圧倒的なクオリティで話題となった自主制作アニメ『Bite the Bullet』。「今日」を無限に繰り返す世界で生き続ける少女が絶望の淵から立ち上がる様子を描いた本作は、尺が短いからこそ様々な映像理論をふんだんに盛り込み、見応えのあるアニメーションで視聴者を引き込むことに成功している。今回、監督を務めた悠木意匠氏にインタビューを行い『Bite the Bullet』に隠された映像理論について聞くことができたので、前編では悠木氏のクリエイティブに対する考えを、後編では『Bite the Bullet』の舞台裏をお届けしよう。

記事の目次
    自主制作アニメ「Bite the Bullet」

    CAST:西連寺亜希、笹井雄吾/STAFF 監督・脚本・企画・構成・演出:石尾友樹/キャラクターデザイン・モデリング:石尾友樹、重田勇輔/プロップデザイン・モデリング:石尾友樹、土谷姫貴 背景:土谷姫貴、石尾友樹、重田勇輔、澤田真吾、張開宇、MOCHI/レイアウト:石尾友樹/リギング:澤田真吾/アニメーション:MOCHI、張開宇、三山那由多、澤田真吾/エフェクト:川端侑弥/ロゴデザイン:川端侑弥、重田勇輔/R&D:川端侑弥、澤田真吾、重田勇輔/PV・短尺版構成:當銘健大/撮影:石尾友樹、重田勇輔、澤田真吾、張開宇/背景美術:石尾友樹、重田勇輔/動画編集:當銘健大、三山那由多、石尾友樹/PM・制作進行:當銘健大/音楽・音響効果:堀口浩司/スペシャルサンクス:後藤志高、河田健太、東矢愛理

    「好きに生きる」ために必要なこと

    CGWORLD(以下、CGW):どうぞよろしくお願いいたします。まずは悠木さんのご経歴についてお聞かせください。

    悠木意匠氏(以下、悠木)高校卒業後、化学メーカーで6年ほど勤務していました。仕事をするかたわら趣味でイラストやマンガを描いていたのですが、ある日、会社の先輩がコミックマーケット(以下、コミケ)に誘ってくれたんです。先輩に連れられてコミケに行ってみると、先輩はすでにサークルへの申し込みをしてくれていて。それ以降毎年サークル参加をするようになり、そこでの出会いにとても刺激を受けました。勤務先の同僚にも恵まれ仕事も充実して楽しい毎日を過ごしていたのですが、「本当に自分がしたいこと」をはっきりと認識するようになったんです。やらないで後悔するのであれば覚悟をもって挑戦してみようと。それで24歳のときにHALのCG・デザイン・アニメ4年制学科 CG映像コース 昼間部に入学し、4年間映像を学びました。

    CGWCGに興味をもったきっかけはどのようなものだったのですか?

    悠木中学時代に「吉里吉里」というフリーソフトを使って数人の友だちとノベルゲームを作ろうとしたことがありました。結局、完成しなかったんですけどね。その後、今度は1人でUnityを使ってゲーム制作に挑戦したのですが、それも完成せずに中断してしまいました。どちらも完成することはありませんでしたが、コンピュータグラフィックスに興味をもったきっかけではあります。

    悠木意匠氏

    CGW差し支えなければ、完成しなかった理由をお聞かせいただけますか?

    悠木1度目の挑戦は、高校進学を機に友だちと疎遠になってしまったことが原因です。2回目の挑戦では、作っていくうちに「プログラミングがしたいのではなく、グラフィックを作ることに興味がある」ということが次第にはっきりとしてきたからです。

    CGW:やってみてわかることはたくさんありますよね。そういった経験を通して、ご自身が本当にやりたいことを見出して行かれたのだと思うのですが、専門学校を卒業された後はどのような進路に進まれたのですか?

    悠木実は、今年3月に卒業したばかりなんですよ。現在はゲーム会社で3DCGモデラーとして働いています。

    CGWそうだったんですね! ということは『Bite the Bullet』は卒業制作だったのですか?

    悠木実はそうなんです。「卒業制作として作った」と言うと、「学生が作った作品」という先入観をもたれてしまうので、卒業制作であることは公にしていませんでした。

    CGW何の先入観ももたずに『Bite the Bullet』という作品を観てもらいたかったというわけですね。悠木さんのブログ「好きに生きる〜3DCGを仕事にしていくブログ」を読んでいても感じるのですが、ひとつひとつとても理論的に制作されていらっしゃいますよね。

    悠木そうですね。前職の化学メーカーでは、化学薬品を扱うため「その先」を想像しないと危険なことがあったので、常に想像力を働かせる必要がありました。また、因果関係や相関関係を明確にして理論的に業務を進めなければならなかったので、こういった仕事を通して身についた考え方だと思います。

    CGW化学メーカーでの6年間は、悠木さんにとって重要なステップだったんですね。

    悠木こういった経験があったからこそ、『Bite the Bullet』で監督をさせてもらえたのかもしれません。

    CGW悠木さんのオリジナリティを構築するための重要な経験ですよね。人とちがう道を進んできたことは個性になり得るし、クリエイターとしての強みになっているのではないでしょうか。化学の世界から映像の世界への路線変更には、大きな決断が必要だったのではないかと思います。悠木さんのブログタイトル「好きに生きる」もそうですが、本当にやりたいことを追求しようと考えた背景をお聞かせいただけますか?

    悠木前職で飲み会に行ったとき、皆さん仕事の話をされていたのですが、私はそういった場所で仕事の話をしたことが一度もありません。プライベートの時間まで仕事の話をするほど強い関心がなかったんだと思います。なので、「プライベートの時間に勉強することが苦痛ではない」ことが、職業選択の指標の1つかもしれませんね。ブログにも書いていますが、好きなことを仕事にするということは、「遊ぶ」、「学ぶ」、「働く」が1つになることなのかなと。興味を基に行動して夢や目標につながる道を歩くことで、どんどん成長していけるんじゃないか。知識欲を満たすことが自分の成長につながるのではないかと。寝食を忘れて没頭できることで、かつ、人より得意なこと(他人にはできないこと)をして結果を出していきたいと思ったんです。

    CGW生きるモチベーションになることを仕事にする。それはとても理想的な在り方だと思います。しかし、実現できないまま断念してしまうことも珍しくありません。悠木さんはどのようにそのハードルを越えたのでしょうか。

    悠木私の場合も、映像の仕事を始めるにあたり周囲からそれなりに心配されました。それでもやっていけるんじゃないかと思った根拠として、「好きなことだったら行動を起こしているだろう」と思ったことが挙げられます。6年間、仕事をするかたわらで同人活動をしていたのですが、常にイラストやマンガを描いていたわけです。これはもう嫌いになることはないはずだと確信したんですよ。

    CGW:行動に起こせない理由は人により様々ではありますが、多くは「そんなことでお金になるのか」とか「それを仕事にして生きていけるのか」といったことだったりします。経済的な心配はありませんでしたか?

    悠木確かに「好き」だけでは仕事にならないと思います。「好き」で「得意」であることが重要で、その仕事にどれくらい熱中できるか、努力を努力と感じずいかに好奇心を抱き続けることができるか。さらに、他の人よりもいかに多くの時間を割くことができるか、といったことが必要だと思います。

    CGW悠木さんがそこまで強いモチベーションを抱くに至るきっかけがあったのでしょうか。

    悠木やはりコミケの影響は大きかったと思います。自分の本を買っていただけるということは、「自分の本の価値を認めていただけた」ということで本当に嬉しかったんです。同人誌を作るって、冷静に考えるとすごいことだと思うんです。並の情熱では本なんて作れませんからね。さらに「人がお金を払ってでも手に入れたくなる本」を作ることができるのであれば、すでに仕事になっているのではないでしょうか。僕の場合は、自分に投資してちゃんとした実力を付けようと考えて専門学校に行きました。

    ▲悠木氏が書き溜めているネタ帳。好きなフレーズや単語など、面白いと思ったものをこまめにメモしている

    理論を学ぶことは「センス」を習得すること

    CGW本当にひとつひとつ細かく分析されて行動されているんですね。悠木さんが、画作りの原則や理論を意識してブログで言語化しようと思われたのはなぜですか?

    悠木「センス」と言われるものは「理論」だと思っていて、そういった理論をしっかりと身に付けて確実にスキルアップするために専門学校に行きました。いわゆる天才はそういった理論が自ずと身に付いているんでしょうけど、私は凡庸なので理論武装していかないと同じような結果が出せないんですよ。

    CGWなるほど。理論は「センス」であり「再現性のある手法」でもあるわけですね。

    悠木そうですね。さらに、理論というかたちで説明すると納得してもらいやすくなります。私のブログは専門学校で学んだことを記すために始めたのですが、業界の発展に貢献する場が欲しかったといったという気持ちもありました。でもまぁ、やはり大部分は自分のためですね。「アクティブ・ラーニング」といって、能動的に学んだことは習得しやすく、受動的に学んだことは習得の効率が悪いんですよ。「提供すること」を前提に学ぶことで腑に落ちるまで理解しようとしますし、より確かな情報の取捨選択ができます。さらに、ブログというかたちでアウトプットすることで、記憶に定着させ実践的な知識に落とし込むことが可能です。加えて、情報を提供することで出会いとチャンスが得られるというメリットもあります。

    CGWもう少し詳しくお聞かせいただけますか?

    悠木仕事につなげるためのセルフブランディングのようなものですが、SNSやブログで発信すると、「自分がどういう人」で「何が得意なのか」を伝えることができますし、コミュニティが広がっていきますよね。幸い、CGの世界は技術のシェアを惜しまない人が多いですし、とりわけテクニカル系の進化は著しいので、知り得た情報や知識を1人で抱えていても風化させてしまうだけなんです。知識をシェアして関係性を構築した方が、より生産的なんじゃないかなと。

    ▲悠木氏のブログ「好きに生きる〜3DCGを仕事にしていくブログ」

    CGWさて、改めて『Bite the Bullet』の制作に至った経緯についてお聞かせください。

    悠木先ほどお話ししたとおり『Bite the Bullet』は卒業制作なんですが、これまで読書やセミナー、作画スタジオなどを見学してきた中で学んだことを実践して発表する場が必要でした。学んだことをそのままにしていると、すぐに忘れてしまうか事実が更新されて覆されてしまいますからね。ということで「卒業制作」という場を借りて、これまで学んできたことの集大成として『Bite the Bullet』を制作しました。

    CGW:スタッフもほとんどが専門学校の同級生なんですね。

    悠木:はい。「観てくれた人の心を打つ作品を作りたい」、「今できることで最高のものを作りたい」という思いに共感してくれるメンバーを学内で募りました。

    CGW学んだことを実践することは重要ですね。「理想の自分」と「現実の自分」のギャップってあると思うんですよ。頭の中ではすごいものが出来上がっているんだけど、実際に作るとなると実現できなかったり。私自身、そういった「壁の厚さ」を感じることがあります。

    悠木わかります、ありますよね。『Bite the Bullet』を完成させることができた理由の1つとして、「締め切りがあった」ことが大きかったです。締切があると、ゴールを目指して一直線にがんばれますからね。だから私たちも「卒業制作展に出す」という目標を掲げて制作しました。そういう意味では、自主制作は「完成はいつでもOK」という環境なのでなかなか難しいと思います。期間を決めて最終的なアウトプット先を定めておくと良いですよね。

    CGWなるほど、ゴールを決めるということですね! 受験勉強も同じですが、「目標を設ける」ことで今の自分の位置から逆算できますし。

    悠木そうですね。そういえばコミケも同じで「出展に間に合わせる」というゴールがありましたからね。3DCGでアニメを制作するとなると、なおさらゴールは必要ですよね。3DCGは制限が多いので予算と人のバランスも考えなければいけませんから

    CGW:いよいよ後編では『Bite the Bullet』のメイキングについてお聞きしていきますが、本作の制作で最も挑戦されたことはどのようなところですか?

    悠木セルルックアニメは、いまだ「作画アニメの代替」の域を出ていないのではないかと感じていました。日本的なセルルックではないですけど、画を動かすという理想を体現できたのが映画『スパイダーマン:スパイダーバース』(2019)とか『アーケイン』(2021)とかなのかなと思っていて、イラストのようなルックでありつつも3DCGだからこそ実現できた作品なんじゃないでしょうか。そういうわけで、セルルックアニメにおいても作画と3DCGの「良いところ取り」をしたアニメを作ることに挑戦しました。

    CGWでは、後編で実際のシーンを拝見しつつ『Bite the Bullet』に散りばめられた映像理論の数々について解説をお願いします!

    【後編】自主制作アニメ『Bite the Bullet』に見る、「センス」と「理論」の関係 〜後編:監督・悠木意匠氏に聞く『Bite the Bullet』の舞台裏

    INTERVIEW&EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE
    PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota