マーザ・アニメーションプラネット(以下、マーザ)では、2009年から現在まで初音ミクのバーチャルライブを制作しており、2017年以降は『あんさんぶるスターズ!!』(以下、『あんスタ!!』)のライブも手がけている。本記事では、その舞台裏を全3回にわたって深掘りする。
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キーポーズから息づかいまで、妥協することなく調整を重ねる
ボディのアニメーションはモーションキャプチャがベースになっており、撮影はクライアント主導で行われるが、現場で撮影データを確認するためのCGモデルはマーザが提供する。「撮影前に振付確認用の動画をチェックして、必要であれば振付の変更を依頼します。例えばボリュームのあるスカートで踊る場合は、手を真下に降ろすとめり込むので、調整してほしいと伝えます。撮影当日は当社のCGディレクターとアニメーションSVも立ち合って、クライアントやダンスアクターの要望を聞くようにしています」(児玉氏)。例えば「この動きはキーポーズとして入れたので、さらに見映えを良くしてほしい」といった意見を受けた場合には、積極的にアニメーションに反映させるようにしているという。
リップシンクは楽曲が届き次第先行して付けておき、モーションキャプチャデータが届いたら、ボディの動きとフェイシャルのブラッシュアップを行う。その後、髪や衣装などの揺れもののシミュレーションを調整し、ライティング・レンダリング・コンポジットを経て完成する。1回のミクのライブにアサインされる社内のアニメーターは4人で、登場アイドルが多い「スタライ」の場合は10人まで増える。1人のアニメーターが、1人のアイドルの1曲分のアニメーションとシミュレーション調整を一括で担当し、SVがユニット全体の動きや演出をチェックする。1曲あたりのアニメーションの平均作業期間は12日程度だが、扇子や錫杖を持って踊る紅月などの場合は22日ほどかかる場合もある。
「最も重視しているのは、ミクさんやアイドルが "そこにいる" と思える実在感です。それを実現するために、ポーズ調整では腕が顔を覆うような不自然な被りを回避し、ガニ股の印象を和らげる工夫をしています。また、息づかいや目線を通じた細やかな表情の演出にもこだわり、妥協することなく調整を重ねています」(Animation1 Team マネージャー・挽地規子氏)。
Lip Sync GUIによる半自動のリップシンク生成


Lip Sync GUIは木下氏がMELを使って開発した半自動のリップシンク生成ツールで、口の開閉のスペーシングをワンクリックで設定できる。「ま」「ぱ」などを発音する場合は、口を閉じる動きも入れられる。作業時には、1曲分の母音のターゲットを、音が聞こえたタイミングでアニメーターが配置する。その後は、各ターゲットの中間ポーズ、タイミングなどを楽曲や表情に合わせて細かく調整する。
リップシンク生成後の調整

眉、目元、目線、リップシンクなどの5秒間(300フレーム)のフェイシャルを表示している。表情筋の動きや、発音の強弱、声の抑揚などを考慮しながら、たった5秒の間だけでも、これだけの密度で細かくカーブを調整している。

「歌唱のリップシンクは当初から完成楽曲を基に設定しており、ボーカルのみの音源はなかったので、音声解析ソフトは使えませんでした。音声解析ソフトを使えたとしても、全フレームにキーが打たれるので、修正工数が多くなります。1フレームのズレもなくリップシンクを設定するためには、最初から人間の耳と手を使った方が早くて正確だという結論にいたりました」(木下氏)。
モーションキャプチャデータの調整




Knightsは立ち位置、流星隊は立ち位置に加え、表情が見えるようにポーズを変更している。「スタライ」はユニット単位でパフォーマンスをするので、個々の動きだけでなく、全体の見映えもアニメーターが細かく調整している。長いマントなどを着けたアイドルがすれちがう場面では、お互いのマントの衝突を再シミュレーションして、自然な接触を演出することもある。


アクターが綺麗に踊ったとしても、プロポーションのちがうミクに落とし込むと見映えが悪くなる場合があるので、どこを切り取っても違和感がないようにアニメーターがポーズを整えていく。
シミュレーションの調整


セットアップ担当者が設定するのは楽曲全体を俯瞰した最大公約数の値なので、動きすぎる部分や、もの足りない部分は、アニメーターが手作業で調整していく。ミクのツインテールの場合は、1. 脚で蹴らない、2. 地面につけない、3. シルエットを崩さない、の3点に注意して調整を加えている。
eye to camによる目線の調整
eye to camはワンクリックで自動的にカメラ目線にする内製ツールで、マトリックスとベクトルで構成されており、コンストレインは使っていないため、キャラクターが回転してもフリップが発生しないしくみになっている。どのくらいの割合でカメラに追従させるかをアニメーター側で設定できるので、カメラの方に向きすぎて白目になることを回避できる。
楽曲の振付ごとに最適な値は変わるので、上下左右を向きすぎている場合は、その都度値を抑えるなどして調整している。必要な箇所だけ値を変更しながら、アニメーションのキーを打つこともできる。ただし常にカメラ目線というわけではなく、観客席を見渡したり、観客に向けてファンサービスをしたりする瞬間もつくることで、ライブ感を演出している。
Nukeによる「スタライ」のライティング&コンポジット



トラッキング機能も試したが、アイドルの激しい動きに上手く追従しなかったため、手作業で修正することにした。
コンポジット用のAOV素材





「モデリング段階の色味をライブ会場の環境に投影すると、暗い色は沈んで見え、明るい色は白飛びします。そのためライティング段階でシェーダを調整し、アイドルたちが最も映える色味に変更した上で各種素材をレンダリングします」(ライティング&コンポジットSV・福田志穂氏)。

この衣装はレンダリング後にフリルの裾に斑模様のエラーが出ることが判明し、モデラーがポリゴンを割り直すことで対応した。通常はモデリングまで遡って修正することはないが、Rotoノードで全てのエラーを修正するのは困難だったため、妥協せずモデルを更新する選択がなされた。
HUBbleによるレンダリングの管理
HUBbleは映画制作用に開発されたレンダリング管理ツールで、Layer名としてバリアント名を選択すると、そのバリアント用の設定がまとめて読み込まれる。各項目にチェックボックスがあり、必要なものだけを選択してレンダリングできる。全て最新の状態で読み込まれるが、アニメーションやモデルのバージョンを遡って選択することも可能。


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INFORMATION

月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.319(2025年3月号)
特集:CGクリエイター新潮流
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2025年2月10日
TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
文字起こし_遠藤大礎/Hiroki Endo
PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota