2020年3月15日のサービス開始以降、サプライズに満ちた3DダンスMVを月産4曲前後のペースでリリースし続ける『あんさんぶるスターズ!!Music』(以下、『あんスタ!!』)。『CGWORLD + digital video』vol. 289(2022年8月10日 発売)では、アイドル49人の輝きを追求し続ける制作現場の飽くなき挑戦を特集した。以降では、全58ページの特集の中から、Happy Elements カカリアスタジオのS.K.氏、D.H.氏(共に3DCGデザイナー)へのインタビューを通してMV「Surprising Thanks!!」の制作過程を深掘りした4ページを転載する。

記事の目次

    <Happy Elementsの求人情報>

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    2022年8月12日に配信した番組「CGWORLD Friday」では、『あんさんぶるスターズ!!Music』3DダンスMV特集の全体概要を紹介した後、Happy Elements カカリアスタジオのS.K.氏、D.H.氏(共に3DCGデザイナー)をゲストに招き、MV「Surprising Thanks!!」の制作過程を深掘りしている。合わせてお楽しみいただきたい

    アイドルの早着替えでプレイヤーに驚きを提供する

    「Surprising Thanks!!」は『あんスタ』の7周年記念楽曲で、2022年4月26日にMVが公開された。「当初から “途中で分岐して、衣装替えが発生するギミックを入れたい” という話が出ており、企画担当やエンジニアとの密なやり取りが必要だろうと予想できました。そのため、同じ社内にいる私が演出を担当することになった次第です」(D.H.氏)。7周年のコンセプトは、プレイヤーに驚き(Surprising)を提供することだった。さらに7周年の “7” から、スロットマシンの大当たりである777(スリーセブン)を連想。MVの途中でスロットが作動し、その結果に応じて演出や衣装が変化することでプレイヤーに驚きを提供するという方針の下、BGデザインが検討された。

    「ルーレット型の円形ステージにして賑やかなカジノ感を出そうということになり、円形ステージの床下からスロットと扉が出現し、扉から早着替えしたアイドル3人が登場するプランが提案されました。でも、円形ステージだけで完結すると移動が少なく盛り上がりに欠けるし、スロットや扉を床下から出すと目立ちにくいという話になったんです。“せっかくなら、花道とセンターステージもつくって、滅茶苦茶デカいスロットを上から出そう” と提案し、扉はセンターステージの中央にあらかじめ設置しておくことにしました」(S.K.氏)。

    あんさんぶるスターズ!!7周年記念楽曲「Surprising Thanks!!」- SPECIAL MV -

    加えて、中央扉の上手(かみて)側にはアイドルが出入りするための扉があり、そこを経由しながら早着替えしたアイドルが中央扉から再登場するという設定もつくられた。「ほんの一瞬ですが、アイドルが上手の扉に移動する様子もMVに映っています。この後、スロットが回転している間にステージ裏を一生懸命走って、早着替えして、中央扉から元気良く再登場するというながれです。一連の辻褄が合うように、現実的な必要尺も議論しました。ただ、スタッフによって考え方に差があって、説得力を優先する人と、アイドルを長く映したい人との間で、ステージから消える時間を10秒にするか8秒にするかの議論が勃発するといったことが今回に限らずよくあります」(D.H.氏)。特にライブ形式のMVでは “実際にできるかどうか” を考えるようにしており、説得力のない演出は極力避けているという。

    BGのラフモデル

    モーションキャプチャ時に用意されたBGのラフモデル全景
    円形ステージの直径だけで10mあったので、[1. 円形ステージ+花道手前]、[2. 花道奥+センターステージ]、[3. センターステージ+中央扉付近]の全3回に分割して撮影している。さらに分岐後の差分の動きも別途撮影された。なお、本作は7人編成の楽曲で、プレイヤーの選択した任意の3人が衣装替えをする(正確には、大当たりと中当たりは衣装替えありで、小当たりは衣装替えなし)

    [1. 円形ステージ+花道手前]、[2. 花道奥+センターステージ]

    モーションキャプチャはデジタル・フロンティア(オパキス)で実施。1回目では、【上】登場→円形ステージでのダンス→【下】花道移動の前半(1分28秒目)までを撮影。登場時には、周囲の4人はゆっくりとせり上がり、中央の3人はポップアップで飛び出してくるという設定のため、撮影時の3人はしゃがんだ状態からジャンプしている
    完成映像。中央の3人は天城 一彩(元気&かっこつけ系)、氷鷹 北斗(クール)、風早 巽(明るい&優しげ)、周囲の4人は遊木 真(元気&優しげ)、天祥院 英智(セクシー&優しげ)、朔間 凛月(クール)、衣更 真緒(パワフル)のキャラ性を加味しつつ、元気&楽しい表情で全体をまとめている。本作はアイドル49人と教師2人が縦横無尽に入れ替わることを想定したお祭り的な楽曲のため、通常のMVほど明確に各々のキャラ性を反映させていない
    2回目では、【上】花道移動の後半(1分28秒目)→【下】スロットの作動(1分47秒目)までを撮影
    完成映像。花道移動の前半(1分28秒目)と花道移動の後半(1分28秒目)は連続したカットだが、前者では全員の立ち位置が若干センターステージ寄りに移動し、アニメーションも変わっている。「花道移動の途中で分割撮影せざるを得なかったので、分割の編集点で全員の立ち位置や動きが変わってしまいました。その違和感をどうやれば消せるか悩んだ結果、極端な引き画と、極端な寄り画をつないでいます。なるべく辻褄を合わせたかったのですが、アイドルがいないところを映して尺を稼いでも寂しい画になるだけなので、今回は苦肉の策でのりきりました」(D.H.氏)

    [3. センターステージ+中央扉付近]

    モーションキャプチャ時に用意されたレバーの参考画像。2回目では、スロットを作動させるレバーを倒す動きも撮影している
    オパキスによって、参考画像を基にレバーのセットも用意された。こういったセットの寸法と、BGモデルのサイズは極力合わせている。なお、アイドルが手に持って複雑な動きをする場合は小道具にマーカーを付けることもあるが、レバーを倒すくらいならマーカーは付けない
    レバーを倒した後、早着替えをするアイドル3人が上手の扉(画像右方向)に移動する動きも撮影している
    完成映像。早着替えするアイドルは、【下】のカット(1分39秒目)から再登場(1分49秒目)までの約10秒間ステージから消える
    3回目では、中央扉からの再登場(1分49秒目)→ラスト(2分28秒目)までを撮影。ここでは中当たりバージョンを紹介している
    ラストカットのVコンテ。最後のポージングは7周年にちなんでおり、センターのアイドルは片手の指で「7」の形をつくり、ほかの6人はチョキとパーの合わせ技で「7」を表現している。「全員同じポーズにしても良かったのですが、各々のキャラ性を加味した、微妙にちがうポーズを振付師さんが提案してくれました」(D.H.氏)
    完成映像。【下】ではあえてピタっと止めず、全力を出し切ってハァハァと息が上がっているダンスアクターの微細な揺れを残している。「60fpsで滑らかに動いていたアイドルがピタっと止まると違和感が出てしまうので、どのMVでも一貫して生っぽさを残すようにしています。表情をしっかり見せたい場合にはあえて止めることもありますが、絶対に微動は残すという方針です。アイドルを実在する存在として感じてほしいので、綺麗に整えるのではなく、人間らしい乱れを活かすようにしています。楽曲のラストは特にそれが顕著で、フラフラしていることが多いですね(笑)」(D.H.氏)

    ペンライト制御の機能開発

    観客席が映る引き画カット(1分25秒目以降)のペンライトを制御しているUnityの作業画面。ペンライトは頂点シェーダによってメッシュを動かすことで表現しており、本作では、文字を描いたり、それをアニメーションさせたりする機能が追加された
    【上】“SURPRISE!!” の文字を描いたテクスチャを反時計回りに回転させながら表示しており、【下】その下には時間経過と共に色が変化するテクスチャアニメーションを表示している(※実際には、【上】の黒色部分は透明レイヤーになっている)。テクスチャやUVのアニメーションは独立した汎用機能で設定しており、そこからテクスチャとUVの変形情報がシェーダに渡され、シェーダ側で適切なUVを計算してサンプリングするしくみになっている。「従来の配置だとペンライトの隙間が大きく、“SURPRISE!!” の文字がまったく認識できませんでした。そのため、当該領域だけペンライトの数を増やす設定を追加したりして、見映えを調整しています。認識できすぎてもリアリティがないので、バランスが難しかったです」(S.K.氏)

    振付とカメラのシンクロ演出

    仁兎 なずなのクロースアップからドリーアウトするカット(31秒目以降)では、あえてカメラをまっすぐ後退させず、アイドルたちが右脚をグッと踏み込むタイミングでカメラの軌道を下手(しもて)側にずらしている。「『あんスタ!!』では、振付とカメラのシンクロによる気持ちの良い画づくりを目指しています。現実のライブだとかなり難しい撮り方ですが、モーションキャプチャの後でVコンテをつくる『あんスタ!!』のワークフローなら、いくらでも調整できます。やりすぎるとリアリティがなくなる両刃の剣ですが、強みにもなり得るので、有効活用したいと思っています」(D.H.氏)
    Switchの正面にカメラが回り込むカット(49秒目以降)では、グッと腕を引くタイミングで接近するカメラの速度を上げ、腕の振りが止まるのと同時にカメラも急停止させている。「このカットでは、振付の緩急とシンクロしたカメラワークにしてみました。こんな感じで、楽曲全体のバランスも視野に入れつつ、カットごとの味付けをするように意識しています」(D.H.氏)

    指ハート打ち抜きカット

    本作のアニメーションとBGコンテはダイナモピクチャーズの西村フミ子氏が担当した。「最初にVコンテを見た段階で、このカット(1分20秒目以降)が見せ場になると感じました。モーションキャプチャ撮影時の映像では、センターのダンスアクターさんは右手の指拳銃で左手の指ハートを打ち抜いていました。上手側のアクターさんは指ハートの内側、下手側のアクターさんは指ハートの外側と統一感がなかったのですが、明らかにセンターのポーズが一番カッコ良かったので、D.H.さんに確認をとった上で統一することにしました。1人でも多くの “プロデューサー” さんのハートを打ち抜けると良いなと思いながら作業しました」(西村氏)
    完成映像。打ち抜いた直後に大胆にカメラを傾ける、見せ場ならではの演出が入っている

    楽曲に合わせて変化するスクリーン映像

    センターステージの壁には、中央扉を挟んで左右に5枚ずつ縦長のスクリーンが設置されており、特に外側の4枚は床から天井にまで達する高さになっている。スクリーン映像はAdobe Stockの映像素材を組み合わせて表現しているが、横長素材なので使いどころが限られており、条件にマッチするものを見つけるまでに300点以上のサンプルデータをダウンロードした。前奏は都市の夜景映像、Aメロは金色、Bメロは紫色のイメージ映像、サビは遊園地の夜景映像を使用した。サビでは特に動きと高揚感が求められたので、大観覧車や回転木馬が映っている、まったく異なる2つの遊園地の素材をAfter Effectsで加工した。そのままでは『あんスタ!!』の世界観に合わないので、彩度・輝度を高め、グローを追加し、あえて3DCGのような見た目にしている。なお、カジノ感という演出方針にちなんでトランプの映像素材も検討したが、ALKALOIDのイメージモチーフとかぶっているため採用を見送った

    スロット作動後の3種類の分岐演出

    小当たり演出のVコンテ
    完成映像。スロットにチェリーが3つ揃い、アイドルが元気に登場。衣装替えは発生しない。ここでは、7周年記念のアニバーサリーChance衣装を着用している
    中当たり演出のVコンテ
    完成映像。スロットに777が揃い、アニバーサリー777衣装に着替えたアイドルがさらに元気に登場
    大当たり演出のモーションキャプチャ
    Vコンテ
    完成映像。スロットに “Jackpot!” の文字が表示され、ランダムに選択された衣装に着替えたアイドルがかなり元気に登場する。なお、大当たり時の衣装は各アイドルが着用可能なものの中からランダムに選択されるため、デフォルトのユニット衣装や、シンプルな黒Tシャツ(ESMGグラフィックTシャツ)で登場する可能性もある。その肩透かし感も含めて楽しんでほしい演出だ。「分岐に関しては、エンジニアさんたちが機能開発で滅茶苦茶苦労したと思います。演出の方はとにかく物量が多かったですね。小当たり、中当たり、大当たりに加え、それぞれのSPPも個別につくったので、テンションのインフレが起こりました(笑)。大当たりでは、中央扉が開くとセンターのアイドルが走ってきて、思いっきりジャンプします。当初の予定ではその場で元気にジャンプする程度だったのですが、撮影現場でダンスアクターさんにやってもらうと、ほかとの差分が曖昧で、“ちょっともの足りない……” という話になりました。いろいろ試行錯誤したものの、どれも決め手に欠ける感じでした。そしたらアクターさんが “思いっきり走って、思いっきり飛びます!!!” と言って、なかばヤケクソで暴れてくれたんです。“それ、良いですね!!!” となって、即採用されたという経緯がありました」(D.H.氏)

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    Information

    『あんさんぶるスターズ!! Music』

    サービス開始日:2020年3月15日
    開発・発売:Happy Elements
    ジャンル:男子アイドル育成リズムゲーム
    対応OS:iOS/Android
    価格:基本プレイ無料、アイテム課金制
    ensemble-stars.jp

    月刊CGWORLD + digital video vol.289(2022年9月号)

    特集:『あんさんぶるスターズ!!Music』3DダンスMV
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2022年8月10日
    cgworld.jp/magazine/cgw289.html

    INTERVIEWER_若杉 遼 / Ryo Wakasugi(CGWORLD)
    TEXT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
    文字起こし_遠藤大礎 / Hiroki Endo