2025年5月31日(土)・6月1日(日)開催のENEOSスーパー耐久シリーズ2025 Empowered byBRIDGESTONE 第3戦「NAPAC富士24時間レース」にて出展されたイマーシブ体験作品「DIVE into RACING」。会場の富士スピードウェイに大型ドームテントを設置し、来場者が空間全体で没入できる映像を上映した。
幅14m×高さ8.2mのドームに投影する映像の制作について、ティーアンドエス THINK AND SENSE部に話を聞いた。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 327(2025年11月号)掲載記事の一部を再構成して転載したものです。
作品情報
展示場所:富士スピードウェイ
主催:スーパー耐久未来機構
出展社:TOYOTA GAZOO Racing
制作主導:THINK AND SENSE(株式会社ティーアンドエス)
協力:富士スピードウェイ株式会社
thinkandsense.com/works/dive-intoracing-fsw24h-main
仮設ドームの利点を活かし新体験を創出
「DIVE into RACING」は、2025年5月31日(土)・6月1日(日)に開催されたENEOSスーパー耐久シリーズ2025 Empowered byBRIDGESTONE 第3戦「NAPAC富士24時間レース」の会期中に出展されたイマーシブ体験作品である。
会場の富士スピードウェイに大型ドームテントを設置し、来場者が空間全体で没入できる映像を上映した。「TOYOTA GAZOO RacingとTHINK AND SENSEで協力し、広い空間で尖った新しい体験を提供したい。ひいてはモータースポーツをもっと盛り上げていきたいという思いが中核にありました」と、同社の代表取締役社長・エグゼクティブプロデューサー、稲葉繁樹氏は語る。
以上、株式会社ティーアンドエス
このアイデアは、THINK AND SENSEがニューヨーク・コミコンで米Fulldome.proのドームテントに出会ったことで生まれた。学生時代に建築を専攻していた稲葉氏は「ドームテントを日本の法律に合わせて改造すれば、より大規模に展開できると思いました」とふり返る。そこで設計協力を申し出て、両者がタッグを組むこととなった。
ドームテントの最大の利点は、仮設物であることだ。設置と撤収が容易で、ワンオフに終わらず全国各地のイベントへ巡回が可能。また、建築物と比較して減価償却期間が7年と短く、税制面でもメリットがあることから、スピードとコストの両面で導入に至った。
映像は約8分間。レースシーンを中心に、サーキットやドライバーの写真、レースのコンセプトを表現したイメージ映像などを組み合わせて構成された。夜間にはドーム内でDJイベントが行われ、外壁にもプロジェクションを実施。さらに来場者がiPadを操作することで外壁に花火を打ち上げるなど、インタラクティブなしかけも加えられている。
稲葉氏は「私たちは目的に応じた最適なアウトプットを提供し、事業全体に関わっていくスタイルが強みです。ソフト、ハード、コンテンツをトータルでプロデュースできるのは他社にはない価値だと考えています。その上で、日本ならではの表現力で勝負し、世界中の人たちを楽しませたいですね」と意気込みを語った。
共同開発のドームテント
ドームは幅14m×高さ8.2m。Fulldome.proと共同でイベント規模に合わせて開発され、日本の消防安全規制に適合するようカスタマイズされている。耐久性・耐震性も備え、長期展示への展開を見据えた設計だ。
-
▲ドーム内の客席。『DIVE into RACING』では1上映あたり最大30名が入場し、約8分の映像を鑑賞する形式だ。「当初はさらに大きなドームで20分の上映を想定していましたが、S耐のお客様は短編映画を観るつもりの方ばかりではないだろうと考え、現在の上映時間とサイズに落ち着きました」(クリエイティブディレクター・引田祐樹氏) -
▲ドーム内には8台のプロジェクタを設置。投影及びキャリブレーションはFulldome.proが提供する専用ソフトウェアを用いた。DJタイムでリアルタイム映像を生成する必要もあったため、別途Fulldome.proの投影システムに映像を送出するPCを1台用意した。GPUにはGeforce RTX 4090を搭載
独自オペレーションツール「Ambience」
THINK AND SENSEが自社開発した統合型空間管理システム「Ambience」によって、現場のオペレーションを一元化。デスクトップPCから空間全体を制御することを目的に開発された本システムは、映像の送出だけでなく、音や照明とも連動し、商業施設やイベント空間など多様な現場で導入実績を重ねている。今回のドームテントでは映像の送出のみに使用した。
感情の起伏や没入感を事前に設計
ドーム映像制作の全体フロー図を以下に示す。
まず富士スピードウェイ一周分の走行アニメーションをBlenderで制作し、3ds Maxにインポートしてカメラワークを構築。その後、Houdiniで作成したエフェクト用アセットとともにUE5へ取り込み、背景やエフェクトを追加した。最終的にパノラマレンダリングで360度映像を出力し、After Effectsで魚眼マッピングとコンポジットを施して完成となる。
制作チームは約20名で、実写やアニメなど多様なバックグラウンドをもつメンバーが集結。それぞれの得意分野を活かすため、敢えて複数のDCCツールを併用するワークフローを採用した。
Blenderによる走行モーション制作
以下は走行シーンのワークフロー。車両モデルはトヨタ提供の公式データを用い、まずは実車に基づいた挙動を再現。その上でレースらしい演技を加えて調整を行なった。
▲車両リグの設定。主人公車である液体水素エンジン搭載カローラ(右下)以外の車両には、複数パターンのラッピングテクスチャを用意。本編には全9台が登場し、同一車種が並走しても違和感が生じないよう工夫されている
複数ソフトを活用したシーン構築
水平線の位置を使い分けた演出
観客はリクライニングした姿勢で約15度上方に視線を向ける。そのため映像も、目線の先に水平線がくるものと、地面基準で水平を保ったものの2種類を用意。前者はレースシーン、後者は静的なシーンに使い分けられた。
「水平線をわずかに傾けると、視覚情報と重力感覚にズレが生じ、不安定さが出ます。そのぶん映像に入り込んだようなダイナミズムが得られるのです。逆に水平のままだと現実とのリンクが保たれるため、静かな風景には適しています」(エクスペリエンスデザイナー・吉田開登氏)。
▲水平線を15度傾けたシーンでは疾走感を、水平を維持したシーンでは水に包まれるような感覚を表現
ドーム外のインタラクティブ
夜間はドーム外壁にも映像を投影。遠方からも目を引くプロジェクションによって、来場者の注目を集めた。
▲来場者がiPadを操作すると、外壁にデジタル花火が打ち上がるインタラクティブなしかけも導入された
CGWORLD 2025年11月号 vol.327
特集:空間CG
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2025年10月10日
価格:1,540 円(税込)
TEXT_遠藤大礎 / Hiroki Endo
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、池永 都 / Miyako Ikenaga