『BLUE PROTOCOL』(以下、『ブルプロ』)はバンダイナムコオンラインとバンダイナムコスタジオによる共同プロジェクトチーム『PROJECT SKY BLUE』 が開発する完全新作オリジナルのオンラインアクションRPGです。本記事では、プレイヤーキャラクターとエネミーに生命を吹き込んだバンダイナムコスタジオのアニメーターの仕事を、全2回にわたって若杉編集長が深掘りします。
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プレイヤーキャラクターの武器をどう動かすか、アイデアを提案
若杉 遼(以下、若杉):『ブルプロ』での皆さんの役割から教えてください。 池田竜治さん(以下、池田):『ブルプロ』のアニメーションリーダーを務めています。本プロジェクトの起ち上げは2014年で、その直後から参加しています。私を含めUnreal Engine(以下、UE)の使用は初めてのメンバーが多かったので、初期には皆で機能を覚えながら試行錯誤していました。 平下陽二郎さん(以下、平下):自分はプレイヤーキャラクター(以下、PC)のリードアニメーターを務めています。 森宗義貴さん(以下、森宗):私の方はエネミーのリードアニメーターをやっています。 平下:森宗と自分が『ブルプロ』に参加したのは2018年頃で、当初は2人ともエネミー担当でした。PCは別のアニメーターが担当していたのですが、その人がほかのプロジェクトに移動するタイミングでPCのリードを引き継ぎました。『ブルプロ』のPCは現時点で5クラスが公開されていて、その中だとヘヴィスマッシャーを担当しています。それ以外の4クラスは最後のポリッシュだけやりました。
5クラスのプレイヤーキャラクター
若杉:皆さんのキャリアも教えてください。 池田:専門学校を卒業後、1997年にテクモ(現、コーエーテクモゲームス)に入り、2005年にナムコ(当時)へ転職しました。通算で25年ほどゲームのアニメーターをやっています。 平下:自分は8bitゲーム機のドット絵時代にゲーム業界へ入り、ハードの進化に合わせて3DCGをつくるようになりました。その後、アニメーションを専門にするようになって今にいたります。自分もテクモに所属していた時代があって、そのときも池田と同じプロジェクトに参加していました。ゲーム業界歴は通算で32年くらいですね。 森宗:専門学校を卒業後、佐賀県で2年ほど電気工事士の仕事をしていました。1998年にデジタルハリウッド福岡校に1期生として入り、ナムコ・デジタルハリウッド・ゲームラボを経てナムコに入りました。ゲーム業界歴は22年くらいです。 若杉:総じてすごいキャリアですね! 池田:『ブルプロ』のアニメーターはベテランが多くて、1人だけ去年入社したばかりの新人がいます。協力会社さんも含めたアニメーターの総数はピーク時で18人でした。 若杉:まずはPCのモーション制作のワークフローを教えてください。 平下:『ブルプロ』のPCはクラスによって武器がちがっており、例えばブラストアーチャーは弓、ヘヴィスマッシャーは重量級のハンマーで攻撃します。最初に企画やディレクターが各クラスの武器の機能、デザイン、攻撃方法などを検討し、モデラーに仮モデルをつくってもらいます。仮モデルができたらモーション班にも声がかかるので、それを使って実際にMaya上で待機ポーズをつくり、武器の持ち方を提案することから始めます。これが第一段階ですね。
ヘヴィスマッシャーの武器のラフデザイン
若杉:モーション班からリグの調整を依頼することはありますか? 平下:あります。仮モデルの武器には暫定版のリグが入っていて、動かすのに支障があれば調整を依頼します。ボディのリグは共通のものが入っており、武器のリグだけクラスごとに調整するフローになっています。 池田:第二段階では、その武器を使ってどう立ち回るのかを提案します。ここでも実際にポーズやモーションをつくり、企画やディレクターの意見を聞きながらイメージをすり合わせていきます。 平下:ヘヴィスマッシャーの武器はけっこう特殊で、いつでも出せる基本攻撃のモーションですら認識のズレが起こる可能性があったので、第二段階から専用の攻撃モーションをいくつか制作しました。
ヘヴィスマッシャーの攻撃モーションの提案
若杉:YouTubeの公式配信でヘヴィスマッシャーの武器を紹介した際には、視聴者から「けん玉」と言われていましたね(笑) 平下:ラフデザインの段階から、武器のデザイナーもけん玉と言っていました(笑) 若杉:けん玉の動かし方は、アニメーターが決めたのでしょうか? 平下:けん玉のようにボールを飛ばすアイデアは初期からあって、射出のギミックまでデザインされていましたが、それ以外の動かし方はほとんど決まっていなかったのでアニメーターの視点で考えて提案しました。最初につくったのはハンマーのように叩きつける基本の攻撃モーションで、それの横派生としてトンファーのように回転させる攻撃も制作しました。ヘヴィスマッシャーの武器はグリップ部分を90度起こせる設定になっていたので、それを活かしてトンファーのように使うことを提案したんです。この攻撃がアリかナシかを企画やディレクターに確認したところ、「アリ!」となったので待機ポーズもトンファーをイメージした持ち方で固まりました。
ヘヴィスマッシャーの待機ポーズの提案
若杉:アニメーターがそこまでアイデアを考えて提案できるのは面白いですね。 平下:そうですね。自分が関わるプロジェクトでは、どう動かすかのアイデアをアニメーターから提案する場合が多いです。 若杉:例えば武器が大きすぎたり、グリップが小さすぎたりして回せない場合、デザイナーやモデラーに相談してデザインを変えてもらうことはありますか? 平下:そういうケースもあります。サイズ感やギミックもこの段階で動かしながら固めていきます。 若杉:デザインと動きをセットで決めていけるのは良いですね。 平下:大筋の合意がとれたら、既存クラスのモーションを流用しつつゲームの遊びの部分を検証する第三段階に入ります。PCの仮モデルを実機に入れて遊んでみて、思い描いた体験が実現できているかを確認するんです。「このクラスは、こういう感じにしたら面白くなりそうだ」という手応えが得られたら、専用のモーションをつくって差し替えていきます。それを企画やディレクターにも見てもらい、さらにイメージを固めていきます。全てのチェックが終わってOKが出たら、体格差に対応するための派生ファイルをつくります。 池田:PCの性別、髪型、衣装などはプレイヤーが変更できるので、男性と女性とで膝やつま先の開き方を変える派生ファイルをつくったりします。 平下:バトル中の歩き・走り・ジャンプモーションなどはプレイヤーが頻繁に目にするので、全て女性用の派生ファイルを用意してあります。クラスごとの特殊スキルについては、がに股具合が目立つなど、動かしてみて違和感のあるものに絞って対応することで工数を抑えました。それ以外にも、空中で出せる全ての攻撃モーションに対して、足が地に付いていない状態の派生ファイルを用意してあります。 池田:男性と女性とでは肩幅がちがうので、鎖骨の長さもちがいます。その結果、両手が武器にコンタクトするモーションは手が武器にめり込んだり、ズレが生じたりするので、なるべく避けるようにしています。それもあって、ヘヴィスマッシャーの待機ポーズは武器を片手で持つことになりました。
ヘヴィスマッシャーの体格差補正
若杉:ヘヴィスマッシャー以外の4クラスのポリッシュで、印象に残っていることはありますか? 平下:ブラストアーチャーの弓を射るモーションは特に難しかったです。下半身がどちらを向いていても画面の奥にいるエネミーを常にねらえるようにする必要があって、いろいろな方向に矢を射る上半身の派生ファイルが12個必要でした。
ブラストアーチャーの弓を射るモーションの制作
若杉:上半身のデータと下半身のデータは別々につくるんですか? 平下:そうです。例えば下半身は右方向に歩いていても、上半身の弓を左斜め後ろに向かって射る場合もあり得ます。だから下半身のデータと上半身のデータを別々につくって実機上でブレンドするんです。数が多い上に、どの方向に射ってもモーションが崩れないようにする必要があったので、用意するのが非常に大変でした。
若杉:各クラスのモーションの数はどのくらいですか? 平下:攻撃モーションだけで1クラスあたり最低24個、移動モーションも含めると100個くらいです。ブラストアーチャーは矢を1回射るだけで12個必要だったので、合計で150個ほどあって特に多いです。
日本のアニメのような、コマを抜いた動きを手付けする
若杉:遊びの部分の検証は、アニメーターも参加するのでしょうか? 平下:基本的には企画とディレクターの主導で進められます。モーションの変更が必要になったら、アニメーターにも声がかかるというながれです。 若杉:よくある相談として、どんなものがありますか? 平下:一番気になるのは、プレイヤーがボタンを押した後のレスポンスや、動きの気持ち良さだと思います。特に踏み込みのスピードや大きさに合ったモーションになっているかが重要です。そういった爽快感につながる部分は入念に調整します。 若杉:足を大きく1歩踏み込んだら、身体の動きもそれに合わせて大きくするといった感じでしょうか? 平下:そういうことです。UE上での調整次第で踏み込み具合が変わってくるので、それに合わせてモーションも調整します。 若杉:ボタンを押してからのレスポンスを、あえて遅くすることもあるのでしょうか? 平下:あります。例えば威力が大きい攻撃は、あえてヒットまでの溜めを長くすることでリスクとリターンのバランスをとったりします。
若杉:UE上でのステートマシンの調整は企画の担当ですか? 平下:基本的には企画が調整します。例えば企画がUE上でスピードを変更したら、その値に合わせてアニメーターがMaya上でモーションを修正し、そのモーションデータをUEに入れた上でスピードの値を元に戻すというやり取りが発生します。 若杉:モーションキャプチャはどの程度使っていますか? 池田:基本的にバトルでは使っておらず、手付けしています。アニメの世界に入り込んだような新体験をプレイヤーに提供するというのが開発初期から掲げてきた『ブルプロ』のコンセプトです。そのためモーションも日本の手描きアニメのようなコマ(フレーム)を抜いた動きの再現を目指しています。 平下:仮にキャプチャしたデータを使ったとしても、ほぼ原形を留めない状態にまで加工する必要があるのです。PCのバトルモーションは人間的な生っぽさや揺らぎを排除した動きにしているので、キャプチャをするメリットがほとんどありません。 池田:初期の試作段階では、遊びの検証用に3〜4クラスのPCを急いで揃える必要があって、アニメーターの人数も少なかったのでモーションキャプチャを使いました。そうやってスピード優先でつくったものの、「やっぱり生っぽいね」という意見が出て、以降はあまり使わなくなりました。ただ、プレイヤーが使えるジェスチャーやダンスのモーションも多数揃える必要があって、全部を手付けでつくるとすごく大変なので、モーションキャプチャを使っています。
若杉:ゲームだとキャラクターを様々な角度から映しますが、アニメはカメラが固定されているので、ほかの角度から映すと破綻するような誇張表現も多いですよね。アニメ的なモーションをつくる上で難しかったことはありますか? 池田:ヘヴィスマッシャーのような特殊なクラスに対するスタッフのイメージを統一していくことが一番難しくて、それに比べればアニメ的なモーションの制作はそれほど苦労しなかったです。自分たちは日本のアニメを見て育った世代なので「アニメってこうだよね」という共通認識があって、それを再現していけばほぼほぼズレはなかったです。 平下:最近の流行りのゲームに比べると、両足を地面にぴったりと付けた、泥くさい動きがわりと多いので、イメージが異なる人はいるかもしれないと思っています。それでも『ブルプロ』は、あえて基本に忠実な表現を選択しているので、そこは外さないようにしています。例えばPCの待機ポーズでは、安定感のある三角構図を意識しています。
若杉:僕が担当してきたアメリカやカナダのアニメーションの仕事では三角構図という用語を聞いたことがないですが、言われてみれば日本のアニメでよく目にするポージングですね。 平下:攻撃が終わってフォロースルーが多くなっているときは、下が広い三角形で安定感を出したりします。一方でジャンプするときは上が広い逆三角形にして、不安定な状態を表現したりもしますね。 池田:去年入社した新人は例外で、だいぶ苦戦していますけどね。 平下:そうでした(笑)。学生時代はCG映像業界に進むことも視野に入れてアニメーションを学んでいたのですが、当社のインターンシップに参加したことがきっかけでゲーム制作に興味をもってくれました。今はゲームのつくり方をイチから勉強してもらっています。例えば、ゲームの場合は実機上で複数のモーションをブレンドして再生するので、つながった後の動きを意識しながらつくる必要があります。ゲームのモーションは1秒60フレーム(60fps)で再生されるので、その中での時間管理もまだまだ難しいようです。それに加えて『ブルプロ』ではアニメ的な動きが求められるので、「どうつくれば良いんだろう......」という感じで、分厚い壁に阻まれて苦戦している印象です。 若杉:僕も24fpsの世界しか知らないので、60fpsでつくれと言われたら大変なことになるかもしれません。Mayaでモーションをつくる段階から、60fpsの設定にしているのでしょうか? 平下:はい。例えばゲームで気持ち良く攻撃を出せる尺感は0.2秒、遅くても0.3秒なのです。その中で見せられるモーションの数には限界があります。60fpsだからといって詰め込みすぎると、ガチャガチャ動きすぎて何をしているのかわかりません。「尺が0.2秒なら、動きの量はこのくらい」という時間感覚を掴むことが大事です。その上で、速いところはしっかり速く、溜めるところはしっかり溜めつつ、力のながれが感じられる動きをつくれるようになると良いですね。
若杉:フェイシャルはどなたの担当ですか? 平下:アニメーターが担当するのはボディと目線のみです。PCの表情は「怒り」「叫び」などのパターンをあらかじめモデラーに用意してもらい、UE上でボディのモーションに合わせて企画が割り当てます。 若杉:後工程でフェイシャルが付くことをふまえて、気をつけていることはありますか? 平下:アニメ的な表現にも関連することですが、必ずしも目線と顔の方向を一致させるわけではありません。見ている方向と、顔の向きをわざとずらすこともあります。
information
月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.296(2023年4月号)
特集:とことん深掘り! ゲームのアニメーション
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2023年3月10日
INTERVIEWER_若杉 遼/Ryo Wakasugi(CGWORLD)
TEXT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
EDIT_李 承眞/Seungjin Lee(CGWORLD)
文字起こし_遠藤大礎/Hiroki Endo
PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota