10月に公開された木下 麦監督によるオリジナルアニメ映画『ホウセンカ』。TVアニメ『オッドタクシー』(2021)でも脚本を手がけた漫画家・此元和津也氏と木下監督が再びコンビを組み、無期懲役囚となったヤクザによる大逆転の物語を描いている。CGWORLD.jpでは映画公開直後に木下監督のインタビューを公開したが、今回は3DCGで描かれた花火と、あえて主張せずに洗練された魅力を引き出した撮影について紹介する。

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    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 328(2025年12月号)からの転載となります。

    ■オープニングの3DCGによる花火と撮影による演出

    ダイナミックな花火と主張しないことを意識した撮影

    映画『ホウセンカ』
    10/10(金)新宿バルト9 ほか全国ロードショー
    監督・キャラクターデザイン:木下 麦
    原作・脚本:此元和津也
    企画・制作:CLAP
    ©此元和津也/ホウセンカ製作委員会
    anime-housenka.com

    今回はアニメ映画『ホウセンカ』オープニングの3DCGによる花火の映像。そして、作品のトーンの要となる撮影について解説していく。オープニングは3DCGで表現されたきらめく花火を、まるでドローンで撮影したかのように間近に捉えながらカメラが動く印象的な映像に仕上げられている。このオープニング演出・3DCGを担当したのはP.I.C.S.managementの金子 哲氏。

    花火はCinema4Dのパーティクルシステム機能で作成され、背景は作画スタッフが描いた街並みや空を3Dデータにカメラマップすることで空間が制作されている。「木下監督のイメージとしてあったのが『ドローンで撮影された花火の映像』です。人間が地上で見る花火とは異なり、立体感のある動きをつくる必要があったため、3DCGが採用されました。カメラワークについては、ある程度は監督のレイアウトイメージがありましたが、作画シーンの原画とビデオコンテを並べながらカット間の動きが飛ばないように意識して、そこに立体感と浮遊感で情動を感じるモーションを探りながらカメラワークを付けています」と金子氏。

    また、監督からは花火のパーティクルをただの光の粒ではなく、ひとつひとつが燃焼しているように形状を歪なものにしてほしいという要望があった。これは花火の力強くも刹那的に散りゆく様を本作のストーリーと重ねているため、火花ひとつの消え方にもこだわったためだという。そこで、ランダムな形状の2Dプレートを用意し、3DCGの花火のパーティクルに割り当てている。

    3D上ではカメラをターゲットとして設定し、カメラが回り込んでも2Dプレートは正面を表示し続ける。パーティクルの粒までこだわることで、3DCGの花火の質感が浮かないようにされているという。

    一方、本作の撮影監督を務めたのは星名 工氏で、使用ソフトはAfter Effects。シーンごとに異なる撮影の方向性を模索しつつ、全体を通して撮影処理が過度に目立たないよう心がけていたという。

    「一部の演出意図で強調する場合を除き、撮影処理が強く感じられないよう意識しました。本作はセルの線量が少なく、画面上の色面が広くとられるデザインのため、フレアやパラによるグラデーション効果は特に慎重に扱いました。過度なグラデーションは、作品の洗練された印象を損なう恐れがあるからです。そのため、シーンやカットごとにセルと背景のバランスを丁寧に調整し、元の画の雰囲気を損なわないよう、撮影処理を最小限に抑えました。セルと背景の調和を保ちつつ、視覚的な魅力が最大限に引き立つよう、細心の注意を払って処理を加えました」(星名氏)。下記にて個別のカット例を解説していく。

    ドローンで撮影したような花火

    • ▲カメラマップでつくられた街並みの空間
    • ▲花火のパーティクル
    • ▲作画に渡す前の3DCGの火球
    • ▲作画で描かれた打ち上がる火球。火球の軌道やカメラワークはまず3DCGでプレビズがつくられ、その軌道とタイミングを作画でトレースしながらアニメエフェクトが描かれている。これにより打ち上がる火球もダイナミックに仕上げられている
    ▲完成した花火。「本作では時間の交錯がひとつの表現として折り込まれています。時間の逆行を花火で表現するのは監督の考えだったのですが、そこに作画での表現では難しい浮遊感と音楽に合わせたモーションのカットを加え、記憶や揺れ動く感情を感じるような、儚い人生の一瞬をオープニングで描いたつもりです。本作を観た後にもう一度、見直していただけたら感じ取ってもらえるものがあるのではないかと思います」(金子氏)

    撮影による花火の発光感

    前述のオープニングの花火カット。花火の発光感は事前に用意されていたカラースクリプトを参考に作成している。ひとつの花火につき5レイヤーで色味と発光感を処理。標準エフェクト以外に、プラグインの「Deep Glow 2」を使用して発光感が表現されている。花火の色はカットごとに監督が横に付いて確認し、細かく調整したという。

    • ▲撮影処理前
    • ▲処理後

    独房内の主人公・阿久津 実とホウセンカ

    冒頭の独房内のカット。月明かりがホウセンカと年老いた阿久津 実を照らしている。このカットでは線処理、ホウセンカの落ち影を背景と馴染ませる、阿久津の胸元のプレートの数字足し、月明かりのフレア加味などが撮影で処理された。

    • ▲撮影処理前
    • ▲処理後

    夕暮れの砂浜を歩く3人夕暮れの砂

    夕暮れの砂浜を阿久津、そして阿久津と共に暮らす永田那奈、那奈の息子である健介の3人で歩いているカット。ひとときの穏やかな時間が描かれた美しいカットで、映画公式のSNSなどでも紹介されている。処理としては、フラクタルノイズを使用して夕陽の海面への反射(海面のキラキラ)を表現。同じく、フラクタルノイズでマップを作成し、それを用いてCC Glassなどで海の質感を加味している。そのほか、フレアなども丁寧に処理が入れられた。なお本カットは撮影監督補佐・小林未奈氏が担当している。

    • ▲撮影処理前
    • ▲海面処理のための素材
    ▲処理後

    街灯に透かす地図と数枚重ねられた手紙

    夜の住宅街で那奈が地図と数枚の手紙を街灯に透かし重ねていくカット。物語も終盤で、かつ地図と手紙を重ねていく重要なシーンのため、重なっていく手紙の透ける表現には特に苦心したという。また、地図と手紙は貼り込みの上に枚数も膨大なため非常に手間のかかるカットだったとのこと。

    • ▲BGとBookを配置した状態
    • ▲拡大画像
    ▲BG+Bookのデプスマップ
    • ▲デプスマップを参照しボケを加味した状態。被写界深度をコントロールするプラグイン「Lenscare FL Depth Of Field」を活用
    • ▲拡大画像
    • ▲手と地図、手紙のセル素材を配置
    • ▲左手に持つ地図のマスク素材を作成。光源を中心として外に向かってややグラデーションがかかっている
    • ▲重ねた手紙のインク部分のみを抽出した状態
    • 【A】では左手に持つ地図の下にある手紙の文字が透けておらず見えていない。しかし、このとき実際には地図の下に3枚の手紙が重なっているという設定だ。これをそれぞれ不透明度で透かしていくのでは理想の透け感にならないため、重ねた手紙のインク部分のみを抽出し、【B】のマスクを使用して地図の上から乗せることで理想通りの透け感が表現されている
    • ▲奥にある街灯の発光部分を活用し、【C】と同様インク部分を抽出したもの
    • ▲フレア素材
    • 【D】【E】【F】を合成した状態
    • ▲さらにフィルタやノイズを加えた完成カット

    CGWORLD 2025年12月号 vol.328

    特集:映画『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2025年11月10日
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    EDIT_海老原朱里(CGWORLD)/Akari Ebihara、山田桃子 / Momoko Yamada