日本における3DCG・映像教育の現状と課題を探るため、教育現場と制作現場、双方での経験をもつ方々に話を聞く本連載。今回は、神奈川工科大学 情報学部 情報メディア学科の准教授で、ゲームやVRなどのエンターテインメントシステムを専門とする白井暁彦氏にご登場いただく。2000年代初頭、Criterion Softwareでゲーム開発用ミドルウェアのRenderWare開発に携わったのを皮切りに、VR・映像・テーマパーク・展示物など多彩なエンターテインメントシステムの研究開発に携わってきた白井氏は、2010年に神奈川工科大学の"先生"へと転身した。つくることに自ら邁進する人生から大きく方向転換し、"つくる人をつくる"人生を歩みはじめた白井氏に、その仕事の真髄を語ってもらった。

ユーザの"おもしろい"というサインを感じとり、ほかの人に水平展開する

本連載の取材にあたり、筆者が白井氏を訪問した1月末は、同大学における学士論文の提出締切直前だった。白井氏が指導する6人の大学4年生たちは時間を惜しんで論文執筆に励んでおり、研究室は熱気と緊張感に満ちていた。"ミュージアムのための多重化サイネージシステムの提案" "マンガ没入型VRエンターテインメントシステムの長期展示を通したプレイヤデータの集合知化" "笑顔認識技術を利用したエンターテインメント体験の客観評価手法"など、彼らの論文テーマは驚くほどに多様だった。「大学生活を通して、学生たちは様々な経験を重ねていきます。例えばゲームを開発して、東京ゲームショーに出展する人もいる。そういった作品やコンテンツの制作も価値ある経験ですが、4年間の集大成である学士(工学)に値する学位論文を書かなければ、うちの大学は卒業できません」。

論文執筆を通して、0から1を生み出す経験をしてほしいと白井氏は語る。「10を100にすることは、サラリーマンになったらいくらでも経験できます。だから論文執筆では、なるべく0に近いところからつくる経験ができるよう指導しています」。自分の世界観を0から構築し、誰もやったことのない、誰も提唱していない考え方や手法を生み出し、プロトタイプをつくり、論文を執筆し、プレゼンテーション用の動画もつくり、発表し、レビューを受ける。その経験を通して修得したメソッド(方法)は、就職後もきっと役立つと白井氏は語る。「学生の多くは"とにかく就職したい" "就職できれば良い"と考えています。ですが、その先10年以上食っていけるような、簡単には陳腐化しない力を自ら発芽させ、根づかせることが私の仕事であり、その力の修得こそが大学で学ぶ価値だと思っています」。

白井氏が重視する力は、論文だけでなく、ゲーム、映像、展示なども含めた、あらゆる分野のものづくりに活かせるという。「論文執筆を通して伝えたいメソッドは多々ありますが、一番重要な要素は"感じること"です。例えばゲームやエンターテインメントシステムのプロトタイプをつくって、ユーザにプレイしてもらったとします。人は、できなかったことができるようになったり、理解できなかったことが理解できるようになると、"おもしろい"というサインを出すのです。そのプレイヤの頭上にビックリマーク" ! "が出現するようなイメージです。そのサインを敏感に感じとり、プレイヤをすかさず捕まえ、何がおもしろかったのかを対話して聞き出し、言語化し、他の人たちに水平展開して伝えられるようにする。おもしろいエンターテインメントを開発するためには、その力が大変重要です。最近のエンターテインメント開発は複雑すぎて、1人では手に余りますからね」。

「先生に聞く。」第8回:白井暁彦先生

白井氏がRenderWare開発に携わっていた2000年代初頭、日本のゲーム開発者は美麗なグラフィック表現のための技術開発にとりわけ力を入れていた。しかし、どれだけグラフィックが綺麗になっても、ゲームがおもしろくなるわけではないと気づいた白井氏は、その開発姿勢に疑問を感じたという。「今もその思いは変わりません。おもしろいゲームを開発したいなら、ユーザの"おもしろい"というサインを感じとり、解析し、測定し、言語化して開発メンバーに伝えられる人が必要ではないでしょうか」。

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デザインとは、つくり手の意図が伝わるよう設計すること

先に紹介した"感じること"ができたら、次は"設計すること"を学んでほしいと白井氏は続ける。「"設計"をカタカナで表現すると"デザイン"です。デザインは、絵を描くことだと勘違いしている学生も多くいますが、つくり手の意図が伝わるように設計されていなければ、デザインではありません。どうやったら自分の感じたことが他人に伝わるか考えてほしいし、つくる仲間や使う相手に、言語や文化を超えて、伝える術を身につけてほしいのです」。

言うまでもなく、論文執筆においても、自分の考えが人に伝わるように設計する力は不可欠であり、それは一朝一夕に身につかない。「学生たちは、3年生の冬までに自分が所属する研究室を決定します。その時点では、論文に匹敵するような長さの文章を書いたことがないという人がほとんどです。正しい日本語とは何か、伝わる日本語とは何か、基礎から1つ1つ指導していく必要があります」。

「先生に聞く。」第8回:白井暁彦先生

ここ最近の白井研究室では、執筆経験の浅い3年生に、4年生の執筆途中の論文を校正させているという。「3年生に見せる前に、まずは私が4年生に対して基本構造の設計を指導します。論文内の論理展開に飛躍や矛盾があれば指摘し、大まかな章立てを決め、重要な図もつくらせます」。そうして屋台骨が組み上がった後、まだまだ日本語の誤りが各所に残っている段階で3年生に校正させるのだという。

「多くの3年生は初見で誤りを発見できず、"何も直すところはありません"といいます。そんな彼らの目の前で、私が5秒くらいでササッと赤入れをして、彼らに朗読もさせてみて、自分自身の日本語の違和感に気づいてもらいます。その体験を通して、日本語の美とは何かを"感じてもらう"ことが重要なのです」。留学生ならともかく、なぜ、日本人学生が日本語の誤りを発見できず、正しい日本語で伝える力が弱いかというと、感じていないからだと白井氏は語る。

「我々日本人は生まれてから今日まで、日本語だけに囲まれて、"過保護"な環境で生活してきたと仮定します。本や雑誌、マンガ、ゲームといった"製品"に出てくる日本語は、非常に綺麗に校正されています。ボタンをバシバシ連打して流し読みされてしまうゲームの日本語が、どれだけのコストをかけてつくられているのか、考えたこともないでしょう。しかし自らが表現者になるならば、それを感じる必要があるのです」。このような指導の甲斐あって、"白井研究室の卒業生は日本語力が高い"と就職先の管理職や経営者から褒められることが多いという。

「先生に聞く。」第8回:白井暁彦先生

「最初のうちは多くの学生が、そもそも何を伝えたいのかすら認識できていません。けれど、将来ものづくりに携わりたいなら、伝える力はとても大切です。今の社会では、短い期間と少ない予算のなかで結果を出すことが求められます。自分の考えや、つくるための方法を周囲に伝え、効率よく動いてもらわなければ、目標の達成は難しいでしょう」。だからこそ、白井氏は卒業論文のクオリティに決して妥協しないという。

「"もう駄目だ!"と思ったら、早めに白旗を上げるよう4年生たちには伝えています。"本当に美しい論文"や"白井研究室の難易度"を理解しても、スキルをともなわずに自分の美意識だけが高まってしまうと、絵と同じで中々書けなくなってしまいます。そんな時に"ギブアップ!"を宣言して師匠に助けを求めることも大事なスキルであり、良い経験となります。限界まで煮詰まったところで、達人に目の前で、真っ白からの構築方法(メソッド)を示してもらえれば、次はもっと完璧なアウトプットを素早く出せるでしょう。そうなれば、さらにその上が目指せます。自分が書いたと胸をはって言いたいなら、妥協せず自分の弱さを認め、ゼロから学んでほしいのです」。

"妥協を許さない"という言葉を、今も昔もゲーム会社の多くが口にする。しかし、妥協をプレイヤに見抜かれたゲーム会社の多くが世の中から消えていった。一方で、妥協を許さなかったゲーム会社も、コストの増大、スタッフの離散などのダメージを受けて消えていったと白井氏はふり返る。「妥協はしてもいいのです、何に妥協を許さない仕事が自分に向いているのか? それを早く見つけられた人ほど、ストレスなく充実した人生を送れるのではないでしょうか。できれば大学生活のうちに、それを見つけてほしいですね」。

TEXT_尾形美幸(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充