生成AI技術が劇的な進化を遂げる昨今、クリエイティブツールへのAI機能搭載が加速している。その変化の中で、「AIはクリエイターの仕事を奪う脅威か、あるいは新たな扉を開くツールか」という言説が絶えず飛び交っている。
本稿では、3DCGツールの世界的リーダーであるオートデスクより、M&E部門EVPのダイアナ・コレラ(Diana Colella)氏に話を訊いた。Mayaや3ds Max、Flow Production Tracking(以下、Flow PT)などの既存ツールへのAI統合策から、Wonder Dynamics社およびRADiCAL社という気鋭のAI企業買収の裏側に至るまで、同社の戦略をつまびらかにするとともに、「オートデスクが考えるAIとクリエイティブの現在地」を浮き彫りにしていく。
プロフィール
ダイアナ・コレラ氏
Autodesk, Inc.
メディア&エンターテインメント
エグゼクティブ バイスプレジデント
www.autodesk.com/company/newsroom/corporate-info/executive-bios/diana-collela
クリエイターの仕事を奪うのではなく、力を拡張するためのAI
――まずはオートデスクのメディア&エンターテインメント(M&E)部門における、AIに対する基本的な戦略について伺います。
ダイアナ・コレラ氏(以下、コレラ):大きく分けて2つのアプローチから成り立っています。1つ目は、Mayaや3ds Max、Flow PTといった私たちが提供している既存の製品群に対して、どのようにAIの機能を組み込んでいくかというアプローチです。
そして2つ目が買収による戦略です。これまでにビデオから3Dキャラクターアニメーションを自動生成するWonder Dynamics社を買収し、さらに直近では、クラウドベースのAIモーションキャプチャ技術をもつRADiCAL社の買収も発表しました。こうした先進的なAI企業と共に取り組んでいくことは、私たちの戦略において非常に重要なウェイトを占めています。
――「AIがクリエイターの仕事にとって代わるのではないか」という不安の声もあります。オートデスクは、AIとクリエイターの関係性をどう捉えていますか。
コレラ:確かにそうした極端な意見を言う人もいますが、私たちは「AIが人にとって代わる」とは全く信じていません。現時点でも、AIがゼロから生成するコンテンツは、プロのエンターテインメント業界で求められるような「制作現場で求められる品質」には到底達していませんし、将来的にもクリエイターの持つ創造性や独自の視点を完全に代替することはできないと考えています。
オートデスクは他のAIベンダーとは異なり、AIをあくまで「クリエイターのアシスタント」と位置付けています。クリエイターの仕事を奪うのではなく、作業を効率化し、クリエイター本来の力を拡張するという視点をもってAIを導入しているのです。
面倒な作業を減らし、クリエイティブな本質に集中するためのAI
――1つ目の戦略、既存ツールへのAIの組み込みについて、どのような思想で開発を進めていますか。
コレラ:現在、クリエイターの皆さんの日々の仕事の中には、非常に手間と時間がかかる一方で、あまり「クリエイティブではない」作業が山のように存在していますよね。私たちが既存のプロダクトにAIを活用した機能をつくり込んでいく目的は、そうした面倒な作業をAIに任せることにあります。
――具体的にはどういった機能でしょうか。
コレラ:例えば、Maya 2026から搭載しているAIを活用したアニメーション制作機能「MotionMaker」ですが、Maya 2027では馬の基本的なモーションを数秒で生成できるようになりました。
コレラ:馬の基本的なモーションを手作業でつくるには膨大な時間がかかります。しかし、クリエイターが本当にやりたいのは「このシーンにおける馬はどんな感情や躍動感を持っているべきか」といった本質的な表現の追求のはずです。AIがルーチンワークを肩代わりすることで、クリエイターが本来集中すべきクリエイティブな部分に時間をかけられるようになります。これが私たちの目指しているかたちです。
カスタマーデータを保護し、安心して使えるAI環境を提供する「トランスペアレンシーカード」
――クリエイティブとAIについては、倫理面や透明性への配慮も必要です。その点はいかがですか。
コレラ:オートデスクでは、AI機能の透明性を確保するために「トランスペアレンシーカード」というものを制作し、Webサイト上に公開しています。このカードには、各AI活用機能がどのような仕組みでつくられているのか、どのようなデータが活用されているのかといった詳細な情報を記載しています。
――なるほど。それはクリエイターにとって大きな安心材料になります。
コレラ:ユーザーのIP(知的財産)保護の重要性については、企業として極めて真剣に捉えなければならない課題です。そのため、Mayaなどに関連して開発された主要なAI活用機能においては、ユーザーデータを学習に利用しない方針のもとで設計・開発が行われています。
Wonder DynamicsとRADiCAL買収の背景
――2つ目の戦略、買収について詳しく伺えますか。
コレラ:Flow Studio(旧称:Wonder Studio)を開発したWonder Dynamics社は、AIが現在のようにメインストリームになる前の2016年から、長年にわたってAI開発を手がけてきました。AIツールを開発し、実際に機能するものをリリースするのは決して簡単なことではありませんが、彼らはすでにお客様に実際に使われている強力なプロダクトを持っています。
Wonder Dynamicsの創業者であるタイ・シェリダン(Tye Sheridan)氏は映画俳優で、共同創業者のニコラ・トドロビッチ(Nikola Todorovic)氏もプロダクションで実績を積んだ人物です。彼ら自身が業界の人間であり、制作現場の仕事の進め方を熟知しているため、ツールも既存のパイプラインに組み込みやすいように設計されています。多くのAI企業が既存パイプラインの置き換えを目指す中で、Wonder Dynamicsは既存ワークフローとの共存を重視しています。
――RADiCALについてはいかがですか。
コレラ:RADiCAL社はクラウドベースのAIモーションキャプチャ技術を持つ企業で、当社としても数年前から投資を行い、動向を注視してきました。
コレラ:Flow Studio(Wonder Dynamics)も傘下に入った今、これらを組み合わせることでどのような相乗効果が生まれ、クリエイターにどのような価値を提供できるのか、非常に期待しています。既存のワークフローやMayaとの連携を前提としており、パイプラインを切り替えるのではなく、現在のフローの中に連続して組み込んで効率アップを図れる点が最大のメリットです。例えばMayaでのプリビズ制作段階でも、大きな威力を発揮するはずです。
Flow Studioを介したクリエイターエコノミーの拡大
――日本でも、ツール内にAIが組み込まれることでアーティストの能力が拡張される動きが目立ってきています。
コレラ:私たちが提唱しているだけでなく、実際にユーザーの皆様が証明してくれているように、AIの力によってこれからクリエイターエコノミーはさらに拡大し、クリエイターの数そのものが増えていくと確信しています。
Flow Studioは非常に使いやすく、特別な専門技術がなくてもすぐに使い方を覚えることができます。そのため、これまでCGツールに触れてこなかったような新しい層の方々が、YouTube向けの動画制作などを含め、様々なユースケースを開拓してくれています。こうしたコミュニティ発の新しい活用法が生まれることは、私たちにとって非常に嬉しいことです。
――日本では少人数や個人で劇場公開レベルの作品をつくり上げるケースも出ています。彼らの多くはBlenderユーザーです。
コレラ:Blenderを使うインディークリエイターの方々には、ぜひ一度Flow Studioを試してみてほしいです。3DCG未経験のクリエイターや、Blenderをメインに使うクリエイターにとって、多機能なMayaや3ds Maxは学習コストが高く、目的に合わないケースもあるでしょう。Flow Studioはその点、直感的に素早く3DCG表現を行いたいクリエイターのために設計されたツールです。
――それはつまり、BlenderとFlow Studioを組み合わせるワークフローを提案するということでしょうか。
コレラ:その通りです。BlenderとFlow Studioは組み合わせて使うことで絶大な効果を発揮します。扱いやすく、汎用性が高いFlow StudioでAIによる高度なモーションや合成を行い、それをBlenderのパイプラインに繋ぐといったワークフローも十分に実現可能です。
クリエイティブツールへのAI機能組み込みがCGの仕事をさらに増やす
――生成AIやAI活用ツールの充実により、「今のうちにAIを専門的に勉強しておかないと生き残れないのではないか」「CGをゼロから覚える意味がなくなるのではないか」と不安を抱く学生やクリエイターも多くいます。この点について見解を伺います。
コレラ:結論から言えば、そこまで気にしすぎる必要はありません。私たちが目指しているのは独立した難しいAIツールをつくることではなく、MayaやFlow Studioの機能としてAIを自然に組み込むことだからです。
上手く設計されたAI機能であれば、何ヶ月もかけて専門的な操作方法を学習しなくても、直感的に使えるようになります。「テキストから3Dを生成する」「自動でモーションを合わせる」といった機能は、勉強しなくても使えるのが強みなのです。ツールとしてのCGスキルを捨てる必要は全くありません。
――「AIによる人員削減」といった切り口の報道も多いですが、どのように受け止めていますか。
コレラ:メディアのそうした報道がクリエイターの方々の恐怖心を煽ることもありますが、現実はそこまで極端ではありません。むしろ、AIによって制作プロセスの効率化が図れれば、メジャー映画からインディー作品、ゲームに至るまで、より多くのコンテンツをスピーディに制作できるようになります。
コレラ:コンテンツの絶対数が増えれば、それに伴ってクリエイターの需要も拡大します。ですから、私はCGの仕事は奪われるどころか、むしろ今後さらに増えていく見込みだと確信しています。AIはクリエイターの才能をリスペクトし、助けるための強力なアシスタントです。どうか不安にならず、自身のクリエイティブな仕事に自信を持って、新しいツールを活用してほしいと考えています。
――オートデスク製品とAI機能について、不安を払拭できるメッセージをいただけました。本日はありがとうございました。
TEXT_kagaya(ハリんち)
INTERVIEW_池田大樹/Hiroki Ikeda(CGWORLD)
EDIT_Mana Okubo(CGWORLD)