『BLUE PROTOCOL』(以下、『ブルプロ』)はバンダイナムコオンラインとバンダイナムコスタジオによる共同プロジェクトチーム『PROJECT SKY BLUE』 が開発する完全新作オリジナルのオンラインアクションRPGです。本記事では、プレイヤーキャラクターとエネミーに生命を吹き込んだバンダイナムコスタジオのアニメーターの仕事を、全2回にわたって若杉編集長が深掘りします。
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企画がイメージする気持ちの良い動きを実現する
若杉 遼(以下、若杉):エネミーのモーション制作のワークフローも教えてください。 森宗義貴さん(以下、森宗):エネミーの場合は、ディレクターの要望を受けて、最初に企画が仕様書をつくります。例えば「砂漠に出現するエネミーを、3体つくってほしい」という感じで、ステージに合わせたエネミーをリクエストされることが多いです。企画の仕様書には、そのエネミーとのバトルを通してプレイヤーにどんな遊びを提供したいかが書かれています。その仕様書が各班のアーティストとプログラマーに共有され、内容が精査されます。 池田竜治さん(以下、池田):オンラインゲームの開発では常に通信量を視野に入れる必要があって、「このエネミーの、この攻撃は実現可能か?」をプログラマーに事前確認することが不可欠なんです。さらに制作にかかる工数も見積もって、さばききれる物量かどうかを判断します。 若杉:どんな要素が入ると、通信量が増えるのでしょうか? 森宗:通常の攻撃モーションを再生するだけなら問題ないのですが、専用のプログラムを必要とするような複雑な攻撃は計算量が増えがちですね。プログラマーの制作工数も増えるので、慎重に見極める必要があります。企画のイメージを大事にしつつ、なるべく汎用性の高いやり方で実現する術を模索するように心がけています。 池田:オンラインゲームはただでさえ必要とされる物量が多いので、工数の増加には慎重になる必要があるんです。 森宗:『ブルプロ』では1対1のバトルだけでなく、1対多数のバトルもあり得るので、それも考慮して「攻撃範囲を広げてはどうですか?」という提案を私からする場合もあります。その後、各班から出た意見を企画がもち帰り、仕様書を更新した上でモーションが正式発注されます。この段階になるとモーションのイメージやファイルの分け方が詳細に書かれているので、自分の中でさらにイメージを膨らませ、より詳細なリストをつくっていきます。プレイヤーキャラクター(以下、PC)に比べるとエネミーの数は桁違いで、数百体に上ります。しかも1体につき80〜90個のモーションが必要になるので、攻撃までの尺、攻撃範囲などの必要情報が抜けていることもあるんです。それをチェックして補完するようにしています。
池田:協力会社さんに依頼するものは、さらに情報を追加したりもしますね。 森宗:はい。参考になりそうなリファレンスを集めたりします。PCとはちがい、エネミーは羽がはえていたり、四足歩行だったりとバリエーションが多いので、協力会社さんに依頼する場合の見積もりが難しかったです。そうやって整理した情報を基に、モーションをつくるところまでが第一段階です。 若杉:協力会社さんへの依頼をまとめる際に気をつけていることを教えてください。 森宗:モーションのテンポ感は企画が決めるのですが、それが相手に上手く伝わらないときがあります。60fpsの中に動きを詰め込みすぎるケースもよくあるので、「この範囲のフレームはゆったり気味で、なだらかな動きにしてください」というように重点的にコメントを書くようにしています。リファレンスも交えて、なるべく具体的なイメージを共有するように努めています。 若杉:どんな動きを気持ち良いと感じるかは人によって差があるので、イメージの共有が難しそうですね。 森宗:気持ち良さの指針は企画に決めてもらうようにしています。いろいろな人がチェックすると、どうしても好みのバラつきが出てしまいます。私自身の好みをある程度は入れつつも、企画の意見やイメージをメインに据えて、発注のコメントに落とし込むようにしています。 池田:最終的には企画とディレクターの考えに寄せるというのが基本方針ですね。
森宗:第二段階ではエネミーを実機に入れて、バトル用のAIを乗せた上で各班が集まって遊びの検証をします。Unreal Engine(以下、UE)上での遊びの調整は企画がやってくれますが、モーションの調整や追加が必要だと判断されれば、モーション班に追加発注が入ります。 池田:例えば攻撃のバリエーションを増やしてほしいという依頼が入ったりします。 若杉:数百体もいると、動きが被るという問題が起こりそうですね。攻撃のバリエーションを出すために工夫していることはありますか? 池田:2020年に実施したクローズドβテスト(以下、CBT)でレイドボスとして登場したデミドラゴンの場合は、最大20人のPCと戦う必要があったので、ブレスが扇形に広がる攻撃や、3方向に連続でブレスを吐き出す超広範囲攻撃などのバリエーションを追加しました。そんな感じで、攻撃範囲を変えたり、タイミングを変えたりしてバリエーションを出します。エフェクトで変化をつけたりもしますね。
デミドラゴンの火炎ブレス弾の変遷
森宗:Maya上でアニメーターが想定していた動きと、実機でバトルをさせたときの動きがちがうという問題もよく起こります。例えば実機のカメラに映らないからという理由で、UE上で企画がジャンプの高さを変えたりすると、動きが緩慢になってしまうんです。そういう場合は、企画が設定した値に合わせてモーションを調整します。 若杉:アニメーターが考える気持ちの良い動きと、企画が考えるゲームの面白さを優先した動きがぶつかることはありますか? 森宗:......ありますねぇ(笑) 平下陽二郎さん(以下、平下):現在進行形でぶつかっています(笑)。自分は古くからゲームをつくっている人間なので、リスクとリターンの駆け引きや、そこから生まれる緊張感をすごく重要視したいのです。昨今のゲームでは、わりとノーリスク・ハイリターンで、プレイヤーに有利な方向性を求められがちですが、「今の攻撃は悪手で、避けに徹するべきだった」と思わせるようなタイミングを要所要所に挟んでおかないと、達成感が薄れてしまうはずです。そういったことを訴えつつ、プレイヤーになるべくストレスがかからない落としどころを毎回模索しています。 森宗:あまりにもプレイヤーに有利だと、それはそれで面白くないですから、バランスが重要ですよね。PCのモーションはエネミー以上に制限がかかる場合が多いので、調整が大変だろうなと毎回思っています。
エネミーの攻撃を気持ち良く避けられるようにする
森宗:第三段階では各モーションのクオリティを上げていきます。PCのモーションで一番気になるのがレスポンスだとしたら、エネミーの方は、プレイヤーが気持ち良く攻撃を避けられるかどうかを重視しています。バトルが気持ち良くないと、プレイヤーに長く遊んでもらえないですからね。 池田:つまり、プレイヤーが攻撃を避けて反撃できるだけの予備動作の尺を設ける必要があるということです。 森宗:開発初期のエネミーの攻撃モーションは予備動作の尺が短くて、避けるのが難しかったんです。それでもガンガン殴っていれば倒せはしましたが、気持ち良さに欠ける印象だったので全面的に見直しました。加えて、攻撃を受けたエネミーが倒されるときの気持ち良さも大事にしています。
ランドフォックスの攻撃モーションの変遷
若杉:気持ち良く回避して反撃してもらうというのは想像できるのですが、倒されるときの気持ち良さというのは想像できないです。どういうことでしょうか? 森宗:プレイヤーの攻撃が当たってエネミーのHPがゼロになったら、やられモーションが再生されます。例えば時代劇の殺陣で「うっ......」となるくらいの地味なやられ方だと気持ち良さが足りないんです。「うわぁっ!」と弾け飛ぶような大きなリアクションにすることを心がけています。 若杉:そうすると、すぐにやられるスピード感も大事ということでしょうか? 森宗:スピード感はエネミーのサイズによって変えています。例えば小さいエネミーの動きは少し遅くしなければ何をやっているのか伝わりません。巨大なエネミーの場合も、弾け飛ぶタイミングを遅らせないと重量感が伝わらないし、派手なエフェクトが入ると画が飛んでしまったりもします。
ランドフォックスとウリボのやられモーション比較
若杉:画が飛ぶというのはどういうことでしょう? 森宗:攻撃が当たった瞬間にエフェクトが発生すると、そちらが目立ってしまい、リアクションが見えない場合もあるんです。そのあたりはエフェクトが入ってからでないとわからないので、最終確認の段階で企画やディレクターも交えて着地点を相談するようにしています。 若杉:物量のあるモーションをさばくために工夫していることはありますか? 森宗:各エネミーのモーションを全部イチからつくるのではなく、例えばオーガの地面殴り攻撃の小技を加工して、より広範囲を攻撃できる大技のモーションをつくったりしています。オーガの走りモーションを加工して、ドゴルマンの走りモーションをつくったりもしました。各々のキャラ性やイメージに合わせた調整は必要でしたが、どちらも大柄な二足歩行のエネミーだったので流用できる部分も多かったです。
オーガの地面殴り攻撃モーションの変遷
若杉:歩きや走りのモーションは、攻撃モーション以上にバリエーションを出すのが難しいように思います。変化をつけるために意識していることはありますか? 森宗:前傾姿勢にして攻撃性を誇張したり、肘の角度を変えたり、常に目線でPCを追いかける設定にしたりすることでバリエーションを出します。やりすぎると気持ち悪くなってしまうので、バランスの見極めが大事ですね。揺れものなどの装飾が加わると大きくイメージが変わったりもするので、それも視野に入れて調整します。 若杉:スピードは変えますか? 森宗:やられモーションと同様に、サイズに合わせた速度調整はやります。
オーガとドゴルマンのモーションの変遷
若杉:揺れものはシミュレーションですか? 森宗:基本的にはシミュレーションですが、めり込みが気になった一部のエネミーでは手付けも併用しています。 平下:PCの揺れものはシミュレーションのみなので、モーションを付けるときに、明らかに衣装がめり込みそうなポーズは避けるようにしています。プレイヤーがわりと自由に髪型や衣装を変更できるので、ものすごくバリエーションが豊富で、手付けで対応するのは現実的ではありません。
プレイヤーキャラクターはキャラ付けをやりすぎない
若杉:エネミーのモーションをつくるときに初心者がつまずきやすいポイントも教えてください。 森宗:平下がお話した60fpsの中での時間管理はエネミーの場合も重要で、その中でいかに緩急をつけるかがキモだと思います。終始同じ速度で動いていると、エネミーの重量感も攻撃の強弱も伝わらず、もったいないです。そのあたりはつまずきやすいポイントだと思っています。加えて、重心の表現が苦手な人も多い印象です。攻撃が終わって足を入れ替えるときの体重移動や、重心のバランスに対してディレクションをするときには「自分でも同じ動きをやって、確認してみてください」と伝えるようにしています。 若杉:エネミーの場合、空を飛んだり、四足歩行だったりするので、想像で補完しなければいけない部分が多くて難しいでしょうね。 森宗:そうなんですよね(笑)。とはいえ二足歩行のエネミーもけっこう多いので、慣れていない人には、まずはそこから始めてもらうようにしています。次の段階で難しいポイントは、キャラ性に合ったカッコ良いポーズを付けることになると思います。人型のエネミーはとくに難しいです。『ブルプロ』ではアニメ的な世界観を目指しているので、なるべく大きく見えて、なおかつ生々しく見えないポーズを考える必要があります。私が意識しているのは、目線や顔の向き、肩の入れ方などですね。肩をグッと締めると力強さが出るし、腕で口などの顔の一部を隠すとカッコ良さが出ます。このあたりは感性や好みによって意見が分かれる場合もありますが、意識してもらうようにしています。 若杉:PCのポージングでも、肩の入れ方を意識しますか? 平下:意識はしますが、衣装のデザインが多岐にわたるので、油断しているとアーマーに顔がめり込んだりします。ただ、肩越しに目線を向けるポーズなどはアニメ的な表現として採用しています。一方でPCはあくまでプレイヤーの分身なので、プレイヤーが想像できる余地を残したいという思いがあります。だからキャラ付けをやりすぎないことも意識しています。
森宗:その点では、エネミーの方が自由にキャラ付けできます。基本的には種族でキャラ性が決まっており、ボスの場合はシナリオに沿った性格が設定されています。同じ種族のエネミーが、草原にいる場合と砂漠にいる場合の性格のちがいは出しにくいのですが、環境に合わせた動きを追加したり、エフェクトでちがいを出したりしています。 若杉:映画ではキャラクターの性格をどう表現するかがすごく重要なので、キャラ付けをやりすぎないという話は驚きです! クラスごとの個性はどこで出すのでしょうか? 平下:武器の使い方で差別化します。その武器にふさわしい身体の動かし方を意識していれば自然とちがいが出ます。逆に腰の傾きは抑え気味にしています。最近のアニメのキャラクターはわりと姿勢が悪くて、座るときはやや猫背で、立つときはややのけぞっておへそが上を向くようなポーズをとりがちです。PCでそこまでやるとキャラが立ちすぎてしまうので、控えるようにしています。
池田:スペルキャスターのモーションを検討していたときに、『ジョジョの奇妙な冒険』に出てくるような顔の前に手をもってくるポーズをつくったことがあって「これはちょっとやりすぎかな......」とチームがザワついたことがありました(笑) 平下:「中二」や「ジョジョ立ち」はキーワードとしてはよく挙がりますが、そこまではやらないように抑えています。そういったポーズが好みではないプレイヤーもいますからね。 若杉:そのバランス感覚は難しそうです。 平下:そうですね。決まりはなく、最終的には受け取る側の感性に左右されるので、自分の経験や考えを基にディレクションさせてもらっています。 若杉:インタビューの最後に、アニメーションのスキル以外で、学んでおくと役立つことを教えてください。 平下:非常にハードルが高くなるのですが、企画と話すときの共通言語として、メジャーなゲームはひと通り触っておいた方が良い気はします。共通言語をきちんと認識できるか否かで、話の通じ方が変わってきます。 森宗:ハードルを落として言うと(笑)、「もう少しお話をしてほしい」と思うときがありますね。壁にぶつかったときに自分で解決しようとする人が多いのですが、特に新人の間は完成させる前に途中で見せて、意見をもらうことがすごく重要です。 若杉:『ブルプロ』ならでは、ゲームならではのアニメーターのこだわりがよく理解できました。ありがとうございました!
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月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.296(2023年4月号)
特集:とことん深掘り! ゲームのアニメーション
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2023年3月10日
INTERVIEWER_若杉 遼/Ryo Wakasugi(CGWORLD)
TEXT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
EDIT_李 承眞/Seungjin Lee(CGWORLD)
文字起こし_遠藤大礎/Hiroki Endo
PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota