毎年6月、フランス南東部の美しい湖畔の街・アヌシーには、世界中のアニメーション関係者が集う。「アヌシー国際アニメーション映画祭(Festival International du Film d’Animation d’Annecy)」は、アニメーション界で最も歴史があり、かつ最大規模を誇る国際イベントだ。その産業部門「MIFA(International Animation Film Market)」は、世界中のスタジオ、配信プラットフォーム、放送局、教育機関、そしてアーティストを結ぶハブとして機能している。
今回は、映画祭全体を統括し、MIFAを率いるミカエル・マラン氏(Mickaël Marin)に、映画祭が果たす役割、日本アニメーションへの期待、そしてAI時代の創造性について話を聞いた。
手描きアニメは生き続ける
――デジタル技術の進化によって、アニメーション表現はどのように変化していると感じますか?
ミカエル・マラン氏(以下、マラン):技術の進歩は確かに大きな影響を与えていますが、興味深いのはストップモーション作品の活況です。CGによる作品が増える一方で、手描きやストップモーションなどの伝統的なアニメーションは衰退していません。むしろ進化しているように感じます。
アヌシーで私たちが提示したいのは、アニメーションが持つ「多様性」です。コンピューター技術を駆使した映像だけでなく、絵画のような質感、手作業による造形、そしてアーティストの個性がにじむ作品……あらゆるスタイルが並びます。
アニメーションはいま、映画、ビデオゲーム、コミック、マンガ、文学など他メディアと交差しながら進化しています。私はこのジャンルが、現在もっともダイナミックに発展している映像表現だと考えています。
――それでは、AIや縦型動画など、新しい技術の波をどう捉えていますか?
マラン:縦型やモバイル向けの作品は、物語を届ける新しい手段として歓迎しています。
一方で、AIはより深いテーマを孕んでいます。制作プロセスに大きな影響を及ぼす可能性があるからです。
だからこそ、アヌシーを議論の場にしたいと思っています。AIの活用だけでなく、アーティストの権利や著作権の保護、法的課題など、あらゆる観点から考える必要があります。
私たちは、人間を中心に置いた創造を守りたい。
マラン:AIはあくまでツールであり、アーティストを置き換えるものではありません。欧州連合(EU)がAI規制を導入したのも、創造を支えるルールづくりの第一歩です。次の数十年を見据え、私たちは共に新しい基準をつくる責任があります。
カメラが写真家の目を置き換えられないように、AIもアーティストの感性を置き換えることはできません。人間の創造性こそが、アニメーションを支える核なのです。
歴代受賞者には『Flow』ギンツ・ジルバロディス監督も
――アニメーションの多様性をどう見せるか。映画祭のプログラムにもその思想が反映されているようですね。近年はどのような取り組みを行っているのでしょうか。
マラン:2019年、アーティスティック・ディレクターのマルセル・ジャンが新たに長編部門「Contre-Champ(コントル・シャン)」を創設しました。より多くの映画が観客と出会い、競い合える場をつくることが目的です。
初回の受賞者は、ラトビア出身のギンツ・ジルバロディス監督による『Away』でした。
マラン:彼はその後『Flow』で世界的な注目を集めました。こうした若手クリエイターの発掘は、まさにアヌシーの使命そのものです。
マラン:私たちは、大手スタジオの大作だけでなく、独立系や個人制作の作品にも光を当てています。多様な技法と価値観が共存することこそ、アニメーション産業を豊かにする源だと考えています。
映画祭の使命は「繋がりを生むこと」
――アヌシー映画祭やMIFAが果たしている役割について、どのように考えていますか?
マラン:私たちの使命は、作品が観客と出会うための最高のプラットフォームを提供することです。監督と観客、プロデューサーと放送局、スタジオとリクルーター……多様な立場の人々を結びつけること。それが私たちの最大の役割です。
映画祭本体は作品の発表の場であり、MIFAは産業の交流と発展を支える場です。たとえば制作中の長編映画を紹介する「Work in Progress」では、完成前の段階から新しい才能や企画を発見する機会を提供しています。こうした出会いが、未来のアニメーションを形づくるのです。
若手育成のハブ「MIFAキャンパス」
――MIFAの中でも、教育や若手育成の取り組みが年々注目を集めています。
マラン:MIFAキャンパスは、学生や若手クリエイターを支援するプログラムです。昨年は世界中から4500人以上の学生を迎え、ワークショップやマスタークラスを開催しました。
スタジオのリクルーターが直接学生と会える場でもあり、多くの人材採用のきっかけになっています。
これまでにミシェル・ゴンドリー氏やウェス・アンダーソン氏といった著名監督が登壇し、次世代に刺激を与えました。私たちは“商談の場”をつくるだけでなく、未来のアーティストを育て、産業と繋げる場をつくりたいのです。
オンラインでも事前に繋がれる仕組みを整え、映画祭が始まる前から交流をスタートできるようにしています。アヌシーは、教育とキャリアの交差点でもあります。
フランスと日本、コラボレーションの「新時代」
――東京都が出展する日本ブースは今年で10周年を迎えましたね。
マラン:VIPO、ユニジャパン、東京都、講談社といった多くの組織の尽力により、現在のような大規模で美しい日本ブースが実現しました。年々拡張され、今では映画祭の中でもひときわ目を引く存在になっています。活気あるスペースであり、世界の注目を集めています。
https://cgworld.jp/special-feature/tokyo-pitch10mifa-2025-2.html
――フランスや他国から見た日本アニメーションの存在感をどう感じていますか?
マラン:言うまでもないですが、フランスをはじめ世界中のクリエイターが、日本のアニメーションに強い魅力を感じています。そして日本もまた、海外とのコラボレーションに以前より積極的になっているように感じています。
私は今がまさに、フランスと日本が共創する新時代の幕開けだと思います。フランスの多くのアーティストは、日本アニメを見て育ち、その美学や語り口に影響を受けています。互いにリスペクトを持ちながら協働できる関係性が築かれつつあり、これからますます新しい共創が生まれるはずです。
日本のスタジオへ──「早めの準備が成功の鍵」
――日本のスタジオがアヌシーに出展する際のアドバイスはありますか?
マラン:アヌシーでは、商業的な作品もアート志向の作品も歓迎しています。参加を検討しているなら、できるだけ早い段階で私たちに連絡してください。準備を効率的に進められるよう、出展のサポートやマッチングの手助けができます。
マラン:映画祭期間中は多くのイベントや商談が同時に進行します。だからこそ、事前準備が成功の鍵です。私たちはそのプロセスを全力で支援します。
「アニメーション誕生の地」に新たな拠点を
――2026年には新しい施設がオープンすると伺いました。
マラン:はい。アヌシーでは2026年、アニメーションのための恒久的な施設をオープンします。映画祭の期間だけでなく、年間を通じて開かれる場所です。展示スペース、常設展示、教育施設、アーティスト・レジデンス、カフェなどを備えた複合拠点となります。
この「Citia」プロジェクトは、1885年に建設された歴史的建造物を再生する形で進められており、新たな文化の象徴となる予定です。
ぜひ日本のクリエイターの皆さんにも足を運んでほしいですね。
――最後に、日本のクリエイターへのメッセージをお願いします。
マラン:日本のアーティストには、世界に誇る創造性と独自の物語表現があります。
その感性をどうかこれからも大切にしてください。私たちは日本のアニメーションを深く愛していますし、新しい才能に出会えることを心から楽しみにしています。
アヌシーで、またお会いしましょう。
PHOTO_弘田 充
EDIT_中川裕介(CGWORLD)