幕末の日本を舞台としたオープンワールドのアクションRPG『Rise of the Ronin』。歴史物アクションに定評のあるコーエーテクモゲームスTeam NINJAの新たな挑戦に迫る。

記事の目次

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 313(2024年9月号)からの転載となります。

    日本のデベロッパーが生み出す日本らしい空気感

    本作は、混乱を極めた幕末の日本を舞台に、主人公となる浪人を操作しながらオープンワールドでプレイすることができる戦闘重視のアクションRPG。開発はこれまで『仁王』シリーズや『Wo Long: Fallen Dynasty』(2023)などを手がけてきたコーエーテクモゲームスのTeam NINJAだ。

    「『仁王』シリーズの次のチャレンジとして、オープンワールドでその時代を体験できる作品にすることをまず考えました。これまでTeam NINJAでは戦国時代を舞台にしたゲームを数多くつくってきましたが、短銃など、より多彩な武器による新規アクションを登場させられるという点からも幕末を題材に選びました」とCGディレクターの岡本翔太氏は開発の経緯を話す。

    『Rise of the Ronin』
    発売:ソニー・インタラクティブエンタテインメント
    開発:コーエーテクモゲームス
    リリース:発売中
    価格:8,980円(通常版)
    Platform:PlayStation 5
    ジャンル:オープンワールドアクションアドベンチャー
    www.playstation.com/ja-jp/games/rise-of-theronin
    © 2024 コーエーテクモゲームス. Rise of the Ronin is a trademark of KOEI TECMO GAMES CO., LTD. Published by Sony Interactive Entertainment Inc.

    本作は全体的にノワールな雰囲気をもった世界観のなかでゲームが進行していくが、グラフィックス面でのコンセプトとして、「幕末という夜明け前の時代の暗さ」の表現を目指したという。

    「ただ暗いルックにしても味気ないものになってしまうので、一部ケレン味のある表現を加えるということも課題として取り組みました。日本を舞台にして、日本のゲーム会社が開発するということで、日本らしい空気感や景色をしっかりとつくっていきたいと。

    そのために、幕末に撮影された写真など、膨大な資料を調べながら開発を進めました。基本的に史実に則った和洋折衷の舞台となっていますが、オープンワールドでのプレイということで、当時はなかった建物も、ランドマークとしてのインパクトを優先して採用している部分もあります」と岡本氏。

    前列左から テクニカルディレクター・高橋裕太郎氏、CGディレクター・岡本翔太氏、CGディレクター・小林賢典氏、後列左から シネマティックリード・岡田修一氏、キャラクターアートリード・古田希望氏、テクニカルアートリード・岡本尚也氏、エンバイロメントアートリード・加藤裕之氏、グラフィックプログラマー・鄧 曉禧氏
    以上 コーエーテクモゲームス

    2017年に企画が立ち上がり、2020年3月から本格的な開発がスタート。ゲームエンジンは内製のKatana Engineを使用し、社内の技術支援を担うフューチャーテックベース(以下、FTB)との連携の下、幕末の明暗を表現するための技術を新たに開発するなどの工夫が凝らされた。

    和と洋が入り交じるキャラクター制作

    布が多い衣装での挙動を検証しながらモデルを制作

    本作では、ユーザーがキャラクターメイクでつくり上げる主人公キャラクターのほかにも、ゲーム内に魅力的なNPCが多数登場する。

    本作は主に布が多い和装で激しいアクションを行うため、NPCのモデルはデザイナーから上がってきたデザイン画を基に、MayaMarvelous Designerで作成した仮モデルでまずシルエットを詰め、LowモデルでウェイトとClothシミュレーションの挙動を確認するというながれで制作された。

    「海外出身のモデラーも多いのでスタッフによっては和服の構造把握が難しいため、基本となるベースモデルを作成してそれを基にモデリングしてもらっています。服装の色合いも和のテイストになるように留意しつつ、幕末という状況も鑑み新品に見えないよう、履歴がわかるようなルックになるように気をつけながら作成しました」(キャラクターアートリード・古田希望氏)。

    LowモデルでClothの挙動を確認後、ZBrushでシワなどのディテールをスカルプトし仕上げる。

    ゲーム内では、キャラクターの衣装は泥で汚れたり返り血を浴びたりするので様々な状態に変化するが、ベースのマテリアルに対してSubstance 3D Painterなどで作成したウェザリングマスクを紐付けし、環境側で表示を切り替えて調整可能になっている。またKatanaEngineの独自機能により、ねらった位置に血を付着させることも可能だ。

    「布が多くこれまでのKatana Engineの機能では対応できないこともあったため、エンジン側の機能を本作に合わせてブラッシュアップしています」と古田氏は話す。

    キャラクターの顔のモデルも、デザイン画からLowモデルを作成しておおまかな形状を調整し、形状が決まったらディテールをスカルプトして仕上げていく。160以上のNPCやモブキャラクターを作成しなければならないため、トポロジーとUVの変更を禁止することでウェイト調整のコストが抑えられている。

    また、Team NINJA開発タイトルではお馴染みのキャラクターメイク機能は、基本的なシステムは『仁王2』に準拠しているが、幕末という時代設定に合わせて西洋風の髪型が用意されるなど調整が施された。

    NPCの衣装モデル制作

    NPCモデルの制作手順は、キャラクターデザイナーが作成したデザイン画からLowモデルをつくるところから始まる。このLowモデルは、この衣装のデザインできちんとClothの挙動ができるかどうかを検証する目的で使用され、モデルチーム側で修正が利かないような場合は、デザインから調整が行われる。

    下記画像群は坂本龍馬の例。本作は歴史上の人物がNPCとして多く登場するが、史実的な資料を基にした本作オリジナルのデザインとなる。

    ▲坂本龍馬のデザイン画。当初は軍服を羽織っている設定だったが、Clothの挙動が上手くいかなかったためマントタイプに変更された
    • ▲Marvelous Designerで作成された衣装モデル
    • ▲粒度40~50のLowモデル。挙動確認がOKであれば、ウェイトを設定しCloth設定用のモデルへ移行
    • ▲粒度20~25のMiddleモデル
    • ▲さらに粒度を下げた実機用Highモデル
    ▲衣服のシワをZBrush等でスカルプトした状態

    衣装の質感

    マテリアルの構築はエンジン上で行うため、アルベド、ノーマル、オクルージョンはSubstance 3D Painterや3DCoatで作成し、ラフネスはエンジン上で調整されている。水濡れや泥汚れ、返り血などの表現はウェザリングマスクを作成し、マスクで強度を調整する。

    ▲衣装テクスチャ。左上からアルベド、生地用ディテールマップ、ディテールマップ用マスク、ノーマル、左下からオクルージョン、リフレクタンス、ラフネス、ウェザリングマスク
    ▲生地感を出すためのディテールマップ。布目などの凹凸感にはリピート素材のノーマルマップが使用されている
    ▲ディテールマップを適用した状態
    • ▲水濡れ
    • ▲返り血
    • ▲泥汚れ
    • ▲積雪
    ▲Katana Engineの独自機能を使うと、このようにねらった位置だけに血などを付着させたり、2D Fluidを利用して衣服上での流れを表現することができる

    NPCのフェイシャルモデル制作

    NPCのフェイシャルモデルは、160体以上のNPCおよびモブキャラクターを作成する必要があり、制作効率を上げるために共通のトポロジーとUV規則に則って作成されている。

    ▲フェイシャルモデルの素体。右は共通トポロジーのモデルに筋肉マップをマッピングした状態。全てのフェイシャルモデルは筋肉マップに沿って変形し各キャラクターに合ったデザインに編集される
    ▲筋肉マップに沿って編集されたフェイシャルモデルが、表情を変化させても破綻していないかを確認
    ▲フェイシャルモデルの状態が問題なければ、ZBrushなどでスカルプトしディテールを詰めていく。この時点で髪の毛などを仮置きして雰囲気の調整なども行われているという
    ▲髪の毛を付加した状態の龍馬のフェイシャルモデル
    ▲Katana Engine上で毛の抜け感や皮膚などのシェーダを調整してマテリアルを設定していく
    ▲フェイシャルアニメーション用のターゲットを設定するところまでがモデリングチームの担当だ。約500ポイントのターゲットが設定されている

    衣装のバリエーション

    衣装・装備のパターンも膨大な数を用意。11のパーツに分け組み替えることで膨大なバリエーションを可能にしている。またパーツごとに干渉レギュレーションが決められており、レギュレーションを守りながらモデルを制作することで、衣装の組み合わせによる破綻を防いでいる。

    • ▲上半身の一番下に装備されるインナー
    • ▲インナーの上に装備される着物パターン。セーラー服や中華服など最もバリエーションが多いパーツ
    • ▲着物パターンの上に装備される胴丸
    • ▲胴丸の上に装備される帯刀帯
    ▲帯刀帯の上に装備されるアウター。羽織や蓑、マントなどが適用される
    • ▲一番上に装備されるマフラーなどの装飾品パーツ
    • ▲袴、スカートなどの下半身パーツは胴丸の内側に装備される
    • ▲短い手袋。インナーと干渉しないようになっている
    • ▲肘丈装備。着物は上に被った状態になるが、インナーや軍服のパーツは腕まくり状態になり干渉しないようになる
    • ▲足首装備。下駄や雪駄など、どの装備とも干渉しないパーツになっている
    • ▲膝下装備。ブーツや脚絆は袴や着流しが上に被るが、股引きやズボンの中に入る形状になっている
    ▲頭装備。鉢巻や仮面、笠など。衣装には影響しないパーツだが、キャラクターメイクの髪は頭装備の形状に応じて変形される

    ▲衣装のバリエーション例

    “手触り感” を重視したモーション

    膨大なモーション数をつくりきる様々な工夫

    本作のキャラクターモーションは、流派によってアクションが異なり、オープンワールドであるため移動モーションにも多くの選択肢が用意されている。各流派のアクションは、史実に基づいた逸話も含めて流派の資料から動きの情報を収集し、際立った動きになるように作成されている。

    Team NINJA流のモーション制作のノウハウをCGディレクターの小林賢典氏は、「キャラクターのアクションは、リーダーを含め担当者が実際に演じてみた動きをキャプチャしてモーションデータとして利用しています。

    各流派のモーションがまとまってきたところで、今度は実際にユーザーがプレイしたときの手触り感を確かめながらエンジン上で調整を行います。このプレイしたときの手触り感というのをわれわれは非常に重要視していて、アニメーターたちはわれわれが感じ取れないようなレベルでフレーム単位の調整を行なっています」と話す。

    また移動モーションに関しても、ユーザーのストレスにならないように心がけているという。

    フェイシャルはキャラクターモデルチームで顔のウェイト設定が終了したところで、各コントローラでどのように表情を動かしていくのかを考えながら、ターゲット調整を行う。

    フェイシャルはMayaベースで設定されており、数体のパターンで顎やまぶたなど特定のターゲットを集中して綺麗に調整し、同じフェイシャルのデータでモデルが異なる場合でも破綻しないか細かくチェックが行われるという。

    「ベースに対して差分の表情を加算するしくみにすることで、膨大なキャラクター数への対応を可能にしています」(シネマティックリード・岡田修一氏)。

    さらに、和装の衣装が多いため、袴や羽織といった揺れものの設定についてもエンジンに新しいしくみを実装。特に刀に羽織がかかっているような状態が多いため、そのような状態でも刀が着物を突き抜けないよう、着物ならではのClothシミュレーションを検証し実現している。

    着物アクションのための補助骨

    Katana Engineには和装に特化した機能が充実しており、その設定で一番重要なポイントは、基のウェイトがどこまで望むかたちになっているかだという。そのため腕を上げたときなどできるだけめり込まず自然に衣服がずり落ちてくるように、補助骨を各所に入れて調整された。

    ▲着物用の補助骨の例。肘や脇から着物の袂方向に補助骨を入れることで肘を曲げたときの着物のシルエットが綺麗に見えるように調整されている
    ▲着物の袖にある補助骨の構造。肘と脇から3つの補助骨が伸びている
    ▲素体の脇から大きく離れた位置にある袖の縫い目が、腕を振り下ろしたときにめり込まないように制御する例。ある程度まで腕と袖口が一緒に動くが、胴に近づいたら挙動を停止してめり込みを防ぐようになっている。画像は袖方向メッシュを非表示にした状態
    ▲【上画像】 の袖をめり込ませないために作成された補助骨。頸椎あたりから補助骨が3本伸びている

    流派ごとに特徴を表現したアクション

    本作では、武器ごとに複数の流派を設定することができる。これらの流派ごとのアクションは史実に基づき実際の流派に伝わっている型の資料を研究し、モーション担当者が自ら演技したものをキャプチャしてモーションデータに利用している。

    • ▲槍の自得院流。離れた位置からでも攻撃しやすい型になっている
    • ▲槍の宝蔵院流。横方向への槍の払いが得意な型で、横薙ぎの範囲攻撃を得意とする
    • ▲大太刀の野太刀自顕流。大きく振りかぶった体勢からの先制攻撃を得意とする型だ
    • ▲刀の天然理心流。ダイナミックな動きが特徴の型だ

    キャラクター性をモーションに反映させる設定

    キャラクターメイクによる外見設定では、様々な人種、性別を設定できるが、モーションは外見のちがいによるバリエーションは作成されていないため、佇まいのタイプや膝や肘の関節の向きを調整できるようにすることで、設定されたキャラクターらしい動きになるように工夫されている。

    そのため、主人公を男性にしても女性にしても違和感のないモーションでプレイすることができ、開発側としてはモーション数の節約にもつながっている。

    • ▲「納刀時の佇まい」をタイプ1にした状態。足と腕の間隔が広がり力強いポーズとなる
    • ▲「納刀時の佇まい」をタイプ2にした状態。足と腕の広がりが狭くなり凜としたスタイリッシュなポーズとなる
    • ▲「膝とひじの向き」を内側にした状態
    • ▲「膝とひじの向き」を外側にした状態

    フェイシャルアニメーション

    フェイシャルの設定はMayaベースで、顎や瞼といった表情をつくるときのポイントとなる部位のターゲットを中心に調整が行われている。

    ▲Mayaで設定された瞼周辺のフェイシャル調整。目の大きさが異なるキャラクターを使って調整している
    ▲加算アニメーションの検証例。ベースのフェイシャルデータに対してキャラクターごとの各骨の移動量(位置、回転)を差分データとして加算することで、破綻せずに汎用性のあるフェイシャルモーションを作成可能に
    ▲セリフ音声に対するリップシンクは、「Audio driven facial animationsoftware」(オーディオ入力によるフェイシャルアニメーションソフトウェア)の「JALI」を使って生成されており、ボイスデータと感情テキストを入力することで自動的にリップシンクを含めたフェイシャルモーションを作成できる

    着物の揺れもの設定

    揺れものの設定では、和装ならではの難しさがあったという。特に刀を脇に差しているときに着物が刀の上に被る状態になるが、これまでのClothシミュレーションでは刀が着物を突き抜けてしまう場合もあり、新しいしくみを取り入れている。このしくみによって筒状のClothでも破綻なく安定した動きを得ることができるようになったとのこと。

    ▲刀を脇に差した状態で羽織を着たシミュレーション例。上が刀を差していない状態。下が刀を差した状態。羽織の裾が綺麗に刀の鞘の上に被さっている状態が保持されている。また、同様に髪のスタイリングを保持するためのしくみも取り入れられている
    ▲このしくみは巻きスカートのような形状にも応用することができ、巻いた布の前後が干渉することなくモーションに合わせた変形を行うことができるようになっている

    後編(近日公開予定)に続く>>

    CGWORLD 2024年9月号 vol.313

    特集:VRChatへ飛び込もう!
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2024年8月9日
    価格:1,540 円(税込)

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    TEXT_大河原浩一(ビットプランクス)
    取材協力_榊原 寛
    EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada