この数年、ツールの進化やコロナ禍を契機として、3DCGを新たな絵筆に選ぶ「作家」が次々に誕生している。CGWORLDが行ったBlenderユーザー向けの調査でも、3年以内にBlenderを始めたユーザーが8割に上るなど、異分野出身のクリエイターの増加がめざましい。BlenderやUnreal Engineを駆使しながら、CGキャラクターたちによるシニカルな群像劇を描く五分目悟(ごぶんめさとる)はその代表的な作家の一人だ。
同氏の「CGドラマ」に登場するフォトリアルなCGキャラクターは、Unreal Engineに搭載された「MetaHuman」と呼ばれる、精巧なデジタルヒューマンを制作できるツールを中心に制作されている。2022年8月に発表した『全然、助けてもらえない人』を皮切りに、『区の人のフリして路上喫煙者から罰金取るやつ』(2022年9月)、『迷惑人間フォルダー』(2022年10月)で脚光を浴びると、毎月YouTubeやTikTokに向けて、ブラックユーモアと批評性に富んだ完成度の高い作品を次々に発表し続けている。
驚くべきは、脚本から演出、声の出演、3DCG、編集、そして作中歌に至るまですべて一人で制作している点。そして、脚本から完パケまで一話あたり1週間という脅威的なスピードで仕上げているという点だ。そこで本インタビューでは、これまで謎に包まれてきた五分目悟氏のバックグラウンドを掘り下げるとともに、CGドラマの制作フローやマウスコンピューターのDAIVを活用した制作環境について伺った。
Unreal Engineを始めたのは2022年の夏
CGWORLD(以下、CGW):まずは、どんなきっかけでYouTubeの配信を開始したのか教えてください。
五分目悟氏(以下、五分目):コロナが直接的なきっかけですよね。これまで自分の幸福を他人にすごい委ねてるなって感覚がありまして、常々、自分発信でなにかやらなきゃなとは思っていました。 コロナで、仕事がストップした時、「いよいよ、絵を始めるか」と決心したんです。
と言っても、元々、一切絵を描いてなかったんですけど、それは、あえて絵を描かない人生を選んでいたからなんですよね。
CGW:「描かない人生を選ぶ」というと.....?
五分目:いや、絵は老後にやることにしていて、幼稚園のくらいのときからずっと、意図的に絵のレベルを「レベル1」に抑えていたんですよ。人を描くとしたら、丸い顔に目と口があって、そこから直接手足が生えてて......くらいのレベルに、あえて抑えていたんです。
CGW:なるほど。そこから封印を解いて、いよいよ絵を描き始めたと。
五分目:そうなんです。ただ、普通に絵を描くだけだと面白くないから、アニメーションを作ってみようと思いました。それも、口ぱくのアニメではなく、しっかり全身が動くアニメーションを。1話2分くらいで5~6話は作ったと思います。「五分目悟」というのはそのときのキャラの名前なんですよね。
CGW:絵からいきなりアニメーションにワープしたのも気になりますが、現在のようなCGドラマのような作風に落ち着いた経緯がもっと気になりますね。元々、実写作品を作っていたんですか?
五分目:映像制作はほぼ未経験でした。元々、五分目悟のチャンネルは、ウマ娘の二次創作の作品がメインだったんですよね。ある時、界隈でMMDが盛り上がっているのをみて、自分もはじめてCGキャラクターの芝居に挑戦してみたんですけど、それがドラマ制作のきっかけですね。
CGW:しかし、未経験とは思えないようなテンポの良い台詞回しやスムーズなカット割りですよね。3DCGや映像の業界関係者でもファンがとても多いんですよ。
五分目:それは嬉しいですね。実は、学生時代、めちゃくちゃドラマを見ていたのでその経験がかなり活きていると思います。
それこそ、当時は1クール全部のドラマをみてました。全部見切るだけの時間がなかったので、音声だけ録音して、セリフを聞きながら学校に通学してたんです。音だけで「多分今、こういうカットだろうな」ということを想像しながら、脳内ドラマを再生していました。この経験のおかげで、台本を作る時にも頭の中で自然に映像がイメージできるようになりました。
CGW:Unreal Engineを触りはじめたのは、いつなんですか?
五分目:2022年の夏ごろです。CGWORLDでも「UE5、始めるなら今」みたいに特集で組んでたじゃないですか。その記事読んで自分でも触り始めたところ、初期画面のUIの色合いも、自分の好みだったんですよ。
CGW:「Unreal Engine 5とつくる未来」特集号の発売が2022年7月で、MetaHumanを用いた最初の作品『全然、助けてもらえない人』の配信が、2022年8月だと思うので、リリース直後に作品を創り始めたということですね。
五分目:元々、自分の脚本を具現化したいっていう気持ちが強かったんです。でも、役者を集めたり、撮影したり具体化するハードルが本当に高かった。だからMetaHumanを最初に見たときは、目を疑いましたよ。最初からコントロールリグがセットアップされた役者達を自由にエディットもできて「まさに求めていたものじゃん」みたいな。MMDと操作感がほとんど一緒だったというのも大きいですよね。しかも、役者達が文句言わない 笑
CGW:UE5の習得には時間がかからなかったんですか?
五分目悟:もちろん最初は「スケルタルメッシュとスタティックメッシュってなんで2種類必要なの?物理アセットって何?」って状態でしたけど、わからないなりに1~2週間かけて色んな機能を触りまくって、一本目を作り上げました。
CGW:制作期間はどれくらいだったんですか?
五分目:『全然、助けてもらえない人』は、UE5の検証含めて、1~2週間で完成させました。2作目の『徹底的に電力が不足した世界線』は3日くらいで完成していました。実は、初期の方が制作期間は短いんですよね。
モーションキャプチャを使わずにコントロールリグだけで、口をパクパクさせていますし、全身の動きはAdobeのMixamoを使っていました。最近はモーションキャプチャを使っているんですが、自分の芝居にどんどん腹が立ってきて、何回もやり直すので時間がかかってしまっています 笑
CGW:それでも平均で1ヶ月に4本のペースで出してるじゃないですか。脚本から完成まで制作期間は1週間ってことですよね。一般的なプロダクションワークからすると、ブッ飛んだスピード感だと思います。ここからは1週間をどんな流れで使っているのか教えてください。
脚本から完パケまでの1週間のワークフロー
■ 1日目:脚本を書きながらゲームエンジンで検証
五分目:初日はまずは脚本を作るところからですね。その後、脚本で書いたことが本当に実現可能なのか、Unreal Engine上で実際にキャラを動かしたり、物を破壊したり、時に街にロケハンもしながら実験します。ここで検証しておかないと、この後の工程が無駄になっちゃうので。脚本を書きながら、実験する。これが1日目ですよね、
CGW:ストーリーについてですが、横断歩道の中央分離帯に取り残された人間の話だったり、大人を路店で買ってしまう子供の話だったり、設定が独特過ぎるのに、オチは妙な説得力がありますよね。どうやって思いついているんですか?
五分目:自分の中では「恐怖心」からスタートしています。
例えば『私の親切な業者さんたち』(2023年6月)の場合、普段の生活で「ペット同伴可」の店を見つけてしまったときに、「ペット同士が食い合ったらどうするの?」とか考えてしまったことが着想の原点です。もちろん安全策は取られているんでしょうけど、その可能性って0とは言い切れないじゃないですか。そんな恐怖の種みたいなのをみつけて「こうなってしまったらどうしよう」というところから話は始まってます。
■ 2日目:セリフとモーションの収録
五分目:2日目はまず、話に登場するキャラクター達のセリフを一気に収録します。
ドラマに登場する人物の声は、すべて僕が一人で収録していますが、「やあ、君か」とか「もういやー!」とか話したものをAdobe Auditionでピッチを調整してキャラの声を作っています。その後、声をPremiereに並べて全体の尺や流れを確認しています。余談ですが、最近ボイスチェンジする前から、地声でキャラクターの声質を意図せず出せるようになってきてしまっていて、収録した声にピッチシフトを当てると、全くの別人になっちゃうという問題も発生しています。
それで、声の収録が終わった次は、モーションキャプチャを使ったキャラクター達の表情芝居の収録に移ります。ツールはiPhoneアプリのLive Link Faceを使って収録します。表情の演技のみに集中したいので、背景の無いデフォルトの空間にキャラクター達を立たせて、演技してもらいます。ケースによっては、そこで身体の芝居までつけてしまう場合もありますね。台本上でシーンナンバーも振ってあるので、シーケンサーもその数だけ作ってしまいます。
■ 3日目:小道具の制作
五分目:3日目はドラマに登場する小道具を用意していきます。UEはMegascansと呼ばれる様々な3DCGアセットやマテリアルがライブラリと連携しているので、使えそうなものはそちらから選んでいます。僕の作品でよく登場するアボガドやハムもこのアセットから使っています。ここで見つからなかったものについてはBlenderでモデリングしています。
CGW:え、ご自身でモデリングもしているんですか?
五分目:カット割りも自分なので、映らないところはめちゃくちゃ手抜いていますけどね。
例えば、『僕は人間国宝』に登場するインターホンも10分くらいで自分で作ってますし、キャラクターも、MetaHumanにイメージにあうものが見つからない場合は、Blenderで作ってたりしてます。『エキストラに参加した人』にも出てくる、頭髪の無い男性キャラもベースはBlenderで制作したものを、MetaHuman化しています。
五分目:それと、粘土みたいにして作れるツール、Nomad Sculptってやつを使っていまして、『君のガールフレンドを作ったよ』ではこれで「なめろう」を作りました。Nomad Sculpでグリグリこねて形をつくったものをBlenderに持っていて、テクスチャをつけています。
CGW:フォトグラメトリはあまり使わないんですか?
五分目:いや、それだと実際に居酒屋に行って撮影しないといけないじゃないですか笑 それよりは自分でCGで作っちゃったほうが早いんですよね。
CGW:弟くん達が住んでいる街はどこかにモデルがあるんですか?
五分目:実はずっと同じ街ではなく、脚本のイメージによって、毎回、細かいところは変更しているんですよね。例えば初期の作品『立ちションしすぎて犬から一目置かれてる人』(2022年10月公開)に出てくる商店街と『そいつは僕のなりすましだよ』(2023年8月公開)に出てくる商店街の風景を見比べてると、街に奥行きが加わっているがわかると思います。
■ 4日目~6日目:撮影
五分目:4日目から6日目にかけては、実写でいう「撮影」のフェーズを進行します。アセットをあらかじめ仕込んだUnreal Engineのステージ上でキャラクターたちに実際の演技をつけ、カメラでの収録を行います。完成した映像をチェックし、必要に応じて自分でダメ出ししながら、ブラッシュアップします。
CGW:ちなみに絵コンテはつくっているんですか?
五分目:絵コンテはつくらないです。台本を書いてる時に頭の中ではもうカメラ割りができてますし、演技するのも自分なので不要です。カメラをつける作業が1番楽しいです、もう頭の中にあるものを再現するだけなので。「このセリフの時には、カメラはこのキャラクターの肩ナメでいこう」とか、もう脚本の時点で出来ています。
一方で、撮影の段階で、キャラクター達がこちらも意図しないようないい表情や動きをしたときには、案外この動きが面白い、いい表情したりするときにそっちを採用したりすることもありますよ。
■ 7日目:Premiereによる編集
五分目:最後の1日はAdobe Premiereでカット編集したり、字幕入れたりしています。
CGW:カラコレなどは行うんですか?
五分目:ほとんどしたことないですね。ライティングがおかしいときは、UEに戻って、全部収録し直してしています。完成した後、出来上がり見てアセットを足す時もありますね。「ここの背景、もうちょっと、抜けをちょっと作らなきゃな」とか。
CGW:工程を柔軟に行ったり来たりできるのは、1人で制作されている強みなのかもしれませんよね。それにしても、脚本から最後の修正含めて1週間で完成させるのはとんでもないスピード感だと思います。ここからは1週間で完結させるための制作環境について伺ってみたいと思います。
五分目悟の制作環境
CGW:制作環境についてお伺いさせてください。
五分目:自分の場合、Unreal Engineでたくさんのキャラクターを同時に表示させるので、メモリ数とグラフィックボードには力を入れています。最近買ったばかりですが、メインで使っているマシンはマウスコンピューターのDAIV FX-I9G90です。CPUはインテル Core i9-13900KF、GPUはNVIDIA GeForce RTX 4090搭載のモデルで、メモリはBTOで128GBを選択しています。一人で作業しているので、とにかく待ち時間がもったいない。
CGW:このマシンに行き着くまでの変遷についても伺っていいいですか?
五分目:3年前にはじめて購入したのは、同じマウスコンピューターのデスクトップのG-Tuneでした。ただスペックはメモリ16GB、GPUはRTX3060のモデルだったので、まずメモリ不足で、Blenderを使うのにつまづいてしまいました。そこで、メモリを32GBに増強すると、Blenderはかなり使えるようになりました。
CGW:メモリが16GBのマシンを使っている時、Blenderでどんな不調がでたんですか?
五分目:まず毛の表現を行う「グルーム」が全然使えなかったんですよね。32GBに変えると、これがだいぶスムーズにモデリングはできるようになりました。ところが、今度はUnreal Engineを使い始めたところで、またちょっと厳しくなってきてしまいました。僕が作っているのが群像劇なので、MetaHumanを使って6~7体同時に動かしたりすると、高画質の設定でのプレビューだと、ほぼもう動かなくなってしまいました。そのため、作業中は画質をかなり落としていて、最終レンダリングのときだけ高画質にするといったことをやっていましたが、大分見た目が変わってしまうのでやりづらくて、結局メモリは64GBまで上げてしまいました。
CGW:そこからDAIV-FXに変えてどうでしたか?
五分目:これはもう、最強ですよね。RTX 4090の威力が凄まじい。UE5フル活用するなら必須のスペックかもしれません。作業中、ずっとシネマティックモードにしておけるので、細かい調整が効率よくできるんです。
64GBにメモリ拡張したG-tuneでもやっぱり画質中サイズでギリギリなところがありましたからね。Unreal Engineを活用するのに、今まではスペックがないからできないのは残念だなとおもっていましたが「このマシンで作れないなら」もうしょうがないかなと思えるようになりました。
CGW:五分目さんには、クリエイター向けPCのDAIVシリーズから、GeForce RTX™ 4060 Laptop GPU 搭載、メモリ32GBのノートPCの「DAIV Z6-I7G60SR-A」(NVIDIA Studio推奨製品)、使ってもらいましたが、いかがでしたでしょうか?
五分目:まず最初に気に入ったのはディスプレイの発色の良さですよね。自分が使っているディスプレイより確実に発色が良かったです。16型液晶ということで、すごいサイズが見やすくてちょうどいいのと、軽量でデザインも気に入りました。
CGW:スペック的にはどうでしたか?
五分目:Blenderでアセットを作るというレベルでは全く問題ありませんでした。そして驚いたのは、Unreal Engine 5で4K版のMetahumanを8人までシネマティックモードでプレビューで再生することができたことです。実はこの作業は64GBまでメモリを積んだG-Tuneでも実現できなかったんですよね。
CGW:これは、これまで使っていたPCのRTX3060と、DAIV Z6が搭載しているRTX4060のGPUの性能差が効いてそうですね。
五分目:DAIV Z6では、レンダリングは流石にデータサイズが巨大過ぎて5人までしかいけませんでしたけど、それでも、ノートPCでこのスペックが出せるのはすごいですよ。最近、外で打ち合わせしたりする時間も増えてきたので、出先でも作業できるのはかなり便利だと思います。めちゃくちゃ薄いので持ち運びにも便利ですね。今後の制作でノートPCを活用を検討してみたいと思います。
●DAIV Z6-I7G60SR-Aを用いた、UE5プレビューテスト ※設定は最高画質。
DAIV Z6-I7G60SR-A
- 価格
289,800円(税込)~
- OS
Windows 11 Home 64ビット
- CPU
インテル® Core™ i7-13700H プロセッサー
- グラフィックス
GeForce RTX™ 4060 Laptop GPU
- メモリ標準容量
32GB (16GB×2 / デュアルチャネル)
- M.2 SSD
1TB (NVMe Gen4×4)
- パネル
16型 液晶パネル (ノングレア / sRGB比100% / Dolby Vision対応)
問い合わせ
株式会社マウスコンピューター
TEL(法人):03-6636-4323(平日:9~12時/13時~18時、土日祝:9~20時)
TEL(個人):03-6636-4321(9時~20時)
https://www.mouse-jp.co.jp/store/brand/daiv/?adid=pa_cgwd_nvi_2310&argument=QzuaYF3M&dmai=a6525f1b351735
TEXT_池田大樹(CGWORLD)
取材協力_エピック ゲームズ ジャパン