場面に登場するのか、前後にどんな動きが発生するのかといったことまで分析しなければ、応用力は身に付きません。だからこそ、観察が全ての表現の基盤となるのです」。
今回のインタビューの直前、堤氏は空港から都心へ向かう電車の中で乗客をスケッチし、『日本人は似たような外見をしている』という先入観のまちがいに気付いたという。「スケッチをするときには上手く描きたいから、対象をすごく観察します。表面の化粧や服装、その下の骨格、内面の感情を反映する表情や仕草まで観察していくと、普通の人には捉えられないものが表現できるようになるのです。スケッチしながら観察した日本人は、顔の形も表情も様々で、ぱっと見の印象で判断してはいけないと思いました」。
観察力を重視する方針は、ディズニーやピクサーの採用哲学にも共通しているという。「僕は学生時代にディズニーのトレーニングを受けたことがあります。当時の僕は普通の絵描きで、アニメーションの勉強はまったくしていませんでした。しかし『私たちの仕事の本質は、世の中をどのように観察し、どのような物語として表現するかにあります。注目するのは、観察する力と、何を表現する人なのかということです。アニメーションの作り方は会社で教えますから安心してください』と言われました。この哲学は、現在のピクサーのインターンシップ採用にも踏襲されており、ピクサーへコンスタントに人を送り込む学校の教育方針にも反映されています」。
一方で、この採用哲学は『非常にぜいたくなもの』だと堤氏は補足する。「会社に入った後で教育することが前提になっており、会社には相応の負担がかかります。しかし、この哲学があるから今のディズニーやピクサーがあるのです」。
ディズニーやピクサーと比べれば予算も制作期間も少ない日本のCGプロダクションが、同じ哲学で人を採用することは難しい。多くの会社は、即戦力重視、テクニック重視の採用をしており、教育機関の多くもその方針にならった即戦力教育を行なっている。「教育現場、制作現場、市場はつながっており、どれかひとつが変わろうとしても変われないのが実情です。世界市場で売れるコンテンツをつくる日本の会社が増え、採用哲学が変わることで、教育現場の方針も変わっていくでしょう。そのための働きかけを、制作現場と教育現場の両方でやっていきたいですし、同じような行動に出る人が増えてくれることを期待しています」。
TEXT_尾形美幸(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充