2024年2月1日に発売された『GRANBLUE FANTASY: Relink』(以下、『リリンク』)は、2015年設立の大阪Cygamesが中心となって開発したコンシューマーゲームで、2Dイラストによる『グランブルーファンタジー』(以下、『グラブル』)の世界観を3DCGで再現すべく、エンジニアたちが一丸となって尽力した。
以降では先に公開した前編に続き、パイプライン開発の専門家である痴山紘史氏(日本CGサービス(JCGS) 代表)が、『リリンク』の開発に携わった4人のエンジニアへのインタビューを通してCygamesのテクニカル系の仕事を探っていく。
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大阪Cygamesの規模拡大と、リモート勤務への対応
ダイキ氏(以下、ダイキ):大阪Cygamesはコンシューマーゲームの開発強化を目的に2015年に設立され、3人からスタートしました。私が入社した2016年当時はまだ10人未満の規模でしたが、今は開発以外のスタッフも含めると300人ほど所属しているので、採用を開始してからしばらくは毎月10人以上の合流が続いていましたね。かなりのペースで規模を拡大してきました。
その間にコロナ禍があり、国内の全拠点のスタッフがオフィス勤務からリモート勤務に移行したんです。急速にスタッフが増加していく中で、リモートで仕事をするための環境を手探りでつくり上げる必要に迫られたのですが、おかげで多くのノウハウを蓄積できました。
『リリンク』の開発には東京オフィスのスタッフも参加していますが、リモートで仕事をする場合は物理的な距離は関係ないので、「この人は関東在住だったんだ!!」と後で知って驚くこともありました。コロナ禍で培ったリモート勤務のノウハウを活かし、地理的な制約を超えた開発体制を実現できています。
ドキュメントの整備と、ノウハウの共有
イッキ氏(以下、イッキ):チームの目標と『リリンク』が実現したい表現を伝えるために、開発体制や技術手法などをまとめたドキュメントをあらかじめ整備していました。新しく合流したスタッフには最初にそのドキュメントに目を通してもらったので、チームの方向性や自分の役割を理解した上で仕事を始められたと思います。
ダイキ:アートパートの場合は、ドキュメントによってアーティストからの要望を正しく理解し、自身の技術的な知見と照らし合わせることで実現するための手法を具体的に提案できていたと思います。こうしたことを皆が実践できていたので、新しいスタッフが増えるのに伴って、様々な知見を蓄積できました。
イッキ:当時はCygamesのコンシューマーゲームのつくり方が確立していなかったので、仕事のやり方は常に変化していましたね。例えば、アーティストとエンジニアの距離感の取り方や、テクニカルアーティストとエンジニアの付き合い方なども手探りだったので、皆で話し合いを重ねました。
ダイキ:ゲーム業界の経験者が続々と集まっていたものの、コンシューマーゲーム開発の全てを把握している人はおらず、ひとりの知識でカバーできる範囲には限界があったんです。皆の経験や知識を共有し、欠けている部分を補っていきました。
イッキ:役割を分担し、チームもスタッフも、どんどん成長していきました。最終的に『リリンク』のエンジニアチームは10パートに分かれましたが(詳細は前編参照)、当初はもっと少なかったんです。節目の度に体制を見直し、年月を重ねる中で増えていったかたちです。チームを大きくしていく中で、ひとつのパートの人数が多くなりすぎないように気をつけました。
ユウダイ氏(以下、ユウダイ):"ピザ2枚ルール" を意識しながらチームを編成している点は、新卒で入社した当時から感じていました。
イッキ:"ピザ2枚ルール" はAmazon創業者のジェフ・ベゾス氏が提唱したと言われている理論で、「チームでの仕事やミーティングを効率的に行える上限の人数は、2枚のピザを食べきれる程度の人数」なんだそうです。つまり6〜7人程度ですね。パートを細かく分けた背景には、そのくらいの人数に抑えたいという意図がありました。
コウタ氏(以下、コウタ):パートとは別に、「団」という大きなグループもあります。職種の壁を横断して課題を解決するために編成されており、エンジニアだけでなく、アーティストやプランナーも含まれます。例えば、ライト団はライトに関する課題、バトル団はバトルに関する課題を解決します。
イッキ:『グラブル』には複数のプレイヤーが集まってつくる「騎空団」というグループがあり、リーダーは「団長」と呼ばれています。われわれ開発グループの呼称も、それに準じたものにしようという遊び心があったのです。
ダイキ:例えばライトに関する課題を解決したい場合には、エンジニア、アーティスト、プランナーのライト担当の代表者による定例ミーティングを開き、進捗報告や情報交換を行います。その場で解決できない課題はもち帰り、チーム内で解決しました。このような進め方にすることで、エンジニアチームとしてのまとまりを維持しつつ、職種の壁を横断して動くことができました。
アートディレクターによる表現方法の言語化
ダイキ:『リリンク』のアートディレクターには、『グラブル』らしさを表現するための要素をひとつひとつ言語化してもらいました。私は開発チームが小規模だった時代から本作に参加していたので、アートディレクターと机を並べるような距離感でやり取りを重ね、『グラブル』の背景イラストに使われている手法や、描くときの考え方、画の読み解き方などを時間をかけて教えてもらいました。
後にアートディレクターは、『グラブル』の世界観を構成する要素を分解して、1個ずつ理論的に解説した辞書のような資料をつくってくれたんです。それを見れば、アーティストはもちろん、画づくりの知識がないエンジニアでもどんな表現がしたいのかを理解できたので、必要な技術開発がスムーズに進行するようになりました。新しく入ってきたスタッフも、その資料を見たり、古参のスタッフに質問したりすることでゴールを理解できるようになり、共通認識をもって開発にあたる体制が整いました。
コウタ:社内ドキュメントにその資料が置かれており、入社直後は「まずは、このドキュメントを読んでみてください」と言われました。実際、「雲はこのように表現します」「草はこうです」といった情報がわかりやすくまとまっており、とても助かりました。
イッキ:『グラブル』の画づくりの意図を言語化できるアートディレクターがプロジェクトの初期から参加しており、それをダイキが吸収し、ほかのエンジニアに伝えてくれたことが、『リリンク』の画づくりの基盤になりました。
ダイキ:開発チームが大きくなる前にコアメンバーで知識を共有し、資料を準備できたので、小さなチームから始めたのは正解だったなと感じています。
情報共有のための月末確認会
イッキ:開発チームが大きくなると、定例ミーティングでの進捗確認や、資料によるゴールの共有を実践しても、情報が行き届かない場合があります。それを避けるために、月末確認会もオンラインで毎月実施しました。この会には開発チーム全員が参加して、毎回2時間かけて団ごとに進捗報告を行いました。そのための資料をつくるのも団長の仕事で、けっこう大変だったのですが、忙しい時期にも欠かさず行なってきました。
ダイキ:どの団長も発表内容を工夫してくれたので、毎回とても盛り上がったんです。新作のステージやアクション、最新PVなどを見ることで、「すごく良いものができている」、「ちゃんと前に進んでいる」という実感を毎月味わうことができました。
コウタ:大規模の開発チームになると、名前すら知らない人もたくさんいるし、フロアも分散しているので、移動中にほかの団の開発画面が目に入るといった機会もあまりありません。チーム全体の進捗を確認できる月末確認会は、良い刺激になりました。
ダイキ:2017年以降、『グラブル』は「グラブルフェス」というリアルイベントを年末に開催しており、毎年『リリンク』の開発状況をファンの皆さんにお知らせしてきました。最新PVをお披露目したり、ステージ上で開発中のゲームをプレイしてみせたりすると、ファンの皆さんがダイレクトに反応してくださったので、開発チームのモチベーションアップにつながりました。長い開発期間を乗り切るための大きな糧になったと思います。
大阪Cygamesの展望と、採用で重視すること
イッキ:以上のような取り組みを重ねた結果、2月1日に『リリンク』を発売できました。われわれは今後も、Cygamesらしい細部までクオリティにこだわったタイトルをつくっていきます。
今のコンシューマーゲームは発売したら開発終了ではなく、プレイヤーの皆さんの反応をリアルタイムに追いかけながら、パッチの配布や追加コンテンツの制作を行います。実際、『リリンク』でも3月には超高難度クエストの「終末のヴィジョン」を配信し、4月末以降には追加のプレイアブルキャラクターの配信を予定しています。コンシューマーゲーム開発にも、モバイルゲームの運営に近い対応が求められるようになっており、両者の垣根はどんどん低くなっていくと思います。
大阪Cygamesはコンシューマーゲームの開発強化を目的に設立され、現在もその方針のもと、さらなる新規タイトルのリリースを目指して組織を強化しています。またコンシューマーゲームの技術を応用したモバイルゲームの開発という、新たなチャレンジの機会も生じてきています。われわれと一緒に最高のコンテンツ開発に取り組んでくださる新メンバーを募集しています。
ダイキ:「エンジニアの仕事はここまで」というような線引きをする人ではなく、自分からどんどん相談をもちかけ、提案できる人と一緒に働きたいですね。「仕様がないから動けません」といった受身の姿勢ではなく、「試しにこんな感じにしてみたのですが、どうでしょうか?」とアイデアを出せる人の方が楽しめる環境だと思います。加えて、自分の担当範囲に責任をもち、Cygamesのゲームに求められるクオリティを満たすために尽力できる人を求めています。コウタやユウダイはまさにそういうスタッフなので、新卒で入社した後、早い時期から頼もしい戦力になってくれました。
イッキ:エンジニアの新卒は、大学と専門学校の両方から採用しており、どちらかに比重を置いているわけではありません。ただし選考時に重視するポイントはちがっていて、専門学校出身者の場合は、これまでにつくってきたゲームの内容や、ゲーム開発のスキルを重視しています。大学出身者の場合は、自分で成長していく力があるかどうかを確認しています。
若い人の場合は、足りないスキルは入社後に培うのでも良いと思っています。それよりも、アーティストやプランナーと密にコミュニケーションをとれる能力が、今のエンジニアには必要だと感じています。プロジェクトのコンセプトを理解し、実現すべきことをメンバーと話し合い、学びと言語化を重ねながら、技術に転換していける人を求めています。
新卒採用と並行して、キャリア採用も積極的に行なっています。ゲーム業界内からの転職が多いですが、ほかの業界で開発経験を積んだ人の応募も増えてきました。最近も、セキュリティ系の人が「ゲーム開発に関わりたくなった」という理由で合流してくれました。
ベテランのエンジニアの応募も多く、「管理の仕事を任されるようになり、現場の開発に関われなくなった。Cygamesに合流して、現場仕事に復帰したい」という相談を受けるケースが増えています。そのため合流する人には、キャリアの選択肢として「マネージャーをやりたいか? あるいは、現場のスペシャリストになりたいのか?」をしっかり確認するようにしており、本人の意志を無視して管理職になっていただくことはありません。
若手かベテランかに関係なく、どのような人でも、一番大事なのは熱意です。"一緒に、Cygamesの最高のコンテンツをつくりたい" と思える人に来ていただきたいです。
筆者まとめ
今回はお声がけいただき、大阪Cygamesで『リリンク』の開発に携わった4人のエンジニアからお話を伺うことができました。
ご本人たちは「それほど高度なことをしているわけではない」と語っていましたが、技術的な課題は当然解決した上で、さらに良い作品をつくるために全力を投入した結果が『リリンク』のクオリティにつながったのだと思います。
言い換えれば、90%まで到達するのは当然で、そこから100%に辿り着くまでの「最も苦しい10%」に全力を投入できる体制をつくったことが結果につながったわけです。多くの現場は、作品の形をつくるのに精一杯で、そこから満身創痍になりながら、作品をつくり込んでいくというのが実情です。形をつくることがゴールになっているチームと、スタート地点になっているチームとでは、結果に歴然とした差が生じるのは当然です。『リリンク』の開発チームが後者の体制を構築できたことは、大阪Cygamesの今後の作品にとっても大きな力になるでしょう。
痴山紘史
日本CGサービス(JCGS) 代表
大学卒業後、株式会社IMAGICA入社。放送局向けリアルタイムCGシステムの構築・運用に携わる。その後、株式会社リンクス・デジワークスにて映画・ゲームなどの映像制作に携わる。2010年独立、現職。映像制作プロダクション向けのパイプラインの開発と提供を行なっている。
TEXT_痴山紘史/Hiroshi Chiyama(日本CGサービス)
EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
PHOTO_大沼洋平/Yohei Onuma