TVアニメ『オッドタクシー』(2021)を手がけた木下 麦監督のオリジナルアニメ映画『ホウセンカ』が10月10日(金)より公開中だ。木下監督が『オッドタクシー』でも脚本を担当した漫画家・此元和津也氏と再びコンビを組み、CLAP Animation Studio(以下、CLAP)と共に描き出すのは、無期懲役囚となったヤクザによる大逆転の物語である。今回は木下監督にインタビューを実施した。CLAPとの意外な関係やアニメーションへの情熱、さらには映画誕生の舞台裏まで、多彩なエピソードを語ってもらった。
Information
10/10(金)新宿バルト9 ほか全国ロードショー
監督・キャラクターデザイン:木下 麦
原作・脚本:此元和津也
企画・制作:CLAP
©此元和津也/ホウセンカ製作委員会
anime-housenka.com
■2行のコンセプトから始まるストーリー
――『オッドタクシー』の放送が終わってから、次作に向けての手応えや課題はありましたか?
木下 麦監督(以下、木下):放送中から大きな反響をいただけたのですが、当時はコロナ禍でスタッフと直接コミュニケーションを取れなかったことが心残りでした。打ち合わせはリモートで、アニメーターさんと顔を合わせる機会もほぼなかったんです。僕が所属するP.I.C.S.はアニメ制作会社ではないので、原画や動画などアニメーションの基盤となるセクションについて、もっと理解を深めたかった。そこで『オッドタクシー』の制作が終わってから、CLAPの松尾(亮一郎)プロデューサーに「作品を手伝わせてください」とアプローチしました。

木下 麦
多摩美術大学在籍時からイラストレーター/アニメーターとして活動。アニメーターや監督補佐を経て、オリジナルTVアニメーション『オッドタクシー』で自身初となる監督・キャラクターデザインを担当。同作でCrunchyroll Anime Awards 2022 / Best Director、第25回⽂化庁メディア芸術祭 アニメーション部門新人賞などを受賞した。P.I.C.S. management所属
www.pics.tokyo/member/baku-kinoshita
――CLAPに声をかけた決め手は何だったのでしょうか?
木下:『映画大好きポンポさん』(以下、『ポンポさん』)(2021)を観て、すごく攻めたスタジオだと感じたんです。もちろん商業作品ではあるのですが、それに寄りすぎず、芸術性も保っていて、熱意やこだわりが印象に残りました。まずはCLAPで自作以外のタイトルにスタッフとして関わり、現場のリアルな空気を学ばせてもらいました。その経験を経て『ホウセンカ』の企画を立てた際に、改めてお声がけしたというながれです。CLAPもオリジナル作品に前向きで、「ぜひご一緒しましょう」という話になりました。
――『ホウセンカ』の脚本は『オッドタクシー』の此元和津也さんが続投していますね。
木下:企画の発端は、僕が此元さんともう一度仕事をしたかったからなんです。此元さんは構成が緻密で、物語の様々な場所に布石を置いて、それをポンポンと拾い上げる手際が素晴らしい。いわゆる"伏線回収”と呼ばれますが、それが上品でいやらしく見えなくて、物語の爽快感に繋がっています。語彙に富んだセリフ回しもユニークで、たとえ悪役でもちょっと憎めないところが素敵ですよね。
――此元さんはSNSで「木下監督が見せてくれた2行の企画書から、ここまで来ました」と投稿されていました。
あのたこ焼き屋のイートインで、木下監督が見せてくれた2行の企画書から、ここまで来ました。
— 此元和津也 (@kazuyakonomoto) April 24, 2025
映画「ホウセンカ」、お楽しみに#ホウセンカ https://t.co/IJFeAIt6qe
木下:そうですね。初めに物語の種になるアイデアを5つほど書き出して渡しましたが、その時点で「閉鎖的な空間や心境に置かれた主人公が、自分自身の力で状況を打破する姿を描く」というテーマは一貫していました。そこから「どのアイデアでやりたいですか?」と、此元さんにアイデアを選んでもらい、方向性を練っていきましたね。重視していたのは、2行で伝わるコンセプトをつくることです。結果的に「終身刑になった囚人が、花との会話を通じて過去を回顧する物語」に決まりました。ブレストが終わって此元さんが脚本の執筆作業に入ってからは、バトンを渡すかたちでお任せしていました。
――作品の土台を固めたら、あとは此元さんに任せる方針だったのでしょうか?
木下:はい。前作もそうでしたが、企画書の段階でキャラクターデザインや舞台設定の原案は用意してあります。此元さんには「これならシナリオが書ける」という基準があるようで、パズルのように組み合わせて物語をつくっていくスタイルのようです。ただ、登場人物が足りなければ自由に追加してもらっていて、主人公の阿久津 実やヒロインの永田那奈は僕がつくったキャラクターですが、阿久津の兄貴分である堤は此元さんが執筆中に生み出したキャラクターです。そこは縛られず、自由につくっていただきました。
――『オッドタクシー』で信頼関係が築かれていたんですね。ちなみに『ポンポさん』は90分という上映時間がポイントになる作品でしたが、『ホウセンカ』の尺もちょうど90分です。これは最初から決めていたのでしょうか?
木下:いえ、まったく決まっていなくて……。実はもともと20分の予定だったんですよ(笑)。短編という前提だったのですが、想像以上に長い脚本が上がってきました。プロデューサーも「それならいっそ長編にしよう」と後押ししてくれて、今の上映時間になったんです。だから『ポンポさん』を意識したわけではありませんが、僕も映画は90分ぐらいがいちばん観やすいと思っていたので、自然とその尺に落ち着いた感じですね。

■花のキャラクター・ホウセンカの動きはディズニー映画? アニメーションへのこだわり
――キャラクターデザインについて伺います。「アヌシー国際アニメーション映画祭 2024」のイベントレポートでは、木下監督の手法について「図形をベースにして描く」と紹介されていました。具体的にはどのようなアプローチなのでしょうか?
木下:まずキャラクターのキーになる図形から考えるんです。『ホウセンカ』では、阿久津は縦長の四角、那奈は丸、堤は横長の四角をベースに、左右対称の基本形をつくりました。シンプルな図形を基にしているのは、キャラクターデザインはシルエットが最も重要だと考えているからです。目や髪などの細部も大切ですが、より大きな視点で、全体を黒く塗り潰しても誰なのか判別できるにようにしたい。例えば、ピカチュウやドラえもんなどは、シルエットだけでも一瞬でわかりますよね。


――たしかに。TVアニメ『ポケットモンスター』は番組内にシルエットクイズもありましたね。
木下:一目でわかることは、優れたキャラクターデザインの条件だというのが僕の持論です。大まかなシルエットが決まったら、仕上げで左右非対称にして、それぞれの性格を踏まえて個性を加えます。阿久津はヤクザらしく左頬に傷をつけ、那奈はバブル期に流行ったトサカ前髪で気丈さを出し、堤はキザな男なので前髪を3本垂らしました。配色はまとまりを意識して3~4色に絞っています。那奈は髪も瞳も茶色にして、過度にカラフルにならないようにしました。
――ホウセンカ(花のキャラクター)のキャラクターデザインについても教えてください。
木下:人間キャラのアニメーションは日常芝居が中心になることはわかっていたため、逆にホウセンカはアクティブに動かしたいと思っていました。参考に挙げたのはディズニー映画の『ファンタジア』(1940)で、物に命が宿って生き生きと動くイメージですね。葉っぱを手足のようにデザインしたのもそのためで、アニメーターさんには「ボディランゲージだと思って大胆に動かしてください」と伝えました。
とは言え、言葉だけではニュアンスが伝わりにくいので、作画監督とイメージをすりあわせて、約15秒のサンプルアニメーションをつくって共有するようにしました。ホウセンカの花びらは人間の唇の代わりですが、単にパクパクと上下させるだけでは面白味に欠けます。葉や茎、さらに植木鉢代わりの缶も含めた全身の動きを通じて、感情を見せようと心がけました。

――原画や動画についてもっと学びたかったとおっしゃっていましたが、やはり動きには力を注いでいるのですね。
木下:はい。キャラクターらしさは、動作や仕草から立ち上がるべきだと思っています。仮に棒人間であっても感情表現はできる。それがアニメーションの醍醐味ですから。ホウセンカのデザイン自体はシンプルで情報量が少ないぶん、身体の芝居や表情の機微にはこだわりました。例えば、現代の阿久津は年老いて独居房で床に伏せています。そんな動きが限られているキャラデザインでも、目の開き方やまばたきの速度だけで伝えられるものがあるはずです。
――ホウセンカは日常芝居も丁寧で、しゃがむ、立ち上がる、食べるといった動作まできちんと描かれています。そうした作品は珍しい気がしました。
木下:歩く、座る、物を持つ。そんな何気ない身のこなしほど、描くのが難しいということを今回は実感しましたね。大変な上に苦労が伝わりにくい領域ではありますが、そうしたアニメーションからにじみ出るキャラクター性こそが本質だと思うので、そこは逃げずに丁寧に描きたかったです。
また『オッドタクシー』に続いて今回もプレスコだったので、役者の声が入ったことで作画に迫力を足したり、逆に抑えたりと微調整も重ねました。そのおかげで血の通った芝居になったと思っています。難しいオーダーに応えてくださったアニメーターの皆さんには、感謝しています。
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▲木下監督の参考映像のもとになったカットの絵コンテ。堤の芝居は絵とト書きで指示されており、軽く視線を向ける仕草も描かれている -
▲なおコンテはPhotoshopで作成し、After Effectsで全編のビデオコンテも制作した
■「Stand by Me」と絵コンテのリズム設計
――木下監督は美術設定も兼任しています。「閉鎖的な空間」がテーマにあったとのことですが、その理由も教えてください。
木下:『オッドタクシー』は舞台がどんどん広がっていく作品でしたが、『ホウセンカ』は、現代は独居房、過去はアパートという、2つの空間を中心に進めるストーリーにしました。現実的にはコスト削減という意味合いもあって、オリジナルの映画で多くの場所を出すのは効率的に厳しいんです。それなら今回は舞台を絞り、ミニマムな世界を丁寧につくり上げることを念頭に置きました。
しかし、アパートは非常に難しかったですね。畳や梁は見慣れた幾何学図形なので空間の狂いがそのまま絵に出やすく、不自然なレイアウトになってしまいがちなんです。やけに大きな畳の上で寝ているように見えてしまうこともありました。舞台は少なくなった代わりに、難易度は高くなりましたね。「いっそ砂漠にしたら楽だったのに」と思ったぐらいです(笑)。

――やはりアパートのシーンは演出面でも苦労されたのですか?
木下:はい。いちばん大変だったのは劇伴で「Stand by Me」をながす場面です。段ボールのガムテープを剥がす音と電子レンジの音で、阿久津と那奈がメロディを奏でるのですが、絵コンテから悩みました。ベースラインを「ボン・ボン・ボボボン」と口ずさむのに合わせて、ガムテープを「シャッ!」と剥がすのですが、実際にやると何度も繰り返す必要があります。となると、部屋に段ボールが何箱必要なんだろうかと(笑)。アパートの生活感を出したくて空間をリアルに設計したぶん、今度は嘘がつけなくなってしまったんです。最終的には1枚のガムテープを数回に分けて剥がすなど、工夫を重ねて違和感が出ないようにしました。

――「Stand by Me」は当初から使う予定だったのでしょうか?
木下:はい。此元さんが脚本の段階で曲を指定してきて、オシャレな采配だなと驚いたんですよ。『ホウセンカ』は今のトレンドからすると少々ニッチな作品かもしれませんが、物語は純愛ですし、その奥には確かな普遍性が宿っているはずです。そこに「Stand by Me」のようなスタンダード・ナンバーを重ねることで、ポップな親しみやすさが加わり、観客との距離をぐっと縮めてくれる。歌詞も阿久津と那奈の想いに寄り添う内容で、物語が秘めたテーマをやさしく掘り起こしてくれる気がしました。このシーンで誰もが知る名曲をながすのは理に適っていて、演出としても粋だと思いましたね。
神戸:(※取材に同席していたP.I.C.S.の神戸麻紀氏)ただ、洋楽は権利的にハードルが高く、当初は許諾が取れるのか不透明だったんです。実際に使用できると確定するまで、監督にはお待ちいただきましたよね。
木下:でも、僕は許可が出る前から、使える前提でコンテをきっていましたよ(笑)。音に合わせていたので、もう他の曲には絶対に変えられない。「やっぱりダメでした」と言われたらどうしようとドキドキしていましたが、皆のおかげで使えることができて本当に良かったです。

――オープニングの打ち上げ花火も、主題歌「Moving Still Life」とのシンクロが印象的でした。花火には3DCGを用いて、カメラワークもダイナミックです。
木下:『ホウセンカ』は独居房の静かな場面から始まり、カメラを動かさないFIXのカットが続きます。そのためオープニングでは3DCGを駆使して、「物語が一気に動き出した」という気持ちと同時に静と動の抑揚の心地いい感覚を味わってほしかったんです。3DCG担当と綿密に打ち合わせをして、打ち上げ花火の間を縫うように走らせるカメラワークを設計しました。アバンタイトルが静、オープニングが動というイメージで緩急を際立たせて、作品全体のリズムを整えるというねらいもありましたね。
オープニングも音先行で絵コンテを切っています。主題歌アーティストのceroさんからデモを受け取り、花火の破裂のリズムを音に合わせ、より心地よい仕上がりになるよう調整しました。爆発や煙の表現はエフェクトが得意なアニメーターさんに依頼し、打ち上がる軌道は作画、花火の球体は3DCGという映像面の棲み分けも効果的に機能したと感じています。手間はかかりましたが、映画の導入として心をつかめる、開放感のある幕開けになったと自負しています。
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▲オープニングのクライマックス。「Cut66B」は13秒、タイトルバックの「Cut70A」は20秒と、長めの尺をとった。コンテ段階では大まかな方針と時間のみを指定し、その後、3DCGスタッフと細部を詰めていったことが伺える -
▲アパートの庭に咲いているホウセンカを、阿久津が覗き込むシーン。花火の音に気付き、外へ目を向けるカットへとつながる。コンテでは一部のカットに着色も施されている
――最後に、CGWORLDの読者であるクリエイターや学生に向けてメッセージをお願いします。
木下:自分にしかできない仕事をつくることが重要だと考えています。他の誰にも代えられないものを身につけて、作品として世に送り出していくことが、これからますます大切になるはずです。僕がオリジナルに取り組んできたのも、そうした意識があったからかもしれません。自分だけの強みを備えた唯一無二の存在になれれば、チャンスは必ず広がると信じています。

TEXT_遠藤大礎 / Endo Hiroki
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
EDIT_海老原朱里(CGWORLD)/Akari Ebihara、山田桃子 / Momoko Yamada