野球ゲームの金字塔『プロ野球スピリッツ』。『プロ野球スピリッツ 2024-2025』から導入された野球専用エンジン「eBaseball Engine」は、選手や球場、ライティングなどの表現を刷新し、現実の野球へ迫る画づくりを追求している。その舞台裏をKONAMIの開発チームに訊いた。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 337(2026年9月号)からの転載となります。
現実の野球を再現する野球専用エンジンへの刷新
2004年に始まった『プロ野球スピリッツ』シリーズは、『パワフルプロ野球』シリーズと並ぶKONAMIの看板タイトルであり、日本プロ野球ゲームの金字塔だ。その圧倒的にリアルな画づくりを支えているのが、『プロ野球スピリッツ2024-2025』から導入された野球専用エンジン「eBaseball Engine」である。
www.konami.com/games/prospi/2026/jp/ja/
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従来のシリーズは、ハードウェアの制約の中で「ゲームとして気持ちよい野球」を追求してきた。しかし、グラフィックスがリアルになるほど、デフォルメされた挙動はユーザーの違和感として表面化してしまう。
「リアルになればなるほど、動きの面で違和感があるというお叱りの声をいただくんです」(統括ディレクター・山口 剛氏)。
高解像度の中継配信や詳細なトラッキングデータの公開など、野球ファンの観戦環境現実の野球を再現する野球専用エンジンへの刷新や競技そのものの情報量が大きく変化するなか、開発チームは設計思想を大きく転換。
次世代の野球ゲームに向けて、従来の投打や走攻守の駆け引きはもちろん、選手のモーション制御や打球の物理挙動、AI、実況、観客の盛り上がりまで、野球という競技と、それを伝える中継演出を構成するあらゆる要素を統合的に制御する野球専用エンジンを新たに開発する決断を下した。
▲『プロ野球スピリッツ2026』開発チーム
その一方で、描画基盤にはUnreal Engineを採用。物理ベースの高品質な画づくりに取り組むと共に、従来はプログラマーとデザイナーが二人三脚で進めていた制作を、デザイナー主体でイテレーションを回せるフローへと移行した。
本記事では、現実の野球に迫る精密でフォトリアルな画づくりと、毎年更新される選手・球場の膨大なアセット制作という2つの課題を実現するための制作手法を、「選手」と「球場」という2つの視点から紹介する。
13年の資産が支える「その選手らしさ」の再現
フォトグラメトリーと職人技で選手を写し取る
選手制作で一貫して重視しているのが、「その選手らしさ」の再現だ。その基盤となっているのが、13年前から継続しているフォトグラメトリーによる選手の顔撮影である。
隔年で12球団全てを訪問し、キャンプ地や球場へアルミフレーム製の暗室ブースと撮影機材を持ち込み、環境光に左右されない条件で撮影を実施。蓄積されたデータは、選手の顔や身体の経年変化まで追えるほどの資産となっているという。
こうして顔の造形にこだわってきたシリーズだが、eBaseball Engineへの刷新に合わせて、髪の再現にも力を入れている。Unreal Engine のHair Groomを採用し、Maya XGenで制作した約30種類の髪型プリセットを選手ごとに割り当てている。これにより、開発チームでは長年の悲願であった、試合中に帽子を脱いだ際、帽子の中に収まっていた髪が自然に広がる挙動も実現。モーフターゲットによる制御を全選手へ適用している。
もちろん、再現するのは顔だけではない。筋肉の付き方や腰の位置といった体型をプリセットから細かく調整するほか、帽子のかぶり方やユニフォームの着こなしなど、選手ごとの特徴も試合映像などの資料を基に目視で確認しながら反映している。
一方で、毎年更新される膨大な選手数に対応するため、顔制作では各工程を自動化・テンプレート化したリファレンスツールを導入し、ユニフォームも共通メッシュからパターンを選択するフローを構築。効率化と品質維持を両立している。
モーション制作では、光学式・慣性式のモーションキャプチャと手付けを使い分ける。個性的なフォームや重心移動が重要な動きはモーションキャプチャで収録し、投手フォームは資料映像を基にした手付けで制作。本作では全打者の固有フォーム化を達成したほか、野手モーションも大幅に強化した。
捕球後の送球や移動は状況に応じて約250種類のモーションへ分岐し、試合展開に応じてブレンド・出し分けされる。この膨大なモーション資産を支えているのが、野球制作に特化した単一リグや支援ツール群、そして過去データとの互換性を維持するコンバートパイプラインだ。
フェイシャルはARKit準拠の50以上のブレンドシェイプをポーズアセットで制御し、iOS端末によるフェイシャルキャプチャやリップシンク収録にも対応。実況席のデモシーンをはじめとする演出の幅を広げている。
フォトグラメトリーによる顔制作
Hair Groomによる毛髪表現
選手らしい容姿の再現
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▲フォトグラメトリーで取得したスキャンモデルにゲームモデルをフィットさせるリファレンスツール。各工程を自動化・テンプレート化することで、外部協力会社を含む多人数制作でも品質を均一化している。画像は細川成也選手(中日ドラゴンズ) -
▲撮影が間に合わない新加入選手などは、モーフを用いて資料から顔モデルを制作する。画像は平川蓮選手(広島東洋カープ)
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▲筋肉質型 -
▲体型プリセットをベースに調整した佐藤輝明選手(阪神タイガース)。帽子のかぶり方や着こなしなども資料を基に再現している。アイブラックは共通UVの歪みを避けるため、顔形状に依存しない2D座標系で投影される
リグツール
試合中の動きを研究した野球モーション
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▲ARKit準拠の50以上のブレンドシェイプをポーズアセットで制御するフェイシャルリグ。iOS端末によるフェイシャルキャプチャやリップシンク収録にも対応 -
▲牧 秀悟選手(横浜DeNAベイスターズ)へのフェイシャル適用例
計測に裏打ちされた「球場の空気感」の再現
計測と物理ベースで球場を描く
試合の舞台となる球場の制作において目指したのは、形状の正確さにとどまらない「球場の空気感」の再現だ。開発チームでは毎年シーズン前に全国13球場を取材し、一眼レフや360度カメラによる撮影、分光測色計による色計測を実施。大規模改修時には測量用レーザースキャナによる点群取得まで行なっている。
画面内で大きな面積を占める芝や土、ラバーフェンス、LEDビジョンなどは球場ごとの個性が表れやすいため、計測データを基にマテリアルを構築。こうしたデータを基に、芝には中継映像で目を引く高輝度のきらめきを、土には散水後の乾燥や足跡による形状変化、雨天時の水たまりまでをPBRに基づいて表現している。
「自前で撮影からデータ化までやっているのは、ゲーム業界ではうちぐらいだと思います」(ディレクター・田代 学氏)という言葉の通り、計測データに裏打ちされたリアルを徹底的に追求している。
ライティングにおいても徹底ぶりが際立つ。各球場が公表するグラウンド照度や実測値をUnreal Engineへ入力し、撮影時のExif情報を基に調整した取材写真と比較しながら、実写とCGの見た目が一致するまでルックを調整。
甲子園のカクテル光線のような球場固有の照明も、照度分布図やライティングマスクを用いて再現している。空にはボリュメトリッククラウドではなく、1年をかけて撮影した数百枚のHDRIパノラマを採用し、昼から夜まで6段階の時間変化を表現。間接光は昼夜でライトマップを切り替える方式とし、リアルな画づくりと60fpsの両立を実現した。
明暗差の大きい球場では露出制御も重要な要素となる。球場ごと・時間帯ごとに7種類の露出プリセットを用意し、数万人に及ぶ観客は16段階のLODで軽量化することで、主役である選手の描画へ負荷を集中。カメラが選手に寄れば顔に、引けば球場全体に露出が合うよう、動的な露出計測マスクを実装している。
試合前後やリプレイを彩るカットシーンでは、球場ごとに設置された中継カメラを模したプログラムカメラに加え、選手を追従するドローンカメラなど、ゲームならではの映像表現にも挑戦した。
「もちろん実際の試合でドローンを飛ばすことはできないのですが、リアルの再現とは別に、ゲームでしかできない画も出してみようということでやってみています」(リードデザイナー・西山 旭氏)。
こうした積み重ねが、球場の空気感と野球ならではの臨場感を生み出している。
緻密な現地取材に基づく球場の再現
毎年シーズン前に全国13球場を訪問して現地取材を実施。撮影ルートは事前に綿密に計画され、約3時間で球場全体の撮影・計測を行う。
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▲阪神甲子園球場の点群データ。大規模改修時には400m級の測量用レーザースキャナで取得する -
▲球場ごとの残響はインパルスレスポンスとして収録。場内アナウンスや打球音へエフェクトとして適用し、実際の球場に近い音響空間を再現している(2022年6月撮影・京セラドーム大阪)
芝と土のマテリアル表現
60fpsを支える最適化
実測値に合わせるライティング
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▲ナイター時の明治神宮野球場。ライティングマスク適用前 -
▲ライティングマスク。メイン照明はステーショナリーライト4灯に抑え、ライティングファンクションのマスク画像により、数百灯の投光器が生み出す光の分布を再現
カスタムの露出制御システム
中継とゲームを融合する映像演出
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▲打者を捉えたホームラン後のカットシーン。中継映像を分析し、選手ごとの特徴的な動きをモーションキャプチャで再現 -
▲ホームラン後のベンチ。球場ごとの座標差を吸収するしくみにより、同じカットシーンを全球場で破綻なく再生できる。選手の体格差や利き腕にも自動で対応する
CGWORLD 2026年9月号 vol.337
特集:『価値を創造する3DCG』
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2026年8月10日
価格:1,540 円(税込)
TEXT_稲庭 淳 / Jun Inaniwa
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada