日本のほぼ最西端に位置し、豊かな自然とキリシタンの歴史・文化を背景に農林水産、観光を基幹産業としてきた熊本県 天草市が「デジタルアートの島」構想を掲げている。
IT業種の中でも特にゲーム・アニメといった3DCG関連業種の企業誘致やデジタルアーティストの移住を目標に、各種の優遇措置を設けているという。加えて天草市内や近郊地域の若者が3DCG人材として活躍できるように、地元からの新たな人材の創出に積極的に取り組んでいるようだ。
豊かな海産物に、のんびりとした景色、そして歴史が息づく半島で3DCGは人口増の起爆剤になるのか?「デジタルアートの島」構想について、天草市および、天草工業高校の取り組みを紹介していく。
なぜCGクリエイターに注目を?天草市の「デジタルアートの島」構想
CGW:まずはじめに、天草市が「デジタルアートの島」構想を掲げることになった経緯についてお聞かせください。
嶋﨑健介氏(以下、嶋﨑):もともと天草市の抱える大きな課題として、1955年以降から人口減少に歯止めが掛かっていないということがありました。特に若者の市外への流出が顕著で、このままでは街が消滅してしまうかもしれないという危機感があります。ではなぜ若者が天草市から出て行くかというと、その理由のひとつが、市内では職種が限られているためです。そこで多様な職種を増やしていくために、市内に今後の成長も見込めるであろうIT産業を誘致しようということになりました。
CGW:一口にIT産業と言っても色んな業種がありますが、天草市ではゲーム・アニメ産業を、それもCG制作に携わる企業を中心に誘致する方針だとお聞きしました。それらの業種に着目された理由は何なのでしょう?
嶋﨑:やはり漠然とIT産業を誘致するというよりは、何か天草らしい特色を出していったほうがいいだろうと考えました。天草は自然が豊かで、世界文化遺産に登録された「天草の﨑津集落」をはじめとして豊富な歴史や文化がある地域ですので、CG制作のように特にアート分野で創造的な仕事をする方々に喜んでいただける環境を提供できるのではないかと思いました。
我々の一方的なイメージかもしれませんが、3DCGを扱ったクリエイティブな仕事というのは非常に集中力が必要とされる仕事なのではないかと思います。だからこそ長く良い仕事をするためには、オフタイムに完全にリラックスできる環境かどうかが重要なのではないかと。
自然に囲まれた天草ならば、ちょっと足を伸ばせばきれいな海と緑がすぐに目に飛び込んできます。美味しい特産品もたくさんありますので、毎日気持ちを切り替えながら、心身共に健康で働いていただけるのではないかと考えています。
■天草の絶景
■絶品!天草グルメ
CGW:確かに、すぐそばに大自然が広がっているというのは、都会のIT企業では考えられない働き方ですね。リラックスした環境ならクリエイティブな仕事がはかどるかもしれません。
嶋﨑:熊本市に支社を構えるCGプロダクションとの出会いも大きなきっかけになりました。これまで縁遠いと感じていたテレビやネット等で流れる様々な映像作品が身近な熊本で作られていることを知り、であれば天草市もCG制作を行う場所として十分候補になり得るだろうと考えたんです。
加えて、こういった新しい業種であれば市内で競争も生じませんし、外貨も稼げる仕事なので、地域経済の循環も上がっていくだろうという点も魅力的でした。
CGW:なるほど、そういった理由でCGに着目されたんですね。一方で、家族連れ、特にお子さんがいるクリエイターさんだと、移住に及び腰になってしまう懸念もありますが、その点についてはいかがでしょうか?
嶋﨑:天草市は安心して子育てがしやすい環境となっています。天草市は医療機関が豊富で、また医療費が高校生(18歳)まで無料なんです。それに犯罪率も低く、住みやすさランキングの安心度部門で上位にランキングしています。子育て中のクリエイターさんでも、安心して移住していただけるかと思います。
■移住定住者向け情報サイト「あまくさライフ」
天草市・熊本県の両方から得られる進出支援。コワーキングスペースからのスタートもウェルカム!
CGW:それでは次に、企業や個人が天草市に移転・移住する際のメリットについて、行政による支援の観点からお聞かせください。
嶋﨑:たとえば住宅のための入居物件についての支援ですと、「空き家活用事業補助金」という制度がありまして、空き家等情報バンク制度に登録してある空き家を購入または賃貸される方で、自費で空き家を改修するなどの定められた要件を満たす方には、上限額を100万円として補助金が支給されます。
暮らしの支援としては「定住促進奨励金」、「移住支援金」という制度もございます。こちらは要件を満たす方に対し、世帯構成員の人数に応じて奨励金(市内で使える商品券で交付)や支援金を支給します。
また、オフィスについては「空き店舗バンク」を設け、空き店舗を紹介しておりますし、
これに加えて、熊本県の補助金も併用できるので進出に際してはかなり手厚い支援が受けられるんです。
CGW:移住者個人の住宅も、オフィスもそれぞれ支援が得られるとは!しかも、天草市からだけではなく、県からも補助金が得られるのはかなり助かりますね。
■天草市の住まいの支援
■天草市の暮らしの支援
嶋﨑:ただ、空き物件をいきなり改修して移住するというのはハードルが高いと考える方もおられると思います。そういった方々のために、コワーキングスペースやシェアオフィスを整備中です。まずはそこにスタジオ開設準備室というようなかたちで仮入居していただくことをオススメします。そこから徐々に天草市と関係性を築いていただき、事業が軌道に乗ってくれば改めて定住していただければと思っています。
CGW:コワーキングスペースは、すでに開設されているのですか?
嶋﨑:はい、天草の本渡地域というところに「あまスタ ファロール」というコワーキングスペースの2階がシェアオフィスになっていて、現在、約10社の方に利用いただいています。加えて、現在2ヶ所のシェアオフィスを整備中で、こちらも
■あまスタ ファロール
CGW:いきなり天草にスタジオを構えるということでなくても、段階的に天草で事業を展開するルートが用意されているわけですね。
嶋﨑:また行政の支援とは別なんですが、天草エアラインの天草-福岡間で企業誘致割という制度がございまして、通常約14,000円の片道料金が5,000円になる割引支援がおこなわれています。こちらは一企業に対して年間10往復まで、5年間対象となります。
CGW:外部から天草へ移動するとなると、福岡が重要なハブになるでしょうから、その福岡との移動に割引がなされるのは嬉しいですね。
■天草エアライン
天草での3DCG人材獲得はどのように?
CGW:他地域から企業、クリエイターを招くための制度が充実していることはわかりました。それでは、天草市内での人材育成・獲得についてはどのようにお考えなのでしょうか。
嶋﨑:まず前提として、天草市内には大学もありませんし、専門学校も看護学校がひとつあるだけです。そういった理由で、18歳を過ぎると8~9割が、進学や就職で市外に出て行ってしまいます。そういった若年人口の流出に歯止めをかけるためにも、天草市内に若者が働ける場所を作れればと考えています。
CGW:なるほど、しかし若者がどんどん市外へと流出しているという状況ですと、いざ企業さんが天草にスタジオを構えたとしても、人材の獲得に困るのではないでしょうか?
嶋﨑:はい、その点を解消するために、実は県立天草工業高校さんと連携して、そちらの卒業生と企業さんを繋いで行ければと考えています。天草工業高校さんは以前から、3DCG教育に力を入れておられるんです。
県立天草工業高校 西村和久校長(以下、西村): 嶋﨑さんにご紹介いただいた通り、我が校では、天草市と連携しながら情報技術科にて3DCG人材の育成を進めています。
嶋﨑:企業さんに工業高校を案内させていただいたときに、育て甲斐のある子供たちが大勢いるぞという話になりました。基本的に採用というのは高卒、専門卒、大卒になってくるんですが、高校に在学中の早い段階から育てていき、そのまま就職してもらうという方法はいいのではないかということになりました。また、連携している熊本デザイン専門学校さんからも、働く場所さえあれば、市内で働きたいという志向を持っている生徒が多いという話も聞いています。そういった若者たちに、働くための技術と場所を与えてあげられればという考えで、天草工業高校さんと連携させていただいております。
CGW:なるほど、それでは天草工業高校さんの取り組みについて、もう少し詳しくお聞かせください。そもそも、なぜCGクリエイターを育成しようと考えられたのですか?
西村:もともと本校の就職する卒業生は6割くらいが県外に就職していくのですが、その中でも情報技術科の生徒は、本校で学んだ知識を活かせる就職先が天草市内にないということが悩みでした。何とか彼らの能力を活かした就職先を天草市内に作ってあげられないかということで、天草市と連携することになりました。
また、コロナの感染拡大を機に、文部科学省の「GIGAスクール構想」によって、校内のネット環境が整備されたこともきっかけのひとつです。また熊本県からも、生徒一人に対してノートPC1台を支給するなどの支援がありました。熊本県は「ICT教育日本一」を目標に「Google for Education パートナー自治体プログラム」に参画するなど、ICT教育に積極的なことも後押しになっています。さらに本校は熊本県より熊本スーパーハイスクール(KSH)の「プロフェッショナルハイスクール(実践研究型)」の指定(重点校)を受けておりまして、そのひとつの柱としてCGクリエイターの育成を柱にしているんです。熊本県内の情報技術系の学科は本校以外にも色々とあるんですが、CGについて詳しく学べるのは本校くらいだと考えています。
CGW:なるほど、そういったいくつもの要因が重なって、CGクリエイターを育成するための環境が整えられたというわけですね。それでは、具体的にはどのような教育がなされているのでしょうか?
西村:天草市と連携を図り、県内外の企業から講師を招き、プログラミング、CGデザイン、VR・ARなどの基礎・実践についての授業を実施しています。また、今年度からは実際にMayaを使った実習もおこなっています。さらに課外活動として、Unityによるソフトウェア開発にも取り組み、制作したゲームをクリエイターズカップに応募したという生徒もいます。さらに今回はCGWORLDさんに、1年生を対象とした3DCGの基礎講習をおこなっていただきました。
CGW:デジタルアーティストの三宅智之氏をお招きして、高校1年生を対象にした3DCG基礎講習として、Blenderの使い方を学んでいただきましたね。生徒さんたちの食いつきがよかったのが印象的でした。それでは、そういった教育を経た生徒さんたちに対し、企業からの反応はいかがでしょうか?
嶋﨑:通常は企業さんは7月から求人の告知を出すのですが、それだけだと認知が足りないということで、ゲーム会社さんなどが工業高校でお話をする機会を設けられていて、そこでの話をもとに入社の応募を決める子なども実際にいます。今年進出した企業さんも既に4~5人を採用されていますので、ペースは速いと思います。
優秀な人材を一緒に育てていくプロダクションを大歓迎!
CGW:それでは最後に改めて、今後どのような企業やクリエイターさんに天草市へ来ていただきたいですか?
嶋﨑:優秀な人材を採用して一緒に育てたい、そして天草でいい作品を作りたい企業さんを私たちとしても、全力でサポートしていきたいと考えています。やはり、単純なコスト効率を期待してもらって来ても続かないと思いますので、まずはこの天草という地域を好きになっていただきたいですね。天草という地域は、歴史的にもかつてキリスト教を受け容れてきたように、外部のものを受け容れていく風土があると考えています。素敵な街なので、まずは実際に天草の街を見に来ていただきたいですね。
西村:これは天草に限ったことではないんですが、高校の教員というのは大学を卒業してすぐに教員になる者が多いので、クリエイティブな現場の最先端の知識が無いということが、教育上の課題となっています。
なので専門知識を持った産業界の方々が若者を育てるという意識を持って、我々高校と連携していただけると非常にありがたいですね。CG業界だけでなく、他の産業の方々とも、そういう関係性を繋いでいけるといいと思います。
CGW:本日はありがとうございました。長らく、都内のCGプロダクションにとって3DCGスキルを持った人材確保が大きな課題の一つになってきました。これまでは「どの専門学校・大学から優秀な人材を採用するのか」というところに目が向きがちでしたが、それだとどうしても人材の獲得競争に終始してしまい、増加する需要をカバーしきれていないのが現状です。そのため、市場全体のパイを増やしていくためには、3DCGがまだ根付いていない地域でどう仕事を作っていくのか、どう人材を育成していくか、といった視点も必要になってきます。
もちろん、一企業の頑張りではうまくいかないのも事実なので、天草市さんのように3DCG関連企業の誘致に対して本気な行政と一緒にこうした課題に取り組んでいくと良さそうですね! 進出を検討している方は、天草に視察に訪れてみるのもいいと思います。美味しい食事はもちろん、温泉や海水浴場遊び場も多いのでワーケーションとしてもオススメです。
■「遭遇率98%」のイルカウォッチング
■倉岳 パラグライダー
TEXT_オムライス駆
PHOTO_木田仁臣(ファスタボ)
INTERVIEW&EDIT_池田大樹(CGWORLD)