マーザ・アニメーションプラネット(以下、マーザ)では、2009年から現在まで初音ミクのバーチャルライブを制作しており、2017年以降は『あんさんぶるスターズ!!』(以下、『あんスタ!!』)のライブも手がけている。本記事では、その舞台裏を全3回にわたって深掘りする。
関連記事
セットアップやアニメーションも視野に入れ、バランスを探る
ライブ案件のワークフローはほぼ共通で、アセット制作工程では、クライアントから提供されたデザイン画を基に、新規の衣装や素体を制作する。ミクのライブも、「スタライ」も、モデリングスーパーバイザー(以下、SV)は馬杉 明日美氏が担っている。「1回のライブにアサインする社内のモデラーは2人で、社外の協力も得ながら、衣装1着につき15〜20日ほどかけて制作します。ライブではステージと客席の間に距離があるので、遠くから見ても "可愛いな" "カッコ良いな" と思っていただけるシルエットを意識しています。特に正面から斜めにかけてが頻繁に見られるので、その角度でもっさりした印象にならないよう配慮することも大切です」(馬杉氏)。
加えてモデリングに着手する前に、後工程のセットアップやアニメーションの担当者から意見を聞く会議も実施している。「ミクさんの場合は長いツインテールや、両腕、スカートが相貫しやすいので、アニメーターとしては、ツインテールを後方にずらしたり、スカートのボリュームを抑えたりしてほしいです。一方で、クライアントからはデザイン画のシルエットを極力維持してほしいという要望をいただくので、毎回皆で相談しながら最適なバランスを探っています」(アニメーションSV・児玉 真生子氏)。
衣装のフリルやチェーンなどの揺れものを、どのようにモデリングして、どの程度揺らすのかについても、この会議で話し合われる。「以前はこの会議にアニメーターは出席せず、受け取ったリグを使ってやりくりしていました。でもライブ案件は回を重ねるごとに衣装が豪華になっていく場合が多く、アニメーションの難度が年々上がっていきました。特に揺れものが二重三重に重なる衣装が増えてきたので、現実的な作業工数に落とし込めるリギングをアニメーター目線で提案する必要があると感じて、私も会議に出席させてもらうようになりました」(Animation2 Team マネージャー・伊豆野 弘之氏)。
「MIKU EXPO 10th」(2024)における初音ミクの衣装制作



素体のポリゴン数は約2万7千。SoftimageからMayaに移行するタイミングで素体を一新し、ポリゴン数を約2倍に増やした。「ミクさんの衣装デザインは毎回描き手が変わるので、絵柄や頭身、脚の長さなども変わります。一方で当社のミクさんの素体は共通なので、素体の体型に合わせつつ、なるべくキービジュアルの印象に近づける調整を施しています」(馬杉氏)。
mslAngelRingによる、髪のハイライト表現
髪のハイライトは、内製シェーダのmslAngelRingで生成する。
2つのノイズパターンと、不連続性を出すノイズの組み合わせによって様々なハイライトを生成可能。マスクテクスチャとして出力するため、V方向に対して縦並びのUVが必要となる。

ただし単純にマッピングするだけでは、カメラが上下に回り込むとハイライトが見えなくなる。そのためカメラの視線情報をシェーダに渡すことで、ハイライトの位置を視線方向にオフセットできるようにした。どの程度オフセットするかはパラメータで調整できる。加えて、それだけではオブジェクトのみが回転し、カメラが動かない場合に反応しないため、アップベクトルが視線方向へ向くのに従ってハイライトがオフセットされる機能も追加した。


「スタライ」8th Tour(2024春)におけるUNDEADの衣装制作

丈の長いインナーが特徴的で、斜めにカットされた裾には、人魚のヒレのようなフリルが付いている。

フリルに厚みを付けたこともあって、後工程の揺れもの調整に約半年(「スタライ」史上最長)を要したが、繊細、かつ優雅な動きが実現しファンから好評を博した。

素体のリグはmGearと、eSTの一部機能を使用。素体のボーン構造は全員共通で、ジョイント数はボディ用が241、フェイシャル用が54、衣装は平均2,500。


分割数を増やしたことで、布の軽さや、翻る動きを表現できるようになった。ショット制作に入る前にアニメーターがリグを検証し、現実的な工数で修正できるかを確認する機会も設けている。


1回の「スタライ」にアサインするセットアップ担当者は5人で、特に揺れもののシミュレーションはマシンパワーを要するため、全て社内で対応している。「同じ衣装でも、例えば大神晃牙は特に激しい動きをするので、比較的静かに踊る零と同じ値だと、衣装が硬く見えます。そのためアイドルごとに値を細かく変えています」(リグSV・田中雄大氏)。
TanChekiによるチェック

TanChekiは「スタライ」のチェック用ムービー生成ツールで、何回かの仕様変更を経て、ファイナルに近いルックを描画できるようになった。めり込みの確認も容易になり、アニメーション工程でのチェックの精度が飛躍的に向上した。
「スタライ」6th Tour(2022)以後のクロスシミュレーションの仕様変更
当時はコントローラを1個ずつ動かして、めり込みを修正していた。
仕様変更後は、メッシュを直接編集してめり込みを修正できるようになった。




ベイク後の編集も容易になったため、衣装の質感表現の幅が広がったという。この手法はマーザの映画案件で導入していたもので、それがライブ案件にも転用された。



前腕を袖が滑るような動きや、自然なシワが表現できるようになった。なお「スタライ」のシミュレーションでは、髪、紐、リボンなどの細いものはnHair、着物の袖、ジャケット、スカーフなどの面積のあるものはnClothを用いている。より本物らしい動きを追求すると、どうしてもめり込みや破綻が発生するため、最終的にはアニメーターが部分的に再シミュレーションを実行したり、手作業で修正したりすることで理想的な動きに仕上げている。
Studio Libraryの活用

ライブラリから選んだポーズを基に、アニメーション工程で調整を加える。「スタライ」用の指のポーズも別のライブラリに登録されており、ボーン構造と命名規則が同じであれば、アイドル間で流用可能。Studio Libraryは個人が開発したMaya用のPythonスクリプトで、ポーズやアニメーションを保存し、簡単に呼び出すことができるため、国内外の多くのアーティストが活用している。
「指の動きと表情変化はモーションキャプチャを使っていないので、数多くの指のポーズや、表情、目パチのアニメーションなどをライブラリに登録してあります。表情に関しては、クライアントから提供された資料やカードの絵などを参照しながら、1人につき50種類程度のバリエーションをつくっており、特に "その人ならでは" の個性豊かな表情の拡充に注力しています。アニメーションの作業時には、60fps環境で1曲あたり1〜3万フレームにおよぶ手付けが必要になりますが、Studio Libraryを使えばワンクリックで指のポーズや表情を付けられるので、作業を効率化できるし、作業者ごとのクオリティのバラツキも抑えられます」(児玉氏)。
©HE/ES-DL
INFORMATION

月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.319(2025年3月号)
特集:CGクリエイター新潮流
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2025年2月10日
TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
文字起こし_遠藤大礎/Hiroki Endo
PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota