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世界最大級のCG国際コンベンションSIGGRAPH 2025が、8月10日(日)〜14日(木)の5日間にわたって開催された。SIGGRAPHは毎年プロダクション・セッション(Production Sessions)が開催され、ハリウッド映画を中心にプロダクションの制作事例が披露される。

本稿ではその中から、ドリームワークス・アニメーションによる映画『野生の島のロズ』のメイキングを紹介した「Developing the Stylized World of The Wild Robot」の内容を、要約して紹介しよう。

記事の目次

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    講演者

    ジェフ・バスバーグ/Jeff Budsberg
    Visual Effects Supervisor
    DreamWorks Animation

    リサ・コナーズ/Lisa Connors
    Look Dev Supervisor
    DreamWorks Animation

    マイク・ネチィ/Mike Necci
    Head of Lighting
    DreamWorks Animation

    『野生の島のロズ』が目指した“手描きの温もり”とは

    このセッションでは静止画や映像を見せながら解説が行われたが、本稿では、その様子がわかりやすいよう、補足を交えながら紹介していく。

    映画『野生の島のロズ』予告編

    ジェフ・バスバーグ氏(以下、ジェフ):VFXスーパーバイザーのジェフ・バスバーグです。

    この物語は、ピーター・ブラウンのグラフィック・ノベルを原作としています。監督のクリス・サンダースは、原作のグラフィックスがもつクオリティに感銘を受け、映像化にあたり、なるべく洗練されたものにしたいと考えました。そこで、大別して4項目をリファレンス(参考資料)として用意しました。

    リファレンス①
    長編アニメーション映画『バンビ』(1942)で背景を担当したタイラス・ウォンが描き起こしたコンセプトアートは自然の美しさを見事に捉えており、インスピレーションを受けました。

    リファレンス②
    宮崎 駿監督、スタジオジブリからインスピレーションを受けました。スタジオジブリのレイアウトアーティストやペインターたちが描いた背景画は、宮崎監督の作品群の中で、大自然の描写において何が大切であるかを見せてくれます。

    リファレンス③
    自然写真や絵画の観察も重要です。特に、われわれが美術館へ足を運びアーティストの作品を見る理由として、アーティストたちが作品の中で「自然界を、絵画の中でいかに表現しているか」を学ぶことができます。

    リファレンス④
    もう1つのインスピレーションとして、シド・ミードジョン・バーキーの近未来を描いたイラストレーションの数々があります。

    われわれは、これらのインスピレーションを単に模倣するのではなく、彼らが行なってきたフィーリングやアートに向き合う方向性などを、作品の中で活かしたいと考えたのです。そこで監督のクリスとコンセプトアーティスト、アートディレクターたちは、ユニバーサル・スタジオ側に企画をプレゼンをするにあたり、ピッチ・アートを起こしました。

    ▲コンセプトアート
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    ジェフ今ご覧いただいているコンセプト・アートの数々は、スタジオにストーリーを伝えるだけではなく、どのように見えるかをプレゼンするのに活用されました。2Dアーティストの目線から、人間が手で描いたようなブラシストロークのあるペイント風のルックをプレゼンしました。最終的には70枚ものコンセプトアートが用意されました

    これらをクリスが5分ほどのリールに編集し、音楽を入れてプレゼンを行い、ユニバーサル・スタジオ側からGOサインを得ることができたのです。

    手描き風のスタイルへのこだわり

    ジェフドリームワークス・アニメーションはこれまで長年に渡り、様々なスタイルのアニメーション作品をつくってきました。中でも、『バッドガイズ』(2022) 、『バッドガイズ2』(2025)は強い陰影や独特のラインワークなど、グラフィック・ノベルのイラストレーションにオマージュしたルックになっています。

    これらはフォトリアルなシェーダではなく、手描きのラインのようなルックを、コンポジットの段階でコントロールしました。これは、『長ぐつをはいたネコ』(2011)の頃から開発を始めたスタイルでした。

    マイク・ネチィ氏(以下、マイク):ライティング部門のヘッド、マイク・ネチィです。

    これらの作品から学んだのは、ルックの設定を可能な限りアセットに仕込んでおき、ライティングの段階でルックの完成度を50~75%に到達させるということでした。これらは、ルックデヴとテクノロジーの賜物でした。

    特に自社開発のレンダラMoon Rayは、開発チームが社内にありますので、この作品で必要とされるNPRベースのライティングをレンダラから直に出すという、フレキシブルな対応が可能です。おかげで新しいシェーダ開発や機能を強化できました。

    ジェフ:本作ではフォトリアルではなく、ブラシストロークなどを含むNPRベースで新しいスタイルをつくる、そういう開発が必要とされました。監督のクリスにとって重要だったのは、これらのスタイルが「ストーリーテリングを支える」という点です。

    例えば、人工物であるロボットと、手描き風の背景という相反する2つを、違和感なく馴染ませるという工夫が必要となります。また2Dの手描きで描き込むような手法を3D上に応用することは、従来の方法では簡単ではありませんでした。

    そこで、ルックデヴのチームとコラボしながら、まずはコンセプトアートのペイントを観察し、「アーティストが手描きで行う作業手順をブレイクダウン」してみました。

    手描きでペイントする際のプロセスは……

    ・まず下絵を描き
    ・その上にアクセントなどのレイヤーを重ねていく

    という順序で描いていきます。

    そもそも「ブラシ・ストロークとは何か?」。これを3Dに置き換えるとなると、それはジオメトリなのか? テクスチャによるものなのか? ライトによるものなのか? など、様々なアプローチが思い浮かびます。このように手描きのペイント風のイメージを3D上で実現することは、チャレンジとなりました。

    本作のようにスタイライズされた作品の場合、「各部署でなるべく早い段階からアイデアを出しあい、全部門が一丸となって“このスタイルを実現するには、事前に何を準備しておけば良いのか”を見据え協力していく」ということが必要です。これは『長ぐつをはいたネコ』(2011)のときに学びました。

    その一例を挙げますと……

    ・レイアウトの段階から、シルエットが強調されたデザインにしておく
    ・ルックデヴでは自然物がペイント風に見えるよう、下絵、アクセント、スペキュラなどを観察する
    ・メインキャラクターの動物たちは3Dのフォトリアルな毛の1本1本が見えるスタイルではなく、ブラシ風にまとまって見えるスタイルにする
    ・木々や植物は、前述のタイラス・ウォンのコンセプトアートを参考にシルエットを大切にする

    などがあります。

    こうしてペインティング・スタイルを基本としたビジュアル・デベロップメントのブレイクダウンを進めていくうちに、その「やるべきリスト」は膨大なものになりました。

    エンバイロンメント開発の舞台裏

    ジェフ:そこでまず始めたのは、野原のエンバイロンメントのテストです。草原があり、木があり、川があり、ロボットのロズがいます。このテストによって、非常に多くの課題や問題点を解決することができました。

    ▲野原のエンバイロンメントのテスト、コンセプトアート
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    ジェフ:例えば、枝のモデリングを3Dのビューポート上でペイントできる3Dドローイングツールなどが開発されました。さらに、ペイントブラシで植物を3DモデリングするツールDoodleが開発されましたが、これによって、これまで木々や植物の3Dモデリングに1週間を費やしていたのが、1日で「描ける」ようになりました。草をレイアウトするSprinklesという自社開発ツールも開発されました。

    リサ・コナーズ氏(以下、リサ):ルックデヴ・スーパーバイザーのリサ・コナーズです。この、Sprinklesは重宝しました。ルックデヴ・チームでは、このSprinklesによってレイアウトを行い、キーアート部門に見せて変更が出れば、すぐさまペイントしてパブリッシュを行い、必要であればモデリングチームに戻して必要なモデルを追加してもらうことが可能でした。

    ジェフ:重要なのは、植物を「描いた」アーティストが地面のアセットへレイアウトを行い、レンダリング結果を確認するという一連の作業を1つのDCCツール上で完結できるということです。アーティストが1人でイメージ全体を把握できるという利点がありました(※デモ映像ではHoudini上で作業が行われていた)。

    マイク:植物を2Dペイントする場合、影や陰影のコントロールは難しいものです。幸い、Moon Rayによって、影の対象物、影の濃さ、影の計算対象となる距離の設定などをコントロールできました。

    ジェフ:今お見せしているクリップは、先ほどお話したエンバイロンメントの初期テストになります。当時はまだキャラクターのリグは完成しておらず、アニメーションも仮です。しかしながら、木々や草原のルック、キャラクターがどのように見えるか、影の落ち方、そして川のせせらぎなどが一望できます。

    ▲野原のエンバイロンメントのテスト、レンダリング画像
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    マイク:最終的に、この後のコンポジットの段階でファイナル・ルックのクオリティまで押し上げています。自社開発のコンポジット・ツールキットによって、パストレースが出力した計算結果を効率よく、またフレキシブルに調整可能な様々な機能が含まれています。

    ジェフ:テストが終わると、アート部門ではパイプラインの下流の部門にながすアセットのデザインに取りかかりました。これには膨大な数の草や木々が含まれていました。先ほどお話ししたように、葉や枝は手描きのブラシストロークのようなスタイルを保っています。

    リサ:木の葉同士の影や、光を通す透過度の調整などは計算量が多く難しい作業ですが、太陽光のサンプリングなどが効率的に計算され、良いシェーディング結果を導いています。しかし、ペイント風の質感を出すため、その調整には多くの時間を費やしました。

    ジェフ:森の木は、典型的なノース・ウェスト風のパイン・ツリー(松)です。アートディレクターがパイン・ツリーのデザインを始めました。今回、アートディレクターのデザインで特長的だったのは、このパイン・ツリーは「光の当たった部分と、影の部分の見え方がまったく異なる」というアイデアでした。

    マイク:これを実現するためにわれわれが開発したのは、光の当たった部分と影の部分で2種類のテクスチャを用意し、それを切り替えるというものでした。

    ジェフ:また、前述のスタイルに沿って、葉の1つ1つを見せるのではなく、ブラシストローク状の葉を表現する必要がありました。その際、手描きのペイントのテクニックと同様、カメラから離れた場所にある葉はよりシンプルにまとまって見えるわけですが、おなじみLODならぬLAD(Level of Artistic Detail)というテクニックを使って、これに対応しています。カメラからの距離が離れるほど、見た目がシンプルに変わっていくのです。

    これらの葉はまったく動かないと書き割りのように見えてしまいます。そこで、きちんと風で揺れている自然な様子を与えるべく、全ての葉に揺らぎのアニメーションを加え「生命感」を与えています。以上が、エンバイロンメントに関するお話になります。

    キャラクター造形とルックデヴ

    ジェフ:キャラクターの制作では、どのようにディテールを与えていくか、どのようにライトに影響させるかを考慮しながらルックデヴを進めました。しかも手描きのペイントのようなルックにする必要があります。

    リサ:ここでも、エンバイロンメントの開発と同様、まずコンセプト・アートのペイントに遡り、コンセプト・アートの動物を「どうエンバイロンメントと馴染ませるか」を解析しました。

    先ほどの説明にもありましたが、手描きのペイントの場合はまず下絵があります。これは私たちで言うところのライティングに相当します。その上にアクセント・レイヤーに当たる、毛並みの点描風のエレメントを複数足していきます。いちばん上のアクセント・レイヤーには、毛並みの向きや長さがわかるエレメントを足します。しかし、各ライトが当たった場合のみ現れ、影の部分ではあまり見えません。これらのシェーダを開発しました。

    キツネのフィンク(日本公開版ではチャッカリ)は、最初に開発を行なったキャラクターでした。膨大なテストを繰り返し、ようやく彼が完成しました。フィンクには、各種のカスタム法線アトリビュートが設定され、グルームの際に適用されました。またレンダリング用のUV、Opacity情報なども含まれています。

    この手法は熊や他の動物にも応用されました。雁の羽の表現は、基本的には他の動物と同じ手法で構築し、ブラシ・ストロークのパターンをスプライト状に配置しています。

    雁のリギングやアニメーション、体の動きの特性については、膨大な数のリサーチを繰り返し、実際の雁の行動や動きを可能な限りアニメーションの中で反映できるように努めました。

    主人公ロズのビジュアル開発

    ジェフ:ではここで、主人公ロズについてお話します。

    ピーター・ブラウンの原作から、「ロズをいかにデザインしていくか」は大きな課題の1つでした。スタイラスティックでありながら、ボディには様々なメカニカルなガジェットが備わっており、白いメタリックで、しかも洗練されたデザインを目指しました。

    ストーリー展開に合わせ、朽ち具合や汚れ具合の異なる37種類のロズが準備されました。エンバイロンメントの自然界とはまったく異なる3Dのロズを、いかに他の手描き風の要素に馴染ませるか。これは難しいチャレンジでした。

    ▲開発中の崖のショット
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    ▲完成した崖のショット
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    ジェフ:NPRシェーディングモデルなどをテストし、よりスタイライズされたロズのルックを実現すべく新たに開発されたのが、Cryptomatteを活用したレンダリングとコンポジットをインタラクティブに行えるツールでした。これにより、かなり細かいアーティスティック・コントロールが可能でした。

    ▲Crypto Textureの例
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    テクノロジーとワークフローの進化

    ジェフ:前述のように、本作では半透明のブラシ・ストローク状の草木が大量に登場します。この表現のために、新しく“Cryptomatte Deepワークフロー”を採り入れました。

    ▲Cryptoブラシの例
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    ジェフ:これはCryptomatteに近いものですが、Cryptomatte Deepは様々なアトリビュート(Position、Reference Position、Normal、Referece Normal、UV、Color)をEXRファイルの中に格納でき、半透明な草木の表現において微細なコントロールが可能となるためかなり有益でした。これはMoon Rayに実装されています。

    ▲Cryptoの活用例(ビフォー)
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    ▲Cryptoの活用例(アフター)。背景に部分的なデフォーカスが適用されている
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    ジェフ:また、色域(Color Gamut)についても言及しておきたいと思います。従来の手法ですとsRGBやRec.709の三角形の色域の範囲を超える表示は困難でしたが、ACESパイプラインによって色域の範囲を拡大することで、よりリッチかつ彩度の高いカラーが実現できました。

    手描きのエフェクトで命を吹き込む

    ジェフ:最後に、この作品における“よりスタイライズされた”ビジュアル・エフェクツについてお話ししましょう。

    先ほど、ジブリ作品などにインスパイアされたことを紹介しましたが、ジブリ作品のアニメーションに立ち返り、彼らの映像をじっくり解析してみると、水面の表現の中で大変効果的な手法を採り入れている事例を発見しました。

    そこでわれわれも同じ方向性のアプローチを採ることにしました。例えば水面で広がる波紋の様子などに対して、2Dアプローチで用意した素材を3D上で使用することで、手描き風の動きをリアルかつ効果的に実現することに成功しました。

    ▲スタイライズされた滝のショット
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    ジェフ:水しぶきの屈折表現でも、従来の3Dレンダリングで屈折計算を行うと、見た目が複雑になりすぎる傾向がありますが、屈折させたCryptomatte IDや、モーションブラーのかかったCryptomatte Deep IDとを組み合わせコンポジットで調整することで、より手描き風の屈折表現を行いました。

    またジブリ作品に見られるMiyazaki Style(宮崎監督の独特な作風を指す総称)な水面のキラキラとした光を実現すべく、まず2Dドローイングのパターンを描き、これを水面にプロシージャルにインスタンスすることで、似たような表現を試みたりもしました。

    手描きのパターンを使って、流体シミュレーションでつくったボリューム素材を変形させて手描き風に仕上げたり、空から差し込む光をブラシ・ストローク風に加工したりと、手描き感を強調したショットもあります。

    ▲スタイライズされた滝のブレイクダウン
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    ジェフ:ロズが稲妻に包まれるショットでは、手描き風の稲妻の形状やレイアウトをカスタム・ペイントツールで描いたり、コントロールできるようにしました。稲妻自体は3D空間に位置情報をもっていますが、見た目が手描き風になっています。

    爆発表現1つにしても、手描き風の素材を追加したり、ブラシ・ストローク風に加工するなどしています。炎の表現は低解像度でシミュレーションを走らせ、その結果をジオメトリに変換し、閾値を与え様々な加工をすることでディテールを加え、手描き風に仕上げています。

    水中のシークエンスの泡や水飛沫も、スタイライズされた見た目に加工しています。中には、ストーリー性を増すため、動きの調整に時間を要したショットもあります。

    このような様々なアプローチを経て、映画『野生の島のロズ』は完成したのでした。

    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada