ふわふわの食パン、湯気を立てそうなコーヒー、サクっとした食感まで感じ取れそうなシガール……実物とも見紛うほどにリアルな作品群は、驚くべきことに全て木を彫って作られたものだ。

本記事ではこれらの作品をたった一人で作り上げたキボリノコンノさんをお招きし、その製作過程やリアルな質感を表現するコツなど、様々な観点からお話をうかがった。またインタビュアーは本紙記者とともに、デル主催CGコンテスト第2回「CGごはん」において「焼きそば」で第2位に輝いたkaraさんにつとめていただいた。キボリノコンノさんの表現方法やモノの見方、そしてクリエイティブのための考え方は、3DCGでリアルなものを再現することに見慣れた本紙読者にとっても大いに刺激になるだろう。

記事の目次

    大好きな食べ物の一番美味しい瞬間を切り取っていく

    CGW:まずは、キボリノコンノさんの経歴について簡単に教えてください。

    キボリノコンノ氏 

    https://kibori-no-konno.jimdofree.com/
    1988年生まれ。2021年に趣味で木彫りを始め、「あっと驚くもの」をテーマに身近な食べ物や生活雑貨を木彫りで再現。「溶けかけの氷」や「シガールと袋」、「注がれるコーヒー」など数多くの作品がTVやSNSなどで話題となり、2023年からプロの木彫りアーティストとして本格的に活動を開始。2023年12月『どっち?』(講談社)が発売。

    コンノ:大学を出てから4年間、家具のデザイナーとして働いていたのですが、結婚を期に市役所に転職して8年働いていました。コロナ禍で何か家の中でやれることはないかと考えていたとき、趣味として木彫りを始めたんです。そこから木彫りの活動が認められていくうち、公務員との両立が難しくなり、市役所を退職し、今年から木彫りアーティストとしての活動に専念しています。

    CGW:ということは、木彫りを始めてからまだ数年しか経っていないということですか。デザイナー経験があったとはいえ、すごく才能があったんですね。

     コンノ:小さな頃から工作は得意でしたね。ただ私には苦手なこともあって、写実的なものを写し取るのはとても得意なのですが、自分で想像して絵が描けないんです。
    幼稚園に通っていたころ、チューリップの絵を描きましょうという授業があって、私は花片を一枚一枚写実的に描いていったんですが、他の子はみんな半円の上にギザギザが三つ付いているような、いわゆる記号的なチューリップを描いていて、しかもそっちのほうが褒められていた、そのことがとてもショックで今でも覚えています。
    今でも、例えば漫画のキャラクターの見本が横にあれば、それを正確に模写することはできるのですが、そのキャラの背面を想像して描いたり、それを立体にしたりということはできないんです。だけど現実にあるものは簡単に模写できますし、木彫りも初めてやってみた時から上手くいきました。

    CGW:なるほど、実際にあるものを写し取ることに特化した能力をお持ちということですね。確かにキボリノコンノさんの作品は実在するもの、特に食品を題材にしたものが多いです。どうして食品を題材として選ぶようになったのでしょう?

    コンノ:思い入れがあって、身近な題材だからですね。もともと母が料理がとても上手だったということもあって、私も小さい時から食べることへのこだわりがかなり強かったんです。それこそ、お米の品種や袋を変えるとすぐ気づくような 笑。 一番最初に作った作品も、家にあったコーヒー豆を題材にしたものでした。

    kara:私も元々食べることが大好きで。実は私は前職が栄養士だったんです。3DCGでも、食べ物を作っている時が一番楽しいですね。

    kara氏

    https://twitter.com/kara_moti7
    ゲーム会社所属、背景モデラー。元栄養士。新しいことに挑戦してみたいと思い、趣味で始めたゲーム制作をきっかけにCG制作にはまる。 ミニチュアやクラシックな雰囲気、CGごはんが好き。「焼きそば」で、2023年CGごはんプロ部門2位に輝く。

    CGW:一口に食べ物を題材にすると言っても、食べ物のどのような特徴を表現するか、またその食べ物のどんなシーンを表現するか、悩みどころは色々あると思います。どのようにして、決めて行くのでしょうか?

    コンノ:私の場合、自分が"一番美味しい”と思う瞬間がいつなのか分析することにしています。
    ヨックモックさんの「シガール」を例にあげると、やっぱり美味しいのは、サクッとした生地の軽い食感や、一口食べた直後にバターの香りがフワッと香ってくるあの感じなんですよ。この体験をひとつひとつ分解して、ビジュアルで再現できないと「美味しさ」は伝わらないと思います。

    コンノシガールは真ん中に空洞があるから、バターや砂糖の香りが感じられるんだなとか、生地のサクッとした食感は、生地の巻き感や気泡の混じり具合から生まれているんだなとか、微妙な焦げ目のグラデーションから香ばしい匂いが想像させられているな、とか。
    こういった美味しさを感じる要素を分解して、それらをひとつひとつ、木彫りで再現していくイメージです。コーヒーの作品でいうと、コーヒーって一番飲みたくなる瞬間ってカップに注いで今まさに飲もうという瞬間ですよね。なのでその瞬間を切り取って表現していますし、トーストなら、表面のサクサク感と、千切ったときのフワッと感が両方感じられるようなシーンを選んでいます。

    ▲驚くべきことに、注ぎ込まれるコーヒーの透け感も彫りと着色だけで表現されている。なお、コーヒーカップは木彫り作品ではなく実物を使用している。
    メイキング動画:https://youtu.be/Wn2mabZJYSk?si=CZ6DpCWs6dmmnRyn

    CGW:まさに両方、一番匂い立つ瞬間ですよね!

    kara:確かにコンノさんの作品って、どれも美味しそうな瞬間が切り取ってありますね。しかも実物のようなリアルさがあります。CGと違って、木彫りだとやり直しがきかないので、かなり大変そうですが...

    コンノ:正直、彫って形を作るということについては、そんなに難しさは感じていないんです。製作期間は大体1~2日で、やり直しもほとんどないですね、いつも思ったように彫れるんです。
    ただ、実物をそのまま作れば、リアルに見えるわけでもないんです。最終アウトプットは「写真」なので、ライティングを考慮して実物の質感までをコピーすることが大切なんです。
    例えばパンは切ったら切断面が平らになりますし、断面の気泡も多い。だけどそれをそのまま木彫りで作ったら、撮影時には陰が多くて平らに見えてしまうんです。そこでふわふわ感を出すために、少しずつ表面を削って、最後に気泡を彫っていく。そうするとあまり影のないものができるんです。

    CGW:なるほど、最終的な写真になったときどう見えるかを意識しながら製作されているんですね。

    コンノ:はい。彫ることに苦労はしないんですが、撮影に一番苦労します。
    例えば先程のコーヒーの例でいえば、実物のコーヒーは半透明で光が透けますよね。
    だから光が当たっている側も、その反対側も明るく見えます。ですが、木彫り作品は光を通さないので、そうはいきません。それを半透明に見えるように、ライティングと塗りを工夫して透明感を再現して撮影するんです。

    kara:なるほど、それはCG作品にはない苦労ですね。

    コンノ:作品が一番美味しそうに見えるライティングをいつも試行錯誤しています。ただリッチにすればよいわけではないんですよ。
    例えば納豆の作品は、蛍光灯の下でスマホで撮っているんです。なぜかというと、納豆って普通、綺麗な照明の下では見ませんよね。みんなが「おいしそう!と」感じる瞬間って、一般的な食卓の照明の下で、パッケージの中でかき混ぜられるのを待つ「いつもの納豆」なんじゃないかって思うんです。

    「動き」を使って見る人の五感を刺激する

    CGW:木彫りの作品も3DCGの作品も、食べ物を題材にしつつも当然ながらそれを味わうことができません。それどころか臭いや手触りを感じることもできません。しかしキボリノコンノさんの作品もkaraさんの作品も、見る者の五感を刺激してきます。それはどのような工夫をしているのでしょうか?

    コンノ:私の考えとして、ひとつは「動きを作る」ということです。
    トーストの作品も「手でちぎる」という動きをいれることで、フワフワで温かい感じや、香ばしい小麦の匂いを呼び起こすことができるのだと思います。

     コンノ:他にも、ワサビを今まさに摺り下ろしている作品もありますが、これも動きがあることで、見る人に擦りたてのワサビのツーンとした香りを感じさせることができると思っています。

    CGW:なるほど、キボリノコンノさんの場合は「動き」なんですね。確かに、コンノさんの作品は身体感覚が共感のトリガーになって、やわらかさや質感、そして匂いまで想起させられているような気がします。
    karaさんはCGごはんの作品制作においては、どういったことを意識されていたんですか?

    kara:コンテストへの応募作でもあったので、他の方々の作品と並んだときに、どうやって際立って美味しく見えるかということを意識しながら作りました。一枚の絵の中にどれくらい焼きそばが見えていたらいいだろうかとか、食べ物が汗をかいていると夏の感じが表現できるんじゃないだろうかとか。
    麺の質感や割り箸のささくれ、卵に少し載っている油の表現などにもこだわって、どうすれば見る人に美味しそうと思ってもらえるか、よだれを出させることができるか考えながら作りました。

    CGW:前後のストーリーや、その場の湿度や温度まで伝わってくる作品ですよね。コンノさんの作品が身体感覚なら、karaさんの作品は「思い出や空気感」をトリガーにして、美味しさを想起させているような気がします。

    ▲karaさんの応募作品「焼きそば」(完成版)。焼きそばそのもののリアリティもさることながら、「花火大会の屋台で買って神社のどこかしらで座って食べている」といった作品の背景にあるストーリー性も高く評価された。

    ▲初期の構図案。卵、紅生姜や青のりをどう配置するべきかといった色彩のバランス、焼きそばの置かれるシチュエーションについて検討している様子がうかがえる。当初は夏祭りを想起させるアイテムとして、ラムネも画面内にいれることを検討。

    ▲終盤におけるレイアウト調整案。最終的に主役となる「焼きそば」がメインで映えるレイアウトが選択された。完成作品と途中経過の作品を比較してみると、輪ゴムやラムネといった小道具は削ぎ落とされているのがわかる。 審査員の一人、 Scanline Vfxの佐々木稔氏からは「この距離で見せる自信と勇気。そしてそれに負けないLightingと質感、焼きそばはランダムにタレのついてる部位と焼き足りない部位とそうでない部位とがバランスよくランダムに作られてる」と高い評価を受けた。

    コンノ:karaさんの作品は、題材の焼きそばの良さもさることながら、その画面の外が見えてくるのがいいですね。焼きそばがパックにちょっと雑に盛られた感じとか、路上の縁石みたいなところに置かれているところとか、屋台の焼きそばを外で食べているというシチュエーションが見えてきます。屋台のおじさんまで見えてきそうで(笑)

    kara:焼きそばのパックも、あえて歪みをいれたりしてノイズを加えた方がリアルに見えると思ってそうしました。私の作品ではパックもCGですが、キボリノコンノさんの作品は食器は実物を使われていますよね。

    コンノ:はい、食器はなるべく本物を使っています。そうすることで、木で作ったものがよりリアルに見えたり、逆にちょっとした違和感を感じて「え、何これ」と思ってもらえるようにしています。食器まで全部木で作ったら馴染んでしまって違和感がないものになってしまうので、本物と木でできたものの対比が生まれたほうがいいと思ってそうしています。

     CGW:3DCGクリエイターのkaraさんから見て、キボリノコンノさんの作品の凄いところはどこでしょう?

     kara:着色の仕方も凄いと思うんですが、影込みで質感をアップさせている点ですね。ライティングしたときに、どこの面が反射されるのか計算しながら形状を作っているのがすごいです。着色だけだとどうしても違和感が出てしまうので。木彫りだからこそできる手法で光を操っているところがとても凄いと思います。

    実物をリアルに再現するための技法、そしてリアルのその先へ

    CGW:キボリノコンノさんと同じ題材を3DCGで作る場合に難しそうだと感じるところはありますか?

     kara:パンや鯛焼きとか、やわらかいパン生地独特の「透過表現」が特に難しそうだなと思います。
    私も一度だけ食パンを作ったことがあるんですが、テクスチャを張っただけでは質感や柔らかさがうまく表現できなくて、美味しそうにならなかったんです。

    コンノ:透過の表現も、木彫りとライティングの組み合わせである程度表現できると思っているので、最終的にライトを当てたとき透過しているようにみえる着色をするというのがポイントだと思っています。 

    kara:やはりライティングが大切なんですね。製作途中も、最終的なライティングと同じ環境でやられているんですか?

    コンノ:いえ、制作中は普通の蛍光灯の下で彫っています(笑) 

    kara:そうなんですか!なのに最終的にライティングを工夫すればリアルに見えるというのが凄いですね。ライティング以外に、彫り方や着彩で様々な素材の質感を表現するコツはあるんですか?

    コンノ:木を彫る面の作りで柔らかさや硬さが変わってくるので、例えばパンだったら、本来パンの表面は真っ平らなんだけど、あえて凹凸を付けたりしています。着色をするときにも、素材に合わせて絵の具の水分量を変えています
    素材は木なので、水分を多く含ませて塗ると木のさらさら感が残り、それを活かしてパサパサした表現ができるんです。マカロンはベタッとさせてますし、椎茸なんかはマットな表現にしています。納豆なんかだと、フィルムが接着してた面はニスを塗って光を少し反射させたりもして、フィルムがないところは納豆菌があるような感じで見えるように、わざと表面を毛羽立たせています。

    kara:表面に木目がそのまま残っている作品もありますよね。

    コンノ:これは自分の中でも新しい挑戦なんです。それまでやってきた、木を用いて「いかに本物らしく見せるか」という表現に加えて、このシリーズにおいては、「素材はあきらかに木なのに、美味しそうだと感じてしまう」表現を追求しています。
    この「すくえる木」という作品においては、木目をうまく活かして立体感を際立たせるという効果も狙っています。

    CGW:この作品は本当に脳がバグるので大好きです。着色されている作品よりも、色の情報が無いぶん抽象度があがり、より一層、食べものらしい「柔らかさ」を強く感じることができます。

    コンノ:他にも、木目のままの卵を箸で摘まんでいる作品があります。これは卵の新鮮さを表現したいと思って作ったのですが、「箸で摘まむ」という動きによる卵の柔らかさや新鮮さをより強く表現できたのではないでしょうか。その下に卵の殻を置くことで、割れた音も表現できているんじゃないかなと思います。

    kara:お話をうかがっていると、作品毎に題材に合わせて表現手法を変えられているようですが、それらの表現手法はどうやって次々に思い付くんですか?

    コンノ:毎回、自分自身にクイズを出しているようなものですね。例えば「味付け海苔」を作るにはどうすればいいだろう?フィルムは透明に作れないし、海苔もペラペラにはできない。でも最終的に写真で撮るんだから、手前だけ薄く見えたらいいんじゃないか?透け感の塗り方や光の反射というところを入れていけば、透明に見えるかもしれないな……と色んなことを考えながら、できるできないのギリギリのモチーフを選んで作っています。
    自分はYouTubeなんかで他の人の木彫りの動画は観ないんですが、それは見たらそれが正解だと思っちゃうからなんです。でも、見なければ正解が無限にある。自分で正解に近付けていくのが楽しいんです。

    メイキング動画:https://www.youtube.com/watch?v=AhUL049PqsU

    CGW:それぞれクリエイターという部分は共通していながら、畑違いのジャンルから刺激を受けることもあったかと思います。木彫りと3DCG、それぞれのジャンルに触れてみていかがでしたか?

    コンノ:3DCGは事前に想像していたのと全く違う作り方をするんだなと驚きました。作り方の工程も自分と逆ですし、先ほど焼きそばを上から落としていくシミュレーションを見せていただいたんですが(※)、ああいったことは自分の木彫りでは不可能です。その一方で、題材となる食品の見方や魅力の感じ方は近いなとも感じました。

    kara:木彫りはまったく未知の領域で、自分でやるのはとても難しそうだと思っていました。今回、キボリノコンノさんの作品の実物をいくつか見せていただいたのですが、本物にしか思えませんでした。クオリティの高い作品を間近で見ることができてよかったです。
    また制作過程を聞いて、どうやって完成させようかというアプローチを楽しまれながらやられているとのことで、私自身も楽しみながら作るのも大事だと思っていますし、楽しむところから作品のクオリティが上がっていくんだなということを改めて感じました。

    CGW:お二人とも、今回はありがとうございました。

    (※)現代ビジネスにて掲載している両者の対談記事でも、karaさんが『焼きそば』制作過程について言及している https://gendai.media/articles/-/120704 ぜひ、あわせてチェックしてもらいたい。

    ▼INFO

    出版社:講談社
    価格:1,760円(税込)
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    TEXT_オムライス 駆
    PHOTO_大沼洋平
    INTERVIEW&EDIT_池田大樹(CGWORLD)