「画のシルエットでクオリティの6割は決まる」〜画づくりの達人 by iiyama SENSE ∞ vol.2 吉武 薫
著名アーティストの作品制作を通して、画面の設計から完成にいたる考え方やテクニックを紹介する短期集中連載企画「画づくりの達人」。第2回はCGディレクター・アニメーターの吉武 薫氏に、構図やシルエットに重点を置いた制作スタイルについて聞いた。
なお、本作品の制作にあたっては、パソコン工房のクリエイター向けPC「iiyama SENSE ∞(センス インフィニティ)」の「デジタルアーティスト『朝倉 涼』コラボクリエイターPC」が用いられた。
「思いついたその日のうちにアイデアを形にして、パートナーにイメージを伝える」ために、CPU・GPU双方のスペックを重視するという吉武氏。普段、3ds Max、After Effects、Unreal Engineを駆使しながら作品制作を行う、吉武氏の使用感にもぜひ注目してもらいたい。
■関連記事
アーティストの作品制作から画づくりの秘訣を知る〜画づくりの達人 by iiyama SENSE ∞ vol.1 涌井 嶺
今回の達人
吉武 薫/Kaoru Yoshitake
CGアニメのディレクター・アニメーター。専門学校HAL在学中に国内外の賞を数多く受賞。スタジオカラーに就職後、独立。数々のアニメ作品に携わり、新進気鋭の若手ディレクターとして注目を浴びている。
Twitter:@kaoruinfinit02
roll-project.com
「The Last Knight」
設計
1.自主アニメ『プロメシアン・ナイト』のコンセプトを1枚で描く
今回の作品は、現在制作中の自主制作アニメーション『プロメシアン・ナイト』のモデルを使用して制作しました。本作には剣や魔法、そしてドラゴンのようなファンタジー要素のディテールをSF調に描くという画づくりのコンセプトがあります。制作チームは全体で10名ほどですが、デザイナーはアメリカ在住、コンセプトアートの1人は中国在住と、グローバルな体制になっています。
本作では海外手法に倣ってしっかりとしたストーリーボードを制作しています。脚本の骨格は私が考えていて、シーンごとにアートを依頼し、そのアートを見ながら間の展開を考えていくというスタイルで進めています。
ただ、今回は『プロメシアン・ナイト』の脚本に沿うワンシーンの再現ではなく、独立したコンセプトを伝えるためのアートという位置づけで作品制作を行いました。脚本にあるシーンを再現することもできますが、どうしても画が嘘っぽくなったり、一枚画としての格好良さに関係のない説明的なプロップなどを置く必要が出てきてしまうので、画としての完成度を高めるためにキャラクターを全面に押し出すことにしました。
2.構図の決定
最初に、画面を縦にするか横にするかを検討しました。本作の主人公は、キャラクターの属性やディテールをゴテゴテに盛っているわけではありません。昨今のVTuberのような、立っているだけで見映えがするような要素の多いモデルと異なり、この主人公はアクションの役割をもつことが確定しているので、キャラクターを大きく映すより躍動感を意識した構図の方が良いだろうと判断しました。縦構図の場合はキャラクターが大きく映りますが、シルエットが上手くいかなかったので、レイアウトの自由度が高く躍動感を出しやすい横構図を選択しました。
3.シルエットとポージングでクオリティの6割が決まる
私は「画全体がもつシルエットでクオリティの6割が決まる」と考えています。シルエットさえ良ければ、あとはレタッチとライティングでどのようにでもブラッシュアップできます。この点を意識しながら、いくつかのモチーフを基に構図を検討しました。
まずはキャラクターのポージングを検討し、そこに加えて世界観を表すアートを配置します。何パターンか検討した結果、「他の要素がないと成立しない画ではなく、キャラクターとドラゴンだけで何が起きているかが明瞭である(この場合、戦っている風に見える)」ことと、少ない要素でシルエットのバランスが良いことから、最終的には翼の流れを主体としたシルエットを採用しました。
また、キャラクターモデルにも工夫があります。このキャラクターは二の腕や腰にオレンジ色のラインが入るデザインになっていますが、これは「キャラクターが今どういう体勢でいるのか」をわかりやすく示すためのものです。肩や肘などの関節部ではなく、あくまで全体のシルエットに干渉しない範囲に模様を入れておくと、シーン全体の明暗に関わらずキャラクターの体勢がわかりやすくなります。
制作
1.3Dモデルをもとにレタッチを施し、多重レイヤー構造で仕上げる
今回使用したツールは3ds MaxとPhotoshop、そしてAfter Effectsです。3ds Maxではキャラクターのポージングおよびカラーとハイライト、Photoshopではハイライトのレタッチとエフェクト、After Effectsでは色調コントロールとフィルタ処理を行なっています。少しレガシーなやり方だと思いますが、逆に言えばツールを問わず再現可能な方法と言えます。
3ds Maxではキャラクターだけを表示させ、細かくポージングをつくっていきます。この段階で仮のハイライトは入れており、これをガイドにしてPhotoshopで描き込みを行なっています。例えばスカート部分のハイライトなどポリゴンでは実現が難しい部分や、最も明るいハイライトである白を使う場合も、3D空間上であれば「その手前にどれだけ強いライトがあるのか?」という話になりますので、後から描き足した方が間違いありません。一方で、足の部分はCGそのままで使っています。
2.視線誘導を意識したエフェクト&ライティング
今回は赤と青の2色のライトを使っています。この2色の良いところは、色自体が特定の意味合いをもたず、格好良さだけにフォーカスできるところです。例えばショッキングピンクとターコイズブルーなど、特定のサブカルチャー風の印象をもちやすい色づかいはありますし、赤がピンクに近づくとガーリーな印象をもつようになりますし、逆にキツいピンクはパンクっぽさが出てしまいます。これらの理由から、左右に赤と青のライトを配置した画づくりを行いました。
また、横に長い画の場合は特に視線誘導が大切になりますので、意図的に情報量をコントロールしています。例えば、この画の右側はほとんど見なくても良いように設計しています。翼のシルエットと剣先などがある左側に視線を誘導するように意識しているので、反対側の羽のディテールは塗りつぶしていますし、目立つ白のハイライトも乗せていません。
もっと言えば、キャラクターの髪の毛の先端も、キャラクターの身体に重なるようコントロールしています。キャラクターから翼、そしてドラゴンへと至る視線誘導の妨げにならないよう、動きを最小限にしているのです。髪の毛が外側になびいていたら、そちらに目線が行ってしまうはずです。細かい点ですが、1つ1つのことに理由があります。
さらに、画面右下にあるスモークのようなエフェクトも「ここに情報はないので、見なくてもOK」という情報を伝えています。これらのエフェクトは仮で配置したものを、Photoshopで描き直しています。ドラゴンの歯の形状などは3DCGでは追いきれないので、スモークブラシでエフェクトを描き込んでいます。
今回の題材である「∞(インフィニティマーク)」は、全体に影響するエフェクトの中心に位置しています。画を成り立たせるために必要なもの、という役目を与え、さらに視線誘導によってマークに目が行くような斜めの構図になっています。
機材検証:iiyama SENSE ∞(インフィニティ) の実力
作品制作に用いたPC
SENSE-F02B-LCi9SX-VAX-CMG [CG MOVIE GARAGE]
- 価格
411,980 円~(税込)
- OS
Windows 10 Pro
- CPU
Intel Core i9-10900X プロセッサー(10コア/20スレッド/3.7GHz/ターボブースト利用時4.5GHz/キャッシュ19.25MB/TDP 165W)
- チップセット
インテル X299
- メインメモリ
DDR4-2933 DIMM (PC4-23400) 64GB(16GB×4)
- ストレージ
500GB NVMe対応 M.2 SSD
- 光学ドライブ
DVDスーパーマルチ
- GPU
NVIDIA GeForce RTX 3080 10GB GDDR6X
- ケース
ミドルタワーATXケース MasterCase MC500
- 電源
850W 80PLUS GOLD認証 ATX電源
- URL
https://ac.ebis.ne.jp/tr_set.php?argument=pwJrqXaw&ai=unitcom_05
吉武氏が普段制作に使用しているPC
- OS
Windows 10 Home 64bit
- CPU
Intel Core i9-10900K プロセッサー @ 3.70GHz
- メモリ
32GB
- GPU
NVIDIA GeForce RTX 3080
- ストレージ
2TB
1.レンダリング速度
検証に使用したPCは普段私が業務で使っているものと近いスペックでしたので、安心して制作を進められました。今回はCPUレンダリングでしたが、4Kサイズでもまったくストレスがなかったのが印象的でしたね。
ハイスペックなPCがあれば、思いついたその日のうちにアイデアを形にして、早い段階からラフを作業者に渡すことができます。ブラッシュアップ時間を稼ぐこともできますし、期間の決まったチーム制作においては「あと何回テイクのやり取りをくり返すことができて、あと何回フィードバックできるか」というトライ回数が1回変わるだけでもクオリティが大きく変わってきます。今回はポーズ案をいくつも出せましたので、
ツールごとの印象で言うと、3ds Maxでは、今回は静止画でしたが、
After Effectでは、細かな光の調整などを4Kサイズでも快適に作業できました。微妙なグロー感などは作業中の画質を落とせないので、
また、CGワークにゲームエンジンを用いることが当たり前になってきた昨今においては、GPUも重要になります。私の場合、過去作である『不溶の銀』の背景は全てUE4を使用したものですし、本作『プロメシアン・ナイト』でも会話シーンなどの一部ではUE4を使うことを検討しています。
『不溶の銀』でも今回と同様にレンダリング画像をレタッチしていく手法を採りましたが、シーンによってはUE4のスクリーンショットをそのまま使ったり、ガウスぼかしで被写界深度的な表現をするだけでも成立しています。伝えるべきところはしっかり作り込んで、そうでない部分は工数を下げる。このカロリーコントロールが、制作においては重要だと思います。
最後に
今後は大規模な組織ではなく、2〜3名でTVアニメが制作できるような時代になっていくと思っています。もちろん私も自分1人で作業は行なっていません。少人数のチームワークを考えたとき、ツールはみんなが触りやすいもの、安定的に使える環境が良いと思いますが、この際「マシンスペックが低いメンバーに制作環境を合わせる」というのは良いことではありません。「後から取り返す」というくらいの気概で、きちんとした環境で制作を進めるために、機材への投資はしっかり行うのが良いと思います。
TEXT_神山大輝 / Daiki Kamiyama(NINE GATES STUDIO)
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)