2025年9月20日(土)、秋葉原UDXにてアニメ制作技術の総合イベント「あにつく2025」が開催された。本稿では、この「あにつく」で行われたセッションの中から、武右ェ門による「オリジナル短編アニメ『星の子どもとはじまりの樹』に込めた企画と世界観のつくり方」の内容を紹介する。

記事の目次

    イベント概要

    「あにつく2025」

    主催:株式会社Too
    日時:2025年9月20日(土)
    会場:UDX GALLERY NEXT/UDX GALLERY
    参加料金:無料
    www.too.com/atsuc/y2025

    まずはイメージボードから作品をつくりはじめる

    登壇者は武右ェ門の七五三 慶紀氏と垰田浩一氏。作例として紹介する同社のオリジナル短編アニメ『星の子どもとはじまりの樹』において、七五三氏は監督・絵コンテ・ルックデヴチーフを担当、垰田氏はアソシエイトプロデューサーを務めている。このセッションは、主に垰田氏が七五三氏に質問する形式で進んでいった。

    • ▲監督・絵コンテ・ルックデヴチーフ:七五三 慶紀氏
    • ▲アソシエイトプロデューサー:垰田浩一氏
    『星の子どもとはじまりの樹』PV

    垰田浩一氏(以下、垰田):この企画は、どのようなきっかけで生まれたのですか?

    七五三 慶紀氏(以下、七五三):ある日、入社1年目のスタッフが、元気なさそうにしているのに気づきました。落ち込んでいるように見えたんです。そこで、作品づくりを通してそのスタッフにエールを送れたら……と思ったのが、始まりです。

    私は言葉にするのが苦手で、脚本を書くよりは絵を描いた方が早いため、まず最初にたくさんのイメージボードをつくりました。これ(上画像)は冒頭に登場するエレベーターの階数表示器ですが、イメージボードでは階数が漢字になっています。これには意図があって、日本の六道(仏教で輪廻転生の世界を指す)から採っているんです。主人公が5階で降りるのは六道でいうところの人道(人が生きる世界)である、という具合に意味をもたせています。

    次のイメージボードでは、主人公が星を貰っています。しかし、本編では「貰うもの」から「自分で見つけるもの」に変更しています。さらに、星も本編では宝石に変えています。

    垰田:こちらはクライマックスに登場する花畑ですね。

    七五三:本編では、背景はすべて美術ですが、花は動いています。無理を言って揺らしてもらったので、撮影担当の方が大変そうでした(笑)。

    垰田:こちらもクライマックスに登場する扉です。イメージボードでは小さかった扉が、本編では大きくなっています。このように内容を変更したもの以外にも、そもそも使用しなかったイメージボードもあるのですか?

    七五三:はい、物語を構成する上で「いる/いらない」と取捨選択をしていきました。それにスケジュールの都合でカットしたものもあります。

    垰田:この作品は、文化庁のアニメーション人材育成調査研究事業「あにめのたね」という委託事業で制作したため、納品期日が明確に設定されていましたからね。

    七五三:制作当初は頭の中に、冒頭のエレベーター辺りのシーンと後半の草原を走るシーン(上画像)くらいしかイメージがなかったんです。その間にどういうシーンを入れようか、というのを考えるのに、時間を使ってしまいました。

    各キャラクターに与えた役割

    垰田:本編では出てきませんでしたが、キャラクターにはそれぞれ、支配人・カール・ソラ(主人公)・王様・ヌケガラと名前があります。ソラは、男の子でもなく女の子でもなく、性別を明確に設定していませんね。

    七五三:観てくれた人が自己投影できるように、性別はあえてもたせませんでした。

    垰田:性別がなかったので、ソラのキャスティングをどうしようかと悩んだ記憶があります。

    七五三:最終的にソラは田所あずささんに声をあてていただきましたが、とても良かったです。男の子にも女の子にも思える、中性的な声です。

    垰田:支配人や王様など、主人公以外のキャラクターにはどのような役割を与えたのですか?

    七五三:支配人は、ホテルのような施設の支配人です。この世界の管理人のような立場のキャラクターです。裏設定では神様ということにしています。ソラが入り込んだホテルの中で様々な勉強をするのですが、先生のようなこともしています。

    カールは樹の中の案内人という立場です。支配人は神様でカールは八咫烏のようなイメージ。神様の使いのような存在です。

    王様は、ソラと同じく子供の魂をもったキャラクターです。樹の中で子供の魂と出会い、「その宝石キレイだね、良いな、欲しいな」と、他人のものを欲しがり奪い取ろうとする。次第にウルトラシリーズのカネゴンのように、化け物になってしまったんです。

    宝石は才能や能力、生きる力などを象徴しています。作品の中では主人公が様々な宝石を集めますが、それぞれに花言葉のような意味をもたせました。スタッフから教えてもらった『12の贈り物』という絵本に、「力・美しさ・勇気・信じる心・希望・喜び・才能・想像力・敬う心・知恵・愛・誠実」という言葉があり、それを石の色に当てはめて登場させています。

    王様の後ろにいるヌケガラたちも、ソラと同じく子供の魂をもっていましたが、王様に宝石をあげてしまいました。大切なものをあげてしまったので、何ももたない「ヌケガラ」になってしまったんです。

    絵本のようなルックをどう3DCGで実現したか?

    ▲3Dモデル

    垰田:絵本のような独特な質感やビジュアルを、どのように3DCGでつくりましたか?

    七五三3Dモデルに「セル調素材」、「水彩調素材」、「紙質感素材」、「鉛筆調ライン」を乗せています。セル調の素材は、一般的な2Dの塗りと線で表現されている素材です。そこに水彩調の素材を乗せたり、影の部分はセル調の素材を加工するなどして、水彩画のような風合いを追加しています。

    • ▲水彩調素材
    • ▲紙質感素材

    「紙質感素材」は、「水彩調素材」だけでは塗りに温かみがないため、手描きの質感にできないかと思い追加しました。画用紙をスキャンして乗せています。「鉛筆調ライン」は、3Dのラインだと味気がないため、鉛筆で描いた温かみのある質感になるよう、ラインに加工を施しています。

    ▲鉛筆調ライン
    ▲完成画像

    各素材を合わせ、背景などと馴染ませ完成です。ルックづくりも大変でしたが、撮影も苦労していたと思います。各素材の色調が異なっているので、それを合わせる必要がありましたので。

    垰田:そもそも、絵本のような質感にしたのはどういう意図があったのですか?

    七五三:これは、子供たちにメッセージを伝えたいという気持ちからです。「自分が大切にしている気持ちや大事にしているものを人にあげてはいけない」、「自分が信じた未来を信じて生きてほしい」。そういうメッセージを子供たちに伝えるために、絵本にもできるし、映像にもできるように、という意図でこのルックを採用しました。

    垰田:初監督作品として、イチから作品を完成させるのに大変だったのはどんな点ですか?

    七五三:自分のイメージを言葉にして、人に伝えるのに苦労しました。ただ、「こういうことでしょう?」と、代弁してくれる人(映像演出・撮影監督の小久保 将志氏)が隣りにいてくれたので、助かりましたね。イメージボードの段階で、小久保さんがしっかりとイメージを汲み取ってくれていたので、意思疎通が上手くできました。

    セッション後には質疑応答も

    セッション後の質疑応答でも、七五三氏と垰田氏は制作で得られた知見を補足した。

    ――オリジナル作品をつくろうとなったとき、まずは誰に話をしたのですか?

    七五三:一番最初は、社長(髙山清彦氏)に話しに行きました。武右ェ門は社長室に入りやすい会社なので、「自分のキャリアとしてステップアップしていきたい」といった相談も兼ねて伝えると、「『あにめのたね 2025』の締切が2週間後だから出してみたら?」とおっしゃっていただけて。

    ――「あにめのたね」に出すために制限があったかと思います。もっと「こうしたかった」などという希望はありましたか?

    七五三:たくさんあります。まず「あにめのたね」は10分以内の作品が対象なので、もっと尺があればと思いましたし、細かいポーズや動きの部分でも触っておけばよかったという思いがあります。例えば、物語の中で夜になって唐突にパジャマ姿で立っている場面も、本当ならもう少しカットや間を足して自然なながれにしたかったです。そのように、泣く泣く削った部分があります。

    ――制作を進める中で、「伝わらない」と判断して削ったアイデアや、逆に伝えるために工夫して残したアイデアはありますか?

    七五三:「このままだと伝わらない」という部分はありましたが、ボツにするのではなく、今回は「見せ方(形)を変える」というアプローチをとりました。「伝えたいもの」を削ってしまうと、最終的に何を言いたい作品なのかわからなくなってしまいます。ですので、芯の部分は残しつつ、より伝わりやすい形に方向転換して制作を進めました。

    ――「元気づけたかった」とおっしゃっていた若手スタッフは、元気になりましたか?

    七五三:そのスタッフはこの作品に参加しなかったんですが、その人がきっかけで動いた作品ではあります。関わった他の若手には、エールを送れたのではないかと思っています。

    ――企画として重視されるのは、グッズ化して売れるものなど、二次展開の可能性もある作品かと思います。今回の作品では、映像以外の展開も意識しましたか?

    七五三:先程もお話したように、この作品は絵本にしたいと思って絵本調のルックにしました。作品をつくったその先に「絵本」がつくれたら子供たちにも読んでもらえるし、小さくても会社の利益になるのではないかと僕は考えていました。

    垰田:商業として作品をつくる場合には、配信やグッズ化など色々と大事になってきますが、今回の場合は「あにめのたね」という「技術継承」を目的とした事業の中で制作したので、「売る」ことあまり考えず、自分たちがつくりたい作品、また、若手育成を意識して制作しました。今後は配信など、二次展開も考えています。

    『星の子どもとはじまりの樹』は、七五三監督にとって初の監督作品であり、伝えたい想いをいかに映像に落とし込むかという課題に向き合った作品である。限られた時間の中で「伝えるべきメッセージ」を見極め、絵本調のルックを通じてメッセージを視覚化するなど、作品づくりの本質に触れることができるセッションとなった。

    TEXT_真狩祐志 / Yushi Makari
    EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada