現実を3DCGのバーチャル空間で再現し、産業の世界で活用する「デジタルツイン」。主にゲーム産業で培われてきたリアルタイムCG技術を活用した、遠隔地でのコミュニケーションや計測、そして自動車やロボットの自動運転、さらにはスマートシティの開発など、多彩な目的での活用に注目が集まる。本連載は「言葉はよく耳にするけれど、具体的に何を指すのかちょっとピンと来ない」そんなあなたに送る。

第一回目となる今回は、デジタルツインの基本や、初期導入のポイントについてシリコンスタジオが解説してくれた。

記事の目次

    デジタルツインがあらゆる産業のDX化を橋渡し

    CGW:最近、デジタルツインが様々な分野で注目されていますが、どういう背景から注目されているのでしょうか?

    向井亨光氏(以下、向井):まずはコロナ禍になって対面コミュニケーションが困難になったことと、技術的に3Dデータが誰でも扱いやすくなった、ということが要因としてあると思います。

    例えば、国土交通省が「PLATEAU」として、日本全国の都市3Dデータを無料開放しましたし、360度カメラやスキャナ、ドローンといった現実世界をデジタル化するための道具も大分手軽になりました。取得したデータを描画する「ゲームエンジン」が高機能化してきて、産業界での実用も進んできました。

    向井亨光氏
    シリコンスタジオ テクノロジー事業本部新規事業開発部担当部長。OpenGLエンジニアとして日本SGIにて勤務後、シリコンスタジオ入社。新規事業開発部署にて技術開発を担当する。基礎技術の開発だけでなく、ユーザーの課題に応じた個別の提案、オンデマンドの開発までを行う。その納品までを一貫して担うことも

    CGW:どういった業界で活用が進んでいるのでしょうか?

    神鳥:自動車、土木建設業、ファクトリーオートメーションなど様々な業界で多く引き合いがあります。


    神鳥泰章氏 
    シリコンスタジオ 技術統括部統括部長。学生時代から研究開発でCADやCGに触れ、通信会社入社。その後、CGと通信の融合であるクラウドゲーミングの事業等を黎明期より担当。シリコンスタジオでは、次の世代に向けての事業開発の旗振り役を担う


    当社でご支援しているデジタルツインの利活用の目的を大きく分けると、

    [1] 遠隔地でのリアルタイム測定やデザインレビュー
    [2]現実世界では難しい繰り返し検証や機械学習
    [3]危険地帯や工場で自動走行する、ロボットなどの機械運用サポート

    といった形で整理できると思います。

    向井:デジタルツインに含まれる内容って、非常に多いんです。“実物をデジタルで再現してそれを産業の中で活用していきましょう”という枠組みと捉えてもらえるといいですね。

    CGW:なるほど。例えば建築業界だとどういった活用がされますか?

    神鳥:建設分野であれば「人手不足」という課題に対して多くの方が危機意識を持っていらっしゃいますが、これもデジタルツインで軽減できる可能性があります。

    CGW:具体的にはどのように?

    神鳥:これは当社が村本建設様と取り組んだ事例になりますが、施工中の建物を3Dスキャンで点群データにしておき、それを各専門家がそれぞれ別のオフィスからリモートで集まって一緒に確認できる仕組みを構築しました。

    ■BIMモデルと点群データの重畳表示や多人数・多拠点設計レビュー(村本建設)



    ▲ゲームエンジン「Unity」と、3次元の建物デジタルモデルと管理情報を統合したBIMデータを連携。BIMデータと点群データの重畳表示による進捗管理ワークフロー、および多人数・多拠点での設計・点群データレビュー環境を構築した。シリコンスタジオでは、Unityを点群データも表示できるようカスタムし、BIMデータとも連携させて、双方の重畳表示や多人数・多拠点設計レビューなどを実現しました。データ容量が大きくなりがちな点群データはそのまま使うのではなく、現場で扱いやすいように軽量化している

    https://tech.siliconstudio.co.jp/case/muramoto_bim_pointcloud/

    建設プロジェクトというのは、とにかくステークホルダーが多くて、施工主、企画者、設計者、施工管理者といった専門性が異なるメンバーを同じ時間場所に集めるのも一苦労です。

    デジタルツインによって必ずしも現地で進捗確認を行わなくても良くなるケースもでてくると思います。

    CGW:たしかに、こうやってコミュニケーションのやり方を変えることで、人的リソースの確保につながりそうですね。

    向井:このあたりの話は、自動車産業等のものづくり現場全般に言えることでもあります。デザイナーも技術者もマーケターも、一緒にプロダクトを見ながらコミュニケーションを取らないと非効率なんです。デジタルツインの導入は、こうした同期型のコミュニケーションを、お互い離れた拠点でも実現できる点がメリットとなります。

    神鳥:ほかのメリットとしては、前に挙げたとおり、自動運転向けの学習であったり、人の物理的な活動範囲を超えたロボット運用のためであったり、といったところです。

    まずはやはりクルマの自動運転への活用についてですが、精密な自動運転の学習には、膨大な画像データやメタ情報が必要になります。ですが一部の学習範囲だけだとしても、走行コースの全てを写真に収めた上で、オブジェクトひとつひとつに「人の飛び出しです」、「通行禁止」、「標識です」みたいなアノテーション(注釈)を加えるのは現実的な作業ではありません。

    ですが、3DCGであれば人、標識などの情報を3Dモデルに仕込むことで、自動的にアノテーションを付与することができ、非常に効率的に学習用データを準備することができます。

    ■自動運転技術開発用合成データ生成・編集ツール(マツダ)



    ▲シリコンスタジオは、マツダに、UE4を用いて自動運転向けの深層学習アルゴリズム検証用の教師データ作成を支援。道路構造や鉄道線路などのインフラ構造物を主体とする「ベースデータ」、建物や樹木、遠景からなる「背景データ」、車両や信号、標識などの「アセットデータ」を合成し、景観データを生成する。生成された景観データはMAZDA CO-PILOT CONCEPT技術開発のために必要な環境認識・認知領域におけるディープラーニング(深層学習)アルゴリズム検証用の教師データとして活用された。

    https://tech.siliconstudio.co.jp/case/20220607_mazda/

    こういった例としては自動運転だけでなく、工場内の自走ロボットの自動運転の学習なども含まれます。現実に即したバーチャル空間を構築できれば、写真学習や実際の走行学習より、コスト削減が可能です。

    CGW:学習用データが必要な場面においては、圧倒的な時短が実現できそうですね。では、人の活動範囲外のロボット運用というのはどういったことでしょう?

    神鳥:たとえば、高熱だったり、放射線量が高いような、人間が活動できない空間があります。そういった現場での作業にはロボットが必須なのですが、通常それらは二次元のカメラ映像を頼りに運用するしかありませんでした。

    そこで現場の三次元データを取ってデジタルツイン化することでより精密に現場の状況を把握し、安全に運用ができるようになるわけです。

    ■リアルタイムCGにより工事状況を遠隔で計測(オリエンタル白石)



    ▲オリエンタル白石が手掛ける「ニューマチックケーソン工法」は、橋梁基礎や建築物の基礎、地下鉄や道路トンネルの本体構造物などで幅広く採用されている。この工法を取ると、作業室には圧縮空気が送り込まれるため、作業空間には限られた人しか入れないという課題があった。そこで、自動運転システムが出力するセンサーで計測された作業室内の三次元形状データなどをもとに、機器や設備の3Dモデルと合わせてUnityで現場をリアルタイムCG化。VRでも作業室内を随時把握できるようにシリコンスタジオがシステムを構築。工事担当者や関係者は、地上にいながら工事状況の計測作業が可能となり、業務効率が向上
    https://tech.siliconstudio.co.jp/case/orsc_digitaltwin_vr/


    CGW:人間が危険にさらされるような現場をバーチャル化して学習や訓練、シミュレーションを繰り返して、ロボットを実戦投入する。確かにその使い方が今後増えるであろうことは理解できますね。

    デジタルツイン「思ってたのと違う!」 はなぜ起こる? 

    CGW:ここからはデジタルツインを導入する際に起こる課題について聞ければと思います。

    神鳥:まずひとつは、元となるデータ(CADやBIM、PLEATEUなど)をゲームエンジンに入れてみたけれど、重たくて使えない、クオリティが足りないといった声をよく聞きます。



    向井:データ最適化の壁ですね。建物のBIMデータであれば、ドアの部品からその調達先、寸法、素材、品番や価格にいたるまで、プロジェクトには必要のない膨大なデータも含まれているんです。

    そういったデータの要不要の選別を、どう行うか。どれくらいの応答性が求められるかにもよりますが、デジタルツイン化するにあたっては、可能な限りデータを軽くしていかないと快適に動きません。扱うのが点群データであれば、そのままだと非常に重いため、目的によってはポリゴン化する必要もあります。

    CGW:なるほど。元となるデータがあっても、それを目的に合わせてどうカスタマイズするかが難易度が高いということですね。



    向井:デジタルツインの目的によって、必要なデータが変わってきたりするんです。

    たとえば、自動運転の学習が目的なのであれば、道路や路面標示、標識が重要であり、建物の形状などはさほど重要ではありません。しかし、目的が景観シミュレーションなら、大事なのは建物であり、その高さや形状、色、それらの精度が重要です。

    基本的には、大抵のデータは細かすぎて、そのまま使うと非常に重くなります。利用に耐える描画速度を出すために、何を使って何を削るか、またどういう読み込み処理を行うか。そこに我々、CGのリアルタイム処理の専門家が入る意味があると思っています。

    神鳥:デジタルツイン化において、データの取捨選別をしてバーチャル上で描画速度を出していくという話は、ゲーム開発のリアルタイム処理でどう見映えと速度を両立していくのか? という話と同じなんです。

    ゲーム機での描画には限界があって、グラフィックス処理的にはフレームレートの落ちないところまで、クオリティを保ちながらどう負荷を下げるかという話になります。ドローコールを減らす、LOD処理、細かいところを自動で間引いたり......。

    もちろん、ゲームの場合は「ビジュアル」が重視され、デジタルツインの場合にはデータの「正確性」が重視されるといった傾向の違いはあると思いますが。

    向井:とはいえ、ビジュアルが主目的ではなくても、やっぱり納得感を出すという意味で、デジタルツインにおいても見た目は大事になりますよ。たとえばクルマのシミュレーションなら軽くて見映えが良くなるライティングをしたり、土煙エフェクトを足したりフォグ効果を掛けたり、とかは全然あります(笑)。

    神鳥:実際に納得感を出すためには、本当にそうした細かいビジュアル演出も大事なところで。そういう表現力と実装負荷の良いバランスのところを両立できるのも、ゲームエンジンを開発したり触ったりしてきて、デザイナーの視点を持ちつつエンジニアとして最適化ができるという、うちの強みでもあるのかなと思います。

    成功の鍵は「実用イメージが湧くレベルの品質」。ゲームの技術でデータ最適化の壁を突破!

    CGW:ここまで、デジタルツインのいまの需要や導入メリット、そして現状での課題やその解決手法などを伺ってきました。シリコンスタジオさんならではの独自性を最後にお聞きして、第一回目の締めとさせていただければと思います。

    神鳥:デジタルツインの普及や活用に当たっては、まず“ちゃんとアイデアが考えられるレベルのデータの準備”が重要になってくると考えています。

    例えば街のデータということで考えても、地図データやPLATEAUの建物データ、道路データなど、リアルなデータ自体は存在していますが、それらが個々にあるだけでは、実用に足る街の再現はできません。

    ■「PLATEAU」へのアセット付与の比較動画

    ▲PLATEAU(LOD2)のみの状態と、PLAEAU(LOD2)にアセットを付与した状態の比較動画。3D都市モデル「PLATEAU(プラトー)」は航空写真と建物情報を主体とする3Dモデルデータのため、道路に関してはテクスチャや標識などの細かい情報がない。シリコンスタジオでは、道路標識や信号機、横断歩道や停止線、ゼブラゾーンなど、地図データに含まれる道路付属物の位置情報をパートナー企業から入手し、それに基づいて実際の位置に独自アセットを自動的に付与する技術を開発。


    CGW:つまりデジタルツインの導入を考える方々にとって、現状は、実用イメージが湧くようなデータをすぐ見られる状態ではない、ということですね。

    神鳥:はい。なので我々としては、Unreal Engine上でこうした複数のデータを組み合わせて、ある程度の街並みを自動的に再現できるような仕組みを作っていきたいと考えています。

    もちろん案件ごとに必要となるものは構築していますが、都度必要になるものを作っているだけではなく、まず需要があるであろう都市の街並みなどについては、ゲームエンジン上でテンプレートとして作って持っておく、というところまではやっておきたいです。そこまでいって初めて、これからデジタルツインに取り組むぞ、というお客さまのニーズの顕在化もしていけるのかなと。

    CGW:確かに、お客さまはCGの専門家というわけではないと思いますし、なおさらそのようなわかりやすい状態にしておくことは大事ですよね。

    神鳥:そうしたデジタルツインの普遍化というか、より一般化していくための取り組みが、案件ごとの一点ものとしてだけではなく、仕組みとして効率的に考えられること、それがゲームエンジンの裏側までを理解できるエンジニアが90名以上在籍する、当社ならではの強みなのかなと。

    加えて、我々はエンタメ産業向けのソリューション、ゲーム制作ツールなども開発している会社ですので、CGを用いた画作りや見せ方、パフォーマンスの出し方といったCG技術の基礎的な理解もあります。技術だけでもアートだけでもなく、その両方の知見をバランスよく持っていますので、それを活かして、よりこの分野を掘り下げていければと思っています。

    いまはデジタルツインというものに興味を持って、手探りの状態のユーザーさんも多いと思います。なので、自分で試してあきらめる前に、一度気軽に相談していただきたいな、というのがベンダーとしての思いでもあります。

    CGW:ありがとうございました! 次回は自動車産業の事例としては、「株式会社SUBARU」様との取り組みを通じた、デジタルツイン構築の紹介していただきたいと思います。宜しくお願いいたします。

    https://tech.siliconstudio.co.jp/case/20230124_subaru/



    text_Sadamu Takagi
    edit_池田大樹(CGWORLD)