社長対談 VTuberに乙女ゲームを自社開発 1948年創業の老舗自動車部品メーカーがエンタメ企業をM&Aした理由とは?
企業オリジナルVTuber「マツオちゃん」を開発し、自動車部品メーカーとしては異色のキャッチーな広報活動を行う松尾製作所。前編記事では、これらをプロデュースするグループ企業・エルフィンのエンターテインメント部のスタッフにお話を伺ったが、その後、同社はオリジナル乙女ゲームをリリースしてユーザーから一躍注目を集めると共に、ますます謎を呼ぶ存在に。そもそも「お堅い」自動車精密部品のメーカーがなぜエンタメ全振りの企業をグループ会社に迎えたのか? 松尾製作所の松尾 基社長(エルフィン会長)と、エルフィンの木下 崇社長に登場いただき、M&Aの経緯と両社の企業ポリシーとシナジー、そして製造業×エンターテインメントの可能性について語ってもらった。
製造業から見たエンタメ企業にはワクワクが満載
CGWORLD(以下、CGW):まずは協業の経緯について教えてください。
木下 崇氏(以下、木下):僕はもともとゲームをつくっていた人間なんです。ゲーム業界に入ったのは1990年頃で、上り調子でありつつも、まだビジネスとしてのかたちが決まりきっていない時代でした。その後、遊技機業界に進んだのですが、当時はまだ遊技機に液晶が付き始めたばかりで、コンテンツらしいものもほぼ存在しないフロンティアな業界でした。僕は根っからそういう混沌とした環境が好きなんです。
エルフィンは創業以来、右肩上がりの成長を続けてきましたが、これからこの会社をもうひと回り大きくしていこうと考えたときにM&Aの選択肢が出てきました。そのとき、当社を買いたいとおっしゃってくれたのが、松尾製作所でした。最初は正直、「自動車部品製造の大手がなぜ、われわれのようなエンターテインメント企業を?」と驚きました。
松尾 基氏(以下、松尾):もう3年前のことですね。エルフィンのM&A情報が耳に入ったのは偶然でしたが、僕が常々やりたいと思っていたことがこの会社ならできるのではないかと、一瞬のうちに頭の中で計算が組み上がっていったんです。
松尾:僕はM&Aに際しては、トップ同士の相性が非常に大事だという考えをもっているので、まずは会ってみようと思い、木下にコンタクトをとりました。そして実際に会ってみたところ、ものの5分で「これは想像以上の逸材だ」と感じました。木下の中ではごく普通の話をしているようでしたが、彼のもっていたアイデアや考え方が、まさに当時の松尾製作所には必要だったものだったんです。
CGW:必要だったものとは、何だったのでしょうか?
松尾:僕は会社の中をワクワクさせて、従業員が楽しく、高いモチベーションで仕事ができるようにしたかったんです。これまでは着実に堅実に松尾製作所を成長させてきましたが、電気自動車の誕生などで、自動車の部品数は10分の1から20分の1になっていくことは、すでに誰の目にも明らかです。自動車自体も売れなくなりつつある状況で、お客様にワクワクするものを提案できるような会社にならないといけないと、常々危機感を覚えていました。それをエンターテインメントが本職のエルフィンであれば打破し、突き抜けることができると考えたのです。
松尾製作所とエルフィンの活動例
木下:僕自身にも当てはまることですが、エンターテインメントの業界においては、楽しいことが価値観の中心です。自分たちが楽しめて、お客さんにも楽しめるものを提供したいという考えが根底にあります。
例えば自動車においては、電気自動車が今後発展していく中でモニタが増えていくことが予想されます。完全な自動運転が実現し、透過スクリーンと合わせればフロントガラスは巨大なモニタになります。
僕の座右の銘のひとつに「モニタは最終的にオタクのものになる」というものがありまして。これは遊技機の液晶画面で実感してきたことなんですが、それが自動車にもそっくり当てはまるのではないかと考えています。
CGW:確かに、パソコンのモニタではゲームをするようになり、スマホからもどんどん大ヒットゲームが生まれ、デジタルサイネージにもアニメやゲームの宣伝が流れていますね。
木下:僕にとっての自動車というものの捉え方は、ゲームのハードと同じなんです。しかも自動車業界はエンターテインメントの視点で見ればまったくのブルーオーシャンで、そこにわれわれのような業界の人間が入っていけば、新たな付加価値を加えることができます。
CGW:自動車をそのように使うことは、メーカーは想定していないでしょうね。
木下:完全自動運転からもう少し現実に近づけると、安全運転をする上でのモチベーション付けにエンターテインメントを利用することができると考えています。僕もドライバーですから経験がありますが、正しく交通法規を遵守し歩行者を守る運転をしようとしても、後ろから煽られるなど、嫌な思いをすることがあるんですよね。ただ、安全運転をすること自体に何かしらのエンターテインメント性を与えると、安全運転へのインセンティブに変化します。
今話したことは一例ですが、松尾製作所と一緒になることで、新たな付加価値の提供に将来的に取り組んでいける図式が見えたんです。真面目で堅実な製造業の方たちがわれわれに興味をもってくれたことが、純粋に嬉しくもありました。
松尾:日本は良い国なのに、特に製造業についてはルールや考え方が堅く、最近では海外の自動車メーカーに抜かれてしまっている部分もあって悔しいんですよね。
僕自身も学生時代は大学で彫刻を学んでいたので、芸術にはもともと親近感がありました。アニメはあまり観てこなかったのですが、今年は木下に誘われて「アニサマ」(「Animelo SummerLive」。世界最大のアニソンイベント)に行って圧倒されました。現地に来ているお客さんはマナーも良いしパワーもあって、きっと彼らの頭の中にあるエンターテインメントの力は途轍もなく大きいものなのだと実感しました。
木下:アニメの文化は日本ローカルだけにとどまらず、世界で受け容れられていて、それらに対する要望や想いが世界中から届いています。だから、同じく世界で販売する自動車にキャラクターコンテンツを乗せていくことには、大きな需要があるのではないかと見ています。
松尾:彼らにとっては当たり前の感想かもしれませんが、われわれ製造業界からすると、その考え方は驚くべきことなんです。
木下:(松尾)基さんは業界トップを目指す立場かもしれないけれど、僕やエルフィンは必ずしも一番でなくてもよい。では何を目指すかというと、世の中がもっとオタクになって、将来的に世の中のオセロをひっくり返してキャラクターとかコンテンツとかであふれる世界をつくりたい。ただそれだけなんです。
マスコットVTuberのCMやオリジナル乙女ゲーム制作の理由
CGW:エルフィンをグループ会社化すると発表した際、松尾さんの心持ちはいかがでしたか?
松尾:ドキドキしました。今まで製造業の会社をM&Aしたときは、同業同士である程度仕事への取り組み方に対する共通の理解がありましたが、今回はまったくの異業種でしたから。コンテンツ業界の方って、やっぱりそれぞれに自分の世界観や価値観をもっているんですよね。だから、僕があれやれ、これしろと言うのではなく、最も自身が仕事をやりやすい状態は何なのか、逆に教えを乞うようにしました。
それと、エルフィンの皆さんと関わって感動したことがあって。それは、彼ら彼女らは本当に仕事を楽しんでいるということです。病気などで会社を休むことになったら、絵が描けなくて辛いと。今までそんな言葉は一度も聞いたことがありませんでした。そんな彼らからヒントをもらってつくったのが、「ガチャ」による福利厚生制度です。
CGW:どういった施策でしょうか?
松尾:例えば、松尾製作所にはプレス加工の仕事があります。それを一生懸命頑張ったとしても、せいぜい上司が稼働率と照らし合わせて、「よくやった」と言われるだけ。それをただひたすら毎週毎月続けていく。これではモチベーションが上がるわけはありません。上げてもらうためには「ご褒美」が必要ですから、その施策としてガチャを採り入れてみました。
具体的には、ガチャを回すと「マツオちゃんコイン」が出てきて、食堂の食券1万円券とかその他の福利厚生がランダムで当たる。そういった遊び心を、業務ひとつひとつに盛り込んでいく。これを他の製造業で行なっているところはないはずです。作業そのものは変えられないかもしれませんが、楽しく働いてもらうためにどうしたらいいのかを考えて実行することで、既存のやり方を変えていきたいんです。
木下:今や松尾製作所の始業・休憩・終業のチャイムもマツオちゃんのボイスですもんね。
CGW:そこまで徹底しているんですね!
松尾:お昼のタイミングに来客があると、必ず驚かれます(笑)。
木下:先ほど僕の座右の銘として「モニタは最終的にオタクのものになる」という言葉を挙げましたが、実はもうひとつあって、それは「オーバーキル」です。やるんだったら徹底的に。だから、何か相談をされたら200%の熱量を載せて返すようにしています。
松尾:普通はせいぜい80%ですから。
木下:僕の立場から申し上げると、松尾製作所の良いところは、基さんの度量の広さですね。「やりすぎ」と思われがちなことでも、ドンと受け止めてくれるんです。これはどこの会社でも変わらないことだとは思いますが、結局は社長の個性が会社に浸透するんです。エルフィンでいえば、社員の誰よりも僕がオタクであることを肝に銘じています。遊技機はIPをお預かりして演出をするわけですから、その作品について詳しくあるのは当然のこと。さらにいえば、ファンの方がその作品についてどんな思いを持っているかも知らなければ、名場面を再現するような演出も開発できませんからね。
CGW:そうしたコンテンツ愛が結晶となったのが、オリジナル乙女ゲーム『異世界で工業男子に溺愛されて困ってます~転生聖女カイゼン無双~』で、これは大きな反響を呼びましたね。
松尾:もともとは、松尾製作所のテレビCMの企画が先行していたんですよ。
木下:いまどきVTuberを使ったCMは多数展開されているので、それだけでは目新しさはないなと思ったんです。でも前例を見てみると、「キャラクター」としてしか活用できていないように感じられました。VTuberの本当の魅力って、やっぱり実況形式で喋っているところにあると思うんです。そのフォーマットのままテレビ画面にCMとして流せば、かなりのインパクトを与えられるだろうと。であれば、そこで言及しているゲームも実際につくってしまおうと企画制作したのが『異世界で工業男子に溺愛されて困ってます』でした。
松尾:予算はオーバーしましたけど(笑)。想像以上の反響をいただけて良かったです。
木下:予算については申し訳ありませんでした(笑)。ただこれも後々IPとして展開することを見越して、やるからには本気でつくったんです。
CGW:出演声優さんも絶賛されたり、他のVTuberさんのプレイ動画もつくられたりして、まさに市販ゲームのような広がり方でした。
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松尾:これがエルフィン流の「オーバーキル」か、と。先ほども木下が言いましたが、やっぱりトップが重要なんです。グループにいくつも会社がありますが、トップの思いが強い会社は実際に業績が伸びていますからね。だから新しいことにどんどん取り組むという姿勢が、松尾製作所のアイデンティティ。いわゆる製造らしからぬ製造業。製造業をもっと楽しく。そこだけなんですよ。
木下:グループに加わって感じたのは、基さん自身はすでに様々なアイデアを頭の中にお持ちだった。でも、それを目に見える形にすることが難しかったのでしょう。われわれはそうした「想い」を絵やテキスト、演出という手法で形にすることに特化してきた会社です。基さんが「こんな感じのことをしたい」とおっしゃったときには、それをアイデアのピースで終えるのではなく、完成形をイメージしたPVのように形にして共有することができる。そうした装置としての役割を、われわれエルフィンが担っていると思っています。
松尾:映像化できる力は大きいですよね。実際、口頭で相談すると9割方の形に仕上げてきてくれます。そしてその成果物を松尾製作所の社員に見せると、やはりちゃんと納得してもらえるんです。
木下:そこも人づてではなく、直接のパイプラインでできるのが大きいですね。そして僕自身もエルフィンのスタッフに直接伝えられるので、より純度の高いものができているのだと思います。
「社員を大切にする」理念を体現した社内アプリを開発中
CGW:マツオちゃんの今後の展開について教えていただけますか?
木下:VTuberはコラボレーションで楽しさが生まれるコンテンツだと考えているので、松尾グループ各社にいるキャラクターたちを活用しない手はないと思います。さらに、現在はグループ以外の企業からも、マスコットキャラクターの制作から運用までのご依頼をいただいています。これは将来的な夢ですが、それらをひとつ大きな箱として製造業VTuberたちでコラボレーションをしていけたらと考えています。
松尾:松尾グループに目を向けると、グループ会社間で共通で使えるアプリの開発が進行中です。まだまだグループ内でのコミュニケーションが足りているとは言えないので、それをもっと身近にくっつけたいんですよ。アプリでVTuberコンテンツを見ることができたり、業界動向のニュースをいちいち調べることなくアプリ内で読めたり、従業員同士でフリマができたりとか、グループのハブになるようなものにできたら面白いかなと。
木下:実はこれ、エルフィンがグループに加わった際、最初に基さんからオーダーされたことだったんです。僕が考えている機能がまだWeb上では再現できず進捗が遅れているのですが、ありふれた企業アプリのようなものではなく、エンターテインメント性にあふれる仕上がりになる予定です。
CGW:製造業とキャラクターで考えるとつい、広報的なものを想像してしまいますが、まずは従業員間のコミュニケーションを優先されていたんですね。
松尾:当社の理念は創業者である祖父の時代から変わらず「社員を大切にする」ですから。お客さんを大事にする会社は多いですが、まず社員が幸せにならなかったら絶対にお客さんに幸せは届けられません。
松尾:松尾製作所は戦後に九州から出てきてつくったバネの会社で、当初はリアカーを引いてバネを売りに回っていました。その当時の社員は祖父と同じ九州出身の若者ばかりで、彼らを幸せにするのが祖父の夢だったんです。そのときに生まれた理念は今も持ち続けています。
CGW:お話を聞いて、エルフィンの企業理念とも近い部分を感じました。
木下:それはありますね。例えば仕事をしていて、現場では解決しがたい問題が発生した場合、僕が出ていって必ず具体的な解決策を考え、道筋を整えるようにしています。社長には権力があるので「何とかせい」と言うこともできますが、僕はそれが一番嫌なんです。現場では解決できないような問題をウルトラCで解決したり、リスクを背負って決断することが社長の役割のひとつだと思っています。
CGW:今後の目標についてお聞かせ下さい。
松尾:先日、某大手自動車会社の方とお話をしている際に「どうすれば自動車がもっと売れるか」という話題になったときに僕は「もっとコラボをすればいいんですよ」とお答えしました。例えば有名な高級ファッションブランドでさえ、今やゲームキャラクターとコラボレーションをしています。自動車においても同様に、エンターテインメントを取り入れた新しい挑戦が求められる時代なのです。
木下:海外のながれを見ていると、「パーソナライズ」がひとつキーワードになっていると思います。そういうときにキャラクターは、そのオーナーだけの独自性を出す上で強い武器になります。それは自動車業界の中からは出てこない気がするので、外野で近い位置にいる僕らが提案していくのが良いと思います。
松尾:今の日本の自動車業界に一番欠けている要素は、遊び心ではないかと考えています。松尾製作所が持っている技術力に、エルフィンの持っているアイデアを足していけることが、今回一緒になって一番良かったところだと思っています。僕自身も今後どのように新しい展開を実現していけるのか、ワクワクしています。
TEXT_日詰明嘉/Akiyoshi Hizume
PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota