「√EDEN」(ルートエデン)は、「クリエイティブ×メディア×ファンコミュニティ」の 実験的な展開を取り入れた新しいIPプロジェクトだ。本プロジェクトとガールズバンド、花冷え。のタイアップ楽曲『O・TA・KU ラブリー伝説』のMVは、秋葉原の総合エンターテインメント開発会社カヤックアキバスタジオが手がけている。√EDENの根幹となるマルチバースの世界観を再現したMVの、実験的な制作フローについて伺った。
Unreal Engine 5を軸に先端技術を駆使して制作した√EDENテーマソングのMV
――まずは√EDENディレクターの天野さんにお話を伺います。自己紹介と来歴を教えてください。
天野清之氏(以下、天野):カヤックアキバスタジオで映像監督兼プロデューサーをしています、天野です。IMAGICAで3DCGや映像制作を学んでCG制作を中心にやっていたのですが、そこでインタラクティブな映像コンテンツに関わる仕事がいくつかあって、それに刺激を受けてプログラミングにも手を出してみたら、これが面白かった。だからもう少しプログラムをやれるような会社に移りたいと考えて、14年前にカヤックに入社しました。
――今回ご紹介いただく√EDENとはどんなIPプロジェクトなのですか?
天野:√EDENはクリエイターとファンコミュニティを組み合わせた取り組みです。重要なのは「マルチバース」で、1本の世界の中に複数のクリエイターのストーリー・世界観が内在していて、それをゲーム・小説・アニメ・漫画・グッズ・音楽といった様々なメディアで展開します。
――花冷え。さんとのタイアップはどういった経緯で?
天野:プロジェクトに取り組むにあたってテーマソングをつくりたいという話が上がったときに、√EDEN全体としての世界観と花冷え。さんの楽曲が合致していると感じたので、カヤックアキバスタジオから打診しました。企画書を持って説明に伺ったところ快諾いただいて、ヒット曲『O・TA・KUラブリー伝説』で、メンバーを3DCGでキャラクター化した√EDENバージョンのMVを制作することになったんです。プロジェクトは2024年5月にキックオフして、12月11日(水)にYouTube公開しました。
――MV制作は何をメインツールに進めたのでしょうか?
天野:Unreal Engine 5(以下、UE5)ですね。MayaやMotionBuilderなども活用していますが、コンポジットやポスプロに頼る従来の映像制作ワークフローとはちがって、カヤックアキバスタジオの開発力を活かしたプログラミングによるUE5の拡張によって、スピード感とアウトプット品質を上げることを目標にして進めています。
――まさにカヤックアキバスタジオならではですね。
天野:そうですね。カヤックアキバスタジオはプログラムを得意としている会社なので、独自ツールや中間ツールをたくさん開発して、他が真似しにくい制作プロセスを構築しています。今回で言えば、内製のバーチャルカメラ技術「ジャンヌ・ダルク」や、ソニーのモバイルモーションキャプチャデバイス「mocopi」を活用するためのツール開発があります。そして大事なのは“リアルタイムでの制作”。プログラミングの思想に倣って、イテレーションを速く回すために制作を細分化して、並行開発が行えるようになっています。今後はUSDによって相互データの行き来が自由になり、より並行制作が当たり前の時代になっていくと思われます。
――なるほど。それでは今回のMVのコンセプトについて教えてください。
天野:マルチバースの中を行き来しながらライブをする花冷え。をMVで描くというものです。「格闘」、「恋愛シミュレーションバース」、「カーチェイス」、「ホラー」、「魔法少女」、「RPG」、「音楽ライブ」、「ファンタジー」といったバースがあって、各バースでメンバーの描写方法も変えるといったチャレンジもしています。
――メンバーを3DCGで表現するためにモーションキャプチャを活用されたのですか?
天野:はい。今回MVの中にたくさんのバースが出てくるので、花冷え。の皆さんからたくさんの動きのパターンを撮る必要がありました。でも、メンバーのスケジュールを長く押さえるのが難しく、1日で全て撮りきる必要があったのです。カヤックアキバスタジオのモーションキャプチャスタジオ(OptiTrack)だけで撮影が完了するボリュームではなかったので、ちょうど私たちが研究していたmocopiを取り入れて、1日で2ライン用意してキャプチャをしようということになりました。
――これらの制作フローを取り入れたことにより生まれた課題は何ですか?
天野:私たちは全員が新しい制作フローを取り入れてやっていくことに慣れているチームなので、課題を感じる場面はなかったですね。実際、私が「mocopiとUE5をつないでさらにジャンヌ・ダルクとつないで撮影しよう」と軽く言って(笑)、そのときには技術的な課題が生まれます。でもカヤックアキバスタジオにはその都度の課題検証を楽しんでやれるエンジニアが揃っていますから特に問題はなく、そこはカヤックアキバスタジオならではかもしれません。
――今回はUE5での制作ですが、Unityから完全に移行したのでしょうか?
天野:会社としてはUnityもUE5も両方使うのですが、私たちのチームはUE5への完全移行を目指して進めているところです。その大きな理由はニーズの大きさで、しかもニーズがあるのに扱える人が少ないというところです。そこに私たちのスキルや経験が活きると考えているので、あえて振り切ってUE5での経験回数を増やしていこうという方針で活動しています。
カヤックアキバスタジオの開発力だからこそ実現できたエンジニア起点のワークフロー&エフェクト開発
――ここからは、MV制作に携わった永田さんと山崎さんにもお話を伺います。まずは自己紹介をお願いします。
永田俊輔氏(以下、永田):テクニカルアーティスト(TA)の永田です。7年ほど前にカヤックアキバスタジオに入社して以来、ディレクターの天野とずっと一緒にチームを組んでいます。キャリアとしてはエンジニアからスタートして現在はTAです。今回はジャンヌ・ダルクをはじめ制作に必要なツールやワークフローの開発、エフェクト制作などに携わっています。
山崎 遼氏(以下、山崎):2024年の3月にカヤックアキバスタジオに入社した山崎です。経歴としてはCGアニメーター、リギングアーティスト、プロジェクトマネージャーを3年ずつ経験してからプロデューサー兼ディレクターを3年やりました。MVではCGディレクターという立場で段取りから構成・演出を担当しました。
――今回、キャプチャ収録を1日という短期間で終えたそうですね。
山崎:はい、どうやったら効率良く1日で撮りきれるかを考えるところでまず苦労しました。まずは長尺のカットをモーションキャプチャスタジオ(OptiTrack)で撮れるように香盤表を埋めました。撮ってみて「精度が低いからリテイク」となった場合に、そこが長尺カットだと負担が大きくなってしまうからですね。逆に、リテイクでもスムーズに段取りができるものや目立たないもの、あらかじめCG側で手直しが予想できたものは優先的にmocopiを割り当てました。
――なるほど。スムーズに香盤表を埋められましたか?
山崎:いえ、なかなか綺麗に埋まらず、「こういう動きが良いんじゃないか?」というシミュレーションを5周ぐらいして、やっと形になりました。撮影当日もなかなかOKテイクが出なかったり、撮りきれなかったりしたカットもあったりで香盤表通りにはいきませんでしたが、現場で調整をして何とか撮りきることができました。
――最終的には、OptiTrackとmocopiの撮影はどんな比率になりましたか?
山崎:割合で言うとOptiTrackが60%、mocopiが40%くらいの比率になりましたね。例えば、ワープ空間でワンポーズを撮るカットは、当日の実写の録画とmocopiのデータを使って、私たち側でブラッシュアップして一枚画にしました。こういった、要素が欠けていたとしてもなんとかなるカットはmocopiで撮りました。
――格闘バースでは激しい動きもありますよね。
山崎:そうですね、このカットは入り組んでいます。格闘バースのキャラセレクト画面はmocopiで、実際の格闘シーンは手前がOptiTrack、奥はmocopiです。香盤表を埋めたいので、手前と奥で両方を一度に撮影したという例ですね。それと、格闘技のモーションは花冷え。のメンバーにはできませんから、ポーズだけmocopiで撮って、こちらでリグなどの構造をセットして手付けしました。ひとつひとつのモーションに各メンバーならではの動きがしっかり入っていてほしかったので、細かくキャプチャさせてもらいました。
――現場ではリアルタイムプレビューで確認を?
山崎:そうですね。OptiTrackもmocopiも現場で確認しながらでしたが、mocopiの方は簡易的な確認だけです。あくまで方向性や温度感がわかる程度なので、デスクに戻ってデータの中身をしっかり見てみないと、詳細まではわからなかったですね。
――今回はカヤックアキバスタジオ製のバーチャルカメラ技術のジャンヌ・ダルクも活用されているそうですね。
永田:はい。今回使用したのは新しいUE5版のジャンヌ・ダルクで、VRデバイスを被ってシーンに入り、ハンディカメラで撮ったようなカットを自由に探ることができるシステムです。1カットで複数のテイクを何本も撮って試すといった実写撮影に近いワークフローが実現できますし、リアルな手ブレも再現できます。
――どういったシーンで活用されましたか?
永田:ライブバースのカメラはほぼ全てジャンヌ・ダルクで、天野が自らVRデバイスを被って撮りました。キャラクターが目の前で演奏しているところを練り歩いたり、ドラムの下に入ってみたりしながら(笑)、「ここからが良いんじゃないか」とカメラワークを決めていきました。
――永田さんは今回エフェクト制作も担当されたそうですね。
永田:はい。今回、私の専門を活かして、ゲームエンジンらしいエンジニアリング的な方法でエフェクトを制作しました。ひとつは、ディファードレンダリング(※1)を用いて、Gバッファ(※2)などをベースにオブジェクトをまたいだエフェクトを発生させています。例えば、ライブバースのパーティクルは1モジュールですが、床やオブジェクト表面の発光部分から生成したエフェクトです。
――シーンのオブジェクトから自動でエフェクトが発生するということですか?
永田:その通りです。このようなモジュール化されたエフェクトがあることで、CGチームは個々のオブジェクトやパーティクルにさほど意識を配る必要がなくなります。数個のコントロールパラメータで全体を制御できますし、ワークフロー面でのメリットも大きいですね。今回、キーフレームもほとんど打っていません。
――表現と効率を両立させているのですね。
永田:ゲーム的なつくり方で良かったと思うのはそこですね。UE5にはVFXシステムのNiagaraがありますから、こうしたGバッファのようなレンダリング情報の扱いが簡単にできます。
――Niagaraの能力を引き出したと。
永田:Niagaraで言うと、コンピュートシェーダ(Compute Shader)もNiagara内で処理できるので、今回キャラクターの動きに合わせて画面全面に虹色の流体のようなものが発生するポストプロセスベースのエフェクトもつくりました。これはキャラクターのスクリーンスペース上のベロシティ移動量を取得してそれを加工したもので、オブジェクトの処理やパーティクルだけではできない、ゲームエンジンならではの処理です。
永田:これらは背景のオブジェクトに依存しない汎用エフェクトになっているのが特徴です。少人数でのチーム制作でも広範囲にわたってより良い画づくりができるように、エンジニアの発想から開発したエフェクトです。
――今回のMV制作を通じて得られた成果はどのようなものでしたか?
天野:ゲームエンジンをワークフローにしっかり組み込んで映像制作をする仕事は、2017年のTVアニメ『宝石の国』以来です。そのときはUnityで今回はUE5でしたが、久しぶりにやってみたらワークフローがかなり良くなっていました。これからもっといろいろなことを試していきたいですね。
得意分野を自律的に深掘りしながらチームワークで力を発揮できる人材が必要
――山﨑さんは入社して約半年ですが、入社してからの印象はいかがですか?
山崎:入社後すぐにカルチャーショックを受けました(笑)。やりたいことがあって相談すると、そのエッセンスを汲み取って整理してくれて、できると判断したものはあっという間に出てくるんです。衝撃的でしたね。「ちょっとやってみようか」というノリが社風になっています。
自前のモーションキャプチャスタジオを持っていて、いつでも使えるようになっているという安心感もあります。「ちょっと撮ってみよう」とすぐ撮って、その日に触れる環境を提供してくれる会社はなかなかありません。
――今回は中途のCGディレクターとTAの採用を考えているんですよね?
山崎:CGディレクターは、今回のMVのようにCGチームでやりたいことの意図をTAチームが汲み取ってUEに実装するというながれが大事なので、CG制作の全工程を回したことがある現場経験の豊富なディレクターが来てくれたら嬉しいです。
永田:TAはモデリング出身とプログラマー出身の2種類の人材を募集しています。アプリケーション開発経験があって、ツールをつくってプロジェクト全体の効率化をしようという基本的なTA的発想がある人材にはぜひ。案件ではゲームエンジンを使うので、レンダリング周りの知識があればなお良いですね。
――どんなパーソナリティの人材がカヤックアキバスタジオに向いているでしょうか?
天野:カヤックアキバスタジオの場合、特に開発の部署では、きっちり職能を分けて作業を進めるというよりは、職能をまたいでお互いが少しずつ干渉し合うような制作スタイルです。例えば、私はディレクターですがツールを触ることもあります。だから、まずそういう制作に強い人がカヤックアキバスタジオに向いてると思います。
あとは社風として新しいことをやるのが好きなので、そういうことに慣れている人が良いですね。必要がある情報は自分から拾いにいったり、「興味があるから触ってみよう」と行動を起こすタイプの人材です。
――好奇心旺盛なタイプ、ということでしょうか?
天野:好奇心はもちろんですが、もう少し具体的に言うと、網羅的に薄い理解よりも、「これ、好きだからやっています」という人ですね。というのも、今はインターネットに情報があふれているじゃないですか。次々出てくる新しいツールを全て網羅的に理解するのはかなり難しい時代です。類似品も多いので、ひとつひとつ触って検証していては、いくらやっても追いつかない。
だから、自分の興味や手がけている範疇の情報を吸い上げて、「この分野は好きなので知っています」という状態なのが望ましいですね。
――なるほど。コミュニケーション能力についてはいかがですか?
天野:人に情報を共有することにハードルがある人はカヤックアキバスタジオには向かないかなと思います。技術を扱う仕事で“秘伝のたれ”みたいなものはないので、自分で得た知識はどんどん共有してほしいですね。
山崎:私もコミュニケーションがまず大事だと思います。理解できていないことをそのままにして進めてしまったり、細かいウソをついたりするようなクセがない人が良いと思います。
テクニカルな仕事ですから工程や技術をパッと理解できないこともあると思います。でもそういうときにキッチリ理解してから先に進まないと、“塵も積もれば”で大変なことになりかねません。
永田:私は、人や会社、協業を含めたワークフローや制作システム、ネットワークを起点にして最終成果物をつくっていこうという発想があるような人材に来てほしいですね。「これとこれをこう組み合わせたら新しい表現ができる」とか「この人とこの人がタッグを組めばこんな作品ができる」とか。
逆に、好奇心や興味の塊みたいなクリエイタータイプの人材、具体的な表現を突き詰めたい人も、もちろん手放しで来ていただきたいです。ちょっと両極端ですが、どちらの人材もカヤックアキバスタジオには欠かせないと考えています。
求人情報
株式会社カヤックアキバスタジオ
akiba.kayac.studio
〒101-0021 東京都千代田区外神田1-8-13 NREG秋葉原ビル1F
▼募集職種
・テクニカルアーティスト
・CGディレクター
・3DCGモデラ―
・3DCGアニメーター
TEXT__kagaya(ハリんち)harinchi.com
EDIT_藤井紀明/Noriaki Fujii(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota