本年4月から6月まで放映された本作は、ポリゴン・ピクチュアズ(以下、PPI)の自社開発NPRレンダラ「PPixel(ピクセル)」を全面採用している。作画アニメを思わせる線の入り抜きなど、PPixelが可能にした多彩な表現について紹介する。
※本記事はCGWORLD288号(2022年8月号)の記事を一部再編集したものです
●Information
作画アニメファンも魅了する表現をフルCGで
アニメ『コードギアス』シリーズなどを手がけた谷口悟朗氏が原案とクリエイティブ統括を務めるメディアミックスプロジェクト『エスタブライフ』。遠い未来、人類は生態系を管理するAIをつくり、遺伝子操作によって常人・獣人・魔族などの多様な人類を生み出し、壁に囲まれた「クラスタ」と呼ばれる街で管理されながら暮らしている。
そんな“魔改造”された東京で、様々な悩みを抱えた人を別のクラスタに逃がす5人の“逃がし屋”チームを描くのがTVアニメ『エスタブライフ グレイトエスケープ』のストーリーだ。監督は『ご注文はうさぎですか?』の橋本裕之氏が務める。
これまでのPPI作品のテイストにはなかった可愛らしいキャラクターたちを演出することについて、「作画アニメファンにも響くようなルックでの作品づくりで、新しい挑戦ができる良いきっかけだと思いました」と語るのはPPIのプロデューサー・上村涼介氏。CGスーパーバイザーの坂間健太氏も表現上のポイントについて「とにかく線を大事にすることを意識しました」と声を揃える。
それを実現する上で重要な役割を果たしたツールがPPIの自社開発レンダラ「PPixel」だ。
これはNPR表現に特化したレンダラで、強弱のついた輪郭線を描くなど、作画的表現をCGで行うための機能を数多く備える。PPixelはレンダリングの速さが特徴で、これまでのプロジェクトでも部分的な運用を行なってきたが、開発が進んだことと、柔らかいキャラクター表現が求められる作品制作のタイミングが合致し、本作での全面採用に至った。
アニメーション制作は2018年初夏に脚本開発を開始。約1年半後に絵コンテ制作が始まると同時にアセットの開発も進め、秋に第1話のレイアウトに着手、2021年春にコンポジットまでを終えた。制作は複数ラインが並行して進み、2022年の初頭には全話のコンポアウトまで完了し、4月から6月までTVシリーズとして放送された。
<1>自社開発レンダラ「PPixel (ピクセル)」
内製シェーダとレンダラによりPPI独自の画づくりが加速する
本作で本格導入されたPPIの新たな自社製レンダラPPixel。この開発は同社が従来使用してきたMental Rayが2017年に開発終了したことに端を発している。
Mental Rayの継続的な使用が難しいとされていた当時、開発チームはそれまでのレンダラのノウハウを引き継ぐ新たなレンダラの開発に着手。『GODZILLA 怪獣惑星』(2017)などでは複雑なディスプレイスメントのコンターライン表現が困難であった怪獣や大きなアセットのレンダリングなど部分的に活用され、それらの実績をふまえ本作で初めて全面的に採用されることになった。
その理由は、本作で求められるキャラクター描写の特徴が大きい。作画アニメ的な柔らかい線の描画をはじめとした、可愛らしく見せるための機能が制作現場で求められていたのだ。
「キャラクターデザイナーさんの引いた線があまりにも綺麗だったので、それを最終アウトプットに反映させたいと思ったのがきっかけです」と語るのはルックデベロップメントスーパーバイザーの瓜生大介氏。坂間氏と1ヶ月かけて必要な機能を洗い出し、開発に1ヶ月、フィードバックに数週間かけ、採用までにはマイルストーンを立てて慎重に進めていったという。採用後も先々で使われる機能を検討するなど、制作と開発が一体となって進められた。
PPIでは以前からシェーダに関してはPPIShaderと呼ばれる独自の内製シェーダを活用してきたが、PPixelの開発により、PPIではシェーダとレンダラの両方が自社開発ツールとなった。
PPixelは輪郭線の入り抜き表現のコントロールをするコンター機能だけでなく、トゥーン表現に適したノードも豊富にあるのが特徴だ。これらの拡張性も高く、「社内で開発しているので、欲しい機能を開発依頼すればすぐに実装してもらえるのが強みです。すでにある機能をやりくりしながら制作するのとではスピード感が大きく異なり、それが全体の制作スケジュールに寄与しました」(瓜生氏)。
PPixelには全体的にレンダリングの回数をできるだけ減らすという設計思想があり、レンダリング時間もMental Rayと比べ5分の1程度に圧縮できた。現在はHydra Render DelegateによるUSD対応などの開発が進行中だという。瓜生氏は「節目になったプロジェクトでした」とふり返る。坂間氏は「想像以上に作画的なルックが実現できたので、今後は服の質感や動きのタメツメなどにこだわって、さらに作画的なビジュアルを突き詰めていければと思います」と目標を語った。
手描きのニュアンスを表現する輪郭線
PPixelの目玉機能とも言える輪郭線描画は、「デザイナーが手で描いたような線」の表現を目指し、マスクで指定した箇所ごとに太さを変えたり、2Dノイズで強弱を加えることで実現している。描画設定としては、「デルタ(尖った部分)」と、「シルエット」、「マテリアル(異なるオブジェクト同士の間に出る輪郭線)」といったように条件が細分化されている。それぞれに線の太さ細さのルールづけをしており、それによって人間が描くような線のニュアンスを表現している。
眉の透け表現
作画アニメでは頻出する、前髪の奥に眉毛が透けて見える表現。これを従来のMental Rayでレンダリングする場合、レンダーレイヤーを3層に分けて別個にレンダリングしないと綺麗に出なかった。PPixelは計算の処理を一度のレンダリングで2回行うことができるため、1回のオペレーションで前髪と眉を綺麗に出すことができる。
2号影
作画アニメでよくみられる表現として、キャラクターの一部にはどのようなライティングでも影になる箇所が「描き影」として存在し、逆光になった場合でもその部分がより濃い影として入るというものがある。この影を「2号影」と呼び、PPixelでもこれを実現するための機能が実装されている。シーンの演出によって2号影が不要な場合や、シーン自体は順光であってもキャラクターだけを逆光にしたい場合などにも対応できる。
顔周りの影
髪のハイライト
髪に入るハイライトは、専用ノードで直感的に配置することができる。プロシージャルでつくられているため、解像度の問題は生じない。また、ビューポート上で確認しながら微調整をすることができるため、レンダリングの手間が省ける。
擬似スペキュラ
鼻筋や唇、素肌などに入る固定ハイライトは、対象となる部位にロケータを配置すると、ライトが常に同じ角度でついてくる構造になっている。ハイライトとして計算されているため、見る角度によって形が微妙に変化する。
半透明表現
メガネやランプなどの半透明の表現においては、先述の眉と同じように、従来は半透明部分と不透明部分、さらにそれぞれの輪郭線を別のレンダーレイヤーでレンダリングし、合成する必要があった。
「PPixelでは、レンダリングのアウトプットの全ての要素がEXRの中にまとめた状態で書き出されるので、レンダーレイヤーを増やすことなく、不透明の部分だけ、半透明の部分だけを個別に調整することができます」(瓜生氏)。
エッジのスペキュラ
アニメ的なエッジの光を表現するノード。オブジェクトの曲率(どのくらい曲がっているか)を自動で調べ、しきい値を超えた範囲を光源と関係なく擬似的なスペキュラとして出力する。
レンダリング素材
<2>ルックデヴ
可愛らしさを最優先、モデルは自動変形
『エスタブライフ』の世界観設定では、“人類の多様化実験”が行われたことにより、常人(従来の人類)だけでなく魔族、獣人といったこれまでにない種族が誕生したとされている。“逃がし屋エクストラクターズ”のメンバーも、常人とされているのはエクアのみだが、キャラクターのルックとしては魔族のフェレスも、群人(スライム人間)のマルテースもエクアと同一に設定されている。
いずれも可愛らしい特徴をもったキャラクターだが、それをさらに魅力的に演出するのが本作の橋本監督。3DCG作品で監督を務めるのは初めてだが、坂間氏は「『エクアはこういう人物だからこういうアクションをする』といったかたちで、最初にキャラクター性とその行動例をスーパーバイザー陣に解説してくださいました」とふり返る。
CGスーパーバイザーの関水大樹氏も「監督は本当に細かな、キャラクターのふとした仕草にもこだわられていました。キャラクターごとの詳細な設定を共有した状態でスタートすることができたので、完成度の高い動きを付けることができました」と、スタッフワークの様子を語る。
坂間氏は「可愛らしいキャラクターが登場する作品の第一人者である橋本監督に指示を仰ぎつつ、勉強させていただきました。特に顔の可愛らしさとキャラクター性には注意を払って、“CG上では正しい”ルックでも、演出上それがふさわしいかどうかを判断基準にチェックしていきました」と話す。
セル調のCG作品の場合、カットによってはキャラクターの顔などが意図しない見た目になるため、カットごとに手作業で修正を入れることが多い。本作ではこの修正を内製ツール「カメラドライバー」で自動化することで、よりカット全体のクオリティを上げることに注力できている。これはキャラクターが向いている方向を検知してそれにアジャストした形に自動的に変形し、キーフレームをブレンドしていく機能。
「アニメーターのベースラインが底上げされるため、より細かな演技や表情に注力することができます。これはチェックを行うアニメーションのスーパーバイザーにとっても恩恵が大きいシステムです」(関水氏)。
カメラドライバーによる自動補正
CGモデルはアオリなど正面以外のカメラアングルで映すと想定していない見え方になる場合がある。PPI内製ツール「カメラドライバー」は、そうしたカメラからの見た目に応じて顔の形状を変形させるもの。これは本作の制作以前から開発されていた。
マルテースの弾ける動きの検証
マルテースはスライム人間という設定で、弾丸で撃たれても弾け飛ぶだけですぐに復活する。こうした表現はCGアニメだからこそ可能になったもの。脚本の時点でこの表現は明記されていたため、このルックを実現するためのモデル検証を事前に進め、Houdiniを使って表現した。
<3>シーンメイキング
大勢のアイデアが集う闊達な制作現場
キャラクターの可愛らしさを打ち出した作品に十分な実績をもつ橋本監督の胸を借りるつもりで挑戦したPPIのアーティスト陣。一方、橋本監督の方も彼らに対し、「最初から『ダメなことは何もないので楽しんでつくってほしい』とおっしゃってくださいました」(関水氏)と、リスペクトがあったことを窺わせる。
坂間氏も「監督に乗っかって、演出の余地がある部分は皆がどんどん工夫を凝らしていくことがありました。こういったつくり方もあるのだなと新鮮な発見がある楽しい現場でした」と、第10話での街頭ビジョンの画面づくりにおいて様々なアイデアが盛り込まれていった様子をふり返る。
第2話でフェレスが魔弾を発砲する路地裏のシーンは、360度カメラワークが展開する場面。ここでは坂間氏が自ら俯瞰図を描いて3DCG背景制作を行い、シーン全体のビジュアルコントロールを行なった。
第4話の演出を担当した関水氏はマルテースの脳内のデフォルメキャラクターをいかに可愛く見せるかというディレクター目線と同時に、CGスーパーバイザーとして工数を考えた技法の提案を行い、シーンアセンブリツールでキャッシングを使ったワークフローを採用した。さらにセットモデルを使って事前に設計を進めておくことで各フェーズではアーティストはディテールアップに注力し、結果的に効率的に進めることが可能となった。
「あらかじめベース部分を設計することにより、各工程のスーパーバイザーがより良くするための提案の呼び水となりました。その後も積極的にアイデアがもち寄られ、プロジェクト全体を通じて雰囲気の良さを感じました」(関水氏)。この話数ではマルテースのエクアに対する想いが脚本では描かれていたが、脚本から絵コンテの段階でオミットされていたので、内容をセット内のホワイトボードに書き連ねた。キャラクターの情報を少しでも画面の中に盛り込む姿勢は監督にも喜ばれたという。
制作をふり返った坂間氏は「手応えのある制作で楽しかった一方、キャラクターの可愛らしさを見せるための抱きつき表現や柔らかさの表現などの新たな課題も見え、その意味でも良い作品でした」と話す。関水氏は「同じく課題が見えたことが良かったです。NPRの表現を開発していく上でとても役立つ経験になったので、今後に活かしていきたいです」と意欲を語った。
4話:マルテースの脳内国会
第4話は「マルテースの脳内国会」シーンがこの話数のかなりの割合を占めるため、このシーンづくりのワークフローの策定が話数全体の作業量を左右することになった。
特にこの話数ではマルテースのデフォルメキャラクターが多数登場し、派閥ごとに特徴的な動きを見せる。それらの群衆表現を可愛らしく見せることも求められた。データがPPixelでそのまま使えることなどもあり、シーンアセンブリツールでキャッシングを使ったワークフローを採用している。これにより一度作成した複数のアニメーションを蓄積しMayaのみで完結することができた。
脳内マルテースのモブはそれぞれが異なる動きをしている。その動きもどのカットでも使えるような仕草にしておいて、タイミングを変えて流し込むことでアニメーション制作のコストパフォーマンスを最大限に高めた。
絵画的なタッチを乗せることでカットのインパクトを高めるハーモニー処理や、マンガのような汗や炎をキャラクターに取り付ける漫符表現は、従来のPPI作品では見られなかったインパクトのある演出。
「ストーリーの内容次第ですが、可能な場合は監督からも『積極的に入れていきましょう』というお話がありました」(関水氏)。漫符表現はレイアウトの時点でアタリを付け、アニメーションが仕上がった後で改めてオーダーして乗せるという、エフェクトやディスプレイと同じながれで制作されている。
2話:路地裏でのフェレスの発砲
第2話で舞台となる新宿クラスタの街並みの設定資料は線画で起こされていたが、クライマックスの路地裏は存在しなかったため、坂間氏が俯瞰図とビジュアルイメージを描いて発注した。書き割りが混ざっているため、画面の破綻がないようにカメラの仰角に制限をかけている。
敵に360度囲まれて一斉に銃撃された際、フェレスの一発の魔法の弾丸が角度を変え次々と敵の弾丸を弾き飛ばしていく。魔弾の軌跡と敵の弾丸を弾く火花のエフェクトが暗がりの路地裏で映えるカットだ。本編上では主観映像のスローモーションで描かれるが、カットを制作する上では弾の軌跡を混乱なく把握する必要があったため、客観的に示す発注書が書かれた。
10話:街頭ビジョン
“逃がし屋エクストラクターズ”が、逆に追われる立場になり、敵方から「逃し屋を逃がすな」キャンペーンのCMをTVで流される場面。ここでは各工程を経るごとにそれぞれのアーティストからアイデアが足されていき、結果絵コンテ段階とはまったく異なる仕上がりとなった。
CGWORLD vol.288(2022年8月号)
特集:Unreal Engine 5とつくる未来
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2022年7月8日
価格:1,540 円(税込)
TEXT_日詰明嘉
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada