マンガ『しーちゃんのごちそう』CGアニメ化について、前後編の2回に分け、そのプロジェクトを深掘りするインタビュー企画。前回は株式会社ジャストコーズプロダクション(以下、JC)の代表、柴田拓也氏と、原作の出版元である少年画報社の村松淳夫氏による「プロデュース編」をお届けした。今回は後編、JC代表の柴田氏とスタッフ5名による「プロダクション編」である。
『しーちゃんのごちそう』は、昭和30年代を舞台に、無邪気な小学生のしーちゃんとその家族が「食」をテーマに繰り広げる温かい日々を描く、たかなししずえのマンガ作品。株式会社少年画報社がコンビニで展開している雑誌『思い出食堂』に連載されている。
この『しーちゃんのごちそう』がフル3DCGアニメ化され、2022年11月末、YouTube『思い出食堂チャンネル』で第1話が公開となった。
アニメ第1話本編はこちら。
アニメ『しーちゃんのごちそう』「一品目 お子様ランチ」
若手が中心になって活躍した自社制作案件
後編はJCの代表、柴田拓也氏に加えて、『しーちゃん』第1話の制作に携わったスタッフが集結。具体的な制作ノウハウから本プロジェクトを通じて得たものまで、幅広く伺った。
CGWORLD編集部(以下、CGW):皆さん、自己紹介をお願いします。
渡邊七斗(以下、渡邊):モデラーの渡邊です。キャラクターのデザインからモデリング、ライティングまで担当しました。
渡邊七斗氏
モデラー
陳 俊哲(以下、陳):JCには新卒で入社した、モデラーの陳です。UE5の技術検証も担当して、モデリングとライティングを担当しました。
陳 俊哲氏
モデラー
齊藤佳祐(以下、齊藤):アニメーターの齊藤です。僕と渡邊くんと陳くんは全員4年目の同期で、出身校も日本工学院です。
齊藤佳祐氏
アニメーター
宗兼深雪(以下、宗兼):コンポジターの宗兼です。入社8年目で、この間産休・育休から戻りました。今は時短勤務をしています。
宗兼深雪氏
コンポジター
村上雅彰(以下、村上):アニメーションスーパーバイザーの村上です。動き方についてアニメーターとコミュニケーションを取って、提案しつつ手を動かすという、アニメーションのクオリティ管理をしています。JCに入ったのは、バイオ5の後に日本で本格的にアニメーターを募集した時に、かれこれ13年目ですね。
村上雅彰氏
アニメーションスーパーバイザー
柴田:この5名のほかにも、新卒1年目の社員を含めて何人かに手伝ってもらっています。外部のパートナーさんは、背景モデルの一部を合同会社カチムシグラフィックスさん、リグを株式会社インテグラル・ヴィジョン・グラフィックスさん、テクニカルディレクターの水元哲平さん。水元さんには、データ管理やgit管理のツールを開発していただきました。
CGW:『しーちゃん』は自社制作案件ですが、やるということを知ったときの印象は?
齊藤:話を聞いて、原作を少し読んで思ったのは、これを3DCGアニメーションとしてどう表現するんだろうということです。マンガを見ただけでは最終形を想像できませんでした。
陳:自分はどちらかというと昔ながらの風景には興味があるタイプです。普段マンガは読まないので原作のことは知りませんでしたが、やると決まって読んでみて、めちゃくちゃ良いなと。人との接し方も、子育ての仕方も今と全然違って、雰囲気に心が和みましたね。現実では一度も経験したことがないので、うらやましいなとも思いました。
村上:作品としても楽しみでしたが、案件として、社内で連携して仕上げる仕事はおそらく初なので、新鮮な感情を持ちました。
CGW:実際に動き始めて、受託案件とはどうバランスをとったのですか?
陳:受託案件が来たらそっちに取りかかって、終わったらしーちゃん、また受託案件、しーちゃんという感じで、案件の合間合間で、交互に進めていました。
渡邊:そうですね、だいたい交互でした。
時代考証と資料収集
CGW:まずは昭和30年代の資料集めからですよね。
宗兼:受託案件と違って自分たちが用意して進めなくちゃいけないので、まずは陳さんや渡邊さんにリファレンスの探し方から教えて、やってもらっていました。でもあっという間に自分たちでドンピシャなリファレンスを見つけてくれるようになって、頼もしかったですね。
渡邊:昭和の食卓の感じがわかるような本や資料をたくさん用意しました。昭和のちゃぶ台の様子がわかる画とか。レトロな雰囲気のジオラマが載っているドールハウスの本も役に立ちました。ジオラマの場合は、汚し方(ウェザリング)も参考になります。あとは、当時のアニメ作品を見てプロップの描き方を調べたりもしました。
柴田:たかなし先生に描いていただいた資料もたくさんあります。
陳:原作での描かれ方も大事なので、リファレンスになりそうなコマを写真資料と一緒に整理して。しーちゃんの家の外観だったら、看板、瓦屋根、トタン、壁面、家の入口の床の感じとかですね。家の中は、台所とか冷蔵庫とか。冷蔵庫は今のとは全然違う、すっごくレトロで味があるものだったんですよね(本編03:04頃)。
キャラクターデザインとモデリング
CGW:キャラクターデザインは渡邊さんが?
渡邊:はい、元々描くのは好きでやっていて、三面図を描くのも好きなので、喜んで描きました。元々マンガのキャラクターなので、3DCGにしてイメージが変わらないようにというのは気をつけましたが、おとうちゃん、おかあちゃんとのバランスで、しーちゃんは少し頭身を高くしました。
CGW:モデリングは順調に進みましたか?
柴田:たかなし先生の作品を映像化するということで最初にぶつかった壁がここですね。原作はマンガですから、目や表情がかなりダイナミックに変化します。それをどう3DCGに落とし込んでいくのか。でも陳さんと渡邊さんが頑張ってくれました。
陳:JCに入社してからずっとフォトリアルな背景のモデルを中心につくってきて、『しーちゃん』のようなルックははじめてですし、キャラものもはじめて。新しいことばかりでしたが、なんとか形にできました。特に力を入れたのは喜ぶ表情ですね。やっぱりお話の中でしーちゃんの喜ぶ場面は大切ですから。
陳:モデリングでいちばん難しかったのはおかあちゃんの髪型で、最初の頃、どうやっても大仏みたいなヘルメットにしか見えなくて苦労しました(笑)。
柴田:原作を良く見ると、七三っぽい分け目があるんです。ここの再現もヘルメットっぽさをなくす要因になりましたね。
陳:はい、それと巻き髪の強さですね。ディズニー作品で参考になりそうなキャラの髪を研究して、巻いた様子はテクスチャで描くようにしたら、良い感じになりました。
渡邊:おとうちゃんのほうは、口の横に入るシワ表現ですね。これはたかなし作品のアイコンみたいなものなので、細かな原作への敬意もあって入れ込みました。
柴田:モデルは良い出来に仕上がって万々歳だったんですが、角度によって見え方がちょっと変わってくるところがありました。基本的に正面から見て可愛い顔にモデリングしてあったので、あおりとか俯瞰になると、目が大きすぎて、妖怪みたいになるんです。第1話では極端な動きはあまりなかったですが、いくつかはアニメーター側で比率を変えてもらいました。
UE5のLumenでライティング
CGW:Unreal Engine 5(以下、UE5)でやろうと決まった経緯を教えてください。
柴田:ちょうどUE5が登場する直前でしたし、他の案件でも「UEでライティングを~」みたいな話が聞こえてきたこともあって。これからはUEでもやれたほうが良いので、できるならUEでライティングをやってみたいと。
陳:Arnoldを使ったプリレンダーではコストが高いですし、当時はUE5の情報で盛り上がってました。とりあえず最初、2020年の12月にUE4.26でやってみたんですが、悪くなかったんです。それで、UE5のLumenでライティングするのが良いよね、ゼロからやるんだし最新の技術を使おう、という話になりました。
CGW:なるほど。Lumenではどんなライティングをしたのですか?
陳:『しーちゃん』の作風から、あえて色温度を下げて暖色を強くして、昭和の温かみと和やかさをライティングで表現しています。それと、Lumenだけでは部屋の中が暗くて影が目立ってしまうので、間接光を強めに入れて影を潰して、キャラを可愛く見せるように工夫しました。本当はこの時代の家の中って午後からすごく暗くなってくるんだろうとは思いましたが、作品の世界観に合わせて演出的な嘘をついています。
渡邊:最初の頃はけっこう大変だったよね。
陳:そうなんです。受託案件での作業はプリレンダーが中心で、UE5での制作ははじめてだったので、制作用のPCのスペックがボトルネックになった部分はあります。グラフィックカードがGeFroce RTXシリーズではなかったので、ハードウェアレイトレーシングが使えなかったですし、UEが落ちたりすることもありました。でも、制作環境は統一しないといけないので、現状のまま進めていました。
渡邊:当時、頻繁にエラーが出ていました。残像がたくさん発生したり、動かすと黒い影が出たり、キャラがなぜか発光してたり。
陳:Lumenも、制作初期の頃はUEのバージョンが5.0で、透明を上手くサポートしていなかったんです。だから部分的にMayaに戻ってArnoldでレンダリングしたものを使ったりもしました。
宗兼:こちらで引き取ってコンポジットで処理したカットもありましたね。
メリハリを重視したアニメーション
CGW:アニメーションではどういった苦労がありましたか?
齊藤:マンガの雰囲気を出しながら、CGとして破綻しないように、メリハリをつけてアニメーションに落とし込むということを念頭に作業しました。しーちゃんは少し大げさにしましたね。予想外のお子様ランチを前に、3方向から観察するカット(本編05:51頃)があるんですが、手前・奥と移動したときにカメラから見た大きさがだいぶ変わってしまったので、奥ではサイズを小さく、手前では大きくということをやりました。
村上:おとうちゃんが国旗をグッと手前に出してくるカット(本編05:29頃)も、マンガ特有のパース感を出すために、力技でスケールをかけています。
齊藤:あとは、おとうちゃんが店の中に入っていくシーンが大変でした。ただ入っていくだけなんですけど、マンガらしいアニメーションになかなかならなくて。普段の案件ではモーションキャプチャが多いんですが、今回は基本的に手付けで、「自分でつくったアニメーションだ」と言えるものなので、嬉しいです。みんなで楽しくやったという感じです。
村上:フェイシャルも試行錯誤しました。アフレコのボイスが上がってきて、最初、全部の音にリップシンクしてみたら、当然ですが、異常にパクパクしてしまったんです。特におとうちゃんは早口ですし。そこで、そのキャラや音に合わせて、例えばあいうえおの「い」だけ省くといった方法で、このテイストのアニメーションとして自然に見える部分というのを探っていきました。
昭和の温かみを感じる画づくり
CGW:画づくりやルックについてはどういう方針で進めたのでしょうか?
宗兼:ひと言で言うと、日曜の夕方に放送しているTVアニメ風ですね。パイロット映像の時点で、シンプルだけど手を抜いてない、情報がしっかり詰まった見応えのある映像を目指そうということで画づくりの方向性が決まりました。
色味としては、やっぱり木でできた部分が多いので茶色っぽくなるので、After Effectsでフィルタをかけて表情を出したりして短調にならないようにしました。
陳:永谷園のお茶づけ海苔(本編01:26頃)も、昭和30年代当時のデザインを参考にしてつくっています。
齊藤:いちばんはやっぱり料理です。お子様ランチ全体としては、社長(柴田さん)が賄いで、しーちゃんのお子様ランチを再現してくれたので、それをリファレンスにしました。
宗兼:料理のカットは本当に大変で、シズル感が出ておいしそうに見えるように、コンポジットで試行錯誤しました。
齊藤:オムレツ(本編04:27頃)はなかなかおいしそうにならなくて苦労しました。どうしようか悩み、モデラーとも相談して最終的にボーンを入れて動きを出すことで、美味しそうになりました。
宗兼:菜箸に卵がちょっと付いてるのも良かった。モデラーがそういうところでディテールを増やしてくれて。
陳:自分でも料理するので、菜箸もフライパンも全然汚れてないのが不自然だなと思ったんですよね。
渡邊:オムレツには細かいディテールをけっこう入れました。クルッとフライパンを返したときに、折りたたまれて端っこにすき間みたいな線ができるところとか、端がポロポロになるところとか。質感としても、SSS(サブサーフェススキャタリング)で瑞々しい印象を加えて、ベースカラーにも焦げを描き加えたり。写真みたいなリアルタッチではなくて、手描きのタッチで情報を足しています。
柴田:フライパンを握るおかあちゃんの手もちょっと入っていて、画としても良かったよね。制作の後半は「チェックしてください」って言われて見に行くと、本当に良くなっていて、「どうやってこうなったの?」と聞きたくなるようなことが立て続けにありましたね。モデルからコンポまで連携してやってくれたからこそですね。
陳:お米も大変でした。試行錯誤しながら、一粒一粒じゃなくてブロック単位でつくって。
村上:影が濃いと急においしくなさそうに見えるんだよね。
自ら考え、力を合わせてつくり上げた貴重な経験に
CGW:今回『しーちゃん』に携わってみて、みなさんそれぞれ感じたことを教えてください。
陳:そうですね、僕は受託案件しかやってこなかったので、今回はかなり違うなと。ワークフローから自分たちで考えなくちゃいけませんし、先輩からのフォローは限られていて、自分たちの力で何とかする姿勢が求められました。実感として、入社してからいちばん鍛えられて、成長スピードも過去一なんじゃないかなと。かといって辛いとかやりたくないとかいうことでは全然なくて、お互いの力を借りながら、意思疎通をしながら楽しく制作できたと思っています。
渡邊:陳さんと似ていますが、「これをつくって」ではなくて、どうやって作っていくかを考えるところからなので、良い経験になりました。成長に繋がったと思います。社内でつくっていくということで、アニメーター側から「ここはこうしてほしい」とか教えてもらったりもしました。
受託案件ではそういうことがなくて、普段気づかないところとか、新しい見方がわかって良かったです。それと、通常のモデラー業務だと、つくったモデルをチェックしてくれる人がいるんですが、今回はいないので、お互いに見合ってクオリティが足りているかチェックしました。それも新鮮で楽しかったですね。
齊藤:アニメーションの作業としては、いつもと大きくは変わりませんでしたが、普段はリアルな等身のモデルにアニメーションをつけるので、方向性はかなり違って頭を使いましたね。ワークフローとしては、モデラー側と連携したり、コミュニケーションしながら制作を進めるというやり方は珍しくて、ちょっと貴重で新鮮な体験をしたと思っています。
宗兼:私が時短勤務で帰りがけにみんなのモデルの進捗とかをチラッと見て、「あ、あそここうしたら良いのにな」と思うようなことがあっても、言わずに帰るんです。そして翌日修正箇所を言おうと思いながら出社してみたら、自分たちで気づいたんですね。おおーっと感心しました。
村上:今回、クオリティのコントロール面で、リーダーが答えを出してしまうと答えに向かってつくっていくだけになってしまうので、なるべく口を出さないようにしました。
ただ、最初なかなかクオリティが上がっていかなかったので、「どう思う?」とか「おかあちゃんはこういう動きしないよね?」というふうに話して、自分で考えてもらうように促していきました。そうやって、考えながら答えを探してもらった結果、良いものを上げてくれて、しかも後工程のことも考えながら作業できるようになってくれました。成長したなあ、と感慨深いです。
CGW:では柴田さん、最後に統括をお願いします。
柴田:今回携わってくれたスタッフのみんなが、制作をしていくなかで『しーちゃん』を好きになってくれたことが素直に嬉しいです。しーちゃんに感情移入して、その世界を好きになってくれたから、「ここはこうなんじゃないですか」と考えて発言してくれるようになった。
その循環で作品のクオリティが上がっていったんです。こっちが思ってもいなかったことを提案してくれたこともありました。そういう熱は、つくるものにすごく良い影響を与えてくれます。それと今回、技術面ではUE5に取り組みましたが、これからも新しい技術にどんどんトライして、社内で活発に提案されるような文化を育みたいですね。
CGW:ありがとうございました。
TEXT _kagaya(ハリんち)
PHOTO _弘田 充