台湾出身の雪野壱実(旧名:蔡 伯崙)氏が2017年に創業したアニメ撮影を主力業務とする映像制作会社テラエフェクト。
雪野氏は自身の業界経験から旧来のアニメ制作体制の諸問題に対応するため、海外発注の話数においてテクニカルディレクター兼話数演出の立場で3Dレイアウトから撮影までカットのクオリティをコントロールする新たな制作フローを構築、2023年7月期のアニメ『ライアー・ライアー』10話にてこれを実践した。
制作フロー着想の経緯から実践の結果まで、雪野氏の想いを聞いた。
Staff
アニメ制作における組織の構造改革を目指すテラエフェクト
CGWORLD(以下、CGW):雪野さんのこれまでのご経歴についてお聞かせください。
雪野壱実氏(以下、雪野):テラエフェクト代表の雪野と申します。2006年に台湾から来日して専門学校でアニメ制作を学び、卒業後はT2 studioに撮影として入社しました。その後、もっと自分の仕事の幅を広げたくて、デジタル・フロンティアやMAPPAなどをはじめ、CM系のスタジオでVFXの業務に携わるなど、多くの経験を積みました。
業務内容もデザイナーだけではなく、海外とのやり取りを任されたり、デジタル撮影の部署の起ち上げに関わったりするなど、デザイナーというよりもプロデューサー的な業務もこなすようになってきました。3Dから2D、元請けから下請け、アニメからCMなど、様々な経験をして業界歴15年でひと回りした感じがあります。
多様なキャリアを重ねる中で、特に第3次アニメブームの中で中国からのアニメ制作の需要も急増した時期に、ビジネスの分野で関わる機会が増えました。小学4年生のときに『老人Z』(1991)という作品を観てオタク(笑)になった私は、途中で「日本アニメの本質」と「アニメをつくる意味」について深く考えるようになり、それがテラエフェクトを創立する動機となりました。
CGW:テラエフェクトの特徴はどういったところですか?
雪野:テラエフェクトは個人芸に頼るサークル的な会社ではなく、メーカーのようにしくみでアニメをつくることを目標としています。個人スキルがいくら優れても、会社としての全体価値は上がらない、というより結果的に単一価値をつくってしまうことになるからです。
しかしツール開発に偏っても目的と手段がすり替わってしまうので、むしろデジタル環境の強みを活かせる人材の育成と、アニメ制作における組織の構造改革を軸にしています。
旧来のような描ける人を集めて描かせればいいというやり方はビジネスとの相性が悪く、少しながれが悪くなるとすぐに会社の経営難につながります。アニメ業界における作家主義かつ職人分業体制の特質を活かしながら、柔軟性のあるチームとワークフローをつくることによって、スケジュールは安定し、かつ一定以上のクオリティの実現が可能になります。それこそ集団作業を通して生み出せる価値だと思います。
現在、外部スタッフを含めて11人のメンバーで様々な仕事をこなし、少数精鋭のスタイルで運営しています。私が理想とするクリエイター像は「応える人」ですので、外部からの視点で自身の仕事を評価し、入社後約1年で最低限のビジネスマナーを身につけたら、クライアントとの直接的なコミュニケーションを促進するのがテラエフェクトの特徴です。
将来、そう遠くないうちにAIで色のチェックやコンポジットができて、少人数でアニメがつくれるような時代がくると思います。そのときに人間は何をすべきかを問われ、良い答えを見つけられる人材を育てるよう動いています。
撮影側がレイアウトからコントロールする制作フローを提案
CGW:これまでに参加されてきた様々なプロジェクトを通して、従来のアニメ制作にはどういった点に課題があると感じられていますか?
雪野:旧来のアニメ制作の工程だと演出、作画、美術、3Dなどが並行して進み、最終的に撮影でまとめられます。作業はそれぞれ分断された、職人主体のフローとなっています。
以前は、それぞれの熟練したスタッフが絵コンテから内容を読み取り、作業をしていました。例えばアニメーターは絵コンテから演出の意図を読み取り、さらに自分の解釈を入れて化学反応を起こすような職人技でつくられた作品が多かった。
しかし、最近ではアニメーターの作画能力のばらつきが大きくなってきていて、絵コンテから意図を汲み取った作画ができないケースもあり、また絵コンテも伝え方が上手でない人が描くことも多いので、結果、良い作画が上がってきません。特に、技術的に未熟で、コミュニケーションもなかなか難しい海外のスタジオに頼らなければならない現状の中で、問題は顕著になってきています。
課題は大きく分けると3点ほどあります。まず、作画レイアウト(以下、作画LO)の質と量が下がっている傾向があります。海外の作画スタジオに依頼する場合、曖昧な作画LOでは満足のいく仕上がりの作画が返ってこないため、できるだけ具体的なLOが必要になります。そのため、3Dレイアウト(以下、3DLO)でしっかりした構図をつくることが必要になります。
次に、3Dツールの利便性だけでは画力不足を補いきれないという点です。ツールに頼りすぎると、絵コンテの絵からどのように意図を汲むのか、どのようなショットで撮れば映像文法が成立する画になるのか、アニメの「嘘」をつくときにどう改変するか、作画の技量を先読みしながら下手な望遠圧縮効果にならないようにどう指示するかなど、様々な演出的課題を解決しないまま、逆にリテイクが増え、スケジュール内に収まらなくなります。
最後に、スケジュールの混乱によりヒューマンエラーが起こりやすくなり、ディレクションの精度が下がります。海外に発注するときに仕様をきちんとつくりきれず、リテイクが多く発生するトラブルをいかに抑えるかが大事です。
CGW:その課題を解決するため、TVアニメ『ライアー・ライアー』10話において、雪野さんは新しいワークフローを提案されました。そのワークフローとはどのようなものですか?
雪野:最初は全話数に対して提案するつもりでしたが、結果的に10話のみになりました。コンセプトは「素材のことを一番知っている撮影側でLOを決める」です。監督もこのアイデアに賛同しました。つまり撮影から逆算して仕様をちゃんと決め、無駄な動きを削りつつ80点主義のつくり方をしてから、クオリティ向上のための開発時間を確保する戦法です。
今回は原動仕の段階で劣化傾向があり、コミュニケーションが頻繁にとれない韓国スタジオに作画を全て外注した状況に応じて、私は絵コンテの整合性を見直して、極論トレースすれば成立する3DLOを社内で作成し、日本語と韓国語訳を付けて演出指示を出しました。こうすることでリテイクが劇的に減りました。
テラエフェクトが提案した制作フロー
【図1】が旧来のフローで、【図2】がテラエフェクトの提案した新しい制作フロー。構成自体は同じだが、最終的に撮影を担当するテラエフェクトが処理演出から参加し、舞台監督の目線で3DLOを作成。テラエフェクトがプリプロ段階からメインスタッフと連携をとることによって、スケジュールと品質の管理をよりしやすくなった。
『ライアー・ライアー』10話における新フローの実践例
3DLOから撮影までを一括して請け負うことでリテイクが通常の1/4に
『ライアー・ライアー』10話のゲームシーンは、テラエフェクトが提案した新しいフローで制作された。テクニカルディレクター(TD)の雪野氏が監督と演打ちをして要望を確認しながら演出をし、そこを起点に3DLO、3DBG、撮影の業務が同社に集約されるというフローになっている。
キャラクターの立ち位置を正確に把握しないといけないような作画の難易度が高いカットは、撮影監督がディレクションして撮影側で3DLOを作成し、必要ならラフ原レベルのものまで3Dで作成する。
3DLOのデータはそのまま社内の3Dデザイナーに渡り、それをベースに3DBGを制作するので効率的だ。同時に3DBG側からは、2DLOに使えるような背景素材をシーン単位で書き出して渡す。
バストショット以上のカットは2Dレイアウトにして、作画打ちのときに3DLOを用いて細かく説明し、指示から外れる部分には再度演出修正を入れている。最終的な撮影では3DLOをつくったことでキャラクターの立ち位置を把握しているので、演出に合わせた汎用背景を活用することができる。
このレイアウトから撮影までの一連の工程はテラエフェクト内でまとめて請け負っているので連携がスムーズだ。結果として、10話のテラエフェクト担当のパートではキャラ崩れと塗りミス以外のリテイクは発生せず、他の話数の1/4程度だったという。リテイクの反映漏れも減り、スケジュールも全話数の中で最も短い期間で制作できた。
このフローでは、TDは舞台監督、撮影監督はカメラマンという概念を入れることにより、アニメーターは作画に集中できるため、練度が様々なスタッフでも一定のクオリティを担保できるようになるのが特徴だ。リテイクの数が減るため、余裕のないTVシリーズでもメインスタッフのストレスが軽減する。
「優秀なアニメーターや美術スタッフが在籍している現場ではこのソリューションをプリビズ工程として活用できますので、劇場作品への導入もオススメします」(雪野氏)。
3D背景
10話で登場するサーカスドームのような決闘の舞台はフルCGで制作。
カット制作例➀ 通常の3Dレイアウト
一般的な、3Dレイアウトを使ったカット制作の例。
カット制作例➁ 動きを絵で補足
カット制作例➂ 3Dで原画レベルまで制作
左のキャラクターが、画面外から回転ジャンプをしながら登場し、着地するカット。動きが多いこのカットは、3Dで原画レベルまでガイドを制作している。
演出意図を具体化することで現場の底上げになる
CGW:10話の制作をふり返って、新しいワークフローを実行したことで良かったこと、課題が残ったことをそれぞれに教えてください。
雪野:やはりマネジメント面の成功が非常に重要です。どのような指示でどのような素材になるのかを知らない人よりも、CMディレクターのように最初から最後まで責任をもつ一元的な指示体制を敷くことで、他話数とちがって予想通りの成果物を生み出せました。
具体的な数字を出すと、従来はカッティングの時間が1話につき5~6時間かかるところを、本パート(0.5話分)は30分で済みました。オールラッシュも他の話数は平均10時間でしたが、本パートは1時間でした。オールラッシュが短い時間で済んだということは、クオリティ的に監督の満足できるものができて、リテイクが少なかったということになります。一方で課題としては、周りに理解してもらうことがあります。
通常アニメーターは自分で始めから描きたい人が多く、今回の3DLOのようにモデルを置き換えてほしいというオーダーは嫌がられます。ですから、このフローがもたらすメリットを理解するアニメーターの協力は不可欠ですが、浸透には時間がかかります。
CGW:今回の制作経験を踏まえ、今後どういったアニメ制作を行なっていきたいですか?
雪野:画力のばらつきによる作品クオリティの不安定さは完全に解消できないかもしれませんが、演出チェックの段階で事故をだいぶ防ぐことができましたし、撮影段階でも無理難題を押し付けられずに済みました。
今回はリソースが限られた環境でこのソリューションをテストしましたが、私はこれから「良いものをつくるための時間」を増やすことに焦点を当てたいと思っています。
アニメは人海戦術で何とか制作できますが、本当に観客に納得させる作品をつくるために、アスリートと同じように、つくり手の精神面と体力までマネジメントしないといけないと思います。
将来、AIの進化により1カット10分で撮影できるといったアピールも通用しなくなりますから、人間の手による「温もり」をどのように表現するか、技術開発・フロー管理・経営戦略の3つのアプローチから結果を出したいと考えています。
CGW:テラエフェクトさんでは人材を募集中とのことですが、どのような方と一緒に働きたいですか?
雪野:撮影には、映像の加工だけではなく、カメラマンの気持ちで作品を「撮りたい」人に参加してもらいたいですね。3DCGのチームには、作画との相性を高める3DCGをつくりたい人がほしいです。特に、Blenderを使って開発をしてみたいという人なら大歓迎です。
当社で仕事をしていれば撮影、3DCG問わず、最終的に演出まで登り詰められると思います。ワークフローを作品に合わせて調整・最適化することも必要ですから、スーパーバイザーの立ち位置が近いですね。作品を良くするためにアイデアを出したいという気持ちを重要視しているので、チャレンジ精神をもつ人をお待ちしています。
■求人情報
株式会社テラエフェクト
アニメ世界の舞台監督として、作品に深みを与えましょう。固定概念に囚われないチャレンジ精神の持ち主を募集します!
tera-effect.com
▼募集職種
A.アニメーション撮影(新卒)
B.アニメーション撮影監督(中途)
C.3Dモデラー(新卒)
D.3DCGゼネラリスト(中途)
▼詳細・応募はこちらから
cgworld.jp/jobs/30578.html
TEXT_石井勇夫 / Isao Ishii(ねぎデ)
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota