2Dアーティストのキャリアと画法にせまるCGWORLD本誌の人気連載「絶景イラストレーション」。

今回は特別にグラフィックデザイナーからイラストレーターへ転身された、しまざきジョゼさんの記事を公開!Side-Aでは、好きな絵を仕事にするためにしまざきさんが行なった「研究」を中心に紹介します。

※本記事はCGWORLD280号(2021年12月号)の記事を一部再編集したものです

記事の目次

    しまざきジョゼ / Joze Shimazaki

    1991年生まれ、東京都在住。名古屋芸術大学を卒業後、デザイナー兼イラストレーターとしてデザイン事務所に4年勤務の後、退社。書籍の装画や広告イラストを中

    心に、フリーランスのイラストレーターとして活動中。京都芸術大学イラストレーションコースの講師も務めている。


    joze1123.tumblr.com

    自分らしさと仕事として描く 狭間で悩んだ日々

    時に静かで、時に鮮やかな色彩と、余白や影で多くを語るイラストレーションで人気のイラストレーター、しまざきジョゼ氏。名古屋芸術大学でイラストレーションを専攻した後、グラフィックデザイナーとなり、4年にわたりパンフレットや食品パッケージなどのデザイン業に従事していた。「大学へ進学した当初はデザイナーになろうと思っていたんです。でも結局、大学時代は透明水彩で絵を描いていて、ひたすら教室で水張りと作品づくりをしていました。出来上がったらPhotoshopで色味をいじったりもしながら」。

    個人作品の制作は大学時代に友人から誘われてイベントに出展したのが最初だった。「ハンドメイド系のこじんまりとしたイベントでした。ポストカードを作成して出展してみたら、売り上げが0円だったんですよ。よくある話ですが(苦笑)、悔しかったですね。それがきっかけで、買う人の反応を見ながらフィードバックをして、次はこんな作品を出してみようかな、こんなグッズをつくってみようかなと試行錯誤をするようになったんです」。

    しまざき氏のイラストでは、タイトルやひと言添えられた言葉が重要な意味をもつキーワードになる。たったひとつの言葉で絵の印象がまったく変わってくるのが面白い。「自分にとってタイトル決めは描いた後のご褒美です。もともとコピーライティングが好きで。言いたいことを全部言ってしまわず、少しだけフィーリングを出すようなタイトルが好きですね」。

    フィーリングと言えば、感覚的に描かれているようにも見えるしまざき氏のイラストレーションだが、イベントやデザイン業で『受け取り手の気持ちをフィードバックする試行錯誤』を行うほかにも、驚かされるのが徹底したリサーチだ。

    「近代版画を研究していた時期がありまして。吉田 博さん、川瀬巴水さん、それから貼り絵の内田正泰さんらの日本的なフラットな表現がすごく興味深かったんです。さらに調べていくうちに、上杉忠弘さんの作品を拝見して、ものすごく衝撃を受けました。デザインを邪魔しないような、いわゆるファッションイラストのながれを汲んでいるのに空間というものが素晴らしく表現されていて、リアルな情感を大事にした上でデザイン的でもあるという。それが2017年くらいで、自分の絵に対する考え方もかなり変わったと思います」。

    勤めていたデザイン会社を退社し、イラストレーターを本業にしたのもちょうどその頃だった。最初は出版社に片っ端から電話をして持ち込み営業をしていたがあまり手応えがなく、TwitterなどのSNSにイラストを数多く投稿するうちに反響が大きくなり、装画の依頼を得たという。イラストレーションの仕事は、依頼があって始めて成立する。しまざき氏がイラストレーターとして活動しはじめた当初は、理想と現実の間で大きな悩みがあった。

    「駆け出しの頃は、受注で絵を描くということが上手にできなくて。SNSに投稿する絵は自分が描きたいものを好きに描けばいいけれど、書籍の装画になると、お話の内容に沿ってイラストを描くことになります。そうすると、ただ絵を描くのとはまったく異なる技術が必要になるんです。小説であれば下に帯が入るからそれも含めた構図にしなくてはならないといった、それぞれのコンテンツごとの決まりごとがありますから。個人制作ではかなり自由に絵を描いてきてしまったがゆえに、そこですごく悩みましたね。仕事として絵を描くことというのがどういうことなのか、という問いへの答えを自分の中でしっかりもてていなかったんです」。

    自分の表現したい世界と、パッケージされるイラストレーションをつくり上げるジレンマ。それは実はしまざき氏がデザイナー時代から抱えていたもので、「もっと自分のカラーを出していいんだよ」と言われても、ついつい依頼主におもねってしまう……。

    その悩みから解き放たれたのが、佐藤まどか氏の小説『アドリブ』の装画だった。イタリア・トスカーナに住む、フルートに魅せられた少年・ユージが主人公の青春音楽小説だ。装画では、イタリアの鮮やかな花畑の中でフルートと寄り添うように音を奏でる主人公の姿が描かれている。「SNSに投稿した作品をご覧になっていただいたことからのオファーでした。この絵が完成して、満たさなければならない条件を満たした上で自分の好きなように表現すればいいんだ、とふっきれたんです」。

    依頼は「真ん中に少年が立っていて楽器を持っている構図」というものだった。「ほとんど悩むこともなく、打ち合わせの段階で自分の中にイメージが浮かんできたんです。それを素直に提案したらOKをいただき、自分らしさを出しきっていいんだ! という、ターニングポイントになりました」。

    多彩なバックグラウンドを詰め込んだ作品

    www.pixiv.net/artworks/69281543

    近代版画、印象派、児童文学など、しまざき氏が影響された画風が1枚にまとめられた作品。「自分の中で、『何にでも使える絵を描きたい』という気持ちがあるんです。書籍、その中でもヤングアダルト、ハイティーン向けの小説や児童文庫、普通の文芸などあらゆるジャンルで通用する絵にしたいなと思っていて。ほかにもSNSで受けるような作品と、部屋に飾るのに向いた作品という対極にあるものの両方を実現できる作風というものも必ずあるはずで。今もそれを模索しています」

    絵の良し悪しを言語化できることの大切さ

    しまざき氏のこの劇的なターニングポイントは、漠然とした時間と経験の積み重ねによって生まれたものではない。まとまった時間がとれるタイミングで、自分の作風の分析や、これまでの仕事で得た気づき、先輩からの教えを総ざらいした研究の賜物だという。「そのタイミングは、『これで駄目なら諦めてデザイナーに戻ろう』くらいの気持ちでいたんです。でもそこで、自分の作品を練り直して、どうやったらもっとより良く本に馴染むのか? その一方でイラストを部屋にも飾れて、SNSでも観てもらえる作品でありつつ、次の仕事にもつながっていく作風とは何か? と、ものすごく考えましたね」。

    初心に立ち戻って、純粋に好きなクリエイターの作品を見直したり、自分の好きな表現を詰め込んでみたり……。そうした葛藤を経て、ふっきれたしまざき氏は、NSで4枚の作品を立て続けに公開した。そのうちのひとつが『そろそろお迎えに行こっか。』だ。「それまで描いていた絵は、強い感情に起因するような感じのものが多かったんです。

    でも一度自分自身を見つめ直すことで、絵に対する考え方が変わったんですよね。作品を見てほしいから、みんなが好きな表現を採り入れたり、こんな感じがみんな好きかな? って模索しながら描いていたのを全部やめて、自分が好きな絵はこれだ!という気持ちで公開したんです。当時は若かったんだなと自分でも思うんですけれど(笑)、他人の眼を気にすることから抜け出せたのがすごく大きかったですね」。

    大きな影響を受けた印象派の手法を現代のイラストレーションに採り入れた、穏やかな色彩でモダンな構図の4枚は、SNSでも大きな反響を呼び、仕事にもつながったそうだ。このとき、しまざき氏が強く意識したのが、“明確に画面をつくる技術”を手に入れること。

    そのために参考にしたのが書籍『Vision ヴィジョン: ストーリーを伝える:色、光、構図』(ハンス・P・バッハー、サナタン・スルヤヴァンシ/ボーンデジタル)だった。「映画の画面づくりを解説した本なのですが、画面のレイアウトのアプローチの仕方がものすごく明確に言語化されているんです。そこから、例えば影で画面を区切ることや、レンズで画角が変わることを描く上でも強く意識するようになりました。そうすると、自分で作品をコントロールできるようになるんです」。

    自分で作品をコントロールできるということは、作品の再現性があるということだ。「仕事で絵を描くなら、再現性が必要です。『こんな感じの絵を描いてほしい』とリクエストされたときに再現できないと仕事になりませんよね。そのためには、自分で自分の絵を言語化して説明できるようになるのが一番良いんです。こうしたテクニックは、美大では教えてもらえませんでした」。

    感覚だけではプロとして活動できない。しまざき氏の絵の魅力の裏には、持ち前のセンスと才能だけではない、プロとして描き続けるための努力があった。

    “ブレ”がなくなったターニングポイント

    www.pixiv.net/artworks/80614165

    2020年4月に発表し、しまざき氏の大きなターニングポイントとなった4連作のひとつ。「自分の絵で駄目だな、と思うところがなぜ駄目なのかわからなかったり、ねらったところに落ちないストレスがなくなったことがあります。そんなとき『Vision』から学んだ、絵を言語化して自分の中で分析することがすごく役に立ちました。明暗をどうつくったら画面が引き締まるのか、どう情報量を処理の仕方するのか。そういったことを文章で読んで言葉で理解することで、絵を描くときにすごく楽になったんです。この作品あたりから自分の絵が安定したというか、ブレがなくなったと思っています」

    TEXT _齋藤あきこ