CGWORLD vol.311(2024年7月号)掲載の特集「とことん深掘り! アニメの3Dレイアウト」では、アニメのレイアウト(以下、LO)工程における多彩な3DCGの活用事例を、現役のLOアーティストでもある若杉編集長が全54ページにわたって深掘りした。以降では、OLM Digitalを取材したPART 02(10ページ)の一部を抜粋・再編集してお届けする。
OLM Digitalは様々なアニメ、フル3D、実写作品を手がけており、アニメの制作時には、3D部分をOLM Digital、作画部分をグループ会社のOLMが担当する。本特集では『薬屋のひとりごと』を事例に、同社の3DLOの仕事を深掘りする。
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INFORMATION
『薬屋のひとりごと』
2025年 第2期放送決定!
第1期は各種配信プラットフォームにて好評配信中!
放送期間:[第1期]2023年10月22日〜2024年3月24日
原作:日向夏(ヒーロー文庫/イマジカインフォス刊)
監督・シリーズ構成:長沼範裕
アニメーション制作:TOHO animation STUDIO×OLM
kusuriyanohitorigoto.jp
©日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会
100を超える背景モデルを制作し「とある大国の後宮」を表現
若杉 遼(以下、若杉):『薬屋のひとりごと』では劇中の背景の多くを3D化し、3DLOを多用したと聞いています。まずは3DLO工程の主な使用ツールを教えてください。
永井 有さん(以下、永井):メインツールはMayaで、PhotoshopやAEも使います。背景の3Dモデル制作は美術監督の髙尾(克己)さんに依頼しており、同様にMayaを使っています。
若杉:美術監督が3Dモデル制作まで担当するのは、かなり珍しいんじゃないですか?
髙尾克己さん(以下、髙尾):私は美術背景会社で20年以上務めた後、15年ほどOLM Digitalに所属して、その期間に3Dを学んだのです。昨年独立し、AREDを起業しました。
若杉:すごいキャリアですね。ほかの皆さんの、本作での役割も教えてください。
芦田徳之さん(以下、芦田):OLM Digitalは美術と作画のLO補助と3D素材の制作を担い、私はCGIプロデューサーを担当しています。
村上 昇さん(以下、村上):CGIプロダクションマネージャーとして、制作管理を担いました。
永井:CGIディレクターとして、データチェック・管理・調整・実作業を担当しました。
瀬尾 太さん(以下、瀬尾):CGIスーパーバイザーを担当しました。私が本作の企画に参加したタイミングで、「今回の背景は髙尾さんじゃないと表現できません。ぜひ入ってください」とお願いした次第です。
髙尾:本作の舞台は架空の「とある大国の後宮」ですが、美術設定をつくる際には、中国の唐の時代の建物や紫禁城などを参考にしました。中国の歴史ドラマを観てみたら、建物の装飾がすごすぎて、「毎週イチから描くのは無理だ。3Dモデルをつくらないと対応できない」と思いました。3Dはつくるのに時間がかかるという欠点がありますが、一度つくってしまえば様々な角度から撮った画を量産できるので、何度も出てくる背景の場合は有効です。
瀬尾:長沼(範裕)監督のこだわりもあって、当初の想定を大幅に超える数の背景モデルをつくっていただくことになりました。
芦田:当社が受け取った背景モデルの総数は、第1期だけで95個ありました。
髙尾:OLM Digitalさんに渡さず、こちらで段階的にブラッシュアップして使ったものもあるので、実際につくった背景モデルは100個を超えています。通路などの汎用モデルも用意したのですが、「ここは場所がちがうから、装飾も変えてほしい」といった要望があって、最終的には複数のパターンをつくりました。
永井:初見だと「ほぼ同じでは?」と思うような背景モデルでも、よく見ると格子の柄や模様が全部ちがうので、使用モデルを間違えないように気を遣いました。
若杉:つくったけれど、使わなかった背景モデルはありましたか?
髙尾:全部使い切りました。それどころか、「足りない」と言われることすらありましたが(笑)、私はラフを描かずに、いきなりモデリングから始めて美術設定をつくるので、通常よりも早く仕上がります。UV展開も自分でやるので、テクスチャを描くのも速いです。
永井:だから髙尾さんが不可欠だったのです。美術設定を基に3D側でモデルをつくってお渡ししていたら、もっと時間がかかります。その工程を省けたので、美術チームには非常に助けられました。
『薬屋のひとりごと』における、3DLOのワークフロー
位置やスケールは変更せず、できる範囲で画コンテに合わせる
若杉:3DLOの活用頻度はどのくらいですか?
村上:1話あたり平均250カットほどで、その中の約200カットで3DLOを使っています。
永井:ほとんどのカットが3D先行LOだったのに加え、演出打ちと3D打ちが同時で、長沼監督と直接やり取りする機会が多かったので、疑問に思ったことは作業を始める前になるべく監督や演出に確認することを心がけました。
若杉:長沼監督は、どんな点にこだわっていましたか?
永井:「全てに意味があるから、画コンテの通りにしてほしい」と仰っていたので、コンテの画をカメラの奥に敷いて3DLOをつくるようにしていました。長沼監督の頭の中には表現したい画があったので、それに合わせた3DLOを探っていきました。特に「キャラクターの立ち位置やサイズが、なぜそうなっているのか?」を画コンテから読み解くことが重要でした。
若杉:表現したい画に合わせて、背景モデルの位置をずらしたり、サイズを変えたりする場合はありましたか?
髙尾:第1話では城壁の高さを3倍にしたカットがありましたが、そういう変更は初期だけで、それ以降はほぼ変更していないです。中国の歴史ドラマに出てくる建物や家具は日本のそれより遥かに大きいので、初期には「本当にこのスケールなのですか?」と長沼監督から聞かれたこともありましたが、中国ドラマの一場面をお見せして、「現代日本の常識は外して考えましょう」という話をさせていただきました。私も慣れるまでに時間がかかりましたが(笑)
永井:大きさはもちろん、思った以上に天井が高くて、私も驚きました。本作ではキャラクターと背景の正確な対比を重視したので、基本的には髙尾さんやAREDのスタッフの方々がつくった背景モデルの位置やスケールは変更しないようにして、できる範囲でコンテの画に合わせていきました。カメラの調整だけでは画コンテに描かれたキャラクターと背景の位置関係を再現できず、良い画にならないカットもあったので、その場合は監督チェック時に3DLOやシーンデータをお見せして意見を伺うようにしました。調整の結果、画コンテとはちがう見え方を採用する場合もありましたね。
若杉:正確な対比を重視したのは、リアルな表現にしたかったからでしょうか?
永井:そうです。本作は一般的なアニメよりもドラマに近かったので、そちらに寄せたのだと思います。例えば屋内カットの監督チェックでは、「壁を取り払い、壁の外側にカメラを置くような撮り方はなるべく避けて、撮れる範囲の中で撮りたい」と仰っていました。
若杉:監督チェックは対面でやったのですか?
永井:はい。各カットを担当したデザイナーはリモートで作業をしていたのですが、長沼監督からは「直接会って、身振りや手振りも交えて説明したい」という要望をいただいたので、出社している私が全カットのチェック用データを集約し、監督の横に貼り付いて調整していきました。その結果、毎回の監督チェックとその場での調整に4〜5時間くらいかかったのですが、おかげで監督の要望を3DLOにすぐ反映させることができました。そこでOKが出た3DLOを後から修正するケースはほとんどなかったです。
若杉:後からの修正を減らすために、工夫したことはありますか?
永井:1枚画の3DLOの場合は、やや大きめにレンダリングして、フレーム調整が入っても対応できるようにしていました。カメラやキャラクターのアニメーションが付いているカットの場合は、あらかじめ複数のパターンを出して、選択できるようにしたりもしました。
若杉:1話あたりのカット担当者の人数や、作業期間はどのくらいでしたか?
永井:デザイナーは最大6人で、3DLO作業に1週間、監督チェックとその関連作業に1週間、その後のレンダリングに1週間ほどかけています。レンダリングの合間に、追加の作業をやったり、次の話数の作業を始めたりして、複数話を併走させていました。
INFORMATION
月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.311(2024年7月号)
特集:とことん深掘り! アニメの3Dレイアウト
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2024年6月10日
INTERVIEWER_若杉 遼/Ryo Wakasugi(CGWORLD)
TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
文字起こし_遠藤大礎/Hiroki Endo
PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota