著名アーティストの作品制作を通して、画面の設計から完成にいたる考え方やテクニックを紹介する短期集中連載企画「画づくりの達人」がスタート。第1回は映像ディレクター・VFXアーティストの涌井 嶺氏が、BlenderとAfter Effectsを駆使した作品づくりを紹介する。
なお、本作品の制作にあたっては、パソコン工房のクリエイター向けPC「iiyama SENSE ∞(センス インフィニティ)」の「実写VFX推奨モデル」が用いられた。作業効率の決定要因となるレンダリングスピードやビューポートのレスポンスについて、涌井氏の使用感にぜひ注目してもらいたい。
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今回の達人
涌井 嶺/Ray Wakui
THE SIXTH LIE(ドラムス)、VFXアーティスト、映像作家。
2019年末、3DCGを使ったMVを自身のバンドで制作すると決め、独学でBlenderの勉強を始める。制作期間1年半を経て、人物以外を全て3DCGで制作した実写合成MV『Everything Lost』を公開。撮影以外の工程をたった一人で作り上げた本作は、VFX-JAPANアワード2022にて優秀賞を受賞した。実写合成や3DCGなどの技術により、ずっと真夜中でいいのに。や手越祐也など、様々なアーティストのMVを手がける。
Twitter:@Ray_T6L
「時間軸上の限りなくゼロに近い場所」
設計
1. 絵のコンセプト決定とラフモデル作成
今回いただいたお題は「∞(インフィニティマーク)」を作品に採り入れることでした。なので「永遠を過ごすための部屋」をテーマに据えました。
本作で目指す表現は「超現実的」「シュールさ」「ミニマル」などです。最小限のオブジェクトで、ライティングによって光と影を上手く使うことを重視しました。
まずはテーマに合いそうな既存の映像や画像をリファレンスとし、自分のコンセプトに沿うものをつないでいきます。「自分が永遠を過ごすならこんなベッドがいい」「でも自分だったらもっとここをこうしたい」と、頭の中で理想の空間を作り上げていきます。
その過程を経て、頭の中に完成した空間は以下の通りです。
・開放感のある広い窓があって光が差し込んでいる海辺の部屋
・窓辺には永遠をテーマにしたオブジェが浮かんでいる
・最低限の家具しかない部屋
オブジェを配置する場所や質感はこの時点ではまだ決めていません。あくまで空間のイメージをつかみます。イメージがつかめたら、ラフモデルで部屋の構造を作ります。
この時点では室内のオブジェクトをベッドにするか、椅子にするか、またはその両方を配置するかで迷っていましたが、とりあえずベッドのラフモデルを配置しました。
「インフィニティマーク」というお題に沿って、メビウスの輪をモデリングして配置しました。メビウスの輪はカーブオブジェクトをベベルさせて作りました。
2. 構図の決定
シュールで超現実的な画づくりのため、現実的にする要素と、非現実的にする要素を混ぜて作ります。今回は質感や家具の形は現実的なものにしつつ、部屋の構造や立地、パース感などに非現実的な要素を加えることにしました。これにより、ありそうなのにあり得ない違和感と、どこか地に足のつかないような浮遊感を表現したいです。
そのためにまず、パースの少ない平面的な見せ方にしたいと考えました。使用する3Dカメラのレンズの焦点距離をフルサイズ85mm(人物の顔寄り撮影などをするようなサイズ)と、風景を切り取るにはかなり望遠に設定しました。このあたりは実写撮影の経験が活きてきます。
ここで部屋の外に広がる海を追加しました。
海には仮で水のマテリアルを入れて、このあとのライティング作業で雰囲気がわかるようにしています。またメビウスの輪とベッドの大きさが近かったので、メビウスの輪に視線を誘導するために大きめにレイアウトし直しました。
3. 配色とライティング
リファレンスを見つつ、自分の表現に合う配色を決めていきます。超現実的な雰囲気を演出するために、空の色は現実ではあまり見ることのないピンク系の朝焼けがいいなと考えました。明け方に見る夢の中のような、淡い、コントラスト低めの構図を目指します。
というところから考えて、まずHDRI(環境ライト)を選びました。Poly Havenから以下のHDRIをダウンロードして適用しました。
Cycles Xのおかげで、この画をほとんどリアルタイムでプレビューすることができます。
最終的に壁や床なども極力シンプルな構造にしたいので、その分、光や影で情報量を足していく必要があります。この情報の足し引きには好みもあると思いますが、主題がなんであるかを念頭に置いて考えるようにしています。
このままだとはっきりと落ちている影が少ないので、サンライトを足してみました。
ベッドや窓枠の影が壁や床に落ちて画にメリハリが生まれました。
また手前を暗くすることで、窓から入る太陽光の明るさを強調します。
部屋の手前側を壁でふさいで、手前側から光が入ってこないようにしました。
さらに環境光のシェーダノードをいじって、空の明るさはそのままで、オブジェクトに対して当たっている環境光だけを下げるようにしました。
その結果、以下のようになりました。
大まかな構図とライティングができたので、これをベースにレイアウトや演出要素を詰めていきます。
制作
1. Cycles Xの高速プレビューで試行錯誤
シェーディング表示などでラフを作って進めていく場合、レンダリングしないと最終的な画が見えません。しかし、Blender 3.0から搭載されたCycles Xとiiyama SENSE ∞に搭載されている高速GPU NVIDIA GeForce RTX 3080によって、レンダリング後の画をビューポートでほぼリアルタイムのような感覚で確認することができます。
今回はこれを使って、最終的な見え方を確認しながらいろいろな演出を試行錯誤してみました。
案1:床に草花を生やしてみる
Blenderの有償アドオン「Botaniq」を用いて、床を草花で埋め尽くしてみました。永遠に変わらない人工的な部屋の中で、咲いては枯れながらも姿を残し続ける植物が良い対比と画になるかもしれない、という考えのもと一度試します。
目指したいコントラスト低め、パステルカラーの画づくりに対して画面の下半分が重くなりすぎたので、ボツになりました。
案2:メビウスの輪の質感と配置、意味づけなど
現在室内にモノリス的に配置しているだけのメビウスの輪ですが、もっと繊細な感じやシュールな感じを強めたいと思いました。
落ちたら割れてしまいそうなガラスの質感にすることで、繊細なものが未知の力で浮かんでいる危うさの表現を目指します。シェーダはNugget氏の「Iridescenet Glass」シェーダを使用します。
ハイライトや色情報が他と差別化されて目線が行きやすくなった感じがします。
室内にあると存在感が強すぎて、時が止まったような落ち着きを感じられないので、室外に配置してみることにしました。
このような配置も悪くないなと思いつつ、やっぱり巨大だと威圧感を感じる気がしたので大きさによって視線誘導するのではなく、小さいメビウスの輪を直列にたくさん並べてシュールさと異様さ、メビウスの輪と水面への反射が作る大きな直線のラインで視線を誘導するように構図を作ってみました。
個人的にはこれが一番気に入ったので、この方向性を軸に他の部分を決めていきました。
雲の追加
草花があまり上手くハマりませんでしたが、何かさらに幻想的にするための要素が欲しいといろいろ考えてみました。そこでボリュームによって雲を配置してみたいと思います。
雲はシェーダノードを組んで直方体のプリミティブに適用し、配置しています。
メビウスの輪の調整
自分が今作で表現したかったのは「永遠を過ごす部屋」でしたが、この部屋は「今までもこれからもここにこのままの姿で存在する、時が止まった部屋」でもあります。その「永遠と無の紙一重」というテーマを、メビウスの輪が水面(=ゼロ)に近づくにしたがってだんだんと完成していく描写で表現したいと思います。
欠けていたメビウスの輪がだんだんと完成していくようにするため、Blender 3.0系から搭載されているジオメトリノードによって、メビウスの輪を作り直します。メビウスの輪のパスの形も整え、ジオメトリノードで好きな値だけ欠けさせることができるようにしました。
このメビウスの輪を縦に並べ直し、欠けている範囲を変えることでこんな感じになりました。
かなり自分の目指したいイメージになってきたので、これで最終的な仕上げに入ります。
仕上げ
まずは画面の大部分を占める壁や床のマテリアルを考えます。
まず色を変えていきます。さらに幻想的にするために、部屋の壁の色を薄い紫にし、太陽光を強いオレンジに変更しました。床は少しだけ壁よりも色を暗くしています。
続いて反射率を調整します。床の反射率の高いマテリアルに設定しています。壁の反射が床に映りこんで、質感アップに繋がっています。
ここで水平線の位置を少し下げ、未完成のメビウスの輪が空の上にはっきり見えるようにしました。
次にずっとラフモデルだったベッドを最終的なモデルに差し替えます。基本となるモデルは購入したものを使用しましたが、「ベッドから出てすぐ撮った部屋の写真」という「前後のストーリー性が想像できる要素」が欲しくなり、かかっているブランケットをぐちゃっと崩して、ベッドから出たばかりのような感じにしました。ブランケットはClothシミュレーションで作っています。ベッドも見た目が重くなりすぎないよう、白を基調に薄いピンクや青で作っています。
雲の質感をアップするため、OpenVDBの雲モデルを使用することにしました。
雲の中にライトを入れて、雲自体がふんわりと光っているような質感になるよう調整しました。かなり細かい質感が出てきて、完成が近くなってきました。
ただ画面下側のコントラストが強くなりすぎたので、新しく手前側だけを照らすエリアライトを追加して、下半分をやわらかい印象にします。また、床を覆う雲はVDBだと質感が重くなりすぎると感じ、ラフモデルで使っていたプロシージャルの雲に戻しました。
ほぼ理想のかたちになったので、レンダリングして仕上げていきます。
2. コンポジット作業
OpenVDBの雲や屈折の入ったガラスなど、レンダリングが重い要素が多いのでサンプル数多めでレンダリングを行います。
これらのレンダーパスをAfter Effectsでコンポジットし、最終的なルックを決めました。と言ってもBlenderでレンダリングする時点でほとんど画ができていたので、ごく微細な色合いや質感の調整です。向かって右側の雲が、レンダリングしたままの状態だと太陽光の拡散で黄色っぽく目立っていたので、Volume Indirectのレンダーパスを使ってピンク寄りに調整しました。
さらに空を幻想的にするため、空の部分にピンク色のグラデーションを重ねました。
最後に、質感やトーンの調整をして完成です。コンポジットやグレーディングの際は「色情報の足し引き」を意識するようにしています。上記のようなグラデーションオーバーレイのほか、フィルムグレインや色収差、ビネット、レンズフレアなどで、「パッと見その色が存在するとはわからないが、無意識に感じている色」を増やすことができます。
今回は、ホログラムのようなテクスチャをうっすらと全体に重ね、ごくわずかな色収差とフィルムグレインをかけています。やりすぎると目指すルックから離れてしまうので、リファレンスなどを基に微調整するのが大切です。
機材検証:iiyama SENSE ∞(インフィニティ) の実力
作品制作に用いたPC
アドバンスモデル SENSE-F059-117K-VAX-CMG [CG MOVIE GARAGE] ※現在後継機が発売中
- 価格
316,778円(税込)
- OS
Windows 10 Home 64bit
- CPU
Intel Core i7-11700K プロセッサー(8コア/16スレッド/3.6GHz/ターボブースト利用時5.0GHz/キャッシュ16MB/TDP 125W)
- チップセット
Intel Z590
- メインメモリ
DDR4-3200 32GB(16GB×2)
- ストレージ
500GB NVMe対応 M.2 SSD(PCIe 3.0×4)
- 光学ドライブ
非搭載
- GPU
NVIDIA GeForce RTX 3080 10GB GDDR6X
- ケース
ミドルタワーATXケース MasterCase MC500
- 電源
800W 80PLUS TITANIUM認証 ATX電源
- URL
スタンダードモデル SENSE-R059-117-RBX-CMG [CG MOVIE GARAGE]
- 価格
193,980円~(税込)
- OS
Windows 10 Home 64bit
- CPU
Intel Core i7-11700 プロセッサー(8コア/16スレッド/2.5GHz/ターボブースト利用時4.9GHz /キャッシュ16MB/TDP 65W)
- チップセット
Intel Z590
- メインメモリ
DDR4-3200 32GB(16GB×2)
- ストレージ
500GB NVMe対応 M.2 SSD(PCIe 3.0×4)
- 光学ドライブ
非搭載
- GPU
NVIDIA GeForce RTX 3060 12GB GDDR6
- ケース
ミドルタワーATXケース IN-WIN EA040
- 電源
700W 80PLUS BRONZE認証 ATX電源
- URL
※検証PCの構成は検証当時の構成です。最新モデル構成とは異なります。
1. ビューポートの動作比較
今回はパソコン工房さんのアドバンスモデルSENSE-F059-117K-VAX-CMG [CG MOVIE GARAGE]で制作を行いました。制作パートでも書いたように、いちいちレンダリングすることなくビューポートで完成形を見ながら制作するスタイルなので、ビューポートの動作の軽快さがクオリティと制作時間に直結します。
ビューポートではサンプル数をかなり低めに設定し、デノイズを強めにかけることで、完成形のイメージを掴むことができます。今回はサンプル数を4に設定し、ビューポートレンダーが終わるまでの時間を測定しました。
以下の画がレンダリングされるまで、スタンダードモデルでは約20秒、アドバンスドモデルでは約11秒でした。粗い部分もありますが、十分に仕上がりを確認することができます。
2:Cycles Xによるレンダリング時間の比較
次に最終的なレンダリング時間の測定を行いました。OpenVDBによる雲や、複雑な屈折・反射を伴うガラスのマテリアルを含むシーンのため、レンダリングのクオリティ設定は高めに設定しています。
●300サンプル、2,048✕2,048px
- スタンダードモデル
CUDA 22分42秒64/Optix 22分31秒40
- アドバンスモデル
CUDA 24分18秒00/Optix 24分06秒00
サンプル数を先ほどよりも多めにしたので少し時間がかかりましたが、レンダリング設定次第ではほぼ同等のクオリティでさらに時間短縮できそうでした。
最も良いなと思ったのは、スタンダードモデル・アドバンスモデル共に、ファンの騒音や発熱が非常に少なかった点です。特にアドバンスモデルの方はレンダリングしていることを忘れるくらい静音で、快適に作業を進めることができました。
最後に
今までサイバーパンクな世界観をはじめとした複雑なシーンを作ることが多かったのですが、ずっとミニマムなシーンで何か作りたいと思っていたので、今回の作品を通して改めてシンプルだからこその難しさを感じました。「画づくりの達人」というハードルの高すぎる肩書きで今回記事を書かせていただいたわけですが、自分の思ったものを一発で作れる達人というわけではなく、ただただ試行錯誤をくり返しながら画を作っていることがわかるよう、あえてその過程を包み隠さず全て書いてみました。
使用機材「SENSE ∞」シリーズは普段の制作でも使っているPCなのですが、ビューポートでサクサク画づくりできるからこそ、ちょっと試して良くなければすぐやめる、という選択ができます。これからこういうシンプルな作品にもチャレンジしていきたいです!
TEXT_涌井 嶺 / Ray Wakui
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)