こんにちは。CGWORLD編集長でCGアニメーター&レイアウトアーティストの若杉 遼です!

東映アニメーションさんの『プリキュア』シリーズカナダのアニメーションスタジオのアーティストにも知られており、その作品制作にも影響を与えていると実感しています。本記事では、シリーズ20周年記念作品である『ひろがるスカイ!プリキュア』後期エンディング(以下、ED)の物語を、前後編に分けてお届けします。

記事の目次

    若杉 遼/Ryo Wakasugi

    CGWORLD編集長/CGアニメーター、レイアウトアーティスト

    ※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol.303(2023年11月号)掲載の「編集長が聞く~作り手たちの物語~ 第10話 『ひろがるスカイ!プリキュア』後期エンディング制作の物語」を再編集したものです。
    <前編>
    シリーズ20周年記念作品『ひろがるスカイ!プリキュア』後期エンディング制作の物語

    INFORMATION

    「ひろがるスカイ!プリキュア」後期エンディング主題歌「Dear Shine Sky」(ノンテロップver)

    『ひろがるスカイ!プリキュア』

    ABCテレビ・テレビ朝日系列にて放送された東映アニメーション制作のTVアニメで、『プリキュア』シリーズ通算20作目、20周年記念作品だ。前期・後期EDは山元隼一監督(アニメーション監督&アニメーション作家)が絵コンテ&演出、東映アニメーションが監修&キャラクターモデリング、コラットがアニメーション制作を担っている。

    放送時期:2023年2月5日〜2024年1月28日
    www.toei-anim.co.jp/tv/precure
    ©ABC-A・東映アニメーション 

    INTERVIEWEE

    • 絵コンテ&演出・山元隼一さん(FALCON-ONE
    • 左から、CGプロデューサー・野島淳志さん、CGディレクター・高橋友彦さん、プロダクションマネージャー・岩田敦貴さん(以上、東映アニメーション
    左から、CGプロデューサー・山元太陽さん、プロダクションマネージャー・新美遥香さん、ライティング&コンポジットスーパーバイザー・山下潤一さん、CGディレクター&VFXアーティスト・井上雄介さん、CGアニメーションスーパーバイザー・野沢正人さん、リギングアーティスト・和田勝裕さん(以上、コラット

    20周年記念作品の裏テーマを具現化した演出

    若杉 遼(以下、若杉):後期EDには、勉強机やコスメショップの棚の上でプリキュアたちが踊るカットがありましたよね。ミニチュア感を意識した撮り方が面白いなと思いました。

    ​​野島淳志さん(以下、野島):『ひろがるスカイ!プリキュア』(以下、『ひろプリ』)のモチーフである「空」に加え、Pretty Holic(作中のコスメショップ)のコスメや文房具、スカイミラージュ(変身アイテム)やミラーパッドなどを盛り込んでほしいというオーダーを、最初に本作のプロデューサーからお伝えしました。加えてシリーズ20周年を記念して、歴代『プリキュア』のエンブレムも入れてほしいとお願いしたんです。そこから逆算して、演出を考えていただいたという経緯がありました。

    山元隼一監督(以下、山元監督):「ミラーパッドの鏡面に、変身バンク映像をながしたい」というお話が最初期からあって、「プリキュアたちを机の上に乗るサイズまで小さくすれば、全身の振付も一緒に映せる」と思ったんです。そのカットを起点にして、ほかのカットの演出を決めました。本編とはちがったキャラクターと背景の見せ方ができたので、非日常感を出せたと思います。例えばキュアプリズムが自分の勉強机の上で踊る後期EDのカット12では、背景のミラーに『ふたりはプリキュア』、ペン立てに『ふたりはプリキュア Splash Star』のエンブレムを描き込んであります。それに気づいた昔からのファンの方が懐かしがってくれたり、家族やファン同士で会話がはずんだりすれば良いなと思ってつくりました。

    ▲小さくなったプリキュアたちが踊るカット12〜15の完成映像。背景のいたるところに歴代『プリキュア』のエンブレムが描かれている

    ​​野島:後半のカット20から、ラストカットにかけて登場するステージでは、中央に『ひろプリ』のエンブレムを描き、その外周を歴代『プリキュア』のエンブレムでグルッと囲んでいただきました。このステージはコラットさんが3Dで制作しています。

    ​​山元太陽さん(以下、山元):ステージのモデルは前期・後期EDで共通ですが、演出やライティングはガラッと変えているので、まったくちがう印象になっていると思います。

    山元監督:特に後期EDは、すごく幻想的でキラキラした画に仕上げていただきました。『ひろプリ』の5人のプリキュアを象徴する5色の紙飛行機が空中に虹の滑走路を描いた後、ステージ外周のエンブレムから虹色のレーザーライトが照射され、最後に中央にある『ひろプリ』のエンブレムが発光し、虹色のパーティクルが空に昇っていくんです。歴代『プリキュア』のエネルギーが結集し、次の『プリキュア』へとつながる虹のアーチになるという思いを込めて演出しました。

    若杉:「20年続いてきたバトンを次につなぐ」という裏テーマを具現化する演出ですね。

    山元監督:子どもに対して大人が伝えたいテーマや哲学をしっかり描くアニメは、文化として続けていく必要があると思っています。少子化で子ども向けアニメの制作本数も減っている中で、『プリキュア』が果たす役割はすごく大きいと感じています。

    ステージに設定された、カット20〜24のレーザーライトのリグ

    • ▲3Dのステージに設定されたリグ。外周を囲む歴代『プリキュア』のエンブレムから照射されるレーザーライトを個別にコントロールできるようになっている
    • ▲レーザーライトのコントローラ
    ▲様々な動きに対応できるようにしたが、最終的にはシンプルな動きが選ばれた


    ▲Maya上で設定したレーザーライトの出現や消滅も、レンダリング素材に反映される

    幻想的なレーザーライト演出のためのレンダリング素材

    ▲レンダリング素材。「リグを組みながら、プレビュー用とレンダリング用のライトの透明度や強さのバランスを探ったり、レンダリング素材の出し方とコンポジットの組み方を考えたりする必要があって、思ったより大変でした。レーザーライト部分のコンポジットが重くなったので、次回があれば、より軽い組み方を実現したいです」(山下潤一氏)

    ▲完成映像。幻想的でキラキラした画に仕上がっている。本作ではレーザーライトのアニメーションも山下氏が担当したが、今後ライブ演出などを扱う機会があれば、アニメーターに任せることも視野に入れているとのことだ

    Houdiniによるカット24〜35の虹エフェクトと、効率化のための工夫

    ▲虹エフェクトを制作中のHoudiniの作業画面
    ▲汎用素材
    ▲Nukeによるコンポジット結果
    ▲完成映像。虹をバックに各プリキュアが映され、キュアプリズムが映るカット27で上手から朝日が差し込んで夜が明ける。上のカット35がラストカットで、プリキュアたちと共に虹全体が映される。「カット35の虹をベースに4Kサイズの虹の汎用素材を制作し、ほかのカットに流用することで効率化を図りました。寄りの画でも耐えられるように、パーティクルの量を増やしたり、ディテールアップ用の追加素材を出したりしています。山元監督から "20周年の想いがあふれるような画にしたい" という要望をいただいたので、現実の虹に寄せたルックではなく、パーティクルを大量に使ったオーラ系のルックに仕上げています」(井上雄介氏)

    カットの環境色を反映した色や、専用のデュオトーンを使用

    若杉:ステージは3Dとのことですが、空は2Dの美術ですか?

    山元監督:そうです。美術が上がってきたら、コラットさんが逐次最新のシーンデータに追加してくれたので助かりました。

    若杉:やっぱり美術も、演出やレイアウトに影響しますよね?

    山元監督:はい。キャラクターの収まり具合が変わります。視線誘導にも影響するので、例えば「ここの雲を減らしていただけますか?」と美術さんに依頼して、視聴者の視線をキャラクターの顔へ誘導する調整をしたりしています。逆にコラットさんにお願いして、キャラクターの収まり方を変える場合もありました。

    若杉:後期EDは、夕方から夜、夜から夜明けへとカットの色味が刻々と変わりますよね。各カットのキャラクターの色は、どのタイミングで決めたのでしょうか?

    山下潤一さん(以下、山下):各カットのフィルムイメージを参照しながら仮の美術を制作し、その色味に合わせてNukeでキャラクターのベースコンポを組んで提案しました。本番用の美術が上がってきたら、それに合わせた再調整もしています。ステージは空以外は3Dだったので、先行して色を決めるフローにしましたね。キャラクターの基本色は本編の色彩設定さんが決めていますが、後期EDでは基本色を使っておらず、全て環境色を反映した色になっています。前期EDも、基本色を使ったのは一部のカットだけですね。

    ​​井上雄介さん:前期EDはベースコンポを組むタイミングが若干遅かったので、後期はレイアウトが終わった直後に着手しました。並行して野沢にはプライマリを始めてもらい、同時進行できるものはドンドン動かすようにしました。

    Nukeのノード整理による効率化とカット1〜5のベースコンポ


    ▲(上)前期ED制作時の、Nukeによる4人のプリキュアのベースコンポと、(下)キュアスカイのベースコンポの拡大。「つくった本人も少し期間を開けるといじる気がなくなるほど複雑だったので、後期EDの開始時にノードを整理し、シンプルなコンポを心がけました。その結果、後期EDでは前期以上の効率化を実現できたと思います」(山下氏)
    ▲後期EDのベースコンポ。左側の縦4列は4人のプリキュア、右側の縦4列は各々のスカイミラージュ(変身アイテム)のコンポ
    • ▲後期EDのカット1〜5のベースコンポの画。上は順光(環境色なし)
    • ▲右ライト(環境色なし)
    • ▲左ライト(環境色なし)
    • ▲フットライト(環境色あり)
    ▲逆光(環境色あり)。カット1〜5の背景はキュアスカイの勉強机の上になっており、最終的には上の逆光が使われた

    新美遥香さん:後期EDのカット16とカット17の絵コンテやフィルムイメージには、「アブノーマル色」「デュオトーン」と書かれていて、最初は「どうしよう。どうやってつくれば良いんだろう?」と思っていました(笑)

    山元監督:キュアスカイとキュアプリズムを、青とピンクのデュオトーンで可愛くロマンチックに表現したかったんです。コラットさんとけっこうやり取りを重ねて色を決めていきました。

    若杉:アニメのコンポジットでNukeを使うのは珍しいですよね?

    ​​山下:そうだと思います。当社ではクライアントさんからの指定がなければ、コンポジットではNukeを使います。ただし1割程度の割合で、素材制作にAfter Effects(以下、AE)も使いました。美術に馴染むコースティクスやレンズフレア、ゴーストの素材は、AEの方がつくりやすかったです。タイムラインをいじりたいときにもAEを使いました。

    野島:当社でもNukeを使うケースはたまにありますが、アニメの撮影はAEを使う会社さんが多く、『プリキュア』シリーズでも基本的にはAEを使ってきました。ただ今回は「映像データを納品していただければ良いので、コラットさんが一番やりやすいツールを使ってください」とお願いしました。

    ​​山元:リギングとアニメーションではMotion BuilderとMaya、エフェクトではHoudini、レンダリングではArnold、ラインの描画ではPencil+ 4 for Mayaを使いました。

    ​​和田勝裕さん:プライマリまではMotionBuilderを使い、そのモーションをMayaに移行させた後に、セカンダリ、シミュレーション、フェイシャルを行なっています。フェイシャルはボーンとブレンドシェイプの併用で、輪郭の調整にはSoftModを使いました。これらのしくみは、東アニさんからご提供いただいた、過去の『プリキュア』シリーズのデータを参考にしています。同レベルのセットアップを実現すれば、同じクオリティのアニメーションもつくれるだろうと思いました。

    カット6〜11のビー玉ライトによるコースティクスの試行錯誤

    ▲カット6〜11のフィルムイメージには、カラフルなビー玉と、それをガラス瓶などに詰め込んで光を当てた際に発生するコースティクスで画面を彩りたいというアイデアが描かれていた。上はそのリファレンスとして購入したビー玉やガラス瓶など
    ▲山下氏がビー玉やガラス瓶などを用いて自作したビー玉ライトの実写素材
    ▲完成映像。「実写素材は背景の美術と上手く馴染まず、使用を見送りましたがリファレンスにはなりました。最終的にはAEでつくったコースティクスやオーラ系の素材を組み合わせることで表現しています」(山下氏)

    ライン素材の工夫と、レンダリング用のツール開発

    ▲ライティング時の作業画面
    ▲ライトの方向に応じてラインの色が変わるしくみをつくり、色トレス表現に活用した。細部は手動マスクで調整している。なおPencil+ 4とはラインの出方が異なるので、Pencil+ 4で出力したアルファ素材も併用した
    ▲カット27では、上手から差し込む朝日を受けている様子を色トレスで表現している
    ▲後期EDの制作時には、Mayaのシーンデータを変更せず、そのままレンダリングするツールを開発。フェイシャル作業時に、数フレームだけレンダリングして確認したい場合などにアニメーターが活用した

    ​​​​野沢正人さん(以下、野沢):本作はレイアウトからプライマリまでを全カット私が担当し、以降はカット担当者に割り振る体制にしています。ただ、後期EDでは揺れものなどのセカンダリのベースと、口パクや目パチなどのフェイシャルのベースだけ、先行して全カット同じ担当者に付けてもらったので、統一感をとりやすく、効率化も図れました。

    若杉:キュアウィングは男子、キュアバタフライは18歳の成人女性という設定ですよね。特別に配慮したことはありますか?

    ​​野沢:キュアウィングもモーションキャプチャのダンサーは女性だったので、がに股気味にして、肘の角度も調整しました。キュアバタフライは、お姉さんっぽくなるように、特に表情での差別化を図っています。

    ​​山元:初回放送時からキュアウィングの動きのちがいに気づいた視聴者もいて、「ひょっとして男子では?」とX(旧・Twitter)に投稿していたんです。よく見ているなとビックリしたのと同時に、『プリキュア』ファンの熱量の高さを肌身で感じました。

    キュアウィングの男子ならではの調整

    ▲ダンスの振付はCRE8BOYが担当しており、モーションキャプチャ時のダンサーも同ユニット所属の女性たちが担ったので、レイアウト段階では肘や膝が内側に入った女性的な動きだった
    ▲調整後。キュアウィングは男子なので、プライマリの段階で肘と膝を外に向ける調整を施した

    「明日は良いことがある」という夢を令和の視聴者に届ける

    若杉:プロジェクトの総括や、今後の抱負をお聞かせください。

    ​​野島:当社からCGスタジオさんにご依頼するとキャラクターの影色が黒くなりがちなので、「必ず色を入れてください」とお願いしているのですが、井上さんや山下さんは当社の作品に何度も参加しているので、まったく心配する必要がありませんでした。アニメーションに関しては、表情の可愛さはもちろんですが、目線も重要視していました。『プリキュア』シリーズはイベントでのキャラクターショーも展開しているので、目の大きいキャラクターがどこを見ているのかわからないと、子どもには人形のように見えてしまうのです。だから前期EDでは、目線の調整をご依頼することが多かったです。その経験をふまえて、後期はほぼ完璧な映像を最初からバッチリ仕上げてくださったので、20周年記念にふさわしいEDになりました。山元監督にも、コラットさんにも感謝しています。

    ​​山元:最初にも言いましたが、山元監督との仕事はすごくやりやすかったので、ぜひまたご一緒させていただきたいです!

    山元監督:僕もコラットさんとの仕事は、とてもやりやすかったです。それから、東アニさんの20年にわたる『プリキュア』シリーズの系譜の中で、自分の演出スタイルも織り込んだ作品をつくれたことに心から感謝しています。今後も作り手の顔が見える作品をつくっていきたいと思いました。僕自身、アニメーションが好きでこの仕事を続けてきたので、「明日は良いことがある」という夢が膨らむ作品を、令和の時代の視聴者に届く描き方で表現していきたいです。

    ©ABC-A・東映アニメーション

    INFORMATION

    月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.303(2023年11月号)

    特集:漫画×3DCGの現在地
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2023年10月10日

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    INTERVIEWER_若杉 遼/Ryo Wakasugi(CGWORLD)
    TEXT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
    EDIT_李 承眞/Seungjin Lee(CGWORLD)
    文字起こし_大上陽一郎/Yoichiro Oue
    PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota、島田健次/Kenji Shimada