月刊 『CGWORLD + digital video』vol.314(2024年10月号)掲載の特集「3Dビジュアライゼーションの最前線」から、PART 02-1 日南クリエイティブベース[工業デザイン]を転載する。

日南クリエイティブベースでは2023年初頭からデザイン工程にAIを取り入れ始め、現在では進行中の全てのプロジェクトで画像・文章・音楽などの生成AIサービスを活用している。2024年9月には書籍『With AI』を上梓したデザイン本部長の猿渡義市氏に、AIの役割を語ってもらった。

記事の目次

    INFORMATION

    『With AI-AIと創るクリエイティブ超制作術』(ボーンデジタル/2024年9月)

    デザイナーとAIがクリエイティブな関係を築くための在り方や、具体的な制作過程を紹介する猿渡氏の著書。296ページ、4,950円(税込)。詳細はこちらをご覧ください。

    デザイナーの存在価値が奪われる、といった議論はナンセンス

    近年の画像生成AIを取り巻く状況は、デザインの現場でCGが使われ始めた1990年代初頭に似ていると猿渡氏は語る。「製図ペンや筆でデザイン画を描いていた現場にPhotoshopが入ってきた当初は、周囲も私も、これでは魂のこもったデザインができないと懐疑的でした。実際には、CGを使いこなせるようになればなるほど、私の表現の幅は広がっていきました」(猿渡氏)。CGと同様、AIも強力な武器になり得るので、その役割を理解し、的確に使うことが肝要だという。

    猿渡義市氏

    日南 取締役、デザイン/エンジニアリング デビジョン統括本部長

    実家がプラモデル店を経営しており、タミヤ製品に囲まれて育つ。デザイン事務所に務めた後、専門学校でカーデザインを学び、1990年に日産自動車へ入社。2006年から日産デザインヨーロッパ(ロンドン)へ赴任。2009年に帰国、2013年以降はクリエイティブボックスに出向。2015年に日南へ転職し、現職はデザイン/エンジニアリング デビジョン統括本部長。

    「AIもツールのひとつでしかないので、AIがデザインを考え、完璧な提案をしてくれるわけではありません。デザイナーの存在価値が奪われるといった議論はナンセンスだと思います。ただし、高いクリエイティビティと意志決定力があれば、デザイナーでなくてもデザインすることが可能になっていくでしょう。逆に、絵が上手くても、ビジョンを描けないデザイナーは活躍の場が制限されることになると思います」(猿渡氏)。

    デザイン業界におけるAIの役割のひとつとして、猿渡氏は創造性の加速を挙げており、特にアイデア出しのフェーズで顕著な効果を発揮すると語った。加えて、異なるアイデアが化学反応のように融合し、予期せぬ新たなアイデアが生まれるハッピーアクシデントの確率も高まるという。さらに、レイアウト、色彩調整、フォント選定、画像加工などのデザイン作業の大部分が自動化され、デザイナーは創造的なアイデア出しと、最終的な仕上げに集中できるようになると続けた。

    「デザインを料理に例えると、2から9までの準備工程をサポートすることがAIの役割です。つまり、1(アイデア出し)と、10(最終的な仕上げ)はデザイナーが行い、その間の工程である、材料の選定、カット、調理法の選択などはAIがサポートするイメージです。AIを使う環境はすでに整っているので、必要なのは好奇心だけです。それさえあれば、誰でも進化できる時代が到来していると言えます」(猿渡氏)。

    [CASE STUDY 1]連続ドラマW 東野圭吾「ゲームの名は誘拐」に登場する新車のデザイン

    2024年6月9日より全4話で配信されたWOWOWの連続ドラマでは、劇中に登場する新車のデザインと、スケッチ、PRビジュアル、スケールモデル、PR動画などの制作を日南が担当した。

    劇中にはベールを剥いで新車を披露するシーンがあり、剥ぐ前は既存の実車にベールをかけて撮影を行い、剥いだ後は3DCGに置き換えることになった。そのため目指すシルエットに近い実車を選出し、同じイメージでデザインをまとめることにした。

    未来感と先進性を象徴するデザインを求めて同じプロンプトで何度も画像生成をくり返し、監督との協議も重ねながら、デザインの方向性を絞り込んでいった。

    イメージに近い生成画像をベースに、デザイナーがPhotoshop上で手動による修正を行い、スケッチを仕上げた。

    スケッチを基に、デザイナーがAlias上で新車の3Dデータをモデリングし、VREDでレンダリングしてPRビジュアルを制作した。

    J850™ Prime 3Dプリンタでスケールモデルをフルカラー出力し、サポートを除去した後にクリア塗装を行なってツヤを出した。AIによるアイデア出しに2日、スケッチの仕上げに1日、モデリングに1週間、3Dプリントに1日、後処理に2日という驚異的なスピードで、クライアントの期待に応えた。

    後日、Unreal EngineでPR動画も制作した。

    [CASE STUDY 2]日南 創業55周年記念ユニフォームのデザイン

    創業55周年を迎えるにあたり、日南のユニフォームをリデザインすることになった。コンセプトを具体化することに焦点を当て、「脱作業着」をテーマにAIによる画像生成を行なった。プロジェクトによっては10万枚ほど生成することもあるため、総覧・選別するためのアプリもAIを使って開発している。「小さなサムネイルで俯瞰しても、良いデザインは目に留まります。慣れてくると、大量の画像を短時間で選別できるようになります」(猿渡氏)。

    生成画像を評価し、プロンプトを少しずつ調整しながら、イメージを洗練させていく。

    良い印象の画像同士をブレンドし、新たなアイデアを生み出す。

    各段階で得られた成果を基に、新しい方向性を模索する。

    頭部を日本人モデルに変えて評価する。

    ユニフォームの絵型・型紙・サンプルの制作と、その後の量産は、オーダーユニフォーム事業を展開するHARADA株式会社に依頼した。発注時には、生成画像を使ってイメージに近い襟やポケットのデザインを伝えている。「アイデアを出し切ったら、取捨選択をし、最後は手動で編集する方が効率的です」(猿渡氏)。

    サンプルを1着制作し、スタッフ間で着回して着心地やデザインの美しさについての意見を集めた。実際にサンプルを着てプロトタイプ制作などの作業も行い、機能性を評価した上で、洗濯後の汚れの落ち具合や速乾性も検証した。

    新たなユニフォームでの作業風景。「AIに答えを求めるのではなく、参考意見を聞きながら進めることが重要です。AIのサポートによって、自分の頭の中のイメージが具体化され、より解像度の高い判断材料を得ることができます」(猿渡氏)。

    [CASE STUDY 3]ニットのコンピュータ横編み機を使った新規事業の開発

    植木鉢にふわふわのニットを着せた画像を生成している。「AIを利用することで、異なる要素を組み合わせた画像を無限に生成できるので、新しい発見の機会を飛躍的に増やせます」(猿渡氏)。

    プロンプトを調整し、春夏秋冬の着せ替えバージョンを制作した。

    さらにイメージを洗練させ、春夏・秋冬コレクションのPRビジュアルも制作した。

    ニットのコンピュータ横編み機は主にアパレル用途で使われてきたが、工業用途への展開に可能性を感じた猿渡氏は、ChatGPTを相手に壁打ちしながら事業企画を練り上げた。「プロダクトのコンセプトをChatGPTを使って事前に言語化しておくと、画像生成の際に的確な言葉を選択できるし、プレゼンテーションの際には相手に刺さるロジックを組み立てられます。コンピュータ横編み機の導入後のサービスについて、AIを使った言語化とビジュアル化を重ね、シンプルな筒状のニットと調整可能なフレームを組み合わせたカスタマイズ可能な照明ブランドの企画を立案しました」(猿渡氏)。

    Fusion上でメインフレームと円盤状のスペーサーをモデリングし、ランプシェードのボリュームを被せた。

    Fusionのレンダリング画像をVizcomにインポートし、それをテンプレートにしてニットのランプシェードをあしらった照明の画像を生成した。

    Vizcomで生成した画像をMidjourneyにインポートした後、さらにアイデアを拡張し、実際の製品に近いリアルで高品質な画像を生成した。

    イテレーションを重ねて完成したPRビジュアル。

    カラフルなニットを着せた植木鉢の画像と、前述のニットのランプシェードの画像をMidjourneyでブレンドして短時間で膨大な数のバリエーションを生成し、新たな方向性のPRビジュアルを完成させた。

    「PRビジュアルをSNSなどに投稿すれば市場の反応も確認できるので、設備投資やサンプル制作をしなくても、企画とマーケティングが可能になりました。ニットは様々なフォルムを実現できる、デザインの自由度が非常に高い素材です。その無限の可能性をAIで追求しました」(猿渡氏)。

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    INFORMATION

    月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.314(2024年10月号)

    特集:3Dビジュアライゼーションの最前線
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2024年9月10日

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    TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
    文字起こし_大上陽一郎/Yoichiro Oue
    PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota