“Unreal Engine専門”を標榜し、古くから界隈をリードし盛り上げてきたヒストリア。前回に続き、今回は同社がUnreal Engine 4で開発し現在はUnreal Engine 5への対応を果たした自動車業界向けの技術デモを例に、UE5対応時に得た知見や、今後の展望などについて話を聞いた。
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※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol.288(2022年8月号)掲載の特集『Unreal Engine 5とつくる未来』から一部抜粋、再編集したものです。
Information
Unreal Engine専門のゲームやデジタルコンテンツの企画・開発・販売会社。非エンターテインメント分野のブランド、ヒストリア・エンタープライズをもつ。Unreal Engine学習向け作品コンテスト「UE5ぷちコン」主催。
historia.co.jp
自動車業界向けの活用事例『Cutting-Edge Test Drive』
――ノンゲーム分野におけるUnreal Engine活用の事例として、Epic Gamesが実施するプログラム「Epic MegaGrants」にも選ばれた『Cutting-Edge Test Drive』について、まずは作品の概要を教えてください。
佐々木:本作は自動車業界での活用をイメージして制作したカーコンフィギュレーターと映像としての出力、自動走行のシミュレーション環境などを想定したアプリケーションです。カーコンフィギュレーターで選んだ車体が実際にスタジオから走り始めて、荒野や都市部を走って再び戻ってくるというふうに、3つのシーンを繋いだデモとなっています。制作したのは2020年6月で、開発環境はUE4です。当時はMegascansが無料化したタイミングでもあり、高品質なアセット群を使ってどれだけ効率的に制作できるのかの検証を『The Market of Light』よりも前に実施していました。
佐々木 瞬
代表取締役・プロデューサー・ディレクター
株式会社ヒストリア
――デザインレビューなどの3Dビジュアライゼーションや、走行シミュレーション環境の構築など、自動車業界は特にゲームエンジンの活用が進んでいる分野だと思います。なぜ、ゼロから自社コンテンツとしてこうした作品を制作したのでしょうか?
佐々木:プロジェクトの目的は自動車業界を中心にUnreal Engineの活用例を示すことです。また、エンタープライズ部門として大きくコンテンツを打ち出すこと自体にも意味がありました。一般的に、自動車業界の案件は実績として公開できないものも少なくありません。こうした中において、私たちが普段から業務として行なっている内容を広く知っていただくことには価値があると考えました。
――本作はUE4開発とのことですが、すでにUE5環境への移行を行なっているのでしょうか?
真茅:はい。大きく変わったのは自動車の挙動を制御しているPhysics(物理シミュレーション)で、ここだけはUE5では動かなかったため、Chaos Physicsで全て置き換える必要がありました。例えば、段差を乗り越えるときにサスペンションでガクッと上下するなどのリアルな表現がこれにあたります。また、ビジュアルの調整についても、特に屋内シーンにおいては大きな変更が加わっています。
真茅健一
ヒストリア・エンタープライズ アーティスト
株式会社ヒストリア
――ビジュアル面の変更について、詳しく教えてください。
佐々木:もともと本作はレイトレーシングを活かしたルックになっており、カーコンフィギュレーター画面ではライトベイクも行なっていました。この画面は見るからにライトが多いと思いますが、『The Market of Light』でも説明した通り、光源がたくさんあるところは負荷が大きくなりがちです。ですから、見た目が破綻しない程度に間引けるところを間引くということを意識しました。逆に、ライトベイクを行なっていない屋外のシーンは何も気にせずLumenに移行できています。移行についてまとめると、物理挙動と屋内ライティングの調整、この2点が課題となりました。
――現状もUE4ユーザーは多いと思いますが、業務としてUE5を用いることについて、注意点があればお聞かせください。
佐々木:今から新規プロジェクトを始める場合はUE5で始めて問題ないと思います。Niagaraも使いやすく改良されており、アニメーション周りも機能改善が多いので、今から新規開発を行うなら時代のながれに沿ってUE5開発を推奨したいです。逆に、プロジェクト終盤の移行は先ほどの物理挙動やライティングの関係から止めておいたほうが無難ですね。
真茅:今からUE4で開発をスタートするとしたら、VR系です。現状はNaniteやLumenがほとんど使えないため、豊富な検証のもと安定的に動作するUE4.27が適切と考えます。今はUE4が一般化したときと同じ匂いがしていて、各社の事例が一斉に出てくる夜明け前の感じがします。これから大量の制作事例やノウハウが共有されると思いますので、その意味でも新しいプロジェクトはUE5で始めた方が良いだろうと考えます。
屋内環境におけるUE4とUE5での描画比較
自動車を自分の好きな色にカスタマイズできる「バーチャル展示場パート」
屋外環境におけるUE4とUE5での描画比較
砂漠と岩山に囲まれた広大な空間を走行する「荒野パート 」
ライトベイクのない荒野シーンでは、ほとんど同じ見た目を実現しつつ、間接光の回り込みによってUE4版で暗い部分がUE5版で明るくなっているのがわかる
都市環境におけるUE4とUE5での描画比較
天候変化などを搭載した、街での走行シミュレーション「都市パート」
都市パートは遮蔽物が多いこともあってGIの影響が顕著で、UE4版では画面のそれなりの割合を占めていた暗い部分がUE5版では明るくなり、画面全体が明るくなった印象を受ける
ノンゲーム分野でのUnreal Engine活用
――自動車業界以外でのUnreal Engine活用についても教えてください。特にいまホットだと思う業界はありますか?
佐々木:自動車業界はワンアセットマルチユースが実現しやすいため、今後も広く活用されると思います。建築業界におけるウォークスルーなども順当に進化するでしょう。その中で特にホットだと思うのは「バーチャルプロダクション」です。国内スタジオも増えつつあり、すでに実用段階に至っています。個人的には、ああいった広い空間があることによって、従来型の絵コンテ・プリビズなどが存在するワークフローから、「街のシーンが先にあって、現実のようにロケハンをして構図を検討し、そのまま撮影する」というワークフローが出てくるのではないかと考えています。そうすると、世界観をもった架空の街に名前が付いて、「あそこで撮影しよう」という価値が生まれるかも知れません。『The Market of Light』も市場を丸ごとつくっていますが、もしかするとバーチャルセットのように活用できる未来があるかもしれませんね。
真茅:建築業界だと、『City サンプル』のように建物単位ではなく都市単位でのビジュアライズがしやすくなっているのが追い風になっています。従来は内観のウォークスルーが中心でしたが、今後はもう少し広い単位で歩けるようになるかもしれません。また、CADやBIMとのやり取りが楽になるだろうという見込みもあります。
――最後に、Unreal Engine専門会社として、UE5をどのように活用していくのかのビジョンを教えてください。
佐々木:中小規模のスタジオでハイエンドなコンテンツを制作するノウハウを蓄積するため、現在はNaniteとLumen時代のコストに見合ったワークフローを研究しています。この延長として、これまでは手を出しにくかったオープンワールド系のジャンルも、コストを低減した上でチャレンジしていきたいと思っています。また、エフェクト表現の追求も重要な課題と捉えています。Niagaraはメッシュとの連携が取りやすく、インタラクションも可能なため、周りの環境まで含めてエフェクト制作を行うことができるようになりました。アーティストとエンジニアがセットで動いて新たな表現を模索するというのは、なんとなくゲームエンジンのなかった時代を思い出しますが、それに近い感覚で新しい表現を探っていける土壌があるのではないかと考えています。
真茅:UE4でレイトレーシングが使えるようになったときも、最初は「どうやって使うのか?」とみんなが右往左往していたわけです。ようやくノウハウが追いついてきた今、再びLumenというゲームチェンジャーが登場しました。仕事的にはリアルタイムで動くコンテンツをつくりつつ、映像素材としてそれを書き出すことも多いので、これらを両立する手法をLumenで実現できればと考えています。
TEXT_神山大輝(NINE GATES STUDIO)
EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada