今回は本連載では久しぶりとなる、ドイツで活躍中のアーティストを紹介しよう。ヨーロッパで活動される楽しみやチャレンジ、そして現地の言語の習得方法などについて、フリーランスとして活動中の荒井将人氏に話を伺った。
Artist's Profile
荒井将人 / Masato Arai(Previs・VFX Layout Artist / freelance)
東京都出身。WAOクリエイティブカレッジを卒業後、ジーニーズアニメーションスタジオでCGジェネラリストとしてキャリアをスタート。その後、POLYGON PICTURES、wonderium、unknownCASE、ソニー・インタラクティブエンタテインメントなどを経て、2018年にハンガリーのDIGIC Picturesへ入社。2022年にドイツのScanlineVFXへ移籍し、2024年にフリーランスへ
www.linkedin.com/in/masato-arai-2b7526148
“世界最大のテーマパーク”から始まった海外への道
――学生時代の話をお聞かせください。
子供の頃はサッカー漫画『キャプテン翼』に影響を受け、放課後は友人たちとボールを蹴る日々を送っていました。家では『ガンダム』や『マクロス』といったアニメやプラモデルに夢中になったり、ベースギターを練習してスタジオに通ったこともあります。こうした趣味は、国や文化が異なる人とも会話が弾む話題となり、後の海外生活で人脈を広げる大きな助けになっています。
進路を大きく変えたキッカケは、『トイ・ストーリー』との出会いでした。初めて観たとき、その映像表現の自由さとキャラクターに衝撃を受け、「これからの時代はCGと英語が欠かせない」と感じました。
外国語専門学校のマルチメディア学科に進学しますが、当時はまだカリキュラムが整っておらず、思うような学びは得られませんでした。次第に意欲を失い、高校時代から続けていたテーマパークのアルバイトにのめり込むことになります。
やがて「どうせなら世界最大のテーマパークで働いてみたい」という思いが芽生え、まずは英語力を磨くためオーストラリアへ渡航。現地でクルーズ船のツアーガイドとして働き、念願のアメリカ・フロリダにあるディズニー・ワールド内のテーマパークの1つ、Disney-MGM Studios (現・Disney's Hollywood Studios) での勤務が実現しました。
当時、パーク内に常設されていたアニメーションスタジオ・Walt Disney Feature Animation Floridaで、プロのアニメーターの方々が手描きと3DCGの両方でアニメ制作する様子を見て、「やはり自分は3DCGの世界に進むべきだ」と改めて思いました。これらの体験が、私を3DCGの世界、そして海外のスタジオへと導きました。
――日本でお仕事をされていた頃の話をお聞かせください。
アニメ、ゲーム、CM、VRなど幅広いジャンルの制作に携わり、ジェネラリストやアニメーター、フリーランスとして複数のスタジオを渡り歩きました。
海外のスタジオへは、アニメーターよりもプリビズを中心に応募していました。プリビズは物語全体を俯瞰し、観る人に何をどのように伝えるかをディレクターと一緒に相談しながら多くのカットに関われることが魅力です。
実は、自分のアニメーションスタイルは海外では評価が分かれるということも、プリビズを中心とした理由の1つです。プリビズなら間違いなく日本のアニメ制作で培った構成力や演出力を強みにできます。『シン・ゴジラ』でプリビズ制作に参加できたことは、後に活きるとても素晴らしい経験となりました。
          
        
        日本からハンガリー、ドイツ、そしてフリーランスへ
――海外の映像業界への就職活動は、いかがでしたか?
本格的に海外での就職を目指したのは2010年頃です。複数の著名スタジオから好意的な反応を得たものの、就労ビザの取得が叶わず採用には至りませんでした。
その後は国内で友人に誘われたスタジオの立ち上げに参加するなど、引き続き、国内で経験を積みました。そして2017年に再び海外就職を志し、その翌年、ハンガリーのDigic Picturesに入社します。
北米など複数のスタジオとも交渉している最中でしたが、ヨーロッパにあるこのスタジオを選んだ理由は3つあります。
 ①イギリス以外のヨーロッパで活動する日本人が少なかったこと
 ②プリビズアーティストがディレクターチームに所属する組織体制
 ③(①と矛盾を感じるかもしれませんが)旧友が3ヵ月前に同社へ入社していたこと
③の旧友とは情報交換などでも助け合いましたし、今でもお互いに別々の海外スタジオで活動を続けており、非常に良い刺激を受けています。
ちなみに、採用前には3週間のプリビズテストが課され、通常業務をこなしながら「何を求められているのか」、「どうすれば印象に残るのか」を考える緊張の毎日でした。面接では、英語が得意でなくても伝えたい内容をすべて暗記して、演劇のセリフのように繰り返し練習しました。本番では「気持ちだけは必ず伝えよう」と必死に熱意を届け、翌日には採用の連絡を受け取りました。
渡欧後は、友人やLinkedIn経由で突然連絡が来るなど、多くのスタジオから問い合わせやオファーが届くようになりました。さらに、日本を題材にした映像作品も増えており、そうしたプロジェクトから突然お声がけいただくこともあります。これらがフリーランスとして活動するきっかけとなりました。
しかし2023年、アメリカで発生した大規模なストライキの影響はあまりにも大きく、ヨーロッパに届く案件は激減し、多くのスタジオが倒産や閉鎖に追い込まれました。個人的な印象ではありますが、現在、イギリスにはプロジェクトがかなり戻ってきたように見えます。しかしながら、ドイツを含む多くのヨーロッパ諸国では多少盛り返してきたものの、未だ厳しい状況が続いていると思います。
――フリーランサーとしてご活躍されているそうですが。
現在はフリーランスとして、ヨーロッパ各地のスタジオと、まるで同じ国にいるかのような感覚で契約を結んでいます。直近では、Blenderを導入するための社内ワークフローに沿ったマニュアルの制作、ゲームトレーラーや博物館で使用される曲面スクリーン用の映像制作などを担当しました。
――最近参加された作品で、印象に残るエピソードはありますか?
あるVFX映画の制作で、レイアウトを1人で担当した際、私のモニターをディレクター陣と共有して話し合いながら作業したのですが、先方の英語のアクセントが私の聞き慣れているアクセントとちがい過ぎ、内容を理解するのに非常に苦労しました。今までで一番冷や汗をかいた瞬間だったかも知れません。
フリーランスはハードウェア面でも試練が多く、2024年春には高負荷作業に対応するため、ドイツのPC専門店でハイスペックなBTOのデスクトップを新調しました。
ところが運悪く、当時話題になっていたCPUの初期不良に直面しました。不具合が頻発したため、仕事の合間にエラー対処やログ収集、様々なテストの記録を行い、ドイツ語まじりの英語でサポートとやり取りを続けました。結果、初期不良と認められ、交換に漕ぎ着けるまでに実に1年以上を要しました。ちなみに、ドイツではインターネット回線の不具合解消にも、交渉に3年を費やしています。
デジタル・アーティストとしての仕事ではないのですが、ジョニー・デップ氏が製作・主演を務めた映画『MINAMATA―ミナマター』に俳優として出演し、豪華俳優陣に囲まれながら真田広之さんと長尺の掛け合いを演じたこともありました。CG学校時代、卒業制作でジョニー・デップ氏の代表的なキャラクターを模した映像をつくった経験があり、そのご本人とこうして共演できたことは、忘れられない特別な思い出です。
――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。
プリビズは、日本のアニメ制作で培った構成力や演出、独特のタイミング感を活かせる分野です。近年は海外でも日本アニメの演出が参考にされることが増え、評価の場が広がっています。
フリーランスの立場からは、国を越えて多様な人々と柔軟に協働できる点が魅力です。日本に帰国しても海外案件を受けられる環境を整えられたのは、大きな財産です。自分が外注先を探す立場になったときにも、「あの国のあのスタジオにお願いしたい」、「またあの人と一緒に仕事がしたい」と思える関係が着実に増えていることが、大きな楽しみの1つです。また、「初めて日本人の友人ができた」と言われると自分の努力が認められたような気持ちになります。
――それぞれの勤務地での、各言語の習得で苦労されたことはありますか?
私の場合は英語、ハンガリー語、ドイツ語を学んできましたが、勉強法はどれも共通しています。まずは挨拶や買い物など、日常で必要な言葉から覚えること。そして、現地の人が思わず笑顔になるような言葉を少しずつ覚えることです。
例えば、日本語を全く話さない人が食事の後に突然「ごちそうさまでした」と言ったら、なぜか嬉しくなりますよね。楽しいことであれば続けるのは容易なので、できるだけ楽しく使うことを心がけています。今ではドイツ語が得意な妻や、英語が堪能な息子に教わりながら、家族と一緒に学んでいます。
――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。
現実的な話として、海外スタジオと正式に契約を結ぶ際には、「就労ビザ取得の手続きを、どれくらい手伝ってもらえるのか」、「渡航費や引っ越し費用を負担してもらえるか」、「到着後の宿の手配があるか」といった点を事前に確認しておくことを強くおすすめします。
スタジオごとに、人ごとに、さらには同じ企業でもオフィスごとによって支援内容が大きく異なるためです。これによって経済面に大きなちがいが出てくると思います。
海外で働くと、文化や制度のちがいから様々な困難に直面します。その中でも、私のように第三言語という壁に当たるケースは稀だと思いますが、たとえばドイツでは“一見さんお断り”の文化が根強く、私も病院、弁護士や税理士を見つけるのにかなり苦労しました。それでも積極的に人間関係を築くことで支えられ、乗り越えてきました。
こうした出来事を「大変さ」ではなく「面白さ」として楽しめる人にとって、海外で働く経験は何ものにも代えがたい財産になるはずです。ヨーロッパにも世界的に有名なスタジオが点在し、日本でも知られる多くのアニメーションやVFX作品が制作されています。海外でのキャリアを考えている方には、ぜひヨーロッパも選択肢のひとつに入れていただけたら嬉しく思います。
          
        
        【ビザ取得のキーワード】
①WAOクリエイティブカレッジを卒業後、国内著名スタジオで12年以上の経験を積む
②ハンガリーのDigic Picturesに就職し、ハンガリーの就労ビザを取得
③ドイツのScanlineVFXに就職し、ドイツの就労ビザを取得
④自身の実績とスキルを証明するプレゼンテーションなどを経て、ドイツのフリーランス・ビザを取得
連載「新・海外で働く日本人アーティスト」では、海外で活躍中のクリエイター、エンジニアの方々の海外就職体験談を募集中です。
ご自身のキャリア、学生時代、そして現在のお仕事を確立されるまでの就職体験について。お話をしてみたい方は、CGWORLD編集部までご連絡ください。たくさんのご応募をお待ちしてます!(CGWORLD編集部)
TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada