2024年12月27日(金)、神山健治監督による『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズ最新作となる長編アニメ映画が公開された。監督は2年の制作期間で長編アニメを完成させるため、モーションキャプチャを用いたCGガイドを全カットにわたり制作し、作画のベースとする新たなワークフローに挑戦した。

記事の目次

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 317(2025年1月号)からの転載となります。

    Information

    『ロード・オブ・ザ・リング/ ローハンの戦い』
    全国公開中
    吹替/字幕版同時公開 ※一部劇場除く(Dolby Cinema/Dolby Atmos/4D/MAX)、配給:ワーナー・ブラザース映画
    wwws.warnerbros.co.jp/lotr-movie
    LOTR TM MEE lic NLC. © 2024 WBEI

    神山健治監督インタビュー

    『ロード・オブ・ザ・リング』アニメ化実現までの高いハードル

    ――まずは本作の監督を務めるまでの経緯をお聞かせいただけますか?

    神山健治監督(以下、神山):2021年、米・ワーナーアニメーションから『ロード・オブ・ザ・リング(以下、LotR)』を作画アニメで映画化する構想について相談を受けたのがきっかけです。ピーター・ジャクソン監督による映画三部作(2001~03)は個人的に大好きでしたが、最初は「アニメで実現するのは難しいのではないか」と、率直にお伝えしたのを覚えています。

    しかしその後、原作の『指輪物語 追補編』に描かれている“槌手王”ヘルムの物語に絞り込む方向で企画が進んでいると連絡があり、「あれ? これは自分に監督を任せたいということなのかもしれない」と気づいたんです(笑)。かなり慎重に検討しましたが、そう簡単には巡り合えない『LotR』作品の監督の機会。思いきって引き受けることにしました。

    神山健治監督

    ――主にどのような点を懸念されていたのでしょうか?

    神山:一番の懸念はスケジュールでした。先方から提示された制作期間はわずか2年で、これは日本のアニメ業界の現状からするとかなりタイトです。また、作画アニメーターを確保する必要もありました。

    Sola Entertainment(子会社のSOLA DIGITAL ARTS)はこれまでフル3DCG作品を主に手がけてきましたが、作画アニメーション作品は今回が初めてということもあり、新たにSOLA ANIMATIONというスタジオを起ち上げて臨むことになりました。

    ●制作を担ったSola Entertainment

    ▲制作を担ったのは、本作のプロデューサーも務めたジョセフ・チョウ氏率いるSola Entertainmentだ。傘下のSOLA DIGITAL ARTSは神山健治監督とのタッグで『ULTRAMAN』(2019)、『攻殻機動隊 SAC_2045』(2020~21)、『ブレードランナー:ブラックロータス』(2021)などのフル3DCG作品を手がけてきた。本作は新たに傘下のSOLA ANIMATIONが作画の作業を担当した。作業の管理は全て東京・市ヶ谷のスタジオで行われている
    sola-ent.com/jp

    ――厳しい制作スケジュールの中、特に重視したのはどのような点でしたか?

    神山:まず設定の構築ですね。ファンタジー作品では、登場する小物ひとつひとつをゼロからデザインしなければなりません。そこで、実写版『LotR』でVFXを担当したWētā FXから当時の小道具やCGデータを含む全てのプロップの提供を受け、家や城などのデザインにアレンジを加えて活用しました。

    また、作画アニメではレイアウトとラフ原の出来が作品の質を大きく左右します。そこでこれらの部分について3DCGを使用することにしました。正確なレイアウトとアニメーションをCGで作成し、それを参考にアニメーターの方々に作画してもらうことで、スケジュールの短縮を図りました。この工程を現場では「CG1原(第1原画)」と呼んでいました。

    もちろんCG制作も大変で時間はかかりますが、この方法ならば納期に間に合うと考えたのです。このレイアウト制作に1年、残りの1年を作画とそれ以降の作業に充てることにしました。

    実写映画ファンを唸らせる画づくりを目指して

    ――監督として、実写ファンに向けて意識された点はありますか?

    神山:実写に親しんだ方々にも違和感なく楽しんでもらえるよう、カメラの露出や絞り、レンズの画角、ライティングなど、実写的な要素を意識して採り入れました。完成作品をスタッフがピーター・ジャクソン監督に見せた際、「写真のように美しいね」と言っていただいたと聞き、これなら、実写を好む観客の皆さんにも抵抗なくご覧いただけるのではないかと思っています。

    ――CGアニメーション制作において、特に尽力された方について教えてください。

    神山:皆さんそれぞれの役割を兼任しながら担当してくれました。まず、CGアニメーションの前段階で、モーションキャプチャのデータをUnreal Engine(以下、UE)に取り込み、リアルタイムでライティングとカメラワークを付けていくのですが、この背景アセット制作を一手に引き受けてくれたのがsankakuさんです(後述)。

    また、UEを使用しない部分については、Keicaの由水 桂さんがCGアニメーションスーパーバイザーとして、キャプチャデータを基に3Dキャラクターモデルを舞台に配置してくれました。技術的にも初挑戦となる要素が多く、皆が知恵を出し合ってひとつひとつ課題を乗り越えていったかたちです。

    CG+手描きが可能にした高密度のアニメーション

    ――殺陣のシーンなどでケレン味を出す際、モーキャプを基にCGアニメーションで芝居を足しているのでしょうか?

    神山:そうですね。モーキャプは人の動きをそのまま3Dキャラクターに反映できる良さがありますが、嘘も正直に映るので、殺陣で使用する剣が軽いこともわかってしまい、リアリティが損なわれます。なので、まずモーキャプで基本の動きを作成し、ケレン味が必要なシーンではアニメーションの強みを活かした芝居を加えてもらいました。終盤の剣戟シーンはYAMATOWORKSさんが担当していて、彼らの得意とする手付けの作画らしいアニメーション芝居を存分に見せてくれています。

    また、中盤の騎馬戦シーンはサンジゲンさんが手がけてくれました。馬はモーキャプできないため、まずアニメーターの友永和秀さんに作画で2コマ中7枚の基本の動きを作成していただき、それを基にCGで動かしています。馬の走りは、友永作画をベースにCGで一頭一頭芝居を付けてもらっています。CGを採り入れて良かったのは、1つベースになる動きをつくると、そこからはトライ&エラーが可能になるところですね。

    ――鎧の描写も非常に見ごたえがありました。

    神山:これもCGならではの情報密度ですね。微妙な角度から正面を向くだけでも、模様の形や数を正確に中割で描くのは非常に手間がかかります。それらをあらかじめCGでつくり込むことで、正確性と効率を両立させました。

    ●剣戟のケレン味

    ▲ヘラとウルフの激しい剣戟シーンは、YAMATOWORKSが作画のベースとなるCG制作を担当。同社の強みが活かされたケレン味のあるシーンに仕上がっている

    ――監督からの見どころを教えてください。

    神山:まず、Wētā FXの全面協力で作成した設定類に注目していただきたいです。実写のアセットをそのまま使用している部分もありますので、ぜひ『LotR』三部作との共通点を探してみてほしいですね。

    また、騎馬戦のシーンは、実写でも日本の作画アニメでも見たことがないシーンに仕上がっています。ハイディテールな甲冑をまとった大勢のキャラクターたちが戦う様子を、最終的に作画で動かしている凄みを感じていただければと思います。

    ●馬のモーション

    ▲馬のモーションはキャプチャができなかったため、手付けで作成。終盤の見どころである騎馬戦のシーンは、サンジゲンがCGガイド制作を担当

    ――今回の取り組みをふり返ってみていかがですか?

    神山:全てが初めての経験でした。ハリウッド映画のつくり方の一端に触れることもでき、『LotR』という大作に携わることで、実写作品を見ている観客にアニメをどう見てもらうかを意識しながら制作する大きなきっかけにもなりました。ハリウッド的なアプローチに近い、集合知とトライ&エラーで最大公約数を見つけていく方法をスタッフが経験できたことも、とても価値のあることだと感じています。

    CG制作スタッフインタビュー

    モーションキャプチャをUE上でリアルタイム確認

    ――本作のために起ち上げられたSOLA ANIMATIONは作画のスタジオですが、CG制作のスタッフはどのようにチームビルドされたのでしょうか?

    富永賢太郎氏(以下、富永):神山監督が『スター・ウォーズ:ビジョンズ』(「九人目のジェダイ」/2021)のCGパート制作でお世話になったsankakuさんに声をかけ、わたなべさんをCGIディレクターとして迎えました。

    制作期間3年のうち、CGに費やせるのは1年ほど。限られた時間の中で監督の求める画を実現するため、SOLA DIGITAL ARTSの『ULTRAMAN』制作時の手法を踏襲し、まずモーションキャプチャを活用して3DCGレイアウトを組むことにしました。

    富永賢太郎氏

    CGプロデューサー
    TENH ANIMATION MAGIC

    わたなべしゅんすけ氏(以下、わたなべ):モーションキャプチャにあたっては、BASSDRUMさんに相談し、モーキャプ収録がUE上でリアルタイムに確認できるシステムを構築していただきました。

    わたなべしゅんすけ氏

    CGIディレクター
    sankaku

    富永:今回の新しい取り組みは、UEから作画用のレイアウトを出力することでした。監督からは「そのまま作画できるクオリティを目指してほしい」と求められており、CG素材をどう作画に受け渡すかが最大の課題でした。

    わたなべ:アニメーションという共通言語はありつつ、協力会社が多岐にわたり各社さんのやり方がそれぞれある中で、富永さんはそこを整えるのに非常に苦労されたと思います。

    富永:中心となるのは3ds Maxで、ツールも3ds Maxをベースに構築しています。

    わたなべ:今回は3ds Maxを使用する会社さんが多かったので、最初は3ds Maxで出力される線を活かしつつ作画に入れるよう、ルックを詰めていきました。しかし、制作が進むにつれ、Mayaやその他のソフトを使用する会社さんも増えてきまして。

    富永:3ds MaxやMaya、MotionBuilder(以下、MB)、Houdini。YAMATOWORKSさんはLightWaveでしたし。

    わたなべ:うちはBlenderでした。結果として、業界で使われている主要なDCCツールのほとんどに対応したんじゃないでしょうか(笑)。

    映像づくりの基盤となる「ストーリーリール」制作

    ――プロジェクトとして使用するDCCツールが多岐にわたりましたが、キャラクターモデルは統一されていたのでしょうか?

    富永:見た目は統一されていますが、中身は使用ツールごとにつくり直しています。また、モデルは用途に応じて軽量なモーキャプ用から高解像度のハイモデルまで3種類を用意しました。リグに関しても、それぞれのツールに適したしくみを採用しました。

    わたなべ:そのためモーキャプ後、ツールごとにリグへの調整や工夫が必要になります。そのあたりは、今回CGIテクニカルディレクターとして参加したテレコム・アニメーションフィルムの高野怜大さんが、Houdiniを使ってウェイトを半自動的に割り当てるシステムや各DCCへのリターゲットシステムを構築してくれました。

    ――各社で作業を分担する前のベースはどこがつくられたのでしょうか?

    富永:最初のモーションキャプチャ用のモデルはサンジゲンさんがベースを作成し、監督が信頼を寄せるキャラクターモデラーの方で関節位置を調整してロック。そしてテレコムさんがリグを担当しています。

    ――モーションキャプチャの様子について詳しく教えてください。

    わたなべ:監督の演出を受けながら収録を進めました。その際、MBからUEにLive Linkで繋ぎ、芝居の様子やライティングをリアルタイムで確認できる体制を整えました。その際にステージや武器などの小物のデータは事前に用意しておく必要があります。カメラアングルはUE上で決定していきますが、絵コンテのアングルに沿いつつ、実際の見え方をその場で確認しながら収録していきました。

    ――撮影後のデータの処理について教えてください。

    富永:MBで一度データを整え、その後UEに移して3Dレイアウトを固めます。そこでCGのライティングを施した後、手描き用の原図データを出力するながれです。

    わたなべ:通常は担当者がレイアウトをとったものを監督がチェックする形式が一般的ですが、今回作業を担当した祭田俊作さんの横に監督が座り指示をするかたちで、全カットのカメラ位置を決定していきました。この作業を「ストーリーリール」と呼び、各カットの尺を決めた上で、後工程のCGアニメーターさんたちに共有していきました。

    富永:まずは監督に意図を示していただいた後、キャラクターを抜いた背景のみをPSDのレイヤーにして美術さんに渡し、さらに演出指示を加えていきます。

    わたなべ:いわゆる、作画アニメで言うところの「原図」をUEから出力したかたちですね。

    ●3年で長編を完成させるための制作フロー

    ▲本作の作業のながれを簡易的にまとめたものが上の図になる。1,800カットの作画を1年で完遂するために、前半の1年でCGガイドを全カット分制作し、作画スタッフに提供した

    作画の効率化に加え実写的なライティングも実現

    ――神山監督は今回の手法を試してみていかがでしたか?

    神山:今回の方法で良かったのは、工期の圧縮(LOとラフ原)とライティングの2点ですね。1年で1,800カットを作画チームに渡し、映画を完成させるために試みた方法でしたが、副産物として実写らしい画角とライティングを演出に即して行うことができたのは画期的でした。大変だった点は、本編を3回以上通しで演出する(撮影する)必要があったことです(笑)。

    ――モーションキャプチャ、CGアニメ、作画アニメと。

    神山:そうですね。実際には絵コンテ、プレスコも入れると5回? 労働量でいえば、5倍くらいはあった(笑)。今回の手法はかなり力技でしたし、終わってみても様々な課題が浮き彫りになりました。3DCGキャラクターの線画だけを出力することも、思っていたほど簡単ではなかったですね。

    富永:いったん3ds Maxに戻す必要があって。

    わたなべ:UEからエクスポートしているのは主にカメラデータだけなので、そのカメラに合わせて、さらに手付けアニメーションで補完してもらいました。

    神山:最終的にはスピードアップできたのですが、作画に必要な全ての素材を用意するまでがとにかく大変でした。理屈上できるはずのことができないことも多かったですし。

    わたなべ:UE上のカメラは実写と同じ考えですが、大判作画など、アニメと実写では似て非なる部分もありますから。

    神山:そういった3Dから2Dに翻訳するところも地味に大変でした。

    富永:今回は舞台をつくり、そこにカメラを置くという実写に近い感覚でしたが、作業者からすると先にアニメーションを付けるのが難しかったようです。そのあたりは由水さんが引っ張ってくれました。モーキャプでの演技指導から、舞台を整えてライトを入れるところまで。

    神山:まさに立役者ですね。収録現場は実写さながらでした。

    わたなべ:美術さんからもUEから出したものは好評だったんですよ。

    神山:ラフに描かれた作画のレイアウトよりも意図が伝わりやすかった。それも四角四面な“リアル”というよりも、「この石垣の向こうにスタッフが隠れて緑色のライトを当てているんです」といった、現場感のあるニュアンスの画づくりで背景を描いていただきました。

    ――お二方は今回の制作をふり返っていかがでしたか?

    富永:今回CGは表に出ないものではありますが、神山監督の意図が伝わるものをしっかりと作画チームにお渡しすることができたと思います。当社としては初めてUEでの作業を行い、それぞれのクセを体験し苦戦もしましたので、そのあたりは今後の研究課題かなと思っています。

    わたなべ:プリプロの初期段階から監督と直接コミュニケーションをとって、最終的に目標とする画づくりを共有しつつ最終コンポジットまで携われたことが一番の経験でした。その過程で各セクションに適した素材を計画的に渡せたことが大きな成果です。今後もそうしたもののながれを誰かが見ていくことが大事だなと改めて感じました。

    CGWORLD 2025年1月号 vol.317

    特集:韓国CGの今
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2024年12月10日
    価格:1,540 円(税込)

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    TEXT_日詰明嘉 / Akiyoshi Hizume
    EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
    PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota