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    日本における3DCG・映像教育の現状と課題を探るため、本連載では、教育現場と制作現場の双方で活動している方々に話を聞いていく。第1回となる今回は、株式会社トランジスタ・スタジオの代表取締役を務める傍ら、1998年から現在までの長きにわたり、絶えることなくHoudiniの講師を続けてきた宮下善成氏にご登場いただく。現在は東京工科大学 メディア学部でHoudiniを教え、さらに宝塚大学 東京メディア芸術学部ではMaya、東京デザイナー学院では映像演出も教える宮下氏に、これまでの変遷や指導時のこだわりを伺った。
    ロケーション協力:宝塚大学 東京メディア芸術学部 東京新宿キャンパス

    日本のHoudini ユーザーを根絶やしにしたくなかった

    宮下氏が初めて教壇に立ったのは1998年。当時からHoudiniをメインツールとしており、その頃はユーザーサポートも行なっていたという。デジタルハリウッドでHoudiniのコースをつくることになったけど、教えられる人がいないから講師をやってくれないか、と依頼されたのがきっかけだったそうだ。
    「最近は動画のチュートリアルや日本語のマニュアルが充実してきましたが、当時は情報が限られており、今以上にしきいの高いソフトだと思われていました。ユーザーサポート用につくったマニュアルと、Houdini ユーザーが継承してきた一子相伝の説明を組み合わせて教えていましたね」と宮下氏はふり返る。

    その後は東京マルチメディア専門学校でも教えるようになったものの、「学校に行きたくない!」と思ったことも少なくないという。
    「学校に行く時間と仕事の納期が重なったときは、本当に大変で......(苦笑)。なんで先生を引き受けちゃったんだろうって後悔していました。でも私が教えなくなったら、Houdiniの技を継承する人がいなくなってしまう。日本のHoudiniユーザーを根絶やしにしたくないという責任感があったから、続けてこられたのかなと思います」。

    「先生に聞く。」第1回・宮下善成先生01

    宮下善成/Yoshinari Miyashita
    株式会社トランジスタ・スタジオ 代表取締役/宝塚大学 東京メディア芸術学部 講師/東京工科大学 メディア学部 講師/東京デザイナー学院 講師

    グラフィックデザイン業界を経て、3DCG・映像業界に進出し、1997年に株式会社トランジスタ・スタジオを設立。自身のメインツールはHoudini で、そのユーザーサポートも行なっていたため、1998年からデジタルハリウッド、2000年から東京マルチメディア専門学校にてHoudini を教え始める。1998年以降、絶えることなくHoudiniの講師を続けており、現在も会社経営の傍ら東京工科大学 メディア学部でHoudiniを教えている。さらに宝塚大学 東京メディア芸術学部ではMaya、東京デザイナー学院 映像デザイン科では映像演出も指導中である。

    2015年の4月からは、新たに東京工科大学 メディア学部でもHoudini を教えはじめており、同校の学生とHoudiniの相性の良さに期待しているという。
    「私自身は理系アレルギーなのですが、"工科大"だけあって、受講生の大半は理系なのです。Houdiniは理系の人がその拡張性をフルに使いこなすと、色々な画づくりができるソフトなので、今後の彼らの成長が楽しみですね」。

    基礎の部分に限定すればHoudini の習得はそれほど難しくない。ただし、高いレベルまで到達するためには"Houdini愛"が必要だと、宮下氏は続ける。
    「自分のつくりたい映像を自在につくれるようになりたければ、自分で調べる努力が必要になります。凄く機能の多いソフトなので、ピンポイントで質問されても私にも答えられない場合が多いのです」。自分のアイデア次第で、パズルを組み立てるように色々なことができるソフトなので、その面白さを伝えていきたいと宮下氏は語る。

    その一方、宝塚大学 東京メディア芸術学部ではMayaを、東京デザイナー学院 映像デザイン科では映像演出を教えているという。
    「宝塚大学はゲーム領域の学生が対象なので、2Dの道に進みたい人と、3Dの道に進みたい人が混在しています。特に最近はスマートフォンのアプリ関係の求人が増えているので、ゲームの2Dイラストやデザインをやりたがる人が多いですね。そんな学生でも、なるべく退屈しないで学べるように講義内容を工夫しています」。

    しきいの低い共通課題を出すことで脱落者を出さないようにする一方で、深く学びたい学生には、個別に対応しているという。
    「モチベーションの高い人には、それに応じて高い要求を出しています。できる学生の方が、駄目出しを受ける回数は多いと思います」。

    東京デザイナー学院でも、昨年度まではHoudiniを教えていたが、今年度からは映像演出の講義を受けもつという。「Houdiniの講義は別の先生にお任せして、企画や絵コンテ、アニマティクスを教えることになりました」。15秒程度のCM映像のプリプロダクションを通して、映像演出のノウハウを伝えていくそうだ。
    「以前は3DCGの基礎を学んでほしいと思っていましたが、最近は学生の進む道が多様化しているので、作品として完成させることを重視していますね。自分の作品ができたという喜びを感じてほしいですし、就職活動をする際には自分の作品が必要になります。単に機能を覚えて課題をこなすだけでなく、個々の学生が自分の志向に合わせた作品をつくれるよう配慮しています」。

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    本当に極めたいなら、本質の理解が欠かせない

    トランジスタ・スタジオの代表取締役として若手と接する場合には、基礎を重視しているとのこと。「今年は3人の新卒を採用しましたが、全員基礎はできていますね。1人はHoudini使いで、"Houdini愛"があります」。自宅で無料版を使ってみて、もっと使いたくなった。だからそれを仕事にしたいという、熱意を評価したと宮下氏は語る。
    「実力はまだまだなので、今はHoudiniの本質を勉強してもらっています。最近のHoudiniは進化していて、例えばオブジェクトに煙のアイコンを関連付けると、煙を発生させることができます。そういう簡単機能のお陰でHoudiniのしきいが下がったのは良いことだと思います。ただし本当に極めたいなら、そこから本質の部分に向けて、徐々に機能を解読していくことが必須です」。
    かつては、本質的な部分から辛抱強く機能を積み上げていかないと、煙を出すことはできなかった。逆のアプローチが可能になったことで、随分としきいが下がったそうだ。

    「先生に聞く。」第1回・宮下善成先生02

    先に紹介した今年の新卒採用者のうち、他の2人はアニメーターで、違和感の少ない動きを付けられるという。
    動きを見て、"何故そうなっているのか"を理解する、観察力が備わっていると思います。モデラーにしろ、アニメーターにしろ、観察力は大切な基礎なので学生のうちから培ってほしいですね」。

    今回の取材では、宝塚大学 東京メディア芸術学部で実施されたMayaの講義を見学した。ボールが床の上でバウンドするアニメーションをつくるにあたり、全員にゴム製の小さなボールを配り、まずはその動きをよく観察するようにと指導している様子が印象的だった。
    「想像だけでつくっても、往々にして現実の動きは全然ちがうものなのです。わかっているつもりのことが、実はわかっていない場合が多い。それを体験してもらえたら良いなと思っています」。ソフトのオペレーションを教えるだけに留まらず、観察し、理解し、表現するという、基本的なアプローチ方法が自然と身に付くように工夫しているというわけだ。

    「プロと学生のちがいは、作品の到達点の高さだと思います。"自分は学生だから、このくらいで良いや"と思っている人が多い。でもプロに要求される到達点は、もっと上の場合が多い。デッサンでもアナログでも良いので、1つの作品の到達点を高く設定して、実際にそこを目指す経験を学生のうちにしておくと、プロになってからもがんばれると思います」。

    「先生に聞く。」第1回・宮下善成先生03

    宮下氏は、教壇に立つことを"社長の良い暇つぶし"と謙遜するが、講義の様子やインタビューを通してその真摯な姿勢が伝わってきた。3つの教育機関で実施する様々な講義も、自身が経営する会社での新人育成も、基礎と本質を重視するという哲学は共通しているようだ。宮下氏のこれまでの貢献に敬意を表すると同時に、今後の引き続きの活動にも期待していきたい。

    TEXT_尾形美幸(CGWORLD)
    PHOTO_大沼洋平