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    日本における3DCG・映像教育の現状と課題を探るため、教育現場と制作現場、双方での経験をもつ方々に話を聞く本連載。今回は、2016年1月に開講したばかりのオンラインスクールAnimation Aidで講師を務める、アニメーターの若杉 遼氏にご登場いただく。サンフランシスコのAcademy of Art University(以降、Academy)でキャラクターアニメーションを学んだ若杉氏は、バンクーバーのSony Pictures Imageworks(以降、SPI)でフルCG映画のアニメーション制作に従事する傍ら、週末の1日を講師業に当てている。異国の地で、アニメーターとスクール講師の二役に挑戦する若杉氏に、その胸の内を語ってもらった。

    ジャンルや職種を限定したCGの教育システムは、北米では珍しくない

    Animation Aidは、海外CG作品のキャラクターアニメーション教育に特化している。ここでいう"CG作品"とは、ディズニーの手描きアニメーションを起源とする、カートゥーンスタイルのフルCGアニメーションと、映画やTVドラマなどのVFX作品(実写とCGを合成してつくられた、フォトリアルな映像作品)のことだ。日本でも有名な作品だと、前者は『トイ・ストーリー 』シリーズや『アナと雪の女王』(2014)、後者は『スター・ウォーズ』シリーズや『ジュラシック・ワールド』(2015)などが該当する。

    「一口に"CG作品"といっても、"フルCGアニメーション"と"VFX"とでは、必要とされる表現がちがうのです。3Dゲーム制作のなかにもアニメーターの仕事はありますが、これはこれで、別種の表現が求められます。例えば、日本のTVアニメの仕事をやってきたアニメーターが、北米のVFXスタジオやゲーム会社にデモリール(作品集)を送っても、"はまる"ポジションがないので、採用される確率は低いでしょう」と若杉氏は語る。Animation Aidには、若杉氏のようなフルCGアニメーションを得意とする講師に加え、VFXを得意とする講師も在籍している。そのため受講生は、自分が目指す方向性に合わせ、自由に講師を選択できる。

    • 若杉 遼/Ryo Wakasugi
    • 若杉 遼/Ryo Wakasugi
      東京工科大学を卒業後、アメリカ(サンフランシスコ)のAcademy of Art Universityに留学。同校のMaster's Degree(修士課程)でキャラクターアニメーションを学ぶ。2012年よりPixar Animation Studiosにてアニメーターとしてキャリアをスタート。2015年からはカナダ(バンクーバー)のSony Pictures Imageworksに所属。フルCG映画『The Angry Birds Movie』(2016年5月公開予定)の制作などに携わる。2015年以降は、CGアニメーションに特化したオンラインスクールAnimation Aidの設立・運営にも参画。毎週末、日本在住の学生や現役アニメーターを対象に、北米スタイルのCGアニメーションを教えている。

    ここ数年、日本国内では『楽園追放 -Expelled from Paradise-』(2014)や『亜人』(2015)に代表される、リミテッド&セルルックのアニメーションが特に盛り上がりをみせており、日本のフルCGアニメのファンは国外にも広がっている。ただし、その表現手法は独自の進化を遂げているため、リミテッド&セルルックで培われたアニメーターの力が、北米や欧州のスタジオでそのまま通用するわけではない。「SPIやPixar Animation Studios(以降、Pixar)でアニメーターのポジションを得るためには、彼らが使うアニメーションの共通言語や表現手法を修得し、デモリールで示す必要があります。Animation Aidは、そのための指導やアドバイスに特化したスクールなのです」。

    このようにジャンルや職種を限定したCGの教育システムは、北米では珍しくないと若杉氏は語る。「私の場合、渡米前から一貫して"PixarなどのフルCGアニメーションスタジオで、アニメーターになりたい"という希望をもっていました。だからモデリングやライティングのクラスは受講したくないと、Academyのディレクターに強く主張したのです。アメリカは交渉の国なので、ねばり強く説明すれば希望を通せます」。

    北米や欧州ではスタジオの多くが完全分業制をとっているため、アニメーションだけ、しかもフルCGに特化するといった受講ができる教育システムになっているという。「対照的に、日本では複数ジャンル、複数工程に対応できるゼネラリストのニーズが高いですよね。そういう風土が、ゼネラリスト教育を基本とする日本の教育機関の流れをつくっているように思います」。

    「先生に聞く。」第7回:若杉 遼先生

    若杉氏が日本の大学に通っていた当時、CG作品のキャラクターアニメーションを学ぶ環境は充実していなかった。「日本にいた頃は、専門書を通して独学したり、海外のアニメーターのブログを参考にしたり、海外在住の日本人アニメーターに直接コンタクトをとったりしていました」。その状況は今も変わっていないようだと若杉氏は続ける。「2015年の夏、共通の友人からの相談をきっかけに、日本在住の学生たちにインターネット経由でアニメーションを教えることになったのです。かつては私も通った道なので、彼らの気持ちや状況が想像できました。私が協力することで、日本のCGアニメーターのレベルが向上したり、海外でも働ける人を増やせるなら、ぜひやってみたいと思ったのです」。

    加えて、これまで感覚でやっていたアニメーションの仕事を言語化し、筋道を立てて人に説明する経験は自分の成長にもつながったという。こうして教えることに手応えを感じた若杉氏は、SPIの同僚である日本人アニメーターの藤原淳雄氏の誘いもあり、Animation Aidの設立・運営に参画することになった。

    ▶︎次ページ:CG作品のキャラクターアニメーション教育に特化したAnimation Aidのカリキュラムとは?

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    全てのCGアニメーションの根底に、12の基本原則がある

    2015年1月現在、Animation Aidの講師は3名で、全員が北米のアニメーションスタジオ勤務の現役アニメーターだ。「ほかの2人の講師も私も、海外のスタジオで就職するのに必用な基準を知っています。その基準を目指し、知識や技術を修得できるカリキュラムを組んでいることがAnimation Aidの強みだと思います。スタジオ情報や、海外生活・就職活動のコツなど、旬の情報、生の情報を伝えることも大切にしていきたいです」。

    「先生に聞く。」第7回:若杉 遼先生

    若杉氏たちが考えたカリキュラムは、Lecture & Demo、Animation Review、English & Animation Reviewという3種類のクラスで構成されている。Lecture & Demoのクラスでは、アニメーションの12の基本原則と、その原則の具体的な使い方をレクチャーする。さらに、講師による基本原則を応用したアニメーションのデモンストレーションも行われる。12の基本原則は『Disney Animation / The Illusion of Life』(1981)という書籍のなかで解説されている概念で、カートゥーンスタイルのアニメーションの共通言語のようなものだ。なお、本書は『生命を吹き込む魔法』(2002/徳間書店)というタイトルで日本語版も出版されている。

    「SPIでも、Pixarでも、全てのCGアニメーションの根底には12の基本原則があります。この概念を理解しないままにアニメーションをつくることは凄く遠回りなうえ、実際の仕事でリードやスーパーバイザーから指示を受けても、その真意を理解できないのです」。12の基本原則は"単語"や"文法"のようなもので、しっかり修得することで、"会話"すなわち、リードやスーパーバイザーからのアニメーション・レビューに対する理解が深まるという。

    「先生に聞く。」第7回:若杉 遼先生

    Animation Reviewのクラスでは、【演技・セリフなし・120フレーム以内・キャラクター1人】などの具体的な条件に沿って受講生がつくったアニメーションを、1週間に1度のペースで、数回に分けて講師がレビューしていく。これはAcademyを始め海外の教育機関に広く浸透しているスタイルで、実際の仕事の流れを再現したものだという。「仕事では、おおまかな動きでアイデアを伝えるブロッキングを最初に行い、より滑らかな動きにするスプラインを経て、ポリッシュという仕上げを行います。その要所、要所で、リードやスーパーバイザーのレビュー、監督によるチェックがあるのです。クラスでも、似たようなステップを経てアニメーションの完成度を高めていきます」。

    CGアニメーションの場合、キャラクターの瞬きのタイミング、目線の移動、指の動きなど、画面内のあらゆる要素をコントロールできる。そのため、全ての動きに意味をもたせ、なおかつ、その動きが見た目に面白いことが期待されるという。「アニメーションは、膨大な要素が複雑に組み合わさることで成立しているので、初心者はどこから手をつけて良いのかわからず、途方に暮れてしまうのです。

    クラスでは、リードやスーパーバイザーの着眼点、大事なところ、考え方などを具体的に伝え、アニメーションをポリッシュし、最終的には就職用のデモリールに組み込むことを目指します」。さらにEnglish & Animation Reviewのクラスでは、前述のレビューを英語で行い、リードやスーパーバイザー、監督とスムーズに意思疎通するための英語力を磨いていくそうだ。

    「技術もアイデアも、ほかの人にアニメーションを見せて意見をもらうことで、磨かれていきます。人に見せて意見をもらえることが、学校で学ぶ最大の価値です。​私も含め、多くの日本人アニメーターが海外で働き、自分たちにない価値観のなかで磨かれ、力をつけ、やがては日本に帰国して新しい勢いを生みだす。そんな未来が来ることを期待しながら、がんばります」。若杉氏とAnimation Aidの活動が今後どのように花開いていくのか、引き続き楽しみに見守っていきたい。

    TEXT_尾形美幸(CGWORLD)
    PHOTO_弘田 充