熊本県南西部に位置し、豊かな自然に囲まれた天草市は現在、市をあげて「デジタルアートの島創造事業」に取り組んでいる。これはIT、CGに関する人材育成や企業、クリエイターの誘致を軸に、天草という地域全体を活性化させることを目的としたものだ。その一環として、2024年1月に、天草市は更なる人材育成環境の強化と地域の雇用拡大を目的に、デジタルハリウッド・スタジオ熊本を運営するD-HORIZONデジタルハリウッド三社協定を結んだ

本記事では、その当事者である天草市長 馬場昭治氏、デジタルハリウッド株式会社 代表取締役社長 兼 CEO 春名啓紀氏、同 取締役 兼 COO 廻 健二郎氏、株式会社D-HORIZON 吉山壽一氏の4名をお招きし、「デジタルアートの島創造事業」の現在およびこれからの展望、天草でのデジハリ進出成功の理由まで、幅広くお話を伺った。

記事の目次

    <写真左から>
    株式会社D-HORIZON 吉山壽一氏
    天草市長:馬場昭治氏
    デジタルハリウッド株式会社 代表取締役社長 兼 CEO:春名 啓紀氏
    デジタルハリウッド株式会社 取締役 兼 COO:廻 健二郎氏

    天草工業高校では、Mayaを用いた授業がスタート。誘致にはまず、人材を育てる教育環境の整備から

    CGWORLD(以下、CGW):まずは「デジタルアートの島創造事業」の現状についてお聞かせください。クリエイターの育成環境に関してはどのようになっていますか?

    馬場昭治氏(以下、馬場):2024年1月に、デジタルハリウッドおよびデジタルハリウッド・スタジオ熊本を運営するD-HORIZONとの三社連携協定を締結しました。さらに、2024年4月には、天草工業高校情報科内に「CG系列」を設け、CGを学べる環境づくりに力を入れています。

    県立高校で本格的なCG技術を!先生はプロのクリエーター 人口流出に歯止めをかける狙いも

    CGW:当初は、就職先の企業がないのにCGを学ばせてどうするんだという声もあったそうですね。

    馬場:はい、当初は関係者の間でも、教育の順序についてさまざまな意見がありました。まずは企業が来てから人材育成を進めるべきだという考え方もあったようです。

    しかし私は、むしろその逆だと考えました。教育環境が整ってこそ、企業も地域に関心を持ってくれるのではないかと。そこで「まず高校生を育てよう」という方針のもと、市として天草工業高校へのアプローチを始めました。現在この取り組みは2年目を迎え、来年にはこのカリキュラムで学んだ生徒たちがいよいよ3年生に進級します。

    CGW:人材育成は順調に進んでいるのですね。企業誘致に関してはいかがでしょう?

    馬場:東京ゲームショウに出展を続けて、天草での取り組みをお話させていただくうちに、企業さんたちにも天草が何をやっているのかということを知ってもらえて、天草を見に来ていただけるという循環ができつつあると感じています。

    廻 健二郎氏(以下、廻):今では、企業もけっこう集まってきていますよね。

    馬場:はい、IT系の企業だけでなく、CG系も含めて、現在では30社ほどの企業に、天草へと来ていただけました。まだ採用数は多くはないのですが、少しずつ興味を持っていただけていると思います。

    春名啓紀氏(以下、春名):天草工業高校の生徒さんが卒業して、そういった企業へ就職するというルートができていくと、さらに理解は進んでいくでしょうね。

    馬場:来年の3年生の卒業後の進路が、ひとつの大きなポイントかなと思っています。校長先生のお話によると、もっと学びたいという子達も結構いるようなので、もっと高みを目指したい、もっと上手になりたいという子たちが、デジタルハリウッド大学に通ってくれるといいですね。

    春名:一度東京に出たとしても、同窓会などで帰ってきた時に情報交換をしたりして、新たに仕事ができるとか、そういうことも可能だと思うんですよ。地域で就職する人もいれば、デジタルハリウッド大学に進学して頑張る人もいて、そういう人たちが地域というキーワードで繋がって、仕事や情報が循環していくようになればすごくいいですね。そのハブに天草市がなれればいいと思います。

    馬場:天草では今、高校生に対して20倍以上の数の都市部企業の求人オファーが来るような超売り手市場ということもあって、高校を卒業した学生は、どんどん都会に行ってしまうんですよ。ただ、1~2年すると、帰って来る人たちも一定数いるんです。そういった人たちの受け皿として、地元の企業ももちろんですし、デジタル系、CG系の技術を学んだ人たちが帰ってきた時に入れる場所を作ろうということを目標にやっています。帰ってきたけれども仕事がない、という声が多いものですから。仕事があれば、家族と暮らしながら天草に住んで働こうという人たちが出てくるんじゃないか、と期待しています。

    CGW:そもそも、デジタルハリウッド・スタジオ天草を開校することを考えたきっかけは何だったんですか?

    吉山壽一氏(以下、吉山):馬場市長は、まだ民間企業にお勤めだった頃からデジタルハリウッドに関心を持たれていて、地域の人材が流出しない仕組みづくりについてよく語っておられました。私自身もその思いを伺う中で非常に共感する部分が多く、そこから市長とのご縁が深まっていったことが今回の取り組みに繋がっています。

    CGW:熊本ではなく、天草の名前を冠したのはどういった理由からなのでしょうか?

    吉山:行政単位で考えると熊本県なので、最初はデジタルハリウッド熊本でもいいじゃないかという言われていたんですが、天草を何度も訪れるうちに、どうしても天草は天草だなと感じるようになりました。市長さんと会っても企業さんと会っても、熊本県人というより天草人だという印象が強くて。

    :地元企業で、焼酎を扱っている天草酒造さんなんかも、地元愛が本当に凄いですよね。

    吉山:だから熊本を名乗るよりも、天草を名乗らないといけないと考えました。そうでないと熊本県にクリエイティブ教育を届けたいと考えた時に、実現できなかったと思います。

    ikenotsuyu.com/weloveamakusa

    東京と同じクオリティのコンテンツで3DCGを学べる意味

    CGW:地方で教育をする上で、都会と比べたときの講師の不足というのは課題だと思います。その点についてはいかがでしょうか?

    :動画教材としては東京と同じものをデジタルハリウッド・スタジオ天草でも使ってもらっていて、その教材は日々ブラッシュアップが続けられています。天草でも東京でも同じ教育が受けられて、その上で地元のコミュニティというリアルな場所がある、というところが教育としていいかなと思っています。

    吉山:こういったデジタル教育は、東京に行かなければ受けられないものでした。それが受けられる上に、デジタルハリウッド・スタジオ天草という、地元の人間と一緒にやっていくコンセプトが素晴らしいと思います。教育が受けられるだけでなく、人と人とのつながりがSTUDIOにはある、そこが1番重要なポイントだと思います。これは「熊本」という名前では実現できなかったかもしれません。「天草」という名前を冠したからこそ、そういった人の集まりが実現できたのだと思います。

    馬場:天草という地方都市だからこそ、よりデジタルの環境を整え、高めていかなければと思っています。田舎ほど便利にしないと、どんどん若者が都会に出て行ってしまいますし、地方が元気にならないと、日本全体がダメになってしまうと思います。地方というのは生産拠点で、都市部というのは消費地域なんです。消費地域だけでは国は成り立たない。だからこそ、デジタルの力を活用して、もっと便利にして、たとえ人間が少なくても地域を守っていけるような環境をつくっていかなければならないと思います。地域の企業さんにも都会と同レベルまでITスキルを上げてもらいたいです。ホームページすら持っていない企業さんもまだたくさんありますから。

    と同時に、デジタル化が進んで行けば行くほど、逆に人間はリアルに憧れるとも思うんです。人の温もりであるとか、そういったものは地方でより感じられるものだと思います。デジタルの良さと地方の田舎の良さを両立させてやっていきたいですね。

    :クリエイターは、クリエイティブな空気があるところで仕事をしたいものなんです。だから、高校生からクリエイティブな人を育てていって、東京と同じようなクリエイティブな空間があるとか、クリエイターが大勢いるとか、コミュニティがあるとか、そういう地域だと、一度都会に行っても帰りやすくなりますよね。クリエイティブというのはデジタルに限ったことではなく、例えばビールを造っている人や焼酎を造っている人も、クリエイティブじゃないですか。

    馬場:田舎こそ、クリエイティブな発想のための体験ができると思っています。今、天草の子供達に体験学習として、イルカウォッチングとか、化石の発掘体験とか、天草で体験できる全てのことを体験してもらおうということをやっているんです。そういった田舎ならではの体験とデジタルを組み合わせて、学びの体験や観光資源に繋げていきたいですね。

    CGW:今回の三社連携協定について、改めてお話を聞かせてください。これは何を目的としたものなのでしょうか?

    馬場:今回、D-HORIZON、デジタルハリウッドと三社で連携協定を結ばせていただきました。これは子供たちの教育、人材育成のために、色んな取り組みを一緒にやっていこう、ということを目的とした協定です。

    :教育と仕事と生活と、それらが繋がったエコシステムのようなものを天草でつくって行けたらと思っています。

    CGW:デジタルハリウッド・スタジオ天草の地方進出ケースとして、天草はかなりの成功事例だと伺っています。その理由はどこにあるとお考えですか?

    :単に我々が学校として進出したというだけでなく、天草の行政の方々や地元の方々が、みんなフラットに繋がっていて、みんなで盛り上げていきましょうという空気感があるんです。それが成功の理由だと思います。

    馬場:デジタルハリウッド・スタジオ天草がコワーキングスペース「ASUKAMA」と連携して誘致企業さんたちの受け皿になっていただいたり、吉山さんのD-HORIZONが地域の商工会議所のメンバーだったり、地域の企業さんたちと繋がっていこうとされているんです。そこでコラボが生まれて、企業のホームページをつくっていったり、それも学びにくる学生さんにつくってもらう実践の場になっていったり。市としても、そういった産業界を後押ししながら一緒にやっていくつもりです。

    春名:やはり、市としてそういうビジョンを持たれているからこそ、天草の事例は成功したんだと思います。部分に対してアプローチすることは色んな自治体さんも挑戦されていると思いますが、天草の場合、どう地域を活性化させるかを考えて、そのために教育にも社会構成にもアプローチされてきたことが成功の理由だと思います。

    CGW:確かに「デジタルアートの島創造事業」というコピーには、クリエイティブの育成を通じて、天草という地域全体を活性化させようというビジョンを感じます。今回はありがとうございました。

    TEXT_オムライス駆
    PHOTO_弘田 充
    EDIT_池田大樹(CGWORLD)