日本における3DCG・映像教育の現状と課題を探るため、教育現場と制作現場、双方での経験をもつ方々に話を聞く本連載。今回は、モデリングとフェイシャル・エクスプレッションのスペシャリストとして、Warner Bros. Feature Animation、Walt Disney Animation Studiosなどで20年間にわたり映画制作に携わってきた糸数弘樹氏にご登場いただく。1993年にCGアーティストのキャリアをスタートし、2006年以降は講師としても活動する糸数氏。現在はアメリカ カリフォルニア州に在住しつつ、Skypeなどを使ったオンライン講義と対面講義の併用で、日米両方の大学、専門学校、高校、オンラインスクールなどでモデリングを教えている。「若い人にCGの楽しさを伝えたい」と語る糸数氏に、これまでの軌跡と今後の展望を伺った。

つくる楽しさに加え、リサーチの大切さも伝える

糸数氏が生まれ育った久米島は、沖縄本島から西に約100kmの地点にある。沖縄県立久米島高等学校は島内唯一の高校で、糸数氏の母校にあたる。同校にはCG部があり、糸数氏は2010年から今日まで、週1回ペースで部員たちにCGを教えている。「インターネットを使えば、アメリカから久米島の学生たちにCGを教えられる。そう思いついたのは10年前でした。以来、同級生だった役場の担当者に提案を続け、2010年に実施へとこぎ着けました。久米島のような田舎にいると、世の中にはどんな職業があり、未来にどんな選択肢があるのかが見え辛い。CGという仕事の存在や、CGの楽しさを伝えたいという思いから講義を始めました」。部活動として気軽に参加する学生が多い一方で、糸数氏の講義がきっかけとなり、東京のCGの専門学校に通い始めた学生もいるという。

2015年からはCGオンライン アカデミーというオンラインスクールも開始した糸数氏。久米島高校と同様、なるべく多くの高校生にCGを教えたいという。「CGの楽しさを知ってもらうことを最優先にしているので、CGソフトの操作方法を詳細に解説するような講義は行いません。最低限の使い方だけを教え、自分が使いこなせる機能の範囲で、力いっぱい創造力を発揮するよう指導しています」。例えば、立方体や円錐、球、円柱などの基本的な形状(プリミティブ)を組み合わせるだけでも、猫、馬、バイク、お城など、様々なものを表現できる。実際、同スクールのWebサイトには、個性豊かな生徒作品が並んでいる。

つくる楽しさに加え、リサーチの大切さも伝えています。ジョン・ラセター(Walt Disney Animation Studiosと、Pixar Animation Studiosのチーフ・クリエイティブ・オフィサー)も、"リサーチは必須!"と繰り返し語っていました。例えば猫をつくりたいなら、本物の猫を観察する、猫の写真や動画を集めるといった事前調査をするよう指導しています」。

▲【左】2016年2月12日に都内で開催された「糸数弘樹ハリウッド式CGモデリングセミナー」(主催:株式会社ボーンデジタル)の会場風景。本記事の取材は、このセミナーの直後に実施された【右】同セミナーで講演する糸数氏

まずは、つくること、表現することの楽しさを伝える。そうすれば、さらにハイレベルな表現、未知の技術に対する興味が、学生たちの内面から自発的に湧き出てくるという。「受講者が、大学生、専門学校生、社会人であっても、"楽しさを伝える"ことを大切している点は共通です。そのために、初心者でもわかる解説、教材を心がけています」。日米で市販の教材を見わたしても納得できるものがなかったので、教材も自作していると糸数氏は続ける。

「カリフォルニア州立大学では、アニメーションコースの学生にMayaとZBrushを教えています。私は英語がうまくないのですが、口コミでわかりやすいと評判になり、今期は教室に入りきらない数の学生が受講を希望してくれました。教える立場になると、自分が無意識にやってきたことの理屈を言葉で解説しなければならない。自分の仕事を基礎からもう1度やり直す必要に迫られ、私自身の勉強にもなっています」。

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物事の理屈を言葉で解説してもらうと、一気に理解が深まる

現在は数多くの教育機関でCGを教える糸数氏だが、自身がArt Center College of Designで学んでいた当時はプロダクトデザインを専攻していたという。「とても勉強熱心な校風で、多くの学生が夜遅くまで黙々と制作に打ち込んでいました。この時代に学んだ、辛抱強くて真面目なクラフトマンシップ(職人気質)や、ドローイングなどの表現の基礎はCGの仕事にも活かされています」。

前述の"理屈を言葉で解説する"姿勢を最初に学んだのもArt Center College of Designだったと糸数氏はふり返る。「例えば光について解説する講義では、真っ暗な部屋で1つだけライトを点灯し、白い石膏の球体を照らしながら、陰影ができる理屈を解説してくれました。ひとくちに影(Shadow)といっても、球体と床が接する部分にはオクルージョン・シャドウ(Occlusion Shadow)とよばれる特に暗い影ができる、球体によって光がさえぎられてできる影はキャストシャドウ(Cast Shadow)とよぶ......というように、光が物体に与える様々な影響を1つ1つ分解して解説してくれたのです」。

渡米前、糸数氏は琉球大学などでデッサンや絵画の教育を受けていたが、その大半は感覚的で、言語化されていない曖昧な解説だった。「物事の理屈を言葉で解説してもらうと、一気に理解が深まり、視界が開けます。カレッジの先生に加え、就職後に出会った監督やアーティストたちの多くが、理屈を言葉でしっかり解説できる方々でした。彼らに師事できた私は幸運だったと思います」

糸数氏が最初の職場であるWarner Bros. Imaging Technologyに入社したのは1993年で、当時のCG制作は手探りの連続だったという。「初期の頃はワークフローが確立されておらず、サブディビジョンサーフェス、スカルプトツールといった便利な技術や道具もありませんでした」。ポリゴンだけで滑らかな曲面を表現するとレンダリング負荷が高いため、メカもキャラクターもNURBSを使ってモデリングしていたと糸数氏はふり返る。

「今と比べればツールの使い勝手は悪かったものの、ブラッド・バード、グレン・キーンといった優れた監督やアーティストと直接言葉を交わし、フィードバックをもらえる環境は非常に素晴らしかったですね。"なるべく少ない面で、綺麗な形を表現する"という姿勢も、この時代に身につけました」。今はコンピュータもソフトウェアも処理能力が上がっており、大量のポリゴンを使ったキャラクターでも短時間でレンダリングできる。しかし、ポリゴンの点や面が少なければ少ないほど、破綻の少ない自然なアニメーションをつけられるという。

今は講師が仕事の中心だが、モデラーとしての勉強も続けていると糸数氏は語る。「2Dのデザイン画から3DCGのモデルをつくることがモデラーの仕事です。ただし、モデリングに必要な全ての情報が2Dで表現できるわけではありません。2Dの絵を解釈し、足りない情報を自分で考えて補完することも、モデラーの大切な仕事です」。

そして、キャラクターのデザイン画を"解釈"するにあたり、必要となるのが解剖学だという。「解剖学という理屈を踏まえてデザイン画を解釈すれば、説得力のある、破綻のないモデルを制作できます。例えば、骨格を意識しているモデラーと、意識していないモデラーとでは、キャラクターのモデルを斜めから見たときのシルエットが大きくちがいます。私はWalt Disney Animation Studiosへの移籍後に、キャラクターのモデリングを始めました。解剖学の勉強を始めたのもほぼ同時期で、グレン・キーンなどの指導を受けながら今日まで独学を続けてきました。まだまだ新しい発見があるので、今後も勉強を続ける必要があります」。

2016年3月からは、株式会社GUNCY'Sが運営する人材育成事業である、CG BOOSTERのスーパーバイザーにも就任し、さらに活躍の場を広げつつある糸数氏。より一層活発に、CGの楽しさを若い世代に発信してくれることを期待したい。

TEXT_尾形美幸(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充