6月23日(火)、VRデバイスやインターフェイス開発を手がけるDiver-Xは、メディア向けの新製品発表会を開催した。同社は最新のデータグローブ「ContactGlove 3」(予約販売受付中)およびロボティクス向けの「ContactGlove 3 Pro」(2026年10月販売開始予定)を発表するとともに、7月1日(水)付で社名をMelt Interface Technologies株式会社へ変更することを明かした。

本記事では、劇的な進化を遂げた新製品の詳細と、トヨタ紡織をはじめとする産業界での活用事例を紐解きながら、“インターフェイスをつくる会社”として同社が描くビジョンと今後のビジネス展開に迫る。

記事の目次

    ■磁気センサー搭載で大きく進化した「ContactGlove 3」

    Diver-X(現・Melt Interface Technologies)が展開する「ContactGlove」シリーズは、2023年の初号機発売以来、民生用ハンドトラッキンググローブとして世界トップシェアを獲得してきた。コントローラ一体型というユニークな設計が評価され、CESのイノベーションアワードを受賞するなど、グローバルで数万台規模の販売実績を誇る。今回発表された第3世代モデル「ContactGlove 3」は、従来機の単なるマイナーチェンジではなく、根本から設計を刷新した革新的なデバイスだ。

    最大の変化は、センサー方式の変更である。独自開発の「ゼロドリフトテクノロジー」に基づく磁気センサーを採用したことで、指や手のポジショニングを絶対値として取得することが可能になった。これにより、従来のトラッキングデバイスが抱えていたドリフト(時間経過による位置のズレ)を完全に解消。

    CTOの浅野 啓氏によるデモンストレーションでも、指先同士を正確に合わせる動作や、指を交差させる複雑な動き、さらには箱の中に手を入れた状態(オクルージョン環境)でも、一切の破綻なく正確なトラッキングを維持することが実証されていた。センチメーター単位だった誤差は平均0.5mmにまで縮小され、使用前のキャリブレーションも初回のみで済むようになった。

    ▲CTO 浅野 啓氏によるデモンストレーションの様子

    ハードウェアとしての快適性と堅牢性も大幅に向上している。バッテリー駆動時間は最大10時間を確保し、グローブ本体やケーブル類の耐久試験を過酷な条件でクリアした。さらに、装着したままの操作性を高めるため、手の甲に配置されたコントローラモジュールを従来比で20%縮小。VR空間内で物をつかみ続ける際の指の疲労を軽減するグリップ固定ボタンも新搭載された。

    ラインナップは、指先が露出する民生用「ContactGlove 3」(99,800円・10月発売)と、指先までカバーする産業用「ContactGlove 3 Pro」(498,000円)の2種類。上位モデルのPro版はROSやUnityに標準対応するSDKが提供され、双方向の触覚フィードバックを備えた拡張モジュールの展開も予定。他社の産業用グローブと比較して圧倒的なコストパフォーマンスを誇る。

    さらには、双方向の触覚フィードバック機能を備えた拡張モジュールの展開も予定されており、他社の産業用データグローブと比較して圧倒的なコストパフォーマンスを誇る。

    ■トヨタ紡織が惚れ込んだ圧倒的開発スピード

    本発表会には、Diver-Xの主要株主であり、共同開発パートナーでもあるトヨタ紡織株式会社の小島 純氏が登壇。産業現場における具体的な導入事例を語った。

    トヨタグループで自動車の内装やシートを手がける同社が抱えていた課題は、開発プロセスにおけるアナログからバーチャルへの移行の難しさ。VRゴーグルを用いた視覚的な車内空間の検証は進んでいたものの、「実際にものに触れられない」という制約から、操作感や距離感が正確に掴めないというジレンマがあった。

    そこで白羽の矢が立ったのが、形状記憶合金を用いた独自の触覚フィードバック技術を持つDiver-Xだ。小島氏は、同社への出資の決め手として「要求に対して数日後には実働プロトタイプを提示してくる圧倒的な開発スピード」を挙げた。

    現在、両社は共同開発したハプティクスグローブを用いて、バーチャルな車内空間で実際に内装に触れ、操作する疑似体験システムの検証を進めている。これにより、従来は多大なコストと時間を要していたクレイモデルの製作プロセスをVR上で代替し、形状を自在に変更しながら素早くデザイン評価を行えるようになった。

    さらに迫田氏は、VRならではの「人間の感覚拡張」という非常に興味深いアプローチを明かした。現実世界では1mmの凹凸は1mmとしてしか知覚できないが、VR空間上でデータグローブを介せば、その1mmの凹凸を10倍に増幅して指先にフィードバックできる。これにより、人間の素の感覚では気付きにくい微小な曲面の破綻や異物を、直感的に検知できるようになるという。

    ▲CEO 迫田氏

    また、製造現場における品質保証(QA)への応用も期待されている。工場におけるネジ締めやコネクタの接続といった作業は、最終的には人間の運動に依存している。ContactGlove 3の極めて精緻なトラッキング能力を用いて作業員の指先の動きをデータ化すれば、定められた工程が正確に行われたかを自動的にチェックし記録できる。

    人手不足が深刻化する国内の製造業において、人間をロボットに置き換えるだけでなく、テクノロジーの力で人間の性能と正確性を底上げするという発想は、産業DXにおける強力な武器となるだろう。

    ■ハードとソフトを垂直統合する少数精鋭集団「Melt Interface Technologies」

    Diver-Xは2021年3月、当時高校3年生だった迫田氏と浅野氏によって創業された。ふたりはともに孫正義育英財団の奨学生であり、同年に経済産業省主宰の未踏IT人材育成事業でスーパークリエータの認定を受けた、まさに世代を代表する俊才だ。

    迫田氏は中学・高校時代からロボット開発に取り組み、未踏ジュニアスーパークリエータ、情報処理学会の中高生情報学研究コンテスト委員長賞などを受賞。その後2023年にはForbes 30 UNDER 30 Japanに選出された。現在は慶應義塾大学に在学しながら会社を率いる。

    CTO浅野氏もまた、アプリ甲子園優勝、Unityインターハイゴールドアワード受賞など輝かしい実績を持ち、コロンビア大学エンジニアリングスクールに在籍しながらVRドライバの開発を中心に技術を牽引している。

    ハードウェアとソフトウェア、それぞれの領域で超一流の認定を受けた二人が高校時代に出会い、同じ志のもとで会社を立ち上げたという事実は、この会社の本質的な強みを端的に物語っている。

    当初はVRゴーグルの開発を目指していたが、入力インターフェイスの重要性を痛感し、グローブ型コントローラへと舵を切った。

    彼らの最大の強みは、常識にとらわれない柔軟な発想力と、それを最短距離でプロダクトに落とし込むハードウェアおよびソフトウェアの統合的な実装力にある。ソフトウェアとAIの進化によってアプリケーション開発のコモディティ化が進む現代において、メカ設計、基板開発、デザイン、そしてソフトウェア制御までを自社で垂直統合できる体制は、競合他社にとって強固な参入障壁となっている。

    事実、同社はデバイスメーカーとして認知されている一方で、現在の収益の約半分は、そのデバイスを活用した企業向けのソリューションサービスから生み出されている。自社でハードウェアを完璧にコントロールできるからこそ、顧客の要望に応じた柔軟なカスタマイズや、先述のトヨタ紡織のような高度なPoC(概念実証)を圧倒的な速度で回すことができるのだ。

    わずか数年で世界シェアを獲得し、総勢40名規模の専門家集団へと成長を遂げた同社は、スタートアップ特有の瞬発力と、大企業顔負けの技術的深みを併せ持つ稀有な存在である。

    なお、Melt Interface Technologiesでは現在、事業拡大に伴い全職種で採用を強化中だ。特に電気エンジニア、組み込みエンジニア、マーケティング/営業職を積極的に募集しており、想定給与レンジは500〜1,200万円。まずはカジュアル面談からでも歓迎とのことだ。

    ■Diver-Xは「Melt Interface Technologies」へ、人間とテクノロジーの境界を“溶かす”

    創業から5年という節目を迎え、同社は7月1日(水)付で社名をMelt Interface Technologies株式会社へと変更する。「Melt(溶ける)」という言葉には、同社が最終的に達成したい究極のビジョンが表現されている。それは、人間とコンピュータテクノロジー、あるいはロボットとの間に存在する“障壁”を溶かし、ユーザーが自身の身体の一部のように、思いのままにデジタルデバイスを操作できる状態をつくり出すことだ。

    このビジョンを具現化するため、同社は今後3つの事業領域を展開する。次世代マウス「MeltMouse」など日常のビジネスシーンを革新する「汎用インターフェイス事業」、精緻なトラッキングを武器に製造現場へ高度なデバイスを提供する「産業用インターフェイス事業」、そしてこれらで培った技術でDX支援を行う「ソリューション事業」だ。同社はVRデバイス専業から、生産性と体験の質を向上させる“インターフェイスの総合企業”へと生まれ変わろうとしている。

    ■高精度な運動データを持続可能な収益源とするビジネスモデルへ

    Melt Interface Technologiesが描くビジネスモデルは、単なるハードウェアの売り切り型ではない。ハードウェアを起点として圧倒的な競合優位性を築き、その先に広がるデータビジネスやソリューションによって持続的な収益を上げる、多層的なエコシステムを志向している。

    その中核となるのが、ロボティクスとフィジカルAI領域へのアプローチ。現在、AIが現実空間で物理的に稼働するロボットの頭脳となるためには、現実の運動データが決定的に不足している。

    「VR空間に没入するために人間の動きを高精度にセンシングする技術と、ロボットに人間の動きをティーチングする技術は、根源的に同じものです」と迫田氏は指摘。

    同社はコンシューマー市場でグローブ型デバイスを普及させてきた実績があり、高精度なデータを安価かつ大量に取得できる基盤を持っていること自体が、現在のAI業界において極めて強力なポジションとなる。

    運動データ自体がグローバル規模でバブル的な高値で取引されていながら、各社がバラバラにデバイスを自作している非効率な現況を打破すべく迫田氏は、ContactGlove 3 Proをデータ収集における世界標準ツールとして広く提供する戦略を掲げている。

    さらにその先に見据えるのは、人間自身の能力拡張を通じたデバイスの継続的な利用価値の創出だ。単にデータを取り終えたら不要になるデバイスではなく、指先の触覚を面積の広い背中の振動モーターに転移させて解像度を上げるなどの研究も視野に入れている。

    これにより、職人の暗黙知や高度な身体性をデータ化して外部に保存し、経験の浅い作業員にリアルタイムで触覚的なフィードバックを与えて技術を伝承するといった、真の“人間の身体性拡張”が実現する。

    Melt Interface Technologies社は、デバイスとデータの両輪によって人間とテクノロジーの境界が融け合う未来を実装しようとしている。

    TEXT__kagaya(ハリんち
    PHOTO_大沼洋平
    INTERVIEW&EDIT_中川裕介(CGWORLD)