昨年7月にリリースされたヨルシカの『左右盲』。MVの制作を担当したのは、本誌読者はもちろん、ヨルシカファンからもお馴染みになっているMORIEだ。新版画にインスピレーションを受けたという、その画づくりについて紹介する。
<1>引き算的手法でたどり着いた大人っぽいMORIE流ルック
女性が部屋で本を読んでいる情景を、カメラワークなしの演出で見せきったヨルシカ『左右盲』のMV。このスタイリッシュなルックを手がけたのは、森江康太氏率いる株式会社MORIEである。
同社が手がけたヨルシカのMVは通算で4作品目で、今回もアートワークから演出まで、森江氏が手がけている。「前回担当させていただいた『春泥棒』(※)は、ストーリー仕立てで多くの要素を加算しながら全体を構成しました。本作は逆に、引き算しながらつくってみようと考えました」と森江氏。
※ヨルシカ『春泥棒』n-buna・森江康太ロング対談で語るミュージックビデオの現在地
ユニバーサルミュージックから依頼が来たのは、昨年の4月頃で、かなり自由に制作を任せてもらえるとのことだった。5月には楽曲のイメージに合わせて最初のイメージボードを制作し、6月には完成に近いレイアウトやルックが完成。実制作に入ってからは、7月下旬の公開日直前まで作業が続いたという。
本作のコンセプトについて森江氏はこう話す。「楽曲のテーマは“献身”。オスカー・ワイルドの小説『幸福の王子』から着想を得た曲です。タイトルの『左右盲』とは、恋人と生き別れて右も左もわからなくなってしまうほどの喪失感を表していますが、MVではもっと普遍的な別れをテーマにしたいと思いました。最初に描いたイメージボードは内容が暗すぎたので、少しポップで軽い感じのイメージに修正して、現在のルックになりました」。
一見アニメっぽいルックだが、キャラクターだけではなく背景にもアウトラインを描画しているのが特徴的。これは新版画(※)の手法を参考にしたという。
「新版画には昔から興味があって、今回は特に吉田 博や川瀬巴水(かわせ はすい)などの版画家の作品を参考にしました。背景に乗せるアウトラインの入れ方、グラデーションの扱い方などは非常に影響を受けています。版画の色の構成などをカラースクリプトに応用するなど、版画の手法はよく研究しています」と森江氏。版画が醸し出す空気感のエッセンスをMVで表現するため、本作でも版画のように線と影、塗り色のバランスでルックを構成しようと試みたという。
「しっとりとした印象の曲に合わせて、シックなトーンを目指していきました。ヨルシカさんに喜んでいただけたようで、本当に嬉しく思います」と語る森江氏。最初に曲を聴いたときに「他の人にやってほしくない、自分でやりたい」と感じたとのことで、森江氏にとっても思い入れのある作品になったようだ。
①森江氏によるイメージボードの変遷
イメージボードは最初期のものから大きく方向性が変わっている。
②ルックの着想を得た新版画
森江氏が参考にした版画家のひとり、明治から昭和にかけて活躍した吉田 博(1876~1950)の作品。江戸時代の浮世絵のような版画とはちがい、刷り色にぼかしが入っている。
出展:東京富士美術館
③イメージボードを起点としたシンプルなワークフロー
<2>イメージボードを3DCGアニメーションとして緻密に再現
MVを一見すると手描きアニメーションと錯覚する本作だが、画の半分ほどは3DCGで制作したもの。制作チームは森江氏が描いた2Dのイメージボードをいかに3DCGで再現するかに注力した。
まずはイメージボードのPhotoshopデータをAEで再現するところから始め、女性や猫、植物、カーテン、壁に貼られた紙など、アニメーションさせるものや、女性と干渉するテーブルや椅子などを個別に3DCGで置き換えている。
「今回は制作期間が限られていたこともあり、最初は森江がひとりで進めて、Mayaのシーンもベースは森江がつくりました。僕らは途中から入ってブラッシュアップを進めるというながれです」と同社のCGディレクターの柴野剛宏氏は話す。
背景モデルの制作と並行して、女性キャラクターのモデリングも進めた。イメージボードに登場する女性のルックを完全再現するため、テクスチャに直接ディテールを描き込み、影もあらかじめ描き込んだ。さらに、本作のルックの特徴であるアウトラインや手描き風のライン表現のため、Pencil+ 4でアウトラインを出しつつ、服の皺や髪の毛に出るラインにはシェイプのオブジェクトを配置。繊細なルックに仕上げている。
本作にはカメラワークがないこともあり、制作はスムーズに進んだという。ただ、制作中盤で3DCGのレンダリングが間に合わない可能性が出てきたため、クラウドレンダリングを活用した。また、制作終盤までは処理時間を短くする目的でフレームレートを12fpsに落としたり、3Kで作成した画像を最後に4Kにアップコンバートするなど、AEでのコンポジットとオンライン編集の処理時間短縮にも努めたという。
①AE上でイメージボードを再現
最初に行なった作業は、森江氏制作のイメージボードをAE上で再現すること。イメージボードのPhotoshopファイルは、構成要素が細かくレイヤー分けされている。それをAEに読み込んでレイヤーを整理し、基のイメージボードのルックを再現できるよう調整した。
②2Dのイメージボードに3Dオブジェクトを混ぜ込む
背景の部屋は、イメージボードの2D画像をそのまま使っている箇所と、アニメーションのため3Dオブジェクトで置き換えた箇所、イメージボードでは見えない3Dオブジェクトを追加した箇所などが混在している。
③キャラクターのモデリングとルックデヴ
女性キャラクターはイメージボードのルックに沿ってMayaで3Dモデル化。ルックは森江氏とモデラーの冨田直人氏が共同で詰めていった。
④室内に降り注ぐライティングも 3DCGで置き換える
イメージボードでは画面向かって右から太陽光が室内に降り注いでおり、これを3DCGではディレクショナルライト1灯で再現。窓や壁により遮られたシャープな影が印象的だ。
<3>コンポジットとオンライン編集で唯一無二のルックをつくる
コンポジットの主な作業は2D背景と3DCGオブジェクトの馴染ませと、女性キャラクターのルック調整である。キャラクターのルックの方向性は、ややリアル寄りで考えていた森江氏。テクスチャカラーにディテールを加えて、窓から差し込む陽光による影を合成し、肌のスキャタリング(肌の透明感)表現のために赤みを加えていくという工程を、試行錯誤を重ねながら詰めていったという。
本作ではオンライン編集もAEを使って社内で行なっている。コンポジット済みのデータを柴野氏が森江氏に渡し、森江氏自らが編集作業を行なった。オンライン作業にAEを使った理由は、本作がワンカットであることが大きいという。「通常、オンライン編集にはFlameなどを使うと思いますが、今回はカメラワークや構図がシンプルですし、時間的な制約もありましたから、自分が使えるツールでできることをやろうと決めました」(森江氏)。
3DCGっぽさを極力緩和させるというルックの方向性に沿って、明るさを落としたり、色を乗せて全体的なライティングを調整したり、レンズの歪みやビネット、グレインを加えたりしていった。
最後に、森江氏が本作のルックで目指した方向性について聞いた。
「仕上がりとしては、フィルム風の画を思い描いて作業していました。さらに言えば、新版画のルックのつくり方を、デジタルでルックをつくる僕らのやり方に昇華させるような試みですね。デジタルだからできる奥行きの出し方や、光のフレアの出し方などです。それと、本作の舞台は部屋の中です。温度や匂いなど、室内の雰囲気を想起させるような要素をルックに反映したいなと考えました。全体的に色数を少なくしたので、青を表現するときには少し緑寄りにしたりもしています。つまるところ、目指したのはひと目見てこの作品だとわかるようなルック、でしょうか」(森江氏)。
①背景とキャラクターのコンポジットのながれ
コンポジットは背景とキャラクターを別々に行う。背景はイメージボード素材に対して、ガラスの表現、3Dによるライティングを施して素材を合成し、床やテーブル、窓際の柱に発生する光のにじみなどを追加。最後にイメージボードのライン素材(レイヤー)をコンポジットして仕上げるというながれである。一方の女性キャラクターはベースカラーのテクスチャでレンダリングしたキャラクターに、別途レンダリングした窓からの影素材を合成。肌のスキャタリング処理を施し、ライン素材を合成して完成させた。
②オンライン編集で大人っぽいルックに仕上げる
オンライン編集はAEで、森江氏が自ら最終ルックを仕上げた。部屋の空気感や温度、匂いなどを画の色味やライティング、何気ないカーテンの動きなどで繊細に表現している。
③天気の変化もオンライン編集で表現
本作では曲が進むにつれて天気が変化するという演出が施されている。天候の変化素材はコンポジット段階で3種類作成してあり、オンライン編集で切り替えて使用した。
CGWORLD vol.297(2023年5月号)
特集:超こだわりのルック開発
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2023年4月10日
価格:1,540 円(税込)
TEXT _大河原浩一(ビットプランクス)
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara、山田桃子 / Momoko Yamada