圧倒的なクオリティで話題となった自主制作アニメ『Bite the Bullet』。「今日」を無限に繰り返す世界で生き続ける少女が絶望の淵から立ち上がる様子を描いた本作は、尺が短いからこそ様々な映像理論をふんだんに盛り込み、見応えのあるアニメーションで視聴者を引き込むことに成功している。今回、監督を務めた悠木意匠氏にインタビューを行い『Bite the Bullet』に隠された映像理論について聞くことができたので、前編では悠木氏のクリエイティブに対する考えを、後編では『Bite the Bullet』の舞台裏をお届けしよう。

記事の目次
    自主制作アニメ「Bite the Bullet」

    CAST:西連寺亜希、笹井雄吾/STAFF 監督・脚本・企画・構成・演出:石尾友樹/キャラクターデザイン・モデリング:石尾友樹、重田勇輔/プロップデザイン・モデリング:石尾友樹、土谷姫貴 背景:土谷姫貴、石尾友樹、重田勇輔、澤田真吾、張開宇、MOCHI/レイアウト:石尾友樹/リギング:澤田真吾/アニメーション:MOCHI、張開宇、三山那由多、澤田真吾/エフェクト:川端侑弥/ロゴデザイン:川端侑弥、重田勇輔/R&D:川端侑弥、澤田真吾、重田勇輔/PV・短尺版構成:當銘健大/撮影:石尾友樹、重田勇輔、澤田真吾、張開宇/背景美術:石尾友樹、重田勇輔/動画編集:當銘健大、三山那由多、石尾友樹/PM・制作進行:當銘健大/音楽・音響効果:堀口浩司/スペシャルサンクス:後藤志高、河田健太、東矢愛理
    前編「自主制作アニメ『Bite the Bullet』に見る、「センス」と「理論」の関係 〜前編:監督・悠木意匠氏インタビュー」

    問題を投げかけ、視聴者に解決してもらう

    CGWORLD(以下、CGW):後編では制作の舞台裏をお聞きしていけたらと思います。まずは制作環境からお聞きします。『Bite the Bullet』の制作で使用したソフトをおしえてください。

    悠木意匠氏(以下、悠木):一部の背景でUE4を使用していますが、基本的にはMayaをベースに制作しています。エフェクトはHoudini、アニメーションとモデリングはMaya、ZBrush、Substance Painter。絵コンテとレタッチでPhotoshopとCLIP STUDIO PAINT、撮影と編集にAfter Effectsを使いました。

    CGW:尺の短いアニメを制作するにあたり、工夫した点や試行錯誤した点についてお聞かせください。

    悠木:まずは制作で重要視した点からお話しします。私は色々と分析して作っていくスタイルなので「理論と想像力」を多用しており、はじめに「タイトル=先入観を与えるもの」と定義しました。タイトル次第で視聴者に興味をもってもらえるので、好奇心を煽るいくつかのアイデアの組み合わせでタイトルを付けていきました。

    悠木意匠氏

    悠木:まず「Bullet(弾丸)」という単語ひとつでこのアニメのジャンルを感じ取ることができると思います。また、主人公が立ち向かうべき問題をタイトルで表しているため、作品に込められたメッセージとして伝わりやすいのではないかと考えました。

    CGW:[Bite the Bullet] という慣用句(弾丸を噛む=目の前の苦難を受け入れて不屈の精神で耐える)は、日本人にあまり馴染みのない言い回しかと思うのですが、そこは「あえて」ですか?

    悠木:そうですね。分からなかったら調べるだろうし疑問を抱くと思うんです。というのも、全編を通して「疑問を提供する」ということをしているので、そういった意味でも視聴者に疑問を抱いてもらい、謎解きをさせるきっかけになるタイトルなんじゃないかなと。

    CGW:視聴者を『Bite the Bullet』の世界に引き込むために「視聴者に解決してもらう」という方法を使っているわけですね。

    悠木:はい。本作では多くを語らず、画で主人公のバックボーンや世界観を表現しています。作中では語られていなくても、ストーリーが進むにつれて自ずと答えが導き出せるようヒントとなる要素をちりばめています。例えばアニメ『フリクリ』(2000)に「メディカル・メカニカ」という組織の建物が登場するのですが、この建物はアイロンの形をしていて視聴者は「なぜアイロンなの?」と疑問を抱くわけです。でも、ストーリーが進んでメディカル・メカニカの組織理念が「均等圧力」であることがわかったときに、初めてアイロンの形をしている理由が理解できるんですよね。その瞬間、ピタッとパズルのピースがはまったような快感が得られたりするので、それが楽しいんですよ

    CGW:なるほど。人間の欲求や心理を突いた仕掛けですね。視聴者が自分で答えを見つけていけるよう、ビジュアルで誘導していくんですね。

    悠木:あと、今はSNSの時代ですよね。作品の中に隠されたヒントから「答えを見つけ出した面白さを共有したくなる」という心理が働くので、これは強烈な武器になるのではないかと考えました。このさじ加減を考慮しつつ、エンタメ作品として楽しめるよう心がけました。このように視聴者の想像力を利用した見せ方を駆使することで、短い尺でもたくさんのことを伝えることができるし、作品に深みを出すことができるのではないかと考えました。

    CGW:言葉で説明するだけの時間がないですし、言葉で説明すると興ざめすることもありますからね。

    ▲冒頭のシーンで疑問を抱かせる。窓の外に見える教会には、主人公のロザリオと対になるモチーフが

    悠木:とはいえ、シナリオの構成であまり上手くいかなかったところもあります。冒頭では、視聴者の興味を引くことに全力を尽くすために「疑問」を提示して興味をもってもらうことに注力し、カタルシスに向けて少しずつ物語を積み上げるために「画」で登場人物の関係性や世界観の情報を出すことに注力しました。そして最後に「どんでん返し」をしっかりと効かせたかったのですが、ここがあまり上手くいきませんでした。

    短編に必要な要素には「トリック(騙しのアイデア/どんでん返し)」、「ロジック(話の辻褄)」、「レトリック(表現力)」の3つがあり、これらが満たされていると非常に収まりが良く理想的な構成であると言えます。今回は「トリック(どんでん返し)」の部分があまり上手くいきませんでしたね。

    CGW:どこを切り取っても考え抜いて制作されていらっしゃいますが、どういったコンセプトで制作されていたのでしょうか?

    悠木:今回は「とにかくテーマに向かって作っていく」というコンセプトの下で制作しました。映像はメッセージ性が強いメディアなので、カメラワークからプロップの配置、演出の仕方による画の支配力が高く、多くのことを伝えることができます。そんな特性がある映像だからこそ「テーマを常に語るべき」だと考えました。というのも頭を使って映像を観ている人は少ないため、一貫性のある作り方をしなければメッセージが届かなくなってしまうんです。

    CGW:確かに、映像は他のメディア(例えば、雑誌や書籍のような文字で書かれたものやラジオのように耳だけで解釈するもの)と比べてインパクトが大きいですよね。

    悠木:はい。また映像作品の場合、セリフでメッセージを語ると説教になってしまうんですよね。主人公の行動やビジュアルコンセプト、演出などの全てからテーマを語ることで、はじめて視聴者の感情を動かすことができるのだと思います。

    ▲冒頭で「見どころ」を観せると同時に魔法が存在する世界観を伝えている

    CGW:心を動かす映像を意図的に作る……。そういったことも理論的に説明できるんですね。

    悠木:想像力こそが最大の武器で、例えば「世界で最高の映画は何ですか?」と聞かれたとき、人によって答えは様々だと思います。例えば「スター・ウォーズは最高だよね」と言ったとしても、人それぞれ価値観が異なるので賛同されないことが多々ありますよね。しかし相手の想像力に委ねた聞き方をすると、その人にとって理想の答えが導き出されるんです。ですので演出でもキャラクターモデリングでも、その人の想像力に問いかける作り方に落とし込んでいくことで、作ったもの以上の価値を出すことができるわけです。

    CGW:本当に様々な理論を学ばれ、それらを作品に落とし込まれているわけですが、学校の授業だけで得た学びではないですよね?

    悠木:そうですね、想像力に関する理論は文章術の本人を操る禁断の文章術メンタリストDaiGo(著)/かんき出版)で学びました。これはブログをもっと上手に書くために読んだ本ですね。

    CGW:それ以外に、他のジャンルの知識を応用したものはありますか?

    悠木:グラフィックデザインの知識をキャラクターデザインなどに応用しています。画づくりの勉強の一貫として読んだ『Vision ヴィジョン ーストーリーを伝える:色、光、構図(著:ハンス・P・バッハー/出版社 ‏ : ‎ ボーンデジタル )』という書籍で「視覚要素」について書かれていたのですが、本作ではキャラクターデザインに応用できるのではないかと考えて実践してみました。

    『Vision ヴィジョン ーストーリーを伝える:色、光、構図(著:ハンス・P・バッハー/出版社 ‏ : ‎ ボーンデジタル )』より抜粋
    グラフィックデザインの「視覚要素」を応用してキャラクターデザインを進めていった。「シルエット」を応用して、女性らしさを演出するため少し丸みのあるデザインを採り入れた

    CGW:本作に散りばめられた理論を探し出しつつ『Bite the Bullet』を観るのも面白そうですね。

    悠木:そうですね。作品を分析しながら観るとクリエイターが映像に込めた思いがよく分かるので面白いと思います。

    CGW:その他に、グラフィックデザインの手法を応用しているシーンはありますか?

    悠木:グラフィックデザインのレイアウトの考え方「斜めにする」を応用していたりします。「ダッチアングル」というカメラワークを多く使っているのですが、これは映像全体を通して普段見ることの少ない「斜めのアングル」をピンポイントで入れることで対比が生まれ、その一方を際立たせる効果があるんです。ちなみに「右上がり」、「水平」、「右下がり」の構図ではそれぞれ印象が変わります。アニメーションにおいては「ショットのエネルギー」というものがあって、本作の戦闘シーンで「力強くふり下ろす」という表現をする場合は右下がりのカメラワークにするのが最適でした。このように、伝えたい方向を誇張する向きを選んでレイアウトしていった感じです。

    ▲本作では「Simple&Contrast」というグラフィックデザインの原理をカメラワークに応用した
    ▲「右上がり」、「水平」、「右下がり」でそれぞれ印象が変わる。「力強くふり下ろす」という表現では右下がりにするのが最適

    テーマに向かって作っていく

    CGW:実に様々な原理や理論が盛り込まれた作品ですが、学びの集大成として感想をお聞かせください。

    悠木:いろいろと考えて作ったのは良いのですが、全てを落とし込むのは難しいということも学びました。先ほども少しお話ししましたが、シナリオでは「どんでん返し」がとても重要だと考えていたにも関わらず、どんでん返しのアイデアがさっぱり思い浮かばなくて(笑)。結局「主人公は実は強かった」というギャップとして見せることに落ち着きました。もう少し良いアイデアが思いつけば良かったんですけどね。

    CGW:主人公・イヴのキャラクターはどのように構築していったのですか?

    悠木イヴは、過去に囚われ現実と向き合うことをしなかった「ニヒリズムを象徴するキャラクター」として設定していて、「行動しないから結果は分からない」という言い訳の余地を残す生き方をしてきました。こういった言動に人間の価値観が現れるわけです。本作では「私」というセリフが多用されていて、「私」という言葉から「自分のことしか考えられない心境」を描いていたりします。

    CGW:キャラクターのビジュアルコンセプトに関してはいかがでしょうか?

    悠木:キャラクタータイプには、「英雄」、「普通の人」、「負け犬」、「罪深き者」の4つの型があるのですが、イヴのキャラクター設定に関しては「負け犬型」を選びぶことで、この物語のテーマがより伝えやすくなるのではないかと考えました。その他、イヴが持っている「ロザリオ」は宗教的なアイテムなんですけど、何かにすがる生き方だったり現実と向き合っていない象徴として描いています。チョーカーは「何かに管理されている」ということを、前髪は「本心を隠している」という心理状態を描いています。

    CGW:そういったヒントを散りばめることで、6分という短い時間でも『Bite the Bullet』の世界観を味わうことができるんですね。これらを理解した上で、もう一度『Bite the Bullet』を観てみようと思います。ひと味ちがった捉え方ができそうです。

    悠木:実は『Bite the Bullet』の制作の後に卒論を提出したのですが、その内容を発表するセミナーを学校で行いました。今回一部のページをPDFで閲覧できるようにさせていただいたので、もし興味があったらぜひ読んでみてください。

    悠木氏による論文『セルルック3DCGで始める自主制作アニメの作り方)』サンプルダウンロードはこちらから

    CGW:最後に、自主制作アニメに挑戦しようとしている方にアドバイス&メッセージをお願いします。

    悠木:自主制作って完成しない場合がほとんどだと思うんですよ。僕もかつてゲームを作ろうとして2つとも完成してないので、やはり「作るからには完成させる」ということを頭に入れて作ってみてほしいです。僕もすごくセンスがあったわけではなかったのですが、こんな感じでいろんな作品を分析して自分なりの理論を構築して制作しました。私がまとめた論文がもし参考になるのであれば嬉しいですし、「良いところだけ」を学んでぜひご自身の作品制作に活かしていただけたら嬉しいです。

    CGW:悠木さん、本日はありがとうございました。これからのご活躍をとても楽しみにしています!

    INTERVIEW&EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE
    PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota